最強のイレギュラー
魔術の統制を受けるのは十五歳。
その年から考えると、これまで不明だったレーゼとクレーの年がおおよそ明らかとなる。
そのことに疑問を抱くリズーに、魔女は何故か苛立ちを覚え?
「あたしがちょうど、十五になったばかりの年だった」
つまりは、魔女がレーゼとクレーの姉ということは、レーゼとクレーはそれに満たない。
そこに十年という月日を足してみて、今の年齢を割り出してみると、二十歳から二十四歳くらいという数字が、浮かんできた。もっとも、ふたりの正式な年齢を知りたい訳ではなかった。そこには、特に意味を見出さないからである。
「魔女さんは、魔術の統制を受けたの?」
「ばか。ハゲの下であたしが働くように見える?」
リズーは正直に、「見えない」と答えた。その答えに、魔女は満足したらしい。
「魔女さんは、単独で動いていたん? あ、先生と父さんを引き連れていたんかな?」
そのとき、これまで詰まることなく言葉を発していた魔女も、レーゼも、一瞬眉を上げ、表情をこわばらせるのを感じ取った。
(……なんや?)
そこに、奇妙な感覚を覚えないはずがなかった。
「僕と姉さん。ふたりで乗り込んだんだよねぇ」
その、短い沈黙をあっさり破ったのは、すっかり傍観者になっていた、コーヒーをすするクレーであった。何故か重くなった空気の中に、このタイミングで乗り込んでくる意味が、果たしてあったのかどうか、リズーには分からないし、それは、この父の行動からは、あまり考えられないものだった。クレーは、面倒ごとには首を突っ込まない性分のはず。それが、こうして魔女と弟であるレーゼの助け舟を出すかのように、口を挟むのだ。クレーは、尚も続ける。
「なぁ、なぁ。父さんは今、幾つなん? 先生は? 魔術の統制は、魔女さんの年齢から受けてるっていうんなら、父さんと先生は、十年前ではまだ、受けてない年だったんとちゃうん?」
(ムカつく子ね)
魔女は、胸中で呟いた。決して、それを表に出そうとはしない。いや、険悪なムードならば、かもし出すことは得意としている。
「そうだよー? 僕は今、二十三。レーゼは二十一。だから、十年前となると、まだレーゼなんて、魔力の解放からたった一年。魔王退治には、無理があるでなぁい?」
のんびりと、確かなことをクレーは口にした。リズーも、「なるほど」と頷くだけである。
「魔力の解放。それが、魔術士になることを意味してるん?」
「そうです」
再び、レーゼが口を開いた。まるで、強調するかのように。何かを、必死に訴えるかのように。
「十になると、魔力を持って生まれた魔術士……一般的には、魔術子と言うのだけれども。その、魔術子は、突如開花して魔術士へと生まれ変わる。それが、魔力の解放」
「魔術子は、魔力の解放がされると、肉体的になんか変化あるん?」
当然の疑問であろうと、レーゼは思った。そして、リズーが興味を持たないはずもなかった。
魔術士の特徴を持って存在しているリズー。
十になり、魔力の解放がなるべき日はすでに来ているリズー。
しかし、何の変化も見せないリズー。
焦りがあるのは、当人、リズーだけではない。
リズーに「何か」を感じ、拾い育てたレーゼとクレーも、同様だった。
「魔術士になら、見分けがつくようになるのよ」
「え?」
今度は、口を閉ざしていた魔女が再び口を開けた。眉を寄せ、口元を歪ませ。明らかに、苛立ちを覚えているように見える。
「例えばね、目の前に顔を青くして、冷や汗をだらだらとさせてる奴が居るとする。あんた、それ見てどう思う?」
それが、魔術士となんの関係があるのだろうかと、リズーは胸中で疑問符を浮かべていた。ただ、この魔女には逆らってはいけないことは、いい加減読めてきていたので、素直に答えた。
「どうしたんかなぁ……って」
「それだけ?」
「具合、悪いん?」
「そう。相手は具合が悪いと訴えなくとも、見ている方で察知できるわよね?」
「う、うん」
「そういうことよ」
「はぁ……?」
分かったような、分からないような。リズーは、細くて短い、キリっとした眉をハの字にして、困惑した。
「見えるんですよ。魔力の展開図とでも言いましょうか。その、展開図が大きければ大きいほど、相手の魔力は強大だと言えるんです」
レーゼは「先生」らしく、答えを子どもに与えた。それを聞くと、リズーも理解を深めた。そして、さらに追究しようとする。子どもとは、そういうものだということを、レーゼは認めていた。
「じゃあ、魔女さんと先生と、父さん! あとは、魔王と国王。どんだけ力の差があるん?」
子どもは、「無邪気」とはよく言ったもので、触れて欲しくないことにまで、簡単に踏み込んできてしまう。そのことも、レーゼは分かっていた。ただし、分かっているからそれに応えるとは、限らないのが「大人」である。
「うっさい!」
その、「大人」の代表がここに居た。魔女は、あからさまにイヤそうな顔をして、居間に背を向けて風呂場とを仕切る扉を蹴破った。それを見て、レーゼは嘆息し、クレーはコーヒーを静かにすすった。
「単純に考えれば、王の手に負えなかった魔王を封印してしまった姉さん。通称魔女が、最強でしょうね」
(確かに……)
リズーは頷いた。そして、壊れた扉の中へと消えて行った魔女の姿を見つめながら、ふと思ったことをまた、口にした。
「単純じゃなく、複雑に考えたら?」
子どもは、やはり「無邪気」だと、レーゼは毒づいた。もちろん、口には出さず、胸中で呟く程度に。
「どうして、魔女って名前がついたのかを考えてごらん? 姉さんだって、人を食らう魔物とか、魔獣じゃないんだから。ただの魔術士の女性だよねぇ?」
レーゼが詰まると、クレーが答える。いつの間にか、この構図が出来ていた。リズーは気づいていない。
「せやなぁ。なんか、猫っぽいけど」
「それは、見た目の問題。僕は、力のことを言ってるんだから」
リズーの少しずれた問いかけにも、クレーはこぼさず応えて来た。これは、珍しい光景だとレーゼは思いながら、そっと、腰に携えている短剣に手を当てていた。知らず知らずのうちに、行動である。
「イレギュラーは葬るべき存在。そう、言われただろ? 姉さんの力もまた、イレギュラーってこと」
「!」
リズーは、「無能」と呼ばれた銀の武官たちを思い出した。ついさっき、この部屋に押し込んできた、称号を持つ魔術士たちは、「魔女」を追って来た。確実に、「魔女」を排除しようとしているんだと、知った。
「魔女さん…………逃げて来たん? ずっと、武官に追われてたん?」
ぽつりと、零れ落ちるリズーの声は、どこか震えていた。明らかに崩れてきている「平凡」な幸せというものが、より、遠ざかっているのを感じているからだろう。
「さぁ? 数ヶ月、探していたとは聞いたねぇ。この家…………というか、僕とレーゼを?」
「そうですね」
レーゼが答えてから、沈黙が訪れた。ふたりが、推し図ったかのように、同時に黙り一点を見つめだしたものだから、リズーも黙るほかなかった。
静かになったその空間には、風呂場から漏れてくる、魔女のご機嫌な鼻歌が響いていた。




