魔術士兄弟、クレーとレーゼ
異端児リズラルドを拾って育てている、魔術士の兄弟、クレーとレーゼ。
そして、この世界に「魔王復活」の噂が囁かれている。
その事実を、どこか上の空に捉えている兄弟の真相とは……?
育てているのは、レーゼとその兄。同じく魔術士である武官、クレーであった。クレーは髪をボサボサとさせている、レーゼとはまた違った容貌である。レーゼの年も、クレーの年も、実のところ定かではないのだが、見た目は二十歳そこそこといったところである。魔術士ということもあって、やはりクレーの髪色も瞳も漆黒であった。
レーゼは、リズラルドを拾ったはいいものの、ものぐさな性格であり、動物も飼ったことのないような人生であった為、リズラルドを持て余してしまった。そこにて一緒に住んでいた、一見、不器用で何も出来なさそうな兄、クレーに、親権を渡して育児放棄したという過去を持つ。
だからこそ、リズラルドは本来。クレーに情を寄せて、クレーを「師」として仰いでも、良いようなものである。
それをしないことには、やはり理由というものが隠されており、単に、リズラルドはクレーに対して苦手意識を持っていたのである。
「魔術で治しますか? 自然治癒に任せますか?」
「どっちだっていい」
ぶっきらぼうに答えるリズラルドは、町民に対しては大口を叩くけれども、少年にとっての「先生」そして「父親」となるレーゼとクレーには、物静かなところがあった。
「では、少しだけ」
そういって、レーゼはリズラルドの腕に自らの右手を重ねた。すると、そこに淡い光が生まれ、スーっとリズラルドの傷口の中へと、浸透していった。未だ、出血が続いていたその傷口に、血小板が多量に生まれ、乾いていく。完治とまではいかないけれども、傷口はおおむね塞がり、リズラルドの意思で動かせるほどまでの回復となった。かさぶたとなった傷口を見ても、リズラルドは驚きもしない。ただ、憮然とした表情でレーゼを睨み付けるのであった。
こう見えて、リズラルドはレーゼのことを敬愛している。
素っ気ないのは、どちらかといえばレーゼの方であった。
だからこその、不自然さが残るのかもしれない。
「さて、帰りますか。リズラルド」
「あぁ。帰ってやらなくもねぇ」
「はいはい」
上の空に聞いているレーゼのことを、リズラルドは何か言いたげに口元をもごもごとさせながら、見つめていた。そのことに、察しのいいレーゼは当然のことながら気づいている。しかし、あえて気づかないフリをしているのは、自分が面倒なことに巻き込まれないようにするためであった。やはり、冷たい人間の癖が少なからずある。それなのに、リズラルドは「先生」と慕い、必死にその背中を追いかけているのであった。健気なものだ。
程なくして、自分たちの家へと着いた。平屋の一軒家。電気がついている。中に居るのが誰だかは、入らなくても分かった。
「やぁ、お帰り。遅い帰宅だなぁ、相変わらず」
出迎えてくれたのは、黒髪の短髪をボサボサと跳ねさせて、細い目の奥には黒い輝きを持った青年であった。細い目を開けると、その目には小さな頭を真っ先に見つめていた。
「リズー。いい加減、僕に黙って出ていくのはやめておくれよ。寿命が縮まるではないかぁ」
「く、くるしぃ! クレー、く、首!」
クレーが思い切り抱きしめた為、リズラルド。通称リズーの細い首が絞まり、気管がつぶれたらしい。見る見るうちに、青ざめていく小さな少年の様子に慌ててクレーはその拘束をほどいて、頭を掻いた。リズーがクレーを苦手とするのは、このレーゼとは対照的な性格である人懐っこさ満載の性格故だと推測される。
「いやぁ、悪い、悪い。ついつい、可愛い我が子の帰りを祝いすぎてしまったようでなぁ」
「兄さん。相変わらずですね」
冷ややかな視線を送る、弟であるレーゼは、兄が先ほどまで立っていたキッチンへと足を向けていた。玄関を開けて中に入ってから、良い香が立ち込めているのは分かっている。香ばしい、何かを焼いているにおいがしていた。
「兄さん。今夜は肉料理ですか?」
「あぁ、そうだよ。レーゼもリズーも食べるだろう? 僕も、さっき役所から帰って来たところなんだ」
「さっき?」
弟レーゼは、怪訝な顔をしてみせた。役所とは、夕方四時が定時であり、滅多なことが無い限り、残業も入らないものなのである。レーゼ自身も部署が違うとは言えども同じ役所の務め。定時まで勤めてから帰宅し、リズーのやんちゃに付き合っていたという経緯だ。
「魔王探しが、本格化しているようだよ」
「魔王ねぇ」
兄弟は揃って、天を仰ぐように上を見た。その様子を、リズーはただ黙って見ていた。この兄弟はれっきとした魔術士であることに変わりはないが、どこか「変」なところがあるのである。
「見つかるのかねぇ」
「さぁ? どうでしょうねぇ」
「のんきな先生たちだ」
ふたりのやり取りを見ていて、とうとうこころの声が漏れたリズーは、どっかりと椅子に腰を下ろしながらそう述べた。長めの前髪から覗く鋭い眼光は、ふたりをしっかりと捉えている。
「そういうリズラルドは、魔王のことをどう思っているんだい?」
「先生の手にかかれば、そんな奴だって簡単に消え失せるだろ? 父さんだって居るんやし。怖くない。それに、魔王って封印されたんやろう? 魔王探しって、そもそも何や?」
リズーにとって、レーゼは絶対的な先生。クレーは父親であった。そのレーゼとクレーも、その名前と魔術士であること、役所に勤めているということ以外、知られていない不思議な存在である。
しかし、これまで町民に被害を出したことはなかったし、彼らの魔術はこのシルドの町の良い防御壁となっているため、詮索する人間は現れなかった。魔獣が現れたとしても、この兄弟の武官によって、保護されてきた。そして、今に至る。そのために今さら、出生の秘密を聞き出しに来たり、役所へ届け出ろなんていう面倒なことを言い出すものは、居ない。もし、へそでも曲げられて王都へ帰還されては、シルドの村人たちにとって、マイナスにしかならないのである。
人間とは、割と損得で考える愚かな生き物だ。
ただし、このふたりをよしとしない魔術士ならば居た。それらの魔術士というものは、役所の下っ端であったり、魔術に芽生えたばかりの、各々の持つ力の「底」を分かっていない、身の程知らずの者がほとんどである。
そういった町民の動向を、兄弟はなんとも思っていなかった。動いたところで、無駄な労力を使うだけだと計算しているからである。