魔女の苦悩
弟を救い出しに施設へと現れた魔女。
武装した施設のものから銃撃を受けるが、魔術によりそれを圧倒する。
「魔王」「天士」と共に「イレギュラー」としての能力を持つ「魔女」は……?
「まだ、生きててくれたのね。よかったわ」
数ヶ月前。魔王となった家族、クレーの攻撃をかわしながら行方を再びくらました姉、通称「魔女」は、制止してくる病院スタッフを吹っ飛ばしながら、青年のもとへ歩み寄ってくる。服装は、あのときに現れたときと特には変えず、黒のタンクトップに黒のジーンズを穿いている。やや伸びた後ろ髪は、やはり外にハネていて、前髪は目にかからない辺りでカットされている。いつも通りの「魔女」のスタイルとも呼べる。
魔女が歩み寄ってくるのは、気配で分かっていた。けれども青年は、ぼんやりとした視界の中で、天井を見つめているのみ。「生きている」とは、お世辞にも呼べる姿ではなかった。
「随分と痩せたわね。こんな点滴じゃ、肉なんかつかないわ。生きる糧にはならない」
ぶち。
「何をするんだね! その患者から、それを奪ってはいけない!」
「栄養剤? ふん。あたしの目を誤魔化せるとでも思った? レーゼを操って、なんになるの? こんな、死にぞこない。命を維持させる価値があるの?」
突き刺さる言葉は、脳に直接響いてきた。青年のやせ細った腕からは、無理やり点滴の管が抜かれている。行き場をなくした液体が、床に滴れはじめる。
「麻薬よ、これ。レーゼ。あんた、あたしを認識できる? まだ、意識は残ってる?」
「ぅ…………ぁ、ぁ」
青年は、苦しそうに呼吸をし、「魔女」の言葉を飲み込もうとする。しかし、ぼやっとした視界が急にクリアになることはなく、ただ、痛みだけが増すばかり。
「魔王と天士の抑制剤にでも、なると思ってたんでしょ。甘いのよ、あんたら無能は。自分たちだけの保身を試みたんでしょうが、無駄ね。んでもって、ハゲは相変わらず、卑怯よ」
魔女は「魔術」を操って、青年の自由を奪っていた鎖を溶かし、寝かされた状態の彼を、抱き起そうとする。しかし一歩、歩み寄ったところで、踏みとどまり、自らが破壊した扉に視線を向けた。すると、そこには白衣を着た金髪の中年男性が、銃を構えて魔女を狙っていたのだった。
それでも、魔女が慌てることはない。
「撃てば? 運よく当たったとしても、致命傷にはならない。そんなもので、このあたしを殺せるとでも思った?」
「黙れ! 魔女!」
パァァァン!
勢いに任せて撃たれた弾丸は、魔女の胴体を狙っていた。普通の人間には、その弾道すら見極めがつかない。確実にそれは「魔術」に対抗できる手段のひとつであったはずであり、強い殺傷力を持っている武器った。
しかし、魔女は右手を突き出すだけである。中年の医者が引き金に力を込めたのを見て判断すると同時に、小さく舌打ちしていたのを、青年は聞いていた。
…………。
静寂な時間が流れる。
いや、液体がぴちゃん……と滴れる音だけは、残っていた。
「無能の持つ銃は、無駄撃ちばかり」
嫌味たっぷりな魔女の声は、横たわる青年以外のすべてを震え上がらせた。
人々は、知らなかった。この世の脅威、イレギュラーは「魔王」という意思統一がされている。「天士」の存在は、所詮は伝説。見たものは、殺される。そんな世界、そんな社会。
そこに、まだイレギュラーがいるということを、人々は認識しなければならなかったのだ。
魔女。
ただの魔術士とは、桁外れの魔力を持った人間魔術士の娘。
「ま、魔女め……っ!」
「何よ。だから言ったじゃない。あたしは魔女って。自ら名乗ってやってんだから、大人しく言うことを聞きなさいよ」
中年の医者は、錯乱したのか。銃を乱射しようと試みる。それを見た魔女は、今度は同時ではなく先に動いた。
「弟は、返してもらうわ!」
痩せ細った青年の腕を力いっぱい掴むと、魔女は自らの胸の中に抱き寄せ、姿を消した。呆気にとられた医師たちは、無人となったその個室のベッドを見つめるだけで、追うこともせず、悪夢を見ているかのように立ち尽くしていた。
※
幼かった頃。まだ、ラックフィールドの田舎で、農家をしていた時代。サレンディーズの姓を持つ親子は、穏やかな日々を過ごしていた。父、ジルは家事が趣味で、薪風呂の薪割りから料理から、掃除洗濯なんでもあれ。容姿も女々しい方で、髪の毛は癖のないサラサラヘアで、黒い髪をまっすぐに肩辺りまで伸ばしていた。身体の線も細く、色白で黒い大きな瞳。背丈も高くなかったジルは、よく、「妻」に間違われていた。一方その「妻」は、女性にしては体格がよく、骨太ではないが、ジルよりはしっかりとした筋肉をつけていた。ただし、背丈は低い。百五十ほどしかない。髪の毛は癖毛で、外ハネ。肩につかない辺りで適当にハサミを入れて、乱雑にしていた。前髪は、目にかからないように眉毛のところで切りそろえている。瞳は細いが、くっきりとした二重である。家事は好まず、すべて夫の「ジル」に任せていた為、妻である「ヴェリー」は畑仕事や、大工の真似事をこなしていた。
子どもは三人。一番上に長女。母似ではあるが、瞳は大きくそこは父に似てよかったと、ヴェリーは思っていた。長女の名を「ルイナ」という。下には、弟がふたり。目の細さなど、背丈だけは高く育ったほぼ母のコピーである「クレー」が兄。サラサラヘアで、女々しさをそのまま譲りうけたのが、弟の「レーゼ」であった。三姉弟は、性格が見事にバラバラで、両親は手を焼いていた。しかし、姉弟喧嘩をしているところは、村人は見たことがないというほど、仲は良かった。特に、姉である「ルイナ」は正義感が強く、いじめられっ子だった末っ子「レーゼ」を、度々救いだしていた。
「レーゼ…………まだ、意識戻らないのかしら」
「ルイナさん。あれから一ヶ月も経っていませんよ。気長に待ちましょう?」
横たわる青年を前に、影がふたつ。ひとつは、魔女のもの。もうひとつは、魔女が心許せる存在としてあげられる、数少ない存在。銀色の髪の毛はストレートで腰ほどまで伸び、瞳は紅い。人間離れしたその容姿は、この世のものとは思えないほど、美しかった。
整った顔立ちに、長い手足。透き通るような白い肌。声も、透明感がある綺麗な声だった。女性というには低い、男性というには高い。不思議な声色である。
「セルシ。あたしはまた、村に偵察へ行くわ。レーゼをお願い」
セルシ。「セルシオン」というのが正式の名であるが、ルイナは親しみをこめて省略して呼んでいた。白色の衣に身を包んでいるセルシは、対照的な色である真っ黒な色彩の服に身を包む魔女を見て、紅い瞳を陰らせた。細く整った眉を寄せ、案じる。
「ルイナさん。この子の傍に居てあげてください。僕は、この子が目を覚ましても、何もできません」
「そんなの…………」
ルイナは、唇を悔しそうに噛みしめた。言いかけた言葉を止め、俯く。言葉にはならなかったその言葉の続きを、セルシは簡単に読み取り続けた。
「レーゼさんは、あなたの存在に救われると思います」
「そんなこと、あるわけないじゃない!」
「どうしてです?」
「あたしは、この子を置いて逃げたのよ!? そのせいで…………そのせいで、魔王に殺されかけた!」
「クレーさんは……」
「クレーって呼ばないで!」
魔女は、狭い木造の室内に響き渡るほど、強い声でセルシを制した。勢いづいたまま、セルシを睨み付けるようにして怒鳴りつける。
「あれはもう、魔王よ。弟なんかじゃない!」
「……現実を、見てください。僕のときは、ちゃんと見てくれていたじゃないですか」
「あんたは、悪じゃなかった」
「同じです。クレーさんだって、悪じゃない」
「同じじゃないわ!」
強い否定でルイナは、魔王となった弟の形相を思い出していた。まるで、自らの力を試すかのように、軽い気持ちで姉であるルイナに攻撃を仕掛けてきたクレー。魔女が対処できず、傷を負った姿を見ると、その顔には笑みすら浮かんでいた。そして、次にした行為はレーゼに絶対なる「死」を与えること。「死の刻印」を刻み、消えてしまった。
崩壊した弟たちの住む家から、シルドの役人から救い出されたレーゼは、どこかの施設。つまりは病院へと搬送されたという情報を得たルイナは、ずっと、レーゼの存命を願い、しらみつぶしに病院を探し歩いていた。
しかし、現実は優しくなく、どこまでも残酷だった。
幾ら探しても、見つかる様子がなく、無駄骨をどれだけ踏んだことか。それでも、諦めなかった。諦める訳にはいかなかった。
ルイナが何百件目だろうか……見つけた病院は、一見白い外壁のただのボロイ施設。しかし、中へ入ろうとすると、施設への許可証の提示を求められたのだ。そんなものを持っているはずもなかったルイナは、一旦そこから身を引き、考えた。
何故、警備を厳重にする必要があるのか。
ルイナは幾つかの仮説を立てた。疫病患者がいる為、行政がそれを匿っている。無駄に金持ちが買い取った土地であり、出入りに制限をかけている。知られたくない「何か」を世間から隔離する。
何にせよ、この施設には「裏」があると判断したルイナは、此処に探している「弟」が居なかったとしても、ヘルリオットの「秘密」を得るチャンスが隠されていると判断し、強行突破に踏み込むことにしたのだ。
ルイナは、正門、裏門の警備の強さを尋常ではないと感知し、東側にあったフェンスをよじ登る道を選んだ。当然、目立つ。どんなに早く登ろうとも、途中で気づかれるのは分かっていた。それでも、そこの警備が一番手薄だと判断したので、躊躇うことはなかった。
ルイナは、警備兵に対して手を抜くことをしなかった。最高峰の魔術士であるルイナだが、実は体術の達人でもあった。身のこなしが軽やかで無駄がないのは、その為である。
必要最低限の力で武装している相手をねじ伏せていき、正門まで戻ると、患者リストを奪い去った。白い廊下を走りながらも、ルイナはリストから名前を探す。そこで「レーゼ」という名を見つけ出した。三階の角部屋に、名前が刻まれている。やっと見つけたと、ルイナは追ってくる警備兵や医者、看護士を追い払いながらも、扉を魔術で破った。
しかし、そこで目にしたのは変わり果てた弟の姿だった。
そこから救い出して一ヶ月。
ルイナにとって、それはあまりにも長い日々だった。
「魔王は、レーゼを殺した」
「まだ、レーゼさんは生きています」
「ストレイ」
「……」
そう、白い部屋の前には名前が書かれていた。




