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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔王に喰われろ

魔術士の武官であるクレーとレーゼに育てられるリズー。

復活しようとしている「魔王」は、本当に復活するのか。

「魔王」「父さん」「先生」では、誰が一番強いのか。

 下と思いたいのならば、そう見ればよい。


 あがめたいのならば、そうすればよい。


 兄弟ふたりは、そう簡単に考えているのだ。当人たちがそれでいいのだから、放っておけばよいものを、面白くないのがこのふたりを慕っている「リズラルド」であった。いちいち、家に貼ってあった「偽魔術士」やら「偽善者」やら。要は、兄弟を批判する張り紙を見つけては破り、それを主張したであろう町民を見つけ出しては、喧嘩を売っているのである。いや、この場合は喧嘩を買っていると表現するべきか……。とにかく、争い事をわざわざ具現化させてしまっているのだ。そのことに、役所の人間である兄弟は、頭を抱えていた。

 役所の人間が、拾った責任とはいえ、身内を庇って町民に手を出すワケにはいかない。そのため、レーゼはいつも嫌そうな顔をして、「喧嘩」を止めに入るのである。今回魔術を見せたのは、イレギュラーであり、いつもはこんな手は使わない。


「魔王は確かに封印されたんですけど……」


 そこまでレーゼが言いかけて、クレーはそれを遮るかのようにリズーに向かって言葉を発した。その様子からは、この魔王の一件に関しては触れて欲しくないような物言いである。


「リズー! お前、ひどい怪我してるじゃないか! 町民も、エスカレートしてるってぇことだなぁ」

「大丈夫ですよ。大方傷はふさぎましたから」

「冷たい奴だなぁ、レーゼは。よしよし、僕のリズー」


 クレーには、親馬鹿な一面があった。それは、誰の目から見ても分かるほどの度合いである。

 クレーも、やはり魔術士の癖なのか。黒ずくめの服を常に身にまとっていた。黒のローブは役所の物であり、それは室内では脱いでいる。レーゼも、帰宅して早々、鬱陶しそうにローブを脱ぎ捨てたが、その下に着ているものも、やっぱり黒いシャツであった。


「父さん、大丈夫や。これくらい、大した傷でない」

「お前に傷痕が残ったら、父さんは嫌だよ。あぁ、もっと綺麗に手当て出来ただろう!? レーゼ。手を抜くなんて、酷いなぁ」

「そう思うのなら、今度から飛び出していったリズラルドの面倒は、クレーが見てくださいよ。私だって、書類整理など、やることがあるのですから」


 実に不機嫌である。しかし、この兄弟の仲は決して悪くない。むしろ、良すぎるほどであった。


「で、今日はどんな張り紙があったんだい?」

「あぁ……これ」


 バン!


 テーブルに勢いよく、リズーは剥がした張り紙を叩きつけた。握りしめていた為、シワになっているが、大きく書かれた文字は、しっかりと読み取ることが出来た。


 魔王に喰われろ!


「……だってさ、レーゼ」

「はぁ。読んだので知っていますよ?」


 ふたりは視線をぶつけあっていて、こころの中で何やらやり取りをしている様子であった。しかし、その内容を読み取る力なんて、リズーは持ち合わせていない。ただ、口を開けてぽかーんと見つめることしか出来なかった。


「魔王と先生と父さん」

「「?」」


 兄弟は、ぼそりと呟くリズーの言葉に耳を傾けた。


「実のところ、誰が一番強いんや?」


 その問いかけに、兄弟ふたりは一瞬の沈黙を見せた。そのあと、押し付けるように兄が言葉を放った。


「それは、レーゼに教えてもらいんしゃい。レーゼは、リズーの先生なんだから」


 ぴくっとレーゼの眉が動くのを確認した。こうやって、何でもかんでも都合が悪いことは弟のレーゼに回ってくるのである。穏やかな容姿をしているのは、実は世間受けしそうだからという理由なだけであり、実際のところレーゼは短気であった。


「クレー! たまには責任を持ったらどうなんですか!」

「おぉー、レーゼの怒りんぼ。お兄ちゃんこわーぃ」

「馬鹿にしないでください、クレー! ほら、リズラルドも私にばかりではなく、たまには親であるクレーに威厳を持たせなさい!」

「えぇ!? 俺が悪いのかよ!」

「そーだ、そーだ。子どもに押し付けるなんて、酷いぞー。レーゼ」

「……~っ!」


 レーゼは笑顔で怒りを爆発させた。ヤバいと判断したのはクレーであり、レーゼが魔術で雷を落とす直前に、同じく魔術で避雷針を立てた。そこにレーゼの攻撃は見事に落ち、辺りは一瞬の白銀の世界から、再び穏やかな部屋の明かりへと変わった。


(こ、怖い……)


 リズラルドは、このふたりを怒らせてはいけないと、心底思うのであった。


 結局のところ、このふたりは魔術を喧嘩の道具だとしか、認識していないようにも思われるほど、粗末にしているところがリズーからすれば、見て取れるほどの日常であった。


「不器用な割りに、料理は好きなんですね。クレー」

「素直に美味しいって食べたらどうなんだい? レーゼ」

「美味いよ? 父さんの作るものは、なんでも」


 その何気ない少年リズーの一言に、感極まって涙でも今にも涙を流しそうなのは、やはり「親」代行のクレーであった。「先生」と呼ばれるレーゼは、どこか一線を引いて、それ以上立ち入らないようにしている気があった。そのことには、当人たちは気づいている。しかし、町民たちはというと、そうではないのが厄介なところでもあった。


「不器用だからこそ、愛情がほとばしるのさ」

「ほとばしってこの程度なら、まだまだですね」

 

 仲は良い。そう、良すぎるほど良い為、このように本音を口走ってしまうのだ。レーゼは、周りが思っているほど、出来た人間ではなかった。むしろ、そういう面で見たら、一見ガサツな兄、クレーの方がよっぽど出来ている。


「俺は父さんの味、好きだから。気にすんなや」


 そして、拾われた少年リズーはというと、この青年たち以上に人格というものが出来ているのではないかと、時折疑われる。特に、父親代行のクレーにである。


「だいたい、先生はどうしてそういつも、父さんに突っかかるん? 仲良い癖にさぁ。もっと、微笑ましい会話とか、したらえぇやん」


 リズーは鶏肉を、醤油と生姜を刻んだものを後に砂糖で炒めた料理を、美味しそうに口に運び、骨の部分を手でぐっちゃり持ちながら引き裂いて、食べていた。その口元は、甘口のタレでべっとりである。こういう面を見ると、やはりただの子どもだと、兄弟は安堵するのである。


「リズラルド。私がクレーとそんなにも仲睦まじい姿を見せていたとしたら、大問題が起きてしまうよ?」

「えー?」


 リズーには、まったくもってその意味が分からない。いや、此処に他の誰が居たとしても、今のレーゼの言葉の意味を、正しく理解できるものは居なかったであろう。

 ただし、兄であるクレーだけはなんとなしに理解し、そして、なんとなしに傷ついているのである。そこは、面倒くさいと蹴散らされても、致し方ない。


「レーゼは、そんなに僕が嫌いかい? 小さい頃は、リズーのように可愛かったのに……」


 唐突に、兄の視線は弟から息子、リズーへと向けられていた。目のあったリズーは、目の細いクレーの中の瞳と自分の目つきが悪い二重の目が合致し、どこを見ていいのか分からなくなり、とりあえず、たくさんの瞬きをしてみた。結果、何も変わらない。


「リズーも、いずれはレーゼのようになってしまうのかなぁ」

「なりませんよ」


 意外にも、即答したのはレーゼであった。クレーを邪険に思っているワケではないことが、ここでも証明される。


「私はこれでも、クレーのことを尊敬しているし、こうして一緒に生活していく上で、大概料理は作ってくれるし、洗濯もしてくれるし、役所に働きにもちゃんといってくれているし。金銭的にも、家庭的にも、問題なく暮らせることには、感謝していますよ」

(それって、要は都合がいい相手ってことじゃ……)


 リズーだけは、真意を別のところで感じ取っていたが、クレーは素直に受け取り喜んでいた。だから、リズーもそのまま口に出すことなく、「ま、いっか」と流してそのままにしてしまうのであった。



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