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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔女と弟

意味深な話を続ける魔女。

それをかわそうとする弟のレーゼ。

聞き耳を立てるクレー。

三人の関係性が崩れつつあり……?

 朝。


 寝室は、二部屋あった。クレーとリズーが眠るツインベッド。そして、レーゼ用のベッドがある寝室。そこで、レーゼはいつも身体を休めているのだが、今回はそういかなかったらしい。ベッドをふんだんに使って柔らかなシーツに身を包んでいるのは、髪のハネた女性であった。

 レーゼは、居間のテーブルに腰を掛けたままの状態で、顔をテーブルに埋めて、休んでいる様子だった。姉であるルイナに、寝室を譲ったのだ。ずっと戦いながら「元魔王」の住処から、ここまでやってきたというのだから、それなりに疲れているはずだった。いくら姉が頑丈で、ひとより魔術が長けているとはいえ、小さな「女性」の身体では、体力はついてこないだろうし、疲労回復をさせてあげたいと思うのが、「家族」としては当然のことだと判断した。

 しかし、レーゼはレーゼで、日々、疲れを感じていた。そのため、居間で寝入ってしまったのである。お風呂から上がった状態……黒の半袖シャツ姿で寝入ってしまい、朝方の冷え込みに、身体は震え、目が覚めた。室内も含め、外もまだ静けさを保っている。


「……今、何時なのでしょうか」


 早朝ということは分かっていた。部屋にこぼれてくる日差しは、淡い。くたびれた身体は、やはり椅子に座った状態で眠っただけでは、回復しきらなかったらしい。更には、身体の筋肉が、変に固まってしまっていることを自覚した。

 朝の八時には、役場へ出勤しなければならない。いつも、七時に目を覚ますよう意識し、朝食を食べ、十分前になったら家を出ることを繰り返していた。クレーは、七時半に目を覚ます。朝食は食べない主義で、同じく十分前に出勤する。魔女である姉が帰還したとはいえ、この生活を変える訳にはいかないだろう。

 レーゼは、疲れた身体を立て直すと、顔を上げた。長い髪を掻き分けて、時計を見る。時計はまだ、「五時」を示していた。


(早いですね……もうひと眠りくらい、出来そうですが)


 そう思っても、怠さはあっても眠気はなくなっていた。昨晩は、遅くまで姉と話し込んでいた。深夜二時近かったことを考えると、ほとんど眠れていない。それでも、眠気が飛んでいるということは、良質の睡眠が取れたということなのだろうか……そうとは思えない。レーゼは深くため息を吐いた。


(動き出して、姉さんとリズーを起こしてはいけないですよね)


 レーゼは誰かに問いかける訳ではなく、ただひとり、胸中で呟いた。レーゼは、細長く伸びている自分の四肢を見て、女性のように白い優美な手を見つめた。それを見て、苦笑を漏らすことは自制出来ない。


「……十年」


 レーゼは、今度は口に出して呟いた。そこに、深い意味が込められていることを自覚せざるを得なかった。

 レーゼはこの十年で、大きく変化を遂げた。魔術士としての確立もある。しかし、容姿の変化は、誰からしても驚くべきものであった。

 その、驚きをカモフラージュするためにも、レーゼ。そして、クレーは自らの出生の地である、「ラックフィールド」を飛び出し、そことは真逆の位置に存立する「シルド」の街へと所属を変えてもらうよう訴えたのである。


(父さんも、母さんも…………もう、力にはならない)


 父、ジル。そして、母、ヴェリー。ふたりは、優秀な魔術士であったと聞いている。その遺伝子を純粋に受け継いだ魔女である姉、ルイナ。兄、クレー。弟であるレーゼ。間違いなく、血統書付の魔術士であると言えた。偉大なる父と母のことを、尊敬する念は消えたりはしない。ただし、ほとんど記憶にないこともまた、事実である。

 ルイナが、魔王討伐に名乗り出たのは、魔王によって両親が、消滅させられたことにあった。

 はじめは、姉はただ「仇討」がしたかったのではないかと、考えていた。「消滅」という通達を王都より受けたルイナたちは、その通達書をすぐに破り捨てた。それを現実逃避と呼ばれても、仕方のないことだろう。それだけ、受け入れがたいことであったのだ。

 両親は、「ラックフィールド」出身の、ヘルリオット王都に仕える最高峰の魔術士であった。


 プラチナ魔術士。


 今にはもう、存在していない魔術士のランク。


 いや、ジルとヴェリーだけに与えられていた、特別な称号。


 最高峰の魔術士だという認定を受けていた、特殊な魔術士だった。


 当然のことながら、「魔王」という存在を知ってしまったヘルリオットの王は、このプラチナ魔術士である両親を、「魔王討伐」に向かわせた。断る理由のない両親は、プラチナの短剣を携え、魔王が出没するという岩穴へと向かったと言われている。そこで、言葉通り「消滅」されたということしか、レーゼは知らない。

 そのとき、討伐に向かったのは両親ふたりであり、生き残りも居ない。どれだけ待っても……と、いっても、数ヶ月のことではあるのだが、「魔王」が討伐されたとも、「魔術士」が殺されたとも、連絡は来なかった。

 しかし、またしばらくしてから「魔王」はヘルリオット王都へと、姿を現した。そこで、「魔王討伐」が失敗に終わっていたことが明白とし、同時に、その討伐へ当たっていた両親は、「死」というよりは、「消滅」という言葉で片づけられる事になったのだ。

 納得がいかなかったのは、ルイナを筆頭とする当時はまだ幼い魔術士であった、ジルとヴェリーの子どもだけではなかったはず。しかし、いざ戦闘行為へと踏み出したのは、姉のルイナと兄であるクレーだけであった。レーゼはまだ、半人前にも及ばなかった為、参戦はしていない。

 レーゼは、「ラックフィールド」の屋敷の中でひとり、もう、帰ってくる見込みのない両親の姿と、目に怒りを灯したルイナに、何を考えているのか分からない、それでもついて行ったクレーの安否を気にしながら、ひたすらに無事を祈るのであった。

 「何に」と問われると、そこはレーゼも確かではない。この世界には「神」を信仰する風潮は無かった。「神」よりも、「王」の存在が尊ばれ、それを絶対的存在だと思考するのが従来からの慣わしであった。


「あんた、起きてたの?」


 物思いに耽りながら、レーゼは朝の紅茶を飲んでいた。レモンティーである。輪切りにしたレモンが、カップの中に沈められている。それに砂糖を少量入れ、あったかいまま飲んでいた。


「姉さん。もう起きたんですか? まだ、六時にもなっていないのに」

「あんたこそ。いつも、こんな早起きしてるわけ? じいさんみたいね」


 姉は、いちいち余計なひと言を突き付けてきた。ルイナこそ、ベッドで疲れた身体を癒していた割に、あまりにも朝が早い。相手がクレーだったならば、レーゼも躊躇せずに口出ししていたことだろう。今、相手にしているのがルイナであることをしっかりと頭に刻み込み、レーゼは言葉を紡ぐ。


「三姉弟で、私が一番年下ですよ」

「あたしがおばさんとでも、言いたい訳?」


 ルイナは、きりっとした眉を吊り上げて、面白くなさそうに呟いた。これでも、言葉を選んだつもりだったのだが、甘かったらしいとレーゼは嘆息した。


「そうではありません。ただ、私は年寄ではないと訴えたかっただけです」

「年相応ではないでしょ」

「……」


 そう言われると、レーゼは黙る他なかった。女性らしさを持つ二重の目つき。華奢な身体付き。長く伸びた黒髪。大人びた風貌は、二十一の「男」としては、あまりに相応しくはないかもしれない。しかし、ルイナはそこを追及しようとしているのではないことを、レーゼは知っていた。


「姉さん。やめてください」

「やめて欲しいのなら、あんた。称号を返還して、ラックフィールドに戻りなさいよ」


 姉が言う言葉が、正論であることも分かっていた。姉は決して、レーゼに冷たい言葉を発しているのではない。むしろ、姉は弟を気遣っているのだ。

 言葉は悪く、乱暴で、険悪なムードを得意とするこの魔術士の姉は、実は心根の優しい女性であった。幼いころの記憶ではあるが、父も母も優しかった。穏やかな、家庭であったと思っている。


「今、故郷に帰って何になるのですか。何の利益も得ません」

「ここに居たら、あんたは不幸にしかならないわ。だったら、不利益こうむらないラックフィールドへ帰るべきよ」

「ふたりとも~。一体、今を何時だと思っているんだい? 六時にもなっていないのに、ひとの睡眠妨害はやめてくれないかなぁ」


 不機嫌そうなセリフではあるが、そこまで気にしている様子でもない兄、クレーが姿を現した。寝室からは、リズーの姿はない。まだ、眠っている可能性は高かった。リズーは低血圧なのか、朝はめっぽう弱かった。そのため、いつものように起きてくる気配はない。リズーの一日のはじまりは、レーゼが強引に起こすことより、はじまると決まっている。起こしに行かない限り、目覚めることはない。



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