第8話 山賊たちは獣臭い
前回までのあらすじ!
不死人ったら、愛しのセネカちゃんに格好つけるため、山賊潰しを引き受けちゃったぞ!
少しは後先考えろ!
林の奥。丘になっている場所に、その洞穴はあった。
おれはセネカと樹木の隙間から様子を窺う。
見張りは二名。どちらも山賊らしく、斧で武装している。
「山賊ってのは、ほんとに洞穴に住んでんだなあ」
「違うよ。住んでるわけじゃない。みんな王都ゼルディナスを始めとする周辺国からの出稼ぎだよ。あの洞穴は……そうだね、言ってみればギルドの用意したアジトさ」
ギルド。志や目的を同じくするやつらが、徒党を組んでともに行動する目的で作られた集会みたいなものだ。
有名所だと、冒険者たちが集まる冒険者ギルドや、商人たちの情報交換の場になっている商会ギルド、傭兵たちの斡旋をする傭兵ギルド、お尋ね者を追って賞金を得る賞金稼ぎギルドなんかがある。
今んところ魔法使いギルドってのが一番会員数が多く、剣士ギルドってのが一番マニアックで閑古鳥が鳴いているらしい。
「……山賊ギルドってのは、初めて聞いたねえ」
「裏ギルドだからね。公にはできないさ」
セネカがおれの肩越しに頬を寄せ、洞穴に鋭い視線を向けた。
すっげぇ良い匂いがしてきて、思わず耳のあたりをぺろっとしたい気分になるが、そこは童貞紳士。おれはぐっと堪えたね。
「どうするんだい、ランドウさん?」
「どうしよっか」
ぶっちゃけ、潰すだけなら大した問題でもないんだ。殴って殴って死んで殴ってまた殺されて殴って殴ればいいだけなんだから。
ところがよ。今回はちょいと事情がややこしいんだ。
セネカは、暁の山賊団に所属しているというわけじゃあなかった。この一ヶ月ほど、人質を取られて、むりやり山賊行為を働かされていただけだったんだよ。
でだ。暁の山賊団は数日内に解散することが決定しているらしい。
だけどそれは、山賊ギルドの解散を意味するわけじゃあない。山賊ギルドが組織した、末端の山賊団が解散するだけだ。
そいつは、王都ゼルディナスを始めとする公権力が、暁の山賊団への対策に躍起になり始めたからだ。
要するに、このままではギルメンが危険と判断した親組織である山賊ギルドが、末端組織である暁の山賊団のメンバーを入れ替え始めているんだ。捕まっても支障のないやつらと正規のメンバーを。組織の名前を切り捨てるために。
たぶん、ギルメンの大半が入れ替わった時点で、山賊ギルドが自ら直接公権力に通報するつもりなんだろう。
あの洞穴に暁の山賊団のアジトがありますよーって。今なら一網打尽にできまっせ、と。
山賊行為ってのは重罪だ。山賊団のあった洞穴にいたやつらの言うことなんて、お上は一切聞いちゃくれない。現行犯も同然だからね。
かくして、セネカらむりやり働かされていたやつらはお上の手で打ち首となり、お上は山賊団を潰したという実績を得て満足し、人質は山賊ギルドによって口封じされるか山賊仲間に仕立て上げられ打ち首、山賊ギルドは無傷で新たな別名義の末端組織、山賊団を結成する。
汚いな~……。やり方が汚いよ。
だから今、あの洞穴にいる山賊たちのうち、誰が本物の山賊で誰が偽物なのか、その違いがわかんないんだ。
おれが片っ端からぶん殴ったら、死んじゃう人も出るかもしんないしなあ。
わかるやつといえば、おれの首を刎ねてくれやがったあいつだけだ。顔面に車輪跡がついてるからすぐにわかる。
ぷっ、思い出してもウケる。歯とか欠けてたし。
「んー……忍び込んでも意味ないよね。おれにゃ山賊の判別ができないんだから。だからといってセネカを危険な場所まで連れてくわけにもいかんし……」
「難しいんだけど、頭領だけを張り倒すってのはどうだい?」
「おれ、頭領の顔知らないよ?」
「すぐわかるよ。暁の山賊団で唯一の魔法使いだから。光と熱の魔法を使うんだ」
ちょっと待って? 山賊の分際で魔法使いなの?
おれの脳裏には恐怖の魔王戦が甦っていた。
あいつ、まじで強いし痛かったからなあ……。魔法使い相手は嫌だなあ……。
だが、そこはぐっと堪えて。
何せこれはセネカちゃんの、おれの未来のお嫁さんのための投資だ。どうせ死ぬこたぁないし、最後に立ってんのはいつだっておれだ。
痛みなら、耐えてみせるぜ、愛のため!
「他に目印はない?」
「汚いひげ面に、獣の皮の服を着てる」
「山賊って大体がそうでしょうよ」
「ごめん……」
しゅんとした顔もなかなかに綺麗だ。大人の色香がある。唇の動きを見ているだけで、胸がきゅんってなる。
「人質はどこにいるの?」
「わかんない。わかんないけど、たぶん頭領の部屋が下層にあるから、その先あたりだと思う。それ以上は調べられなかった。わたしは下層に降りれないから」
一人で調べてたのか。度胸もある。けど、危なっかしいなあ。
やっぱりここはおれがなんとかしてあげなくちゃね。
「よし。んじゃあ行ってくる」
「え、え? 今から? 夜を待たないの?」
「夜になったら見張りがいなくなるなら待つけど」
「それは……。でも、真っ昼間から正面突破なんて……」
「他に入口があるならそっちから行きたいけど」
セネカが黙り込む。
「……ごめん。ない」
「だよね。あったらもう教えてくれてるだろうし」
「ごめん、ほんとにあんたには感謝してる。終わったら、遠慮なくなんでも言ってね?」
言う言う! 言っちゃいますとも! プロポーズを!
「まかせときな。じゃ、ちょっと行ってくる。セネカちゃんはここから動いちゃだめだぜ? おれが良いって言うまで隠れてな、べいびぃ」
ちなみに最後の「べいびぃ」は実際には言えなかった。顔面大発火で。
セネカちゃんとのこれからのことを考えるだけで、もう鼻血でそう。地獄の穴に向かうのだって、スキップ踏んじゃいそうだぜ。
「う、うん……」
不安そうな顔も美しい。その表情を取り除いてあげられたときを想像するだけで、おれはもう絶頂してしまいそうだ。童貞だから。
おれは洞穴を目指して歩き出す。真正面から、堂々と。
心臓が緊張でばくばく鳴ってる。不老不死ったって、殺されることに平気でいられるわけじゃない。それなりに痛いし、それ以上に切断されて修復するとすっげぇ痒くなるから。
おれが近づくと、見張りの山賊二人がすっと立ち上がった。
どっちも訝しげな顔でおれを見ている。あまりにも堂々と歩いてくるもんだから。
「だ、誰だ!?」
おれは言ってやった。
「やあ、ご苦労さん。おれだよ。頭領から話通ってない?」
「あ、え? な、何も……おまえは? 何か聞いてるか?」
戸惑った門番が、もう片方のやつに尋ねた。
「お、俺も何も聞いてないけど……」
おれはブロッコリー頭に手を入れて、わざと不機嫌そうに吐き捨てる。
「ったく。いい加減なやつだな。例の決行日も近いってのに」
リーマン時代に培った口八丁手八丁ってやつだ。
「ああ、大丈夫、大丈夫。警戒しなくていい。街道から気をつけてたけど、誰にも尾行されてないから。でも、見張りはちゃんとしろよ。嫌ぁ~な報告を上げるのは、おれもあまり気分よくないからさ」
笑顔でやれば、わりとどうにかなるもんだ。
「あ、はい……」
二人の見張りは顔を見合わせたあと、安心したようにおれに笑顔を返してきた。
「ご苦労様です。今日がギルドの視察でしたか」
「うん、そうそう、視察。じゃ、また後でな」
おれはそのまま洞穴の中へと入ってゆく。
心臓すっげえ鳴ってるけど。
さて、ここからどうするか。
洞穴のように見えたんだが、どうやら違ったらしい。鉱山跡だ。なんらかの鉱石が昔、この丘だか山だかで採れたんだろう。
錆び付いたトロッコに、スコップまで放置されている。使わないなら片付けときなさいよと言いたくなる。これだから掃除のできないやつらは。
おれは足音を鳴らして歩く。
しっかし、臭え洞穴だなあ。マンティコアの洞穴とそんなに変わらない獣臭がしてやがるよ。獣の皮なんて被って生活してるから、こうなるんだ。
掃除もだめ。洗濯もしない。まったく、これだから山賊ってやつらは。
内部の見張りだろうか。イスに座ったまま寝転けている山賊の前を素通りする。
外部からの侵入者にせよ、内部からの脱走者にせよ、洞穴入口を守る二人の見張りがいるだけで、本来なら事足りるからね。
けど、そんな状況が運良く続くわけもなく。
鉱山通路の先、広間からは強い明かりと、宴会をしているらしき大声が聞こえてきた。おれは柱の陰に入り、そっと覗く。
やはり宴会だ。酒盛りをしている。
女はおらず、全員が男の男所帯。数は二十名といったところか。おそらくこいつらは人質を取られたセネカのような一般人ではなく、正真正銘の山賊だ。
たぶん、人質を取られて山賊のふりをさせられている一般人は、今頃まとめてどこかに閉じ込められていることだろう。
「……多いねえ……」
さすがに素通りするのは難しそうだ。一名二名ならば口八丁手八丁で、多少疑われようとも進むことができる――が、群衆心理ってやつはことさら厄介だ。
一人が疑えば、それがどれだけ的外れであろうとも、攻撃的になりやすい。
「まいっか」
だが、まっっっったくもって、なんの問題もない。いやむしろ問題が消えたよ。
全員山賊ってことは、全員ぶん殴って進んだっていいってことだろ? だったらとりあえず堂々と進んでみるさ。
おれは宴会の間に堂々と歩いて踏み込む。
数名がおれに視線を向けたが、まだ群集心理は働かない。
さらに進む。決して早足ではなく、まるで散歩でもするようにだらりだらりと。案外いける。もしかしたらこのまま、この部屋を突破できるかもしれない。
が。ちょうど部屋の中央まで到達したあたりで、宴会の声が急激に遠のいた。
ありゃ、やっぱだめかぁ……。
「おい、おまえ、誰だ?」
まるでそこにいて当然のように歩くおれを、酒で赤ら顔になった山賊が呼び止めた。別の山賊がおれの肩をつかみ、むりやり振り返らせて顔を覗き込んできた。
「んぁ~? 見たことねえ顔だなあ」
「侵入者……か?」
「見張りがいたはずだが……」
ざわざわと、ざわめきが広がってゆく。
あちゃあ、ここまでか~。しゃーないね。
おれはため息をついて、右手の拳を強く握りしめた。
おれ、ここから無事に帰れたらセネカちゃんと結婚するんだ……っ。