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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔王と交戦

セルシによって、本来の姿と現在の役目を伝えられようとするストレイ。

しかし、それをストレイは拒んだ。

一方、金の称号である魔術士ウェイズは、ついに「魔王」に接近し……?

「あなたは、そういう存在です」

「魔王? 天士に……魔女? 何を言っているの?」

「覚えていない方が、幸いなのか。それは、分かりません」

「……なら、いい」


 ストレイは、耳を塞いだ。そして、目を固くつむる。それが、絶対的な「拒絶」だということは、明らかだった。


「聞きたくない。僕には、セルシが居ればいい」

「魔王は兄、天士は教え子。魔女は、キミの姉だよ」

「聞きたくない! ……っ」


 大きな声を出したからか。細くなった気管を痛め、咳き込みだす。


「ごほ、ごほごほっ……ぅ、ぁ、あっ」


 呼吸が出来なくなっている。そう判断し、セルシは優しく背中を撫でると、とにかく落ち着かせようと、優しく抱きしめた。弱々しく、ストレイはセルシに縋るように服をきゅっと掴む。それでも、なかなか自然の呼吸音が戻ってこない。


「大丈夫です。じきに落ち着きます。大丈夫、大丈夫」


 暗示をかけるように、言葉をかけ続ける。今のストレイは、十六にしては幼い。一気に大人まで成長し、そこから再び退化を辿ったのだが、こころが不安定であることは、目に見えていた。記憶がないことが、原因の一旦になっているとも考えられる。


「夜風が本当に冷たくなりました。もう、休みましょう?」

「…………セル、シ」

「喋らなくていいんです。今は、ゆっくりと呼吸をしてください」

「…………」


 何かを、言いたげな表情をしてみせる。しかし、セルシはそれをあえて読み取ろうとはしなかった。知ってしまったら、それを叶えるために加担してしまうかもしれないと思ったからだ。

 セルシは、お香を立てた。睡眠効果を促すものであり、ストレイが好む香りだった。


「ゆっくり、おやすみなさい」


 その言葉を、聞いているのかどうか……ストレイは、セルシの胸の中で落ち着いた呼吸を繰り返していた。


 死の刻印は……日に日に、ハッキリとしていく。


 ストレイの命は、このままでは長くない。


 セルシは、焦りを感じていた。



 魔王の行動に、規則性はないか。ウェイズは検証していた。王都に近づいてきていることは確かなことである。隣町まで辿り着くのに、そうは時間もかからないだろう。ウェイズとしては、王都ヘルリオットを戦場にはしたくない。王都で直接対決となれば、多大なる被害を受けてしまう。

 魔王討伐、撃退は絶対条件。天士は、人間の敵なのか、何なのか。実態が掴めないため、現状は放置するしかない。


(魔王の狙いは何だ……)


 魔王の力があれば、一気にヘルリオットを壊滅状態にすることも、不可能ではなかったはずだ。それをあえてせず、徐々に侵略していることにはきっと、意味があるはずであった。意味もなく、行動を起こすようなものはそういない。


「……退きなさい」

「!?」


 突如として、背後から凛とした声がした。ウェイズは、その者の正体を声だけでは判断できない。


「あんたみたいな無能武官に、何か出来るとは思えない」

「あなたは?」


 ウェイズが振り返ると、そこには「黒猫」を思わせるような、くりっとした黒い瞳に、ハネた黒髪の女性が立っていた。季節的に、もう長袖でなくては寒かろうに。その女性は、黒のタンクトップを身にまとっているだけだった。


「あたしを知らないの? 間抜けね」

「よほどの自信家のようですが、知りませんね」

「あんたよりは強いわ。それも分からないようじゃ、魔王には到底及ばない」

「……魔王を、知っているのですか?」

「さぁね」


 よく見ると、女性はいたるところ傷だらけだった。どれも、魔術で無理やり傷をふさいでいるのだろう。一筋の切り口が残っているだけで、致命傷とは思えない。


「……私は、魔王はクレーという魔術士ではないかと疑っています」

「……」


 女性は、ぴくっと眉を上げ、明らかに嫌悪感を表情に出した。ウェイズはこの女性は、魔王の正体を知っているのだと確信した。


「もう一度尋ねますが、あなたは誰なんですか? 魔術士であるということは、分かっています」

「あたしは、魔女よ」

「……魔女?」


 ウェイズは、そういえばそんな存在があったということを、はるか遠い記憶の中から拾い出した。


 十年前。魔王を退治したとされる伝説の魔術士。通称「魔女」という存在がいた。公式の文書には記載がないため、言い伝えとされているが、こうして存在しているのだから、それは「伝説」ではなく、「事実」だったのだと改めて知った。


「何故、公式文書に載っていないんですか?」

「ハゲに聞きなさいよ、そういうことは」

「ハゲ?」

「国王よ。無能国王!」

「……陛下を、そのように呼ぶ市民が居るとは、思いませんでした」

「だから、あんたも無能武官なのよ」


 黒々とした爆炎が上がった。一瞬、ウェイズはこの「魔女」によって攻撃を受けたのだと錯覚した。しかし、そうではないと次の瞬間知らされる。魔女が歯を食いしばり、地面に伏す姿を見たからだ。爆撃は、確実にこの女を狙っていた。


「来たわね」


 地面を蹴りだし、人間では考えられないほどの跳躍を見せる。数メートルのジャンプを軽やかに披露すると、女は重力によって地面が再び落下しはじめる前に、右手を突き出して叫ぶ。


「散れ!」


 それがあまりにも短い単語だった為、ウェイズには魔術の詠唱だとは思えなかった。それでも、一瞬莫大でかつ、緻密な魔術の構成が女の手の中に広がったのを見逃さずに捉えたので、ウェイズはそれが「魔術」発動の合図なのだと知ることがかろうじて出来た。そして、先ほど女が「あんたより強い」と豪語した所以も、そこで悟らなければならないと感じ取った。


「無謀だよ」


 女の攻撃は、幾つもの爆弾を破裂させるようなものであったが、やはり短く響く男の声によって、そのすべては「無」に帰した。荒地となった地面に着地すると同時に、女は躊躇うことなく、右横へと身体を傾け右足を軸として態勢を低くしたままくるりと回って足払いをする。その動作を見て、はじめてそこに「男」の実体があるとウェイズは気づいた。

 土煙の中で、視界が悪い。それでも女は、男……「敵」と言って問題ないだろう。その存在を掴んでいた。


(何なんだ……この女は)


 ウェイズは、目の前で起きている魔術と体術の攻防戦を、黙って見守ることしか出来ない。「金の称号」を得ているのだ。これでもヘルリオットの世界の中では、指折りの魔術士であるはずの自分だった。だが、これではまるうで入る余地がないことを受け止めざるを得なかった。

 女に蹴りを入れられる男は、それさえも読んでいた。軽く飛び退きかわすと、着地点に大きな魔方陣を素早く展開し、その中心を踏むと同時に、身体が空へと誘われた。その瞬間に魔法陣はもう消えている。身体を浮かす為のものだったのだろう。その役目を終えると同時に効力を失い消えた。

 空に浮かんだ男は、黒の短髪に黒い瞳を悪戯っぽく光らせ、口元は笑っていた。まるで、この戦闘を弄んでいるように見える。その視線が、ウェイズとぶつかったとき、ウェイズは内心で「殺される」と察した。

 しかし、実際には「瞬殺」されることはなかった。もっとも、この男がそれを望んでいたならば、間違いなくそれは「可能」であったと認めた。


「それは新しいお供かい? 武官には、興味ないのだと思っていたけど?」

「なんの冗談?」


 女は明らかに嫌悪感をあらわにした。そして、厳しい目つきで男を睨み付けていた。このふたりの間で交わされる言葉は、全てが詠唱かとも思ったが、これはただのやり取りのようである。

 ウェイズは、女……自称「魔女」の正体にも興味は行くが、空中に浮かんだままである「男」の正体も、確認したいところだった。それほど悪くない視力のウェイズは、目を凝らして男を見やる。その姿。黒に包まれた青年の容姿は、見覚えがない訳でもなかった。

 ウェイズが知っている者。自分が「目星」をつけていた「魔王」の姿と、その者の姿が相重なる。

それぞれの地域に配属されてから、一度も顔を合わせていない為、その者はウェイズが知っている姿より大人びている。最後に会ったのはもう、六年前。それでも、予測できる範囲の「成長」とも呼べる。


「クレー……なのですか?」


 ウェイズは、どこかで確信を持ちながらも疑問形で声を発した。すると、宙に浮いているままの男は、さらにうっすらと口元に笑みを浮かべた。


「違うよ」

「ちっ……」


 舌打ちをしたのは、ウェイズではない。「女」であった。女は舌打ちをも「詠唱」に変えてしまうほど、魔術に長けている。そんなことが出来る有能な「魔術士」が存在しているとは、ウェイズは思っていなかった。空気圧を利用して、ウェイズの身体を今まで立っていた地面から、何メートルも離れた場所へと瞬時に吹き飛ばした。それがウェイズに対する、女の「攻撃」ではなく、ウェイズを「守る」為の魔術であったと知るのに、時間はかからなかった。

 ウェイズが立っていた場所に、鋭い氷の刃が降り注いできたのだ。ウェイズは細い目を見開いて、吹き飛ばされた地点で態勢を整えてから、その光景を分析した。いや、実際には分析しようにも、しきれていない。ウェイズは、女が一瞬で生み出し発動させた魔術の構成も、男の魔術の構成も、見逃している。どのタイミングでそれが成されたのか、まるで分らなかった。


 悟るしかない。


 ウェイズは、「自分は足手まといになっている」と実感した。


(悪夢のような現実か)


 目の前で白い閃光が放たれた。もはや、どれが誰に対する攻撃で、防御であるのかさえ、分からなくなっていた。淡々と、起きている爆撃を馬鹿みたいに真面目に見つめている。自分は、関わることが出来ない次元の攻防であることだけは、つかめていた。


「無能!」


 そのために、女から放たれたその単語がウェイズを示していると解釈することには、時間がかかった。自分だけが取り残された世界に居るようで、隔離されていた中、突然女はその中にウェイズを招き入れた。そこに、どんな意味があったのかは、結果を見てからしか判断ができない。


「聞こえてるの!? 無能武官! 聞こえてるんなら、返事くらいしなさい!」

「え、あぁ……聞こえています」


 ワンテンポ遅れて答えると、それすらも煩わしいようで、女は夕日が沈みかけている方角……つまりは、「西」を示して声をあげる。その方角には、王都ヘルリオットが存立していた。すぐ隣という訳ではない。だが、この戦争は確実に「西」に向かっていることは、確認していた。


「このエリアも、もう壊滅よ。次に狙われるのはきっと……分かるわよね!?」

「……」


 あえて、黙した。しかし、今度はこれが女の望む「答え」で正解だったらしい。そのまま後を続けてくる。


「行きなさい!」

「……あなたは?」


 女は、馬鹿げたことを……と言わんばかりに、ウェイズに背を向けた。そして、ありったけの力を展開させる。ウェイズが、これまで見たこともないような大仕掛けの展開図が空に広がった。それを見て、ウェイズは「愚問だった」ということを知る。


「食い止める……やってやるわよ、最大出力で!」


 女の、詠唱らしくない詠唱を聞いてから、ウェイズは来た道を戻る為にとにかく走った。今の自分に出来ることは、情けないがそれしかないと思い知った。女の……「魔女」の邪魔をこれ以上してはいけない。そして、ウェイズは自身の目で「魔王」と思われる男の姿を確認した。それを、伝えなければならない。自らの、主君に。


(いや……それより先に、布陣を引かなければならない。このままでは、ヘルリオットはおろか、世界が滅びる)


 魔女の力は、確かなものである。強い。ウェイズとは、比べものにならないほどの魔力と構成力である。ただし、相手の男はその上を行く。だからこそ、魔女は自分を先に行かせたのだ。

 魔女は、「食い止める」と言った。それは、時間稼ぎを意味していると解く。ここで敵を倒せるならば、ウェイズに「西」へ行かせる必要性はない。つまりは、魔女はこの地で自分が「負ける」ことを予知しているとしか、思えなかった。


(負ける為に、戦い続けているというのか……?)


 ひとは、愚かな生き物だ。しかし、負け戦を望んで続けるほど、愚かで強い生命ではない。


(魔女は、何を考えている?)


 それは、ウェイズには答えの出せないところの話である。いや、魔女自身にも、答えなど見いだせていないのかもしれない。

 そんなことを思いながら、ウェイズは激しい爆風が背中のすぐ後ろで起きたかのような錯覚に見舞われながらも、振り返らずに荒れ果てた荒野の道を走り続けた。



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