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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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消えた魔術士

王都、ヘルリオットでは、国王が頭を悩ませていた。

「魔王」討伐に派遣される魔術士武官は、ことごとく撃破されてしまう。

しかし、はじめて「魔王はクレー」という仮説が立てられる。

一方、セルシの元でストレイは……?

 王都、ヘルリオット。


 「魔王の覚醒」だけでも、厄介過ぎる事件なのだが、「天士」の目撃情報も増えてきている。国王は、頭を悩ませていた。高貴な者しか身にまとうことを許されていない、紫のローブを身にまとい、「王の間」で歯を食いしばる。この数ヶ月の間で、多くのランクの魔術士武官を派遣したが、ことごとく殲滅。むごい姿、命がこと切れる寸でのところで、帰還する兵士もいたが、精神崩壊し、何を言っているのか理解もできない。それはすでに、報告ではなく、「人語」ともとれない。そう、「人間」として終わっていた。


「陛下」


 黒髪黒目。どう見ても魔術士であるひとりの青年が、国王の前に姿を現す。黒いローブを身にまとい、腰ひもには、金の剣が携えられていた。


「ウェイズか」


 ウェイズと呼ばれた青年は、一重でもきりっとした瞳で、薄い唇を真横に結び、事態を重く見ていた。


「私が出向きます」

「ならん」


 国王はこれまで、どのランクの者が志願してきても、それを許可し魔王討伐、天士討伐へと向かわせてきた。国王自らの血が流れる訳ではないし、痛手となるほどの兵力ではないと、目算していたからだ。

 しかし、この若者に対しての反応は違っていた。ウェイズと名乗る短髪のさらりとした髪型の青年の志願を、国王はあっさりと棄却した。青年は当然、それを不満に思う。


「何故です、陛下。私は、そこまで劣っていますか?」

「逆だ」


 髪はない。だが、瞳は黒々とした自らも魔術士である国王は、短くそう答えた。

 今、志願してきた青年は、手放すには惜しすぎる優秀な武官であった。年はまだ、二十歳。魔術の統制からたったの五年で、青年は「金の称号」を手にしていた。


「私が適任です」


 ウェイズがそう述べることには、理由があった。ウェイズは、「サレンディーズ」兄弟と同期だったのだ。

 まだ、国王のもとに「クレーが魔王」という情報は入ってきてはいない。十年前の魔女が、再び動き出していることも、「天士」がシルドで保護された少年であるということも。何一つとして、情報は入っていないのだ。

 だからこそ、ウェイズは確かめたかった。「シルドが崩壊した」という情報は入ってきている。しかし、ウェイズは「クレー」と「レーゼ」が派遣されていた、その「シルド」が崩壊させられるなど、考えられなかったのである。

 クレー、レーゼ、そしてウェイズは、ともに魔術の統制を受けた。そこで、ウェイズはふたりの圧倒的知識と魔術の技術、力を目の当たりにした。明らかに、ウェイズよりも上回り、際立っているふたりの能力。しかし、ふたりは「金の称号」には拘らなかった。むしろ、「銀」と「ブロンズ」に振り分けられるよう、ウェイズが「金」に選ばれるよう、仕向けたのだ。

 ウェイズはそのことによって、プライドが傷ついた。そして、この事実を受け入れられなかった。それでも、魔術の統制を受けるまでの期間。長い日々を共に過ごしたクレーとレーゼに対して、情があったことも事実。だからこそ、最後にはふたりの目論見がわからないまま、自分は「金の称号」を甘んじて受けたのだ。

 自分よりも、はるかに高いレベルの魔術士であるクレーとレーゼが派遣された「シルド」が、簡単に崩壊するはずがない。むしろ、そこから破壊がはじまったとさえ言われていることを考えると、ふたりのうちのどちらかに、何かが起きたと考えるのが定石ではないかと、ウェイズは考えていた。


「陛下。シルドの街には、クレーとレーゼが派遣されていました」

「クレーとレーゼ?」

「サレンディーズの血を引く者です」

「…………サレンディーズか」


 国王にも、覚えのある名前だった。いや、当然である。伝説の「プラチナ魔術士」の姓だからだ。その存在は、多くの者には知られていない。だからこそ「伝説」と謳われている。それでも、確かに十年前に存在した、それこそ最強の魔術士夫婦だった。


「クレーとレーゼは、今、どこに?」

「レーゼは、隔離病棟に居たという噂がありました」

「あぁ…………ストレイか」

「?」


 そこまでの情報を、ウェイズは得ていない。しかし、国王のもとには自分にはない情報があるようだ。


「レーゼの身は、確保されているのですね?」

「およそ一ヶ月前。何者かによって、連れ去らわれた」

「そうですか……では、クレーは?」

「行方知れずだ」


 ウェイズは、眉をぴくりと上げた。


(行方知れず……?)


 妙だと思うのだ。ウェイズの知るクレーとは、ふざけた男だが、弟思いの魔術士であった。それなのに、レーゼを守らず行方をくらませたというのか? それは、不自然に思えて仕方がなかった。


(もしや、クレーが…………魔王?)


 ウェイズは、まだ確信はしていない。しかし、その可能性は高いと認識した。ただし、天士に関しては、皆目見当がつかない。そもそも、天士に至っては「存在」しているのかどうかも、怪しいものである。あくまでも、存在は「噂」程度に過ぎない。


 魔王を退治すれば、世界は再び平癒へと導かれる。


 ウェイズはそう、願った。


「陛下」

「なんだ」

「仮説です。これは、あくまでも私の立てた仮説です」


 国王は、疲れきった目でウェイズを見やった。その目を、真っすぐに見ながら、ウェイズは言葉を続けた。


「魔王は、クレーだと思われます」



「二口」

「二口半」


 長く、透き通るような銀の髪の青年は、壁に「二」と数字を書きこんでいた。それを不満げにし、すぐさま「半」を付け加えるように声を発したのは、黒のサラサラとした髪を腰あたりまで伸ばした「少年」だった。その少年は、あまりにも細く、「華奢」という言葉では片付けられないほど、やせ細っていた。

 左胸には、黒々とした紋章が刻まれている。少年は、この紋章をどこで刻まれたのか。自分が今、何故ここで生きているのか。何も、覚えてはいなかった。


「半? きっちり二口しか、食べていないじゃないですか」

「三口とも言えるほど、食べたよ」

「変なところは、強気なんですよね。あなた」

「何か言った? セルシ」

「いいえ」


 仕方なしに、セルシは壁に「半」という文字も刻み込む。この数字は、この少年が生きている証。一日のうちに、どれだけ物を食したかを記録していた。

 強い痛み止めと、栄養剤の点滴をとりやめてから、三ヶ月。地獄のような日々が続いている。この「少年」は、よく耐えていると元魔王は認めていた。

 意識がはっきりしてきたのは、まだこの二週間ほどの出来事。それまでは、言葉のキャッチボールも上手くいかなかった。ただ、ここで諦めては少年がまっすぐ「死」へと向かうだけである。セルシは決して諦めなかった。


 三ヶ月。


 魔女は、一度も此処に帰っては来なかった。


 風の便りによると、まだ、生きている。そして、魔王であるクレーに挑み続けているという情報を得ていた。だからこそ、セルシは此処に残された「ストレイ」もといい、「レーゼ」を守ろうとこころに決めていた。魔女、ルイナには借りがある。いや、たとえそれがなかったとしても、セルシはこの「少年」を守る道を選んだであろう。


 ストレイ。


 セルシが彼を「レーゼ」と呼ばず、「ストレイ」と呼ぶようになったことには、理由があった。まず、レーゼが「レーゼ」という名を忘れてしまっていたということ。そして、代わりに刻まれた名前が「ストレイ」だったということ。さらに、今の彼は成人男性の姿をしていなかったことによる。

 此処に運ばれてきたときの姿を、「ストレイ」は保っていないのだ。正確に言えば、「元の姿」に戻ったと表現するべきが正しい。


 レーゼの実年齢は「十六」である。


 クレーが調合した「成長剤」を飲み続けていたレーゼは、正常より数倍早い速度で身体を成長させた。「大人」として振る舞わなければならない事情があったのだ。

「魔術の統制」を受けるには、「十五」にならなければならない。そこでクレーは、レーゼが実際よりも早くそれを受けられるようにと、肉体改造を試みたのだ。薬はうまく作用し、レーゼは育った。

十のときに、魔力の解放は受けていた。そのため、肉体年齢さえクリアできれば、国王の目は欺けるとクレーは踏んでいた。

 しかし、無理やり成長を続けた身体である。副作用があった。酷い痛みと、不眠。そして、急速な老化現象。

 今のレーゼの身体は、「十六」の年相応に見えるほど若くなった。しかし、肌に張りはない。そこまでの回復は得られなかった。それでも、セルシの目測以上にレーゼはセルシの処置に耐え、今日まで生き延びた。

 身体が縮むということは、それだけ骨にもひずみが入る。筋肉も、血管も、何もかもが委縮する。痛み苦しむレーゼ……今のストレイを、セルシはひたすらに守ってきた。意味の通らない叫びを、何度聞いたことだろう。いっそのこと、死なせた方が彼のためなのではないかと、錯覚してしまうほど、ストレイは苦しんでいた。


「セルシ?」

「風が冷たくなってきましたね」

「そうだね……」

「? どうかしましたか?」


 ストレイが、ベッドの上で俯いた。まだ、歩けるほどの力はなく、壁にもたれかかって座ることでやっとだった。


「僕は…………いつ、死ぬのかな」

「…………」

「食べたくないよ、何も。欲しくない」


 セルシには、返す言葉が見つからない。ストレイの主張はもっともだと思えるからだ。自分のことが分からず、誰だか分からない「大人」の作る食べ物を、無理やり口にする日々。

 夢がある訳でもない。それどころか、この「少年」には希望もない。ストレイは、自身が「魔術士」であったことも、覚えてはいなかった。


 何も、覚えていないのだ。


 家族のことも、自分のことも……何も、覚えていない。


 苦しみだけが日々、襲ってくる。


「セルシ。僕は何で生きているの?」

「生きるべき人材だからです」

「どういう意味?」

「…………魔王、天士。そして、魔女の弱点」

「?」


 セルシは、ここで「嘘」までついては、この少年があまりにも不憫だと思った。そのため、残酷だとは思っても、隠さずに「本当」のことを伝える決心をした。

 それが、最善の道かどうかなんて、分からない。あくまでもひとは、「結論」を見てからそこまでの「過程」を判断する種族だとセルシは分析している。そして、きっと自分もそうなのだと思う。だからこそ、迷いはするが、決断を下す。曖昧にしておいて、いいことはないと踏んだ。



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