魔王と天士の共鳴
魔女は「魔王」を封印した伝説の「魔術士」であり、レーゼとクレーの姉。
魔女は「魔王」よりも「天士」の存在を脅威と考え、「天士」の覚醒にある仮説を立て……?
魔女は、「姉」の顔から「魔術士」の顔へと変わる。
「魔王の復活。これから話すわ」
「はい」
「セルシも、それは感じているの。元魔王の余波とでも言おうかしら。自分がそうであったように、同じような突発的な覚醒が、起こりうる風を感じると言っていたわ」
「魔王が?」
「元、魔王よ」
まるで、新たなる魔王が君臨しているかのような言い草だと思いながらも、レーゼはそこを訂正しながら言葉を続けた。
「その、元魔王の見解では、近い将来。後継者が現れるというのですね?」
「その将来というものが、もっと先ならいいんだけど。残念ながら、近い未来のようね」
「何故、そこまで言い切れるのですか?」
「そこに、天士の歌声が絡んでくるのよ」
「……すみません。私にはよく、理解できません」
レーゼは正直に答えると、ルイナは乾いた黒髪を手で梳きながら、言葉を発した。着替えを用意していなかった為、適当にあったレーゼの黒の半袖を今は着ている。レーゼの背丈とルイナの背丈は、そこまでの差がなかった。若干、レーゼの方が上というくらいである。
「天士には、魔術が効かないの」
「その情報はどこから?」
「あたしの実体験」
「!?」
レーゼは、驚きを隠せなかった。天士を見たものは居ない。そう、告げられたはずである。
(いや、でも……生き残ったものが居ないとも、言っていましたね)
「あたしはね、魔王ちゃんとも戦ったけれども、天士とも顔を合わせたことがあるの」
「いつ、ですか?」
「十年前よ」
「十年……前」
すべてが、そこで繋がっていく。
魔王が覚醒し、倒された年。
天士が現れ、姉が対峙した年。
レーゼとクレーが「リズー」を見つけ、拾った年。
そして。
(そして……私が、私であることを捨てた日)
レーゼは、再び目を伏せた。気分が滅入るこの事実からは、目を背けることが出来ない。いや、後悔などはしていない。兄に促された道ではあるが、自分が選択した道でもあるのだから、そこで兄を恨むということは、筋違いであることは認めている。
「天士と戦って、無事だったんですか?」
「魔王ちゃんを倒すのとは、訳が違ったわ。あたしも、深手を負った。だから、しばらくは動けずにいたのよ」
「姉さんが……深手」
あまり、考えられない光景だった。十年前の姉といえば、まだ魔術の解放からたったの五年。術も技も今よりずっと劣っていたとは思うけれども、それでも、世界最強説が流れるほどの力を持った「魔術士」であった。それを、叩きのめすほどの大きな力を持つもの……それが、天士という存在。レーゼは、恐怖を少なからず抱いた。
「命があっただけ、ありがたいと思わなきゃね。でも、あたしだってただでやられた訳じゃないのよ。一矢報いてやったわ」
姉は、目を細めて黒い瞳を鋭くした。
「天士から、その素質を砕いてやったの」
姉の言葉は、あまりにも滅茶苦茶な呪文のように聞こえてきた。レーゼにとって、分からない単語が連なっているからだとも思える。
「そんな魔術があるんですか?」
「そこはね、あまり覚えてないんだけど」
それならば、信憑性も低いとレーゼは感じた。ただ、姉が生きている。それだけは、事実。
「とにかく、あたしが遭遇したのはそのときだけ。ただ、天士には魔術は通用しない。それは、ハッキリとしたわ」
姉は、より目を細めた。まるで、何かを睨み付けるかのように。その目の先に捉えているものはきっと、「敵」の姿なのだろうと想像する。
「魔王には、魔術は通用する。当然ただの人間にも、魔術は通用する。ただ、道徳的意味で、一般人に魔術を向けることは、罪として問われることが多いわね」
姉は一拍、呼吸をしてから後を続ける。
「でも、天士にはまるで力が及ばなかった。効かないのよ。当たっても、無効化される。確実に、仕留めようと直撃させても、天士はけろっとしているんだから」
「それが本当なら、本当の脅威は魔王ではなく、天士じゃないですか」
「そこなの」
魔女は、カシャンとティーカップを勢いよくテーブルの上に叩きつけた。中のハーブティーが、跳ね上がって外へ飛び出る。テーブルが幾らか濡れる。
「天士の歌声。それを聞いたら終わり。どんな魔術をもってしても、どんな人間的文明をもってしても、逃れられない絶対的な死がやってくる」
姉は、興奮していた。怒りなのか、闘争心なのか。それを強く燃やしながら、後を続ける。
「絶対的な死。それを招くものが、天士の歌声……簡単に言えば、精神崩壊」
「え?」
物理的攻撃ではないのかと、レーゼは目をまるくした。精神崩壊が、絶対的な「死」に繋がるとは、あまり考えられなかった。
物理的に、頭を撃ち抜かれるだとか、心臓を含め、内臓を攻撃されるということならば、それは「死」に直結すると考えられる。でも、そうでないのならば。「精神崩壊」が天士の攻撃の主流ならば、自分自身を強く保てば、それで済むのではないかと、思えてしまう。
「甘いわ」
そんな、レーゼの思考を読み取るように、ルイナは短く否定の声をあげた。
「このあたしでさえ、自分を取り戻すのに、どれだけ時間がかかったと思ってんのよ。あんたみたいなひよっこが、その歌声を聴いたら、一瞬も堪えられないわね」
「そこまでハッキリ言いますか……」
レーゼは、嘆息した。しかし、ルイナの読みが外れることはまずない。きっと、そうなのだろうと理解する他ない。
「あたし、思ったのよ」
急に声のトーンが変わった。落ち着きを取り戻したのか。ゆったりと、言葉を紡ぐ。
「魔王は、天士を止めるための手段なんじゃないかって。現に、魔王ちゃんも天士に遭遇したけれども、あたしがもがき苦しんでいる中、セルシは平然とした顔で立っていたわ」
「それなら、きっとそうなんでしょうね」
「つまりよ。魔王が復活するということは、天士の復活も同時に起こるってことを言いたいの!」
再び姉は、声を荒げた。
レーゼはただ、ここで話が合致するのかと、納得するしかなかった。
「居間がうるさいなぁ。こんな中、リズーはよく眠っていられるねぇ。子どもって、寝て育つとはよく言ったものだなぁ」
クレーは、ぽんぽんとリズーの布団を優しく叩きながら、自分を抜きにして内緒話をはじめたとばかり思っていた姉と弟の会話に、やはり聞き耳を立てながら、口元をほころばしていた。
(姉さんも、レーゼも。甘いんだから)
別に、何が甘い……という訳ではない。ただ、クレーに言わせればすべてが甘いと、断言出来た。
十年前には、絶対的な「差」があった姉と自身の魔力。しかし、今はどうだろうかと想像する。先ほどの、銀の武官への攻撃術の際に見えた、姉の魔力展開図。それと、自分の中に存在する展開図を比べると、互角のように思えた。
(でも、やっぱり魔女か……)
それでも、まだ。魔女が上回っていると……そこは、認めなければならない事実。舌打ちひとつで、大きな魔術を発動させられるほど、クレーの魔術は完璧ではない。
ヘルリオット世界の魔術。基本は空気の振動にあった。空気に振動を与えることで、いかに思い描いた設計図を具現化させるか。そこに、力の差は現れるといってもよい。勿論、生まれ持った「魔力」という素質も、関わってはくるけれども、そこは技術によってカバーも出来る範囲である。それに、クレーと魔女は、同じ親のもとで生まれた姉兄。遺伝的要素は同じである。当然、レーゼもそうである。
設計図を具現化させるには、それを説明するような呪文を唱えることが一番簡単な方法。口にしながら、その設計図を思い描けるのだから、当然といえば当然。だからこそ、その呪文が短くなれば短くなるほど、設計図の説明と力の放出の結びつきが薄れる訳だから、魔術の制御が難しくなっていくのだ。
しかし、姉である魔女は、たったの舌打ちで、魔術を完璧に制御し、具現化させているのだ。そこは、評価しない訳にはいかない。あれが、難しい魔術でなかったといっても、きっと、魔女のことだ。もっと複雑な魔術であったとしても、舌打ちひとつで成し遂げることは、難としないはずである。
(姉さんは、変わった)
クレーはまた、同じことを思っていた。
(姉さんには、意味が出来たんだ。生きる、意味。生きる、価値)
淡々と、胸中で言葉を並べていく。布団の中では、すやすやと寝息を立てながら、気持ちよさそうに夢を見ているリズーの姿がある。
(レーゼの生きる意味は、僕にある)
それは、そう仕向けたのだから、当然のこと。
(僕の、生きる意味。生きる価値は……どこにあるんかねぇ)
リズーにあるのかもしれない。それも、考えたことはあった。リズーには、何もないのだから。父親となった今、自分はリズーを護るべき立場にあるということは、自覚している。それなりに、親らしいことをしているつもりでいるし、それなりに、レーゼにもリズーを拾ってきて、名前まで付けた責任を、取らせようとしている。
それでも、クレーは満足していなかった。
(分かったときには、きっと世界は……変わっているんだろうなぁ)
根拠のないぼやきだとは、分かっている。それでも、思考を止めることが出来なかった。




