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第7話 男ォたるものォ!

前回までのあらすじ!


不死人、山賊女に恋したってよ。

 こんなこと言ったって信じてもらえないかもしれないんだけど……。


 山賊女はそう前置きをして、けれども話し出さずに視線を伏せた。

 王都ゼルディナスの路地裏にある、小さな安酒場だ。

 木造の匂いの残る酒場は、昼間っから飲んだくれてるおっさんで溢れかえっている。

 どうにも言葉の出ない女に視線をやり、おれは丸テーブルに肘をついて尋ねた。


「いいのかい? こんなところにまで顔出して。捕まんない?」

「大丈夫……だと思う。わたしはまだ面が割れるほど、山……あの集団にいたわけじゃないから……」


 ああ、嫌だなあ。もし山賊ちゃんの話が嘘で面が割れてた場合、おれまでしょっ引かれかねない。

 おれは話し合いの場に酒場を選んだことを後悔していた。


 ちなみにブロッコリーはすでに売り切れだ。

 自慢じゃあないが、タイガ農園の野菜はゼルディナスに限らず周辺各国で大人気だ。よってらっしゃいみてらっしゃいってなふうに叩き売りすれば、飛ぶように売れる。


 客層は一般の主婦から店の経営者まで様々だ。仕入れ値で新鮮な朝採り野菜を売ってんだから、当然といえば当然だけど。

 今日なんて王都ゼルディナスに入るなり、市場通りに到着する前に売り切れちまった。主婦の安い物に対する嗅覚ってのは恐ろしいものがある。

 何せ荷車のブロッコリーを手に取るつもりで、おれの頭を引っ張ってた人もいたくらいだからね。


 ひぎぃ! やめれぇぇ! それはブロッコリーじゃねえぇぇ! あ、あああぁぁぁ!


 ぶちぶちぃ。


 まあ、すぐに復活するんだけど。おれのブロッコリー(頭髪)は。

 おれは木のジョッキになみなみと注がれた(エール)に、ちびちびと口をつける。横を通ったウェイトレスに手を挙げながら。


「あ、おねーさん、追加いい?」

「はーい!」


 おお、元気っ子だ。いいね。にこにこスマイルを見てるだけで元気をもらえる。おさげが可愛いね。

 言えないけど。言う勇気があれば、ここまで魔法使い(童貞)拗らせちゃいないっての。


「んじゃ、だし巻き卵とホッケの塩焼き、あとはー……」


 おれは落ち込んで黙り込んだままの山賊ちゃんに声をかける。


「おまえさんも頼んでいいよ。常識的な範囲でなら奢るから」


 常識的な範囲外を奢ったら、シェルランシーに叱られちまう。

 何十年か前、イイ感じに酔っ払って酒場中のやつらの酒代を勢いで持ったら、帰ってから二年半ほど口も利いてもらえなかった。

 二年半だぜ、二年半。長いんだ、長寿種族のエルフだから。

 針のむしろだったよ。へへ。


「あ、じゃあ。毒抜きコカトリスの骨付き唐揚げを……」

「じゃあそれも追加で」

「わっかりましたー! ごっ注文を繰り返しま~す!」


 ウェイトレスが去るのを待って、おれは彼女に尋ねる。


「で、助けてってのは何?」


 おれの中では疑念が渦巻いていた。

 この山賊ちゃんは言わずもがな山賊一味だから、おれを騙そうとしている可能性が高い。

 タイガ農園はこのあたり一帯では、そこそこ裕福だと思われている。誘拐して身代金を取ろうとする可能性は低くない。


 とはいえ、シェルランシーがそんなもん払ってくれるとは思えない。だっておれ、どうせ何をされたって死なないし。ただ、死んだと思われて埋められるのが一番困る。土が重くて、誰かが掘り出してくれるまで動けなくなるんだ。


 まあ、悪いことばかり考えてても仕方がない。

 むろん、その逆に期待だってあるさ!


 格好良くスマートに助けたことで「きゃーステキ! なんか面倒な手続きとかその他諸々は色々すっ飛ばして、今晩わたしを抱いて!」ってなるかもしれん。


 ……いや、わかってる。わかってるさ、こんなの大魔法使い(超童貞)の虚しい妄想だ。


 だがそれでも! だが、それでも、期待せざるを得ないこの状況よ!


「え、期待って何を……?」


 はっ、いかんいかん。歳を取ったためか、どうにも感情が高ぶると口から出てしまう。気をつけなければならない。童貞の妄想ほど恥ずかしいものはない。


 シェルランシー以外には、間違っても聞かせられないや。


「ふっ、期待してなってことさあ!」

「じゃあ! た、助けてくれるのかい?」


 山賊ちゃんの顔に笑顔の花が咲いた。

 きゅん、と胸の中で青い春が鳴く。


 おれは薄っぺらい胸を拳でどんと叩いた。軽く咳き込んだのを咳払いで誤魔化して、キメ顔で力強く言い放つ。


「へへ、おれにどーんとまかせときな。キミはこれからやってくる明るい未来の家族計画でも考えながら、待っていてくれればいいぜ」

「うん?」


 決まった……。今のは決まったぜ……。

 待ってろよ、仔猫ちゃん。おれたちの明るい未来はもうすぐそこまできてるぜ。


「えっと、わたしまだ依頼内容さえ言ってないんだけど……」

「あ、そか。結局おれは何をすればいいの?」

「暁の山賊団を潰して欲しいんだ!」


 ……微妙! 要するに足抜けだ。山賊稼業からの。

 でもそんなの、罠の可能性のほうが高い。待ち伏せされた上に人質に取られたって不思議じゃないやつだ。やる気満々だったけど、おれの中には警戒心がわずかに芽生えていた。


「山賊潰し……ねえ……」

「もちろんお礼はする! わたしにできることだったらなんでもするから!」


 警戒心が数秒ともたずに吹っ飛んだ。

 フンス、と鼻息が荒くなる。


「な、ななな、なんでも……!?」

「え……、あ、ああ……。……で、できることだったら……なんでも……。……だから、お願いだよ……」


 彼女は胸の前で祈るように手を組み合わせ、上目遣いで不安げにおれを見上げている。そのすがりつくような視線に興奮したおれは、思わずイスを蹴って立ち上がっていた。


「ま、待って! あんたに見捨てられたら、わたしもうどうしていいのか……」


 な、なんという甘美な台詞! それに、美しい……。困った顔もまた美しい。

 きゅんきゅんきゅ~~ん、と青い春が胸の中で鳴く。


 このときのおれが、冷静さを欠いていたとは思っちゃいない。ちゃあんと頭の片隅では騙されているかもしれないという疑念は残っていた。


 だがッ! 男たるものッ! 男ォたるものォ!


「いいぜ、他ならぬ、あんたのためならな」

「え……」

「あんた、名は?」

「わたし……わたしの名前は、セネカ。セネカ・リスティスだよ」


 セネカ。セネカ・リスティス。いい名だ。


「おれは――」


 ランドウと言いかけて、かろうじて踏みとどまった。

 ランドウ・タイガは三国協定で極秘裏に死んだということにされている。相手は国家。余計な情報を知らせて、未来の嫁たるセネカちゅぁ~んに政府の手が及ばないとも限らない。


 言いよどんでいると、セネカが唇に人差し指をあてて、ぱちん、とウィンクをした。その仕草だけで、おれのテンションはぶち上げマックスだ。


「知ってるよ。タイガ農園は魔王軍跡をランドウ・タイガが開墾して作った農園だろ」

「お? ああ、うん」


 セネカが声をひそめて呟く。


「そしてあんたは、ランドウと同じ不死(イモータル)


 こりゃ、ばれちまってるかな。


「ずばり、あんたは伝説の不死の英雄(イモータル)ランドウと、エルフの大魔法使いシェルランシーとの間にできた子の子孫だ」


 セネカが顔を赤らめて頬を両手で挟み込み、くねくねと上半身を動かした。


「きゃあん☆ 英雄同士の恋ってどんなのだったのかしら! 二人で魔王をスパっとカットして、初めての共同作業とか言ってたり――」


 ムゴいっ!!

 魔王まだ死んでないし、それより何よりおれとシェルランシーが子作りすることなんて天地がひっくり返ったってあり得ないでしょうに。

 ペタン娘だぞ、あいつは。子供みたいなもんだ。


「ランドウ、愛しているわ。シェルランシー、私もだ。……とか言いながら魔王の死体を横目に、魔王城跡で初夜をォォ……ひゃぁぁぁっ! 鼻血が出そうだわ……」


 いや、他にも仲間が二人いたし。


 セネカは楽しそうに不穏なことを口走っている。

 女性ってのは恋愛話が好きなんだなあ。こんな男勝りな山賊ちゃんでもさ。


「あの、妄想中悪いんだけど、おれ、不死(イモータル)だけど人間だよ。もう見るからにハーフエルフでもないでしょうよ。耳も尖ってないし、頭モジャモジャだし。あ、知ってる? エルフって直毛ばっかりなんだってさ」


 おれとシェルランシー……か。

 たしかに人間とエルフは子をなせる。


 だが、産まれた子はハーフエルフと言われ、人間よりも遙かに寿命が長いために人間社会に馴染めず、さりとて血統に対しては潔癖主義であるエルフたちの社会でも受け容れられることはない。ハーフエルフで幸せな生涯を送れるやつは、ほんの一握りだ。


 仮に人間社会に馴染んだとしても、彼か彼女は親しい人たちの死を無数に見ることになるだろう。何度も何度も、永遠の旅立ちを見送ることになるだろう。


 不老不死のおれと、不老長寿のシェルランシー。

 寿命ある友や掛け替えのない仲間たちをたくさん看取ってきたおれたちだからこそ、見えてしまう光景もある。


 セネカが残念そうに呟いた。


「そうなんだ。ランドウとシェルランシーは別の人生を生きたんだねぇ。それは少し、寂しいね」


 その言葉に、なぜかチクリと胸が痛んだ気がした。


 おれとシェルランシーは似ているんだ。けれども似ているようでいて、やっぱり少し違う。

 それは性格や容姿の話じゃなくて、一個の生命体としての話だ。だからきっと、これから先も近くにいるんだと思う。


 いつか……何千年、何万年後かに……あいつの寿命が尽きるまで……。

 ああ……嫌だな……。


 おれは思考を振り払うように(エール)を煽った。


「で、あんたの名前は?」

「おれの名前もランドウだよ。曾祖父と同じ名前をもらった。彼の生き様に恥じないように、キミの願いはおれが叶えよう」


 ちょっとまずいかな~と思いつつ、おれは適当な理由で誤魔化した。

 キメ顔のまま、下心満載(ウィンク)で。



これでもカテゴリーは恋愛なんですよ☆

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