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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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銀の称号

兄弟、リズー。そして、魔女を襲った武官たちは皆、国王から「銀の称号」を与えられた魔術士だった。

「ど、どうか……慈悲を!」


 とうとう、黒ローブの最後の男は降参だと言わんばかりに両手を上げて、跪いた。その様子を見てから、魔女はクレーに目配せした。クレーは、魔女がどういう意図を持って自分に合図をしたのか、すぐに悟り、行動へと移した。


「えぇ、と。キミ、所属は?」

「……」


 簡単に口を割るとは、もとより思ってはいない。クレーは、意識のある唯一の襲撃者に向けて、一応訊ねてみただけであった。答えがあれば早く終われたが、なくとも、推測するためのアイテムならば、すぐに見つけ出せる。だから、そこに大した問題は隠されてはいない。


「別に? 黙っていたけりゃ、そーしんしゃい。僕には、あんまり関心ないことやし?」


 言葉を続けながらも、クレーは横たわる黒ローブの男の腰ひも辺りをまさぐり、あるべきものを探していた。それは、クレー自身も、弟レーゼも身につけているものだ。


「この辺りに……あった、あった」


 腰ひも部分に差してあったもの。それは、銀の短剣であった。鞘には、赤い紐がくくりつけてある。


「こっちは、銀の称号ね。そっちは?」


 ルイナは、見下すように黒の男たちを睨み付けるだけで、自ら動こうとはしなかった。それを当然のように思いながら、クレーは次の男へと忍び寄る。そして、同じように腰あたりを探ると、前の男の持ち物とそっくりな銀の短剣を見つけ出した。


「こっちも、銀やなぁ」


 ルイナは、残りのひとり。唯一、気を失わなかった男へと視線を向けた。


「で、あんたは?」


 目を細めて睨みをきかせる。冷淡に見えるその表情からは、やはり「魔女」と言われるだけはある、強さも感じ取れた。あまりにも強い、この「魔女」と武官である魔術士「クレー」を前に、為す術なく敗れ去った自身の弱さを噛みしめ、これから何をされるのかという恐れからか、目を伏せてしまっている。

 一度は、落ち着き始めているこの現状。レーゼは、守りをかためて匿っていたリズーを解放しようか、まだ、ときが早いかを考えている。リズーの怯えていた肩は、魔術のパレードを終えてしばらくしてから、落ち着きだしているように上下に動いていた。


「銀……」


 男は絞りだすように、声を絞り出した。その言葉を、クレーはすんなりと受け止めはしなかった。もちろん、完全に信じていない訳でもない。


「証拠。見せてみぃ」


 称号を受けると同時に、ハゲこと国王陛下から授かるもの。それが、この短剣であった。

 レーゼは銀。クレーはブロンズのそれを身につけていた。赤い紐が巻き付いているのは、このヘルリオットの象徴色である。


「……」


 男は静かに、自らの短剣を取り出すと、クレーと魔女にわかるように手を掲げた。そこには、言葉と同じくして銀の短剣が握られていた。どうやら、嘘をついた訳ではないということがハッキリとした。


「銀の魔術士ですね、三人とも」

「銀レベルで、あたしを何とか出来るとでも思った? バカにするのも、大概にしてほしいわ」


 魔女は、細い腕を組んで、壁にもたれかかっている。偉そうな態度と口ぶりは、まさにぴったり合っている。外ハネの黒の後ろ髪を指で絡めてもてあそび、注意をさほど武官にはもう向けてはいない。危機……と呼べるほどのものではないけれども、それに似た感覚を保つほど、今はそういう時期は過ぎたと判断したのだ。


「ハゲに伝えなさい。魔女も魔王ちゃんも、あんたの手には負えないものだと。いい加減、手を引けと」


 怯える男は、わなわなと身体を震わせる。魔女は、もう用は済んだと言わんばかりに、扉に背を向ける。その様子を見て、クレーはため息を漏らすと、自分でやったことに関しては責任を持つよう、倒れている男たちに向けて、癒しの魔術をかけた。


「祝福を」


 何に? と、問いかけたい。ただ、その言葉には特別な意味はなく、クレーが傷を癒す際によく言葉にする詠唱である。一種の固定呪文というものだ。

 言葉をかけられた男たちは、着ているローブまでの修復は、いくら魔術を駆使したところで出来ないことだが、生命の一部である肉体につけられた傷口は塞がり、まるで、はじめて魔術を目にしたとでもいうかのような、驚きの眼差しでクレーを見る。


「兄さん。称号も返すのですか?」


 レーゼが静かに問いかける。銀の称号の武官なんて、正直、ブロンズに甘んじているクレーの敵ではないし、同じく銀の武官を務めるレーゼにとっても、相手ではなかった。ここで、この称号をもぎ取ったとしても、そこには何の価値もない。


「返すよ? 僕たちは、称号集めのコレクターじゃないからねぇ」


 そういって、当然のように短剣を返す。男たちは、そこにプライドを見ているのか。すぐにはそれを、受取りはしない。だが、別にクレーにとってはそれもどうでもいいことであった。クレーは、まるで武官を「犬」のようにでも思ったのか、開け放たれた木製の玄関ドアを開けると、称号を外へと投げ捨てた。


「さっさと出ていきんしゃい。ここは、お前さんたちの居場所じゃないんでねぇ。それとも、まーだ。一戦交えるつもりかい?」

「……っ」


 悔しそうに呻く声が聞こえた。中心にいる男が、同じ銀の武官ではあっても、リーダー格であったのだろう。すくっと立ち上がると、逃げ出すようにこの場を去っていく。それを見た部下のふたりも、同様に外の世界へと戻っていった。そこまでの体力回復もしていたようだ。

 逃げ行くその様子を、「当然」と思うクレーは、三人が去った後、すぐに扉を閉めた。そして、レーゼに目配せをする。その視線を受けて、レーゼはこれがリズーの解放の合図だと受け止め、両手を広げた。外の景色がようやく見えるようになったリズーは、ずっと押し殺していた声を、ひっそりとあげはじめた。


「父さん、先生……それに、魔女さん」


 リズーは、まったくの無傷で、それが当然というように立ち尽くしている大人たち三人の顔を順に見上げた。にっこりと微笑む、いつものクレーの顔。眉を寄せ、事の事態をやや重めに感じ取っているように思われる、レーゼの顔。そして、明らかに不機嫌さを増している魔女の顔。リズーは、今。どのような表情で居るべきなのか。どんな言葉を発すればいいのかを、探るように言葉を続ける。


「称号……って?」


 とりあえず、気になったことを順にたずねることにした。魔女は別として、ここに居るふたりの大人は、自分を育ててくれた父親と、先生なのだ。臆することはないと、言い聞かせる。


「あぁ、称号? リズーは知らなかったっけかなぁ」


 とぼけたように言い、クレーは食器棚の一番上を、何やらガサゴソと漁りだし、リズーにとって見覚えのない、銅の色をした短剣を取り出した。その柄には、赤い紐がくくりつけてある。よくよく見ると、鍔のところには文字が彫ってあった。


「ブロンズの称号や。ヘルリオットの国王から、ちゃんと授かったほんまもんやで?」

「ブロンズって、銅? さっき、襲ってきた奴らは銀って言うてへんかった?」

「せやで?」


 あっけらかんと述べるクレー。クレーは、そこに何の意味も見出さない。リズーは、レーゼのローブには、いつも銀色の短剣が携えられていることを思い出していた。そこには、やはり赤い紐がくくりつけてあったことも、同時に思い出す。


「先生は、銀?」

「えぇ」


 それもまた、短く答えられるだけであり、特別な意味を持たせない。ただ、リズーは不思議に思うことがまた出来た。「魔女」の存在である。銀の武官に追われる「魔女」は、称号を持つ、列記とした「有能」な魔術士ではないのだろうか、と。


「魔女さんは?」

「はぁ?」


 明かに、リズーを馬鹿にした目で見据えるルイナは、面白くなさそうに頭を掻き、部屋の奥へと進んでいく。どうやら、風呂場を探しているようだ。湯気を感じ取って、そちらの方へ足を向けて進んでいく。


「あたしが無能に成り下がるとでも思ってる訳? ふざけんじゃないわよ」


 魔女、ルイナの言葉はいちいちに棘を持っている。何も知らないリズーのような子どもにも、その棘は容赦なく襲いかかる。リズーは、当然のことながら怯んだ。



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