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第9話 ゼロ距離魔法

前回までのあらすじ!


女体のため、カチコミじゃあ!

 酔っ払った山賊二十名ほどに囲まれたおれは、肩にのせられていた山賊の手を、無言で軽く払い除けた。

 どう言い訳しようかと考えていると、いつの間にか陽気な山賊どもは黙り込んだままおれを見ていた。

 あきらかに視線の質が変わりつつある。不審者を見るものに。

 やがて、その中の一人が決定的な言葉を吐いた。


「……おい、こいつ……昼間の……」

「ひっ!? バ、バケモノ……!」


 ああ、どうやら昼間におれに絡んできたやつがいたらしい。

 そりゃあそうか。でも、話が早いってのはビジネスにおいては何より貴重だ。


「バケモノってのぁひどいね。ただのしがない不死人(イモータル)だよ。()()()()だけに!」


 どやあ!


 不安とどよめきは一気に広がったのに、渾身のオヤジギャグによる笑いは微塵も生まれなかった。どうやらもう、営業で培った口八丁手八丁が通じる段階じゃないらしい。

 ……や、日本でもあんま通じなかったけどさ。


「ああん? イモータルだあ?」

「はっ、笑わせるなっ!」

「いや、そこは笑ってくださいよ! こちとら恥ずかしくて顔面大発火だからね!?」


 べろぉ~りと斧の刃を舐め上げて、山賊がおれに凄む。


「不死人ランドウの魔王狩り伝説は、ただの創作だ。不死人なんぞ、この世にいてたまるかよっ、ひゃはは!」


 めっちゃここにいまぁ~す。


 つか、その刃を舐める行為は上司命令か何かでやらされているのかい? だとしたら、山賊稼業ってのはブラックだなぁ。


 別の山賊が途切れ途切れに呟いた。


「……い、いや、俺は見たぞ……。……こ、こいつ、昼間、く、く、首が取れたのにへらへらしてやがった……」

「へらへらなんてしてないし!」


 おれの反論を無視して、別の山賊が鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、冗談きついぜ。さっさと縛り上げてお頭に突き出しゃそれで済む話だろうが。せっかくの宴会がしらけちまう。おら、てめえやれよ」

「ひ、い、嫌だ……! お、俺も見たんだ……。そ、その場にいたから! バケモノなんだよッ、そいつは!」


 まるでゴキブリでも見るかのような視線を、おれに向ける山賊さん。

 正直傷つく。


「あ、ああ。お、俺も見た……く、首のない胴体がよぉ、てめえで転がってた首を拾い上げてのせたんだよォ……! そしたらもうふつうに動き出してぇぇぇ!」


 そうだそうだ。もっと言ってやれ。そんでもって戦意喪失しちまえ。


「こ、このアホどもが。そろって寝ぼけてんじゃねえよ」

「お。いいこと考えたぜ。だったらよぉ、今試してみればいいんじゃね? ずぱっと殺っちまってよ」


 え……。


 またしてもべろぉ~りと斧を舐める山賊。


「おお。ンだな。どうせアジトを見られたんじゃあ生かして帰すわけにもいかんしな」


 山賊どもが酒瓶を足もとに置いて、次々に自分の得物を手に取り始めた。そしてやはりと言うべきか、一斉に舐める。べろぉ~りと。


 もしかして、おいしいの?


 おれは周囲を見回した。

 斧だったり、錆びついた斧だったり、両刃の戦斧だったり、伐採斧だったり。な~んか斧ばっかりだな。さすがはモブだ。剣を持つという勇者的な発想はないらしい。

 まあ、この大魔法時代に剣なんて珍しいものを入手するよりは、木を切る斧のほうが手軽なんだろうけれど。


 でも、痛そうだ。

 特に錆びたやつはだめだ。斬られた拍子に錆びが体内に取り残されたりしたら、なんかむずむずして気持ち悪いんだ。


「万が一こいつが不死人だとしても、首だけじゃなく手足までばらしちまえば復活のしようもねえだろ」

「ぎゃはははっ、違えねえ!」

「どうせ鉱山跡だ。挽肉にして埋めちまえばいい。なぁに、お上に見つかったって、罪はどうせ人質どもとその家族が被るんだからよっ」


 うわあ、極悪だなぁ。むちゃくちゃ言っちゃってるよ。


 約半数の山賊たちが、おれを取り囲む輪を狭めてきた。もう半数は逆に後退りだ。

 だが、たしかにそうなんだ。

 不老不死(イモータル)にだって弱点はいくつかある。


 さっき山賊が言ったように、全身をばらばらにされてしまった場合、いかに付与魔法(エンチャント)であらかじめ首や手足を拾うよう、胴体にプログラミングしていても、手足が一本もなければ動きようがない。


 また、古竜の火炎ブレスなどの業火で灼かれるのもまずい。

 溶岩くらいの温度であれば火傷と修復力が拮抗するため、そうそう死にはしないけど、古竜のブレスで一気に灰にされてしまったり、炭化したところを粉々に砕かれると復活は格段に面倒になる。

 もちろん死ぬこともままならないわけだから、おれは意識を保ったまま未来永劫ここにいることになってしまう恐れもある。


 さらに悪いのは、埋められてしまうことだ。

 土の重さで身動きが取れないと、這い出ることもできやしない。もちろん詠唱もできないし、文字通り未来永劫生き埋めだ。


 とはいえ、おれのバックアップにシェルランシーがいる限り、そういった事態になっても、いつかは復活させてくれるんだろうけれど。

 でも、その後ぶつぶつ文句言われんのもヤダしね。




 他の誰よりシェルランシーに嫌われるのだけは、なぜか寂しいんだ。




「しょうがない。やるか」


 おれは口内で自滅魔法の呪文を唱える。静かに、誰に聞かせる声でもなく。

 おれが以前に師事していた大賢者の編み出した魔法は、一般の寿命しかない魔法使いでは生涯をかけても体得することのできない、極めて強力なものだった。

 おれだって無限の寿命がなければ、発動さえできなかったと思う。


 だからこそ、師匠は言ったのだ。

 呪文を誰にも聞かれるな、と。

 もっとも、結局おれは、魔法を発動させることはできても前に飛ばせなかったから、一つたりとも体得できたとは言い難いんだけどさ。


「何をぶつぶつ言ってやがるっ、死ねおらっ!」


 おれの頭部に手斧が振り下ろされる。が、おれは右手で手斧の刃を無造作に防いだ。

 がぎぃんと、およそ肉体から発せられる音ではない硬い音が鳴って、山賊が驚愕する。


「な――ッ!?」


 金属付与(メタルエンチャント)。おれの腕は今、どんな武器をも通さない金属の腕となった。

 見た目はあんまし変わらないし、それに、関節が曲がりにくくなるというデメリットもある。だけど効果は絶大だ。


「ぎ、義手ゥ!?」

「まあ、そんなとこ」


 適当に誤魔化す。

 続いて全身の神経と筋肉にほんのわずかな雷を付与する。脳からの電気信号に似た性質を持つ雷を。付与魔法のプログラミングで、考えるよりも先に動けるように。


 これだけで、ほとんど無敵。

 少なくとも、人類を滅亡へと追い込んだ魔王とどつき漫才ができる程度には。


 ぱちっと視界が切り替わった。み~んな、ゆっくりに見える。流れる風も、雨の雫も、もちろん山賊の動きもだ。

 おれの意識だけが、時間を超越して周囲の情報を知覚する。


「下がれッ!」


 両刃の戦斧(バトルアクス)を力一杯横薙ぎに振るってきた大柄な山賊の腹を蹴り、その反動のバックステップで刃の軌道を躱してから、すぐさま至近距離まで踏み込んで鋼鉄の拳で喉を突く。


「ほっ」

「ごひゅ……ッ」


 袈裟懸けに振り下ろされた別の山賊の手斧を左手で火花を散らしながら弾き、右腕を薙ぎ払って脇腹にぶつけ、坑道の壁まで吹っ飛ばす。

 ラリアットだ。


「ほいや!」

「てめえッ、この野ろ――う?」


 三人目の山賊がおれの脚部を狙って斧を引いたときには、おれはすでにそいつの背後へと回り込んでいた。

 おれを見失ってきょろきょろと視線を回しているやつの背へと鋼鉄の拳を叩き下ろすと、そいつはカエルのようにべちゃりと地面に這った。


 別におれに格闘技の知識があるわけじゃない。優れた筋肉があるわけでもない。

 ただ単に、付与魔法で神経を走る電気信号をねつ造し、肉体の反応速度を上げただけだ。

 だから、防御と回避はほとんどがオート。考えるより先に肉体が動いている。本能に従ってだ。


 それでも攻撃だけはやっぱり自分でやらなきゃいけない。

 振り抜かれた斧を金属付与した左手で受け流し、右拳で肩口を殴りつける。


「そい!」


 吹っ飛んだ山賊が他の数名を巻き込み、坑道に放置されていた錆びたトロッコをひっくり返して転がった。そのまま呻き声を上げ、誰一人立ち上がらない。


 加減して、これだ。

 両腕が中身の詰まった金属バットのようなものになってしまっているのだから。魔王のときのように本気で殴ったら、たぶん殺してしまう。


「もうやめない? 手加減するのも結構気を遣うんだ」

「ふざ――!」


 垂直に振り下ろされた斧を体捌きで躱し、山賊の足をつかんで転ばせ、仰向けに倒れたところを腹を目掛けて拳を打ち下ろす。


「――ごぁ……っ」


 そもそも、おれがその気になれば、両腕への付与魔法を炎や氷や雷にすることだってできてしまう。自分も熱いし冷たいし痛いけど。

 もちろん金属付与(メタルエンチャント)に比べりゃ物理的攻撃力は激減するけど、ゼロ距離で大賢者(師匠)の魔法を集約させて当てているようなものだから、魔法そのものの威力はとんでもないことになる。


 ことゼロ距離に関してだけ言えば、エルフ族の天才魔法使いと呼ばれるシェルランシーの大魔法よりも破壊力が出せるんだ。

 もっとも、魔王さん()に苦情を言いに行って以来、そんな戦い方はしたことないけどさ。必要ないからね。チンピラとの喧嘩なんかには。


 気づけば、おれの周囲には十名ほどの山賊が呻き声を上げながら失神していた。

 残る十名は坑道の壁際に貼り付いている。おれに脅えた視線を向けて。


 おれは付与魔法を解除して、洞穴の奥を指さしながら尋ねた。


「通っていい?」

「…………ど……うぞ……」


 やつらは目に涙をいっぱい浮かべて、かくかくと首を縦に振ってくれた。




なお、斧よりも罵倒よりも、不発したオヤジギャグのほうがダメージになった模様。

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