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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔女の覚悟

魔王クレーの襲撃により、魔術が使えなくなってしまった「魔女」と「レーゼ」は、揉めていた。

魔王と討伐するべく、出陣を決める魔女だが、レーゼもその戦いに加わりたいと告げ……?

「私も、行きます」

「バカ言ってんじゃないわよ。あんたに何ができるの。魔術のひとつも編めない癖に」


 事実だった。「死の刻印」を刻まれてからというもの、レーゼは魔術がまったく編めない身体になっていた。それだけではない。腹部を刺され、そこからは未だに止まることなく血液が流れ続けている。立ち上がれないのに、山をおりることができるはずがない。舗装された道すら、歩けないというのに、山道はあくまでも山道であった。とてもではないが、レーゼが加勢できる見込み、戦力に成りうるとはもう、誰も考えてはいなかった。


「魔術が編めない状況は、姉さんもそうなのでしょう? ならば、対等じゃないですか」

「あたしは、致命傷を負っていない。でも、あんたは? そんな傷で何が出来るの」


 姉弟の攻防は続いた。しかし、口論で魔女が負けたところを、誰もが見たことがない。


「こんな傷だからこそ、できることもあると思うんです」

「ないわ」

「あります」


 きっぱりと言い放った姉に、弟は珍しく負けなかった。まるで、何か秘策を引っ提げているかのような言い草だ。レーゼは、身体はほとんど自由がきかない上に、いつ、「死の刻印」が心臓をひねり潰すか、分からない状況下におかれている。それでも、「死」を恐れる顔は一切見せない。むしろ、そこに何か「希望」を見出しているかのようにさえ、感じさせるのだ。

 そのことに、誰もが驚いていた。しかし、希望を持ったものをみすみす死なせる訳にはいかないものだし、どうあがいても、「魔王」のもとに辿りつく前に、下山中にこと切れることが目に見えていた。奮起することは、生きる上で必要な活力ではあるが、今のレーゼにそれを持たせてはいけないと、魔女は判断する。


「チビすけ……あたしは、あんたを信じることは出来ない」


 魔女は、突如として話題を変えた。違う切り口から、レーゼの決意を捻じ曲げようとでも、しているかのように思えた。


「十年前、確かにあんたはあたしを瀕死にさせたんだから。今回の魔王戦で、もし、魔王を倒せたとしても、その後にあんたがあたしを始末しないとも、断言できないでしょ?」


 天士の役目が、イレギュラーの排除というのであれば、その可能性は否定できまい。しかし、十年前の天士と、今、同じ姿で存在している天士「リズラルド」は、同等であり、異質であると考えなければならなかった。

 リズラルドは、数ヶ月前。魔王が覚醒したと同時に「天士」に覚醒したのだが、そのときには自我がなく、天界からの指令を実行するためだけに能力を使っていた。そのせいで、結果的にレーゼは「天士の歌声」を聞き、精神崩壊してしまった。もし、今のリズラルドが変わらずに自我を持たず、ただ、指令をこなすためだけに存在していたならば、魔女の懸念は正当であり、レーゼの傍に控えさせることも避けなければならないと、判断するべきところだった。

 しかし、リズラルドはそうならなかったのだ。覚醒したときとは違い、今は「レーゼ」を「先生」と認識しなおしている。「魔王」に関しては、「父親」と認識しているようで位置づけは変わってしまっているようだが、少なくともレーゼを攻撃する危険性は、ゼロに近いと思えた。


「俺は……確かに、覚醒してすぐに先生を攻撃した」


 リズラルドは、口の中で苦いものを感じながらも、言葉を選んで後を続ける。


「せやけど、今はあのときの俺やない。俺は、先生を守りたい。その思いは、魔女さんと同じや」

「……同じ?」


 魔女は、眉を寄せて目に見えて不機嫌そうな顔をして見せた。もともと、気が長い方ではない上に、万全ではない身体。そして、魔術の構成が編めない状況にまで衰えている自身の精神。そのせいで、苛立ちはピークに達していた。


「ふざけんな! あたしは、この子と血が繋がってる家族なのよ!? この世界に残された希望、サレンディーズの遺志! あんたみたいな、半端もんの繋がりと、一緒にしないで!」

「……魔女さん」


 その言葉は、少なからずリズラルドの胸中を抉った。魔女の怒りはもっともであったし、否定できないほどの強い感情が込められていた。だからこそ、リズラルドは傷心しながらも、言葉をつづけることをしなかった。反論せず、押し黙る。

 魔女の、一方的な八つ当たりが続く。セルシもそう思ったし、それで魔女のこころが多少なりとも安定するのならば、それでも構わないとすら思った。しかし、その魔女の言葉を遮るものがいた。


「姉さん。リズラルドは、私の教え子です」


 声量は、ほとんどない。それでも、掠れていて弱々しかった……空気をほんの少し振動させるだけであった、「あのとき」よりは力を取り戻している。レーゼは、教え子「リズラルド」を守るための言葉を、息が苦しそうに肺を上下させながらも、紡ぎはじめた。それを見て、血相を変えたのは姉であるルイナ……魔女だった。


「レーゼ! あんたは黙って! 二度としゃべるな。その傷が癒えるまで、一言も発するんじゃない!」

「…………」


 口元に、うっすらと笑みを浮かべたレーゼは、失血のし過ぎで弱くなった視力で、姉の姿を探していた。ほどなくして捉えると、優しい目の色で、苛立っている姉をなだめようと再び口を開いた。その行為を、ルイナが許すとは思っていない。それでも、リズラルドが責められることを、黙ってみていることは出来なかった。


 魔女にとっては、リズラルドはただの「天士」なのかもしれない。


 だが、レーゼはリズラルドを「家族」として共に過ごした、思い出を持っていた。


 レーゼは、簡単にそれを捨てられるほどの、薄情な人間ではなかった。


「姉さん。私は諦めます」

「……何を」


 魔女は、腕組みをしながら数歩進み、レーゼの眠る場所まで来ると、膝をついて弱り果てた弟の姿を目に焼き付けるように、視線を向けた。


「本当は、同行したかった。クレーを…………この手で、取り戻したかったからです」

「あんた……まだ、そんな生ぬるいことを言ってるの!? あいつは、もう魔王よ! 殺すべき存在。殺されるべき存在…………情けをかけていては、こっちが死ぬ!」


 魔女はなおも続けた。厳しい口調で、平和主義な弟の思考を修正させるかのように、言い聞かせる。


「世の中、すべて上手くいくなんてことは無い! 世の中は常に不平等で、不幸。だから、争いはなくならないし、イレギュラーなんてものが生まれる!」

「私も、姉さんも…………イレギュラーです」

「えぇ、そうよ。セルシも、この天士も、言ってしまえばみんなイレギュラー。だから、生き残ったとしても、幸せな未来があるとは思っていない」


 そこには、魔女が十年前から受け継いでいる「覚悟」が見えた。その強い思いが、魔女の原動力となり、突き動かすものを生み出していたのだと、レーゼは感じることが出来た。

 魔女とは、レーゼが思っていた以上に苦しみ、考え、本当は誰よりも「平和」を望んでいる存在なのだと、知った。それを知った以上は、弟として是が非でも姉にも「幸せ」というものを掴んで欲しいという感情が芽生えた。


「天界が統制すべき世界。それがきっと、正しき道だった。でも、セルシはもう神でもなければ、天界を捨てている。そこの天士だって、魔王を倒した後にはまた、人間の赤子として姿を誤魔化すのかもしれない。残念だけどね、あんたが望む家族像はもう、戻らないのよ。すべてが片付いたら、消えゆく運命だと思いなさい」

「それでも構いません…………ただ」


 レーゼは、一呼吸を置いた。単に、息が長く保てないというだけのことかもしれない。


「私は、一瞬でもいいから…………もう一度、家族に、戻りたいです」

「…………ちっ」


 しばし沈黙してから、魔女は舌打ちをした。きっと、魔女もこころから「魔王」を憎んではいないのだ。戻れるものならば、戻りたかった。そう、喉まで出かかって言葉を飲み込むかのように、舌打ちで誤魔化していた。


 クレーは魔王に近しい存在。


 それは、ルイナもセルシも感じていたことではあった。


 察知していながら、何も出来なかった自身が一番憎かったのだ。


「私はここで、祈っています。姉さんと、兄さんの帰りを待ちます」


 レーゼは、安らかな音色の声で後を続ける。リズラルドは、今では自分よりも身体が小さくなってしまっている「先生」の言葉を、聞き逃さないよう、胸に刻みつけるよう、じっと集中している。


「だから、代わりに…………リズラルドを、連れて行ってください」


 次の言葉を聞いて、リズラルドは目を見開いた。


「私とクレーを繋ぐ、家族のひとりとして……」


 セルシは、優しく笑みを浮かべて魔女の顔を見た。ルイナは、複雑そうな表情をしながらも、流し目でリズラルドを見やった。そこには、「先生」の言葉に胸を打たれた、冷酷さの消えた「天士」の姿があった。そこでレーゼは確信した。今の天士、リズラルドは「脅威」にはならない……と。


「姉さん。リズラルドを、お願いします」

「……あぁ、もう!」


 ワシャワシャと癖のある髪を掻きむしると、魔女は迷いを振り払うかのように、強くこぶしを握ると、洞窟の壁を強く殴りつけた。白い手には血が滲む。そんな痛みなんて、感じないほどルイナは苦々しい想いを持っていた。


「チビすけ!」

「なんや?」

「あんた……空間を歪めることは出来るの?」

「四次元を作り出し、瞬時に移動することなら可能や」


 人間魔術士には為しえない術が、幾つもある。イレギュラーといっても、人知を超えるほどのものは、与えられていない。そのひとつが、この転移魔術である。他にも、蘇生魔術や、変幻魔術などがあげられる。ここにいる天士が、十年間「人間魔術士」の姿をしていたことが、「変幻魔術」によるものだということに、今は魔女であるルイナは納得している。そういうものがあるということは、古い文献にもあった為、知っていたが、実際に目にしたことがなかったので、ルイナをはじめ、リズラルドを拾って実際に十年も共に生きてきたレーゼと現魔王も、見抜くことができなかったのである。


「決戦のときよ。ヘルリオットへあたしを飛ばして」

「…………魔王を、殺すため?」

「…………」


 魔女は一瞬、言葉をためらった。即答しなかったところに、迷いが伺える。しかし、その迷いを振り払うように目を見開く。


「バカを、止めるためよ」

「姉さん……」

「あんたの願いを、聞き入れる。あたしは、あんたの唯一の姉だから」


 ルイナは、自らの力では身体を少しも動かせない末の弟の細い手を優しく握った。強く握ってしまえば、骨が折れてしまいそうなほど、やせ細っているからだ。


「あたしは、魔女である前に、あんたと…………魔王の、姉よ」

「はい」

「セルシ、レーゼをお願いね。ここにまた、魔王が来るかも分からない。油断しないで」

「大丈夫です。もう、同じ過ちは繰り返しません。レーゼさんのことは、僕に預けてください」


 ルイナはふと笑みを浮かべると、再びきりっとした瞳を取り戻す。


「チビすけ。行くわよ!」

「おーけー。魔女さん」


 リズラルドが右手の人差し指で左から右へと、空間を切る。すると、そこには真っ白な世界が広がっている。これこそが四次元の世界であり、そこを支配するものでなければ、二度と現実世界へは戻れなくなる。


「魔女さん、俺の手ぇ放すなよ?」

「わかったわ」


 リズラルドの左手を強く握ると、準備がととのったとみて、消えないうちに四次元空間へとふたりは身を投げた。その刹那……空間のひずみは消え、ふたりの姿もなくなった。

 残されたのは、元魔王であり元神だった今はなんの力も持たないセルシ。そして、すべての力を失った、死につつあるレーゼのふたり。


「世界は…………きっと、姉さんを殺さない」

「?」


 レーゼの呟きを、セルシはふと気に留めた。しかし、レーゼはその言葉を最後に、眠りについた。寝息が弱々しくも聞こえることから、死んでしまった訳ではないと、安堵するセルシだが、それも時間の問題なのではないかと、唇を噛みしめた。

 今、できることは祈ること。魔女と天士という異例のタッグを組んだふたりに、この世界を託すこと。本当に、たったのそれだけだった。


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