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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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失われゆくもの

天士、魔王の復活により、世界は破壊されていく。

命を救われた青年は、「天士の歌声」と「魔王の刻印」により、衰退していき……?

 世界は、破滅的危機を迎えていた。シルドの街は壊滅状態。シルドにも当然、王都からの派遣魔術士武官が居たが、詰所となっていた役所は、魔王によって瞬時に攻撃され、溶解していく建物の中でどうあがいたところで、ブロンズも銀も金も関係なく、即死。魔術を持たない市民も、例外なく滅ぼされていた。

それを手始めとし、隣町、そのまた隣町へと、侵攻は続いていく。王都から急遽応援要員として派遣されていく金の魔術士も、一蹴されるだけであった。


 魔王の復活。


 天士の復活。


 信じ難いその情報は、瞬く間にヘルリオットの世に伝わっていった。天士の姿を見た者の中には、生き残りは居ない。居たとしても、口から泡を吐き、白目を向いてまるで意識を持たないのだ。情報を得ようにも、それは「人間」と呼ぶにはむごい姿だった。

 魔王の姿を見て、生き残った者は居た。天士などという、伝説の「天界」の生命とは違い、魔王は「地上」世界の「王」とも呼べる魔術士。黒髪に黒目で、短髪。笑みを浮かべながら、街を破壊し、人々を滅ぼしていくその姿は、姿こそ「人間魔術士」と大差ないが、「悪魔」のようであると恐れられた。


(理由…………理由が、ない)


 清潔に保たれた、真っ白の空間。そこで、今朝の新聞に目を通す黒髪の長い青年。青年は、痛ましい現状が書かれたそれを見ながら、魔王の行動に疑問を抱かずにはいられなかった。


(それとも、魔王になると自制がなくなるのでしょうか……元魔王も、人間だった頃から悪魔的存在だったとは、言い伝えられてはいない)


 青年は、自分の知る「覚醒前」の魔王の姿と、今の「覚醒後」の魔王の姿を思い出していた。しかし、酷い頭痛が邪魔をして、その映像にノイズが走る。同時に、左胸に燃えるような刃物でめった刺しにされているような、あまりにも激しい痛みが走る。


「くっ……う、ぁ、ぅ!」


 固く目を閉じ、新聞を握りしめ、必死に痛みに抗う。青年はもう、何ヶ月もこの痛みから解放されず、やせ細っていく自らの姿に絶望し、生きていた。自分が、優秀な「魔術士」であったことなど、誰が認めてくれるだろう。

 知識が消える訳ではない。それでも、「天士の歌声」を聞いてからというもの、まったく「魔術」にとって必須となる「設計図」が描けなくなっていった。魔力は失われていないはず。しかし、術の構成を編めないとなれば、それはもう、「魔術士」であるとは呼べなかった。


(終わったんだ…………もう、終わってしまった)


 絶望するしかなかった。この、白い空間の中。黒い瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。


 止める手段、無い。


 探す手段、無い。


 生きる手段、無い。


 手遅れなのだと。何もかもが、遅いのだと、胸の痛みは訴えかけて来た。医者からも、見捨てられている。手の施しようがないそうだ。今は、包帯で見えなくなっているが、この白い包帯の下には、黒々と燃えるような紋章が描かれている。「死の刻印」と名付けられたそれは、青年からすべてを奪い去っていく。生気を吸い取り、魔力を吸い取り、精神力を吸い取っていた。青年はもう、死んでいてもおかしくない。それほどまでにも、弱っていた。


(リズラルドは…………どうなったのでしょうか)


 リズラルドを知っているもの……赤子だったときにリズラルドを拾って来た町役場の者は、皆、死んだと聞かされた。名付け親である青年自身は、リズラルドの安否を気にしている。しかし覚醒し、どこかへ行ってしまったその少年……いや、行方をくらましたときには、青年の姿となっていた「彼」はもう、リズラルドではないのかもしれない。

 そもそも、このような身体になった青年がそれを考えるということは、まったくもってナンセンスというものかもしれないと、皮肉まじりに笑みが浮かんだ。


(私はもう、何も出来ない)


 絶望が青年を襲う。


 そのまま、時は無情にも流れていく。


 青年は、簡単な思考なら出来る。しかし、少しでもそれが複雑化してしまうと、もう、脳内は離散してしまう。心中も苦しくて、仕方がない。死んだら、どれだけ楽だろうかという意識ばかりが、最近では働いていた。

 それでも、自害という道を取らないのは、それを許されない「病院」に入れられているところにある。


「ストレイさん。点滴、そろそろ終わる頃ですね」


 黒髪の青年「ストレイ」は、細くてほとんど骨のような右腕に刺さった、点滴を見つめた。もうそんな時間かと、ただ、それだけを思う。

 青年は、口からの捕食がまったくできなくなっている。医者は、精神的ショックによるものだと見解を出しているが、そんなことも、青年にとってはどうだってよかった。生きていたくないのだから、この点滴も、本来は必要ではなかった。


「…………」


 ストレイは、黒い瞳を陰らせた。数ヶ月。軽い言葉は脳内に紡いでいるが、声には出していなかった。そのせいか、これもまた精神的ショックのせいなのか。声の出し方が分からなくなっていた。

 痛みで、呻くことはある。無理やり、声を絞り出す方法なら知っている。それでも、魔術の詠唱を流れるように伝えることは、もう、出来そうにない。


「ストレイさん?」


 看護士の言葉に、ゆっくりと頷いた。そして、相手の目を見つめる。青い瞳だ。この辺では珍しくはないようで、金髪に青い瞳というのは、特徴のない証拠だった。


「…………」


 ストレイと呼ばれ続ける青年は、声を出さずに訴える。


(もう、殺してほしい)


 それが叶わないということを知っているからこそ、余計に声を出そうとはしない。いつも無言である青年を前に、看護士もすでに諦めていた。「死の刻印」を包帯で隠し、見えないふりをしている。そして、栄養剤と書かれた点滴を、残りがもうわずかとなった袋から、満タンのものへと交換し、去っていく。それだけを数時間に一度、淡々とこなされるだけ。誰も、青年をこころから救おうとはしていない。

 死ねない理由はこの点滴にもあるが、何より、自殺行為が出来ないよう、青年の四肢は鎖で繋がれているのだ。さらには、万一を考えてのことなのか。窓からの飛び降りを危惧しているようで、鉄格子が張られている。


「…………」


 誰も居なくなった、真っ白の空間にまたひとり、取り残されたストレイは、ただ押し黙って天井の染みでも探すかのように、ぼんやりと上を見つめていた。


「待ってください! ちょっと、あなた!」


 騒がしい。鍵をかけられている個室の外、廊下から看護士のものだと思われる女性の声が飛びかう。


「ここは、関係者以外立ち入り禁止エリアです!」

「うっさい! あたしは、れっきとした関係者よ!」


 聞き覚えが、ないとも言えない声だった。しかし、その声の主を特定は出来ない。青年は、近づいてくる「女性」の声に、なんとなく耳を傾けていた。ただし、天井の染み探しはやめていない。


「邪魔するってんなら、こんなちんけな病院くらい、吹っ飛ばしてもいいんだからね。あたしを怒らせないで!」

「あ、あなた……魔術士ですか!?」


 看護士が驚きの声をあげるのと、ほぼ同時か。青年が寝かされている真っ白な空間を仕切っていた扉が、勢いよく吹っ飛んだ。その空間には、シルエットからして「女性」と特定できる人間がひとり、立っていた。


「あたしは、魔女よ」


 不敵な笑みを浮かべ、「魔女」は唐突に現れた。


「やっと見つけたわ、レーゼ」


 レーゼ。


 青年が捨てた名。



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