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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔術の統制、魔王の覚醒

銀の称号を持つ、ヘルリオットからの魔術士武官を追い返した兄弟たち。

魔女は、世界を救った伝説の「魔術士」だったはず。

それが何故、今。

王都から狙われる身へとなったのか……。

 魔女はやけに威圧的だった。


 魔力など計り知れないリズーも、肌で「強さ」を感じ取れるほど。


 何か、特別なものを秘めていると容易に見て取れた。


「お、俺はただ…………知りたいって、思っただけや」

「……」


 魔女は、言葉にはしなかった。ただ、一瞥するだけである。一呼吸置いて、リズーだけがなんとか会話を試みる。


「なんで、魔女さんが追われてるん? その、ヘルリオットの王様に……」

「……」


 まだ、応えは来ない。リズーは、「知る必要がないのか」と、思いはじめながらも、ここまで突っ込んでおいて、いきなり話題を変えるのは逆に不自然だと判断して、言葉を紡ぐ。


「魔女さんは、魔王を封印した伝説の魔術士なんやろ? 国の誇りやないん?」

「……あんたねぇ。ほんっと、バカ」


 魔女は、くるっと向きを変えて、レーゼの傍で立ち尽くすリズーを見下ろす形で目をやった。猫目のような印象を受ける魔女の黒い瞳は、怒りを感じさせるほど、強い光を放っていた。


「魔王ちゃんが、なんで封印されたと思ってるわけ?」

「それは、魔王が悪い奴やから……」

「悪いって? どの辺が?」

(どの辺って……)


 リズーは、あまりにも意外過ぎる魔女の問いかけに、思わず言葉を詰まらせた。「魔王が悪い」という定義は、どこか変なのであろうか。間違った認識だとでも、魔女は言いたげな雰囲気であった。


「魔王は、脅威だから封印されたんとちゃうん?」

「そうよ?」


 魔女の問いかけと答え。そこに、一貫性がないように感じているのは、リズーだけではないはずであった。レーゼも、やや不思議そうな面持ちで聞いている。ただ、クレーだけは……その先にある「答え」を知っているようで、軽い表情で歯磨きをはじめていた。寝る気満々である。


「じゃあ、悪い奴なんやろ? 悪くなけりゃ、封印なんかせぇへん」

「だから、してないじゃない」

「?」


 話が見えない。余計に困惑していくリズーは、自分の中で話を整理しようと、必死になっていた。


 魔王は、魔女によって封印された。


 それは、この世界での定説。


 魔女自身も、認めている事実。


 しかし今、魔女はそれを覆そうとしている。


「いい? ハゲはね。力あるものが気に入らないのよ。だから、力あるものを、排除したがるわけ。自分の手に負えない……そう、制御出来るのはせいぜい金の魔術士くらいが精一杯なのよ」


 ハゲというのが、国王を示すことは、想像できるようになってきた。リズーは、この魔女の言葉をなんとか飲み込もうと努力をする。その様子を見て、魔女もほんの少しだけ、臨戦態勢を解いたようで、厳しい眼差しが心なしか和らいだ気がする。やけに流暢に言葉を紡ぎはじめた魔女は、壁にもたれかかって、目を閉じた。


「ハゲが魔術士ってことは、チビすけ知ってる? これくらいは、常識よね。ただね、そんな有能じゃないのよ。そこが問題。ただ、ハゲには金があった。お金がね。だから、魔術士に地位と名誉と金をばらまき、制御することを考えたのよ」

「魔術の統制って呼ばれています」


 レーゼが、まるで本職であるかのように、魔女の言葉に説明を付け足す。ただ、リズーにとってしては、ハゲ……つまりは国王が魔術士であったことも知らなければ、そんな「魔術の統制」なんていう言葉も、聞いたことはなかった。それは、リズーが幼いからか。それとも、魔術士ではないからか。そこは分からない。クレーもレーゼも、これまでの生活の中で、このことをリズーに告げなかったところを見ると、生きていく上で、それほど重要視することではないと、判断は出来る。


「そう、魔術の統制。魔術士たちは、金に目がくらんだ訳。ただ、ハゲは卑しかった。自分が制御できるギリギリの力を持つ者には金の称号を。次のグレードには銀を。そして、最後の曖昧なグレードにはブロンズの資格という名の、短剣をそれぞれに与えた」

「金の魔術士は、それなりの。銀は銀。ブロンズにはブロンズと、与えられる任務も情報も、異なっているんです」


 リズーは、魔女とレーゼの説明を聞き、ふと疑問に思うことがあった。それを素直に口にする。


「先生は、銀。父さんは、ブロンズって言ってへんかった?」

「そうですよ?」


 やはり、妙であるとリズーは感じた。レーゼとクレーの力に、そんな差があったのだろうかという疑問である。どちらが強いのか。それは、リズーには分からない。ただ、互角くらいの力なのではないかと、思っていたのだ。


「父さん、弱いん?」

「馬鹿ね。クレーの何を見て来たわけ、あんた」


 何故、魔女から罵倒されなければならないのか。この理不尽な絶対図からは、抜け出せられないものかと、リズーは頭を抱えた。ただ、確かに魔女が言う通り、クレーの素行を見ていて、先生である「レーゼ」に父「クレー」が劣っていると、目に映ったことは、一度たりとなかった。


「わざと……ブロンズに?」

「さぁ?」


 クレーは、にっこりと笑みを浮かべてはぐらかした。きっと、これが真実なのだろうとリズーは悟った。


「国王は、魔術の統制をして、どうなったん? なんで今、魔女さんが襲われてるん?」

「魔術の統制は、完全ではないのです。私とクレーのように、実力を隠して敢えて統制されているように見せかけている輩も、ゼロとは言い切れません」


 魔女ではなく、レーゼが答えて来た。魔女は目を閉じたまま、レーゼの言葉を聞いている。何か、魔女として反論するべき点があれば、口を挟むつもりなのだろう。


「だから、イレギュラーである魔王を……討伐しようとした。それが、十年前です」


 そういえば、魔王のことを魔女は「魔術士」だと呼んでいた。魔王は、一般的に「魔術士」と呼ぶには、あまりにも強大な力を持ってしまった、「魔術士」を示すのだと、リズーはさっき知ったばかりである。


「イレギュラーは、葬るべき存在。そうでなければ、王都は揺らぐ。魔術の統制の構図も、すべてが崩壊すると、ヘルリオットの王は考えたのです」

「え、じゃあ。破壊されたのは、街とか、市民の命やないん?」

「いいえ。確かにそこにも危機は及んでいました。でも、そもそもの発端は、王が主権を奪われるのではないかという恐怖に見舞われたことに、あるのです」

(だんだん、話が難しくなってきたで……)


 リズーは、胸の中で呟いた。リズーが混乱しはじめている様子を、目を閉じている魔女は気配で察する。クレーは、この会話には何故か参入してこず、ひとり、のんきにまたもや苦い黒々としたコーヒーをカップに注いで飲んでいる。そのため、まともに相手をしているのはレーゼであった。


「イレギュラー……つまりは、王の力を超え、かつ、王に忠誠を誓えないもの。その全てを示す言葉。魔王の力は、そこに当たってしまったのです」

「魔王は、悪い奴ではないん?」

「言ったでしょ。所詮はただの、魔術士だって」


 魔女が口を挟んできた。気づくと、目を開けて居間と風呂場を結ぶ通路の真ん中で、腕を組んで仁王立ちしている。


「魔王ちゃんはね。確かに、魔術の統制に属した魔術士ではなかった。だからこそ、無能なハゲは恐れていたの。魔王ちゃんは生まれ持った潜在的魔力が大きかったのに、さらにどういう仕組みなのか。そこはまだ、解明されていないんだけど、突如、大きな力を得てしまったの」

「魔王の覚醒ですね」


 淡々と告げているように見えて、レーゼの目には何か、臆するような光がこもっていた。レーゼ自身と、魔王の力を比べているかのような、そんな遠くを見据えるような目つきである。


「その魔王討伐に、金の魔術士は駆り出されました。けれども、ことごとく葬り去られるのです」

「そのとき、先生と父さんは?」


 リズーは、レーゼとクレーの実年齢を知らされてはいない。おおよそ、今の年が二十歳かそこそこという容姿だろうという、予想しかしていない。その、魔術の統制が何歳からの受け入れかも、分かってはいなかった。


「十五」

「?」


 魔女が口にした数字。


「十五からよ。魔術の統制に適応される年齢は」


 まるで、リズーのこころを読んだかのような言葉が続けられた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔女の口から明かされる真実が、現代社会において組織の抱える矛盾を彷彿させ、とてもリアルに感じられます。 そして、魔王が如何にして生まれるのか、について不安と恐怖を醸し出す筆致も流石ですね。…
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