第6話 青き春の訪れ
前回までのあらすじ!
国家ぐるみで異性との接触を阻止されていたことが判明したぞ!
ちくしょうあいつら、馬に蹴られて滅亡しろ!
というわけで、地図的に最も近かった王都ゼルディナスに向かうことにした。列強三国の一角だ。
列強や王都とはいっても人口は三十万程度のもんだが、そんでもこの世界では十分に大国と呼ばれるものなんだ。ナイタール王国なんて十万もいなかったからな。
おれは大量のブロッコリーを積んだ荷車を引いて、えっちらおっちら砂利道の街道を歩く。積み込み過ぎたブロッコリーは、もはや一個の森のような状態になっている。
最初は重くて馬でも飼おうかと思っていたが、結局我慢して続けているうちに慣れた。
タイガ農園の領地を出て、太陽の上がる方角へと歩いてゆく。日本の常識と照らし合わせるならば、たぶん東だ。
通常、半日も歩けば王都ゼルディナスの統治領域に辿り着けるし、おれの足ならその半分以下だ。
別段、おれに優れた筋肉があるわけじゃあない。
というかだな、おれが不老不死となったその日から、どんだけ筋肉をつけようと鍛えても、肉体の形が一切変わらなくなった。腕も足も痩せこけた中年男性のままだ。
同じく髪を切っても無精髭を剃っても、すぐにもとに戻る。
どうやら古竜の血液ってやつは、どれだけ肉体の様相が変化しても、浴びたその日の肉体に戻してしまう効能があるらしい。
じゃあ、ふつうの人間の足とおれの足の生み出す差はなんだと思うだろう?
師匠に習った魔法を、間違った使い方で実行する付与魔法だ。
どうやら古竜の血液も、脳みその記憶までは巻き戻しできないらしい。
もしくは、記憶とはやっぱり脳みそにあるのではなく、広大な空や宇宙に収納されている説が、案外合っていたのかもしれない。脳みそは送受信用のアンテナだ。
だからおれは師匠から学んだ魔法を自身に付与することで、肉体性能を強引に引き上げている。いわゆる、不死ならではの自滅魔法だ。
人間は脳から発生する微細な電流で肉体に指示を下し、身体を動かす。ふつうはそこにタイムラグが発生するが、おれはあらかじめ雷の魔法と行動基準を付与しておくことで、考えるより先に肉体を動かすことができる。
さしずめ、ロボットにのったパイロットって気分だ。
だから疲れもほとんど感じない。疲れても、どうせ一眠りすれば絶好調だ。
そんなわけで、端から見れば女子高生あたりに「キモ~イ☆」って言われるほどの早歩きで、おれはぷりぷりケツを動かしながら街道を歩き続けた。
途中で追い抜いてやった客馬車の御者が、ぎょっとした視線を高速歩行するおれに向けてきたけど、女性じゃなかったからどうでもいい。
見覚えのある岩を通り越す。
三〇〇年前に寝こけてて、虎モドキに腹を喰われた場所だ。
後に知ったことだが、あいつはどうやらマンティコアとかメメコレオスとかいう、どことなく卑猥っぽい響きの名前を持つ獣だったらしい。好物は人間だそうだ。
と、ちょうど岩の前を通り過ぎたとき、おれの目の前に突然、ものすご~く卑猥な感じに反った曲剣を持つ、汚らしい髭モジャ男が飛び出してきた。
魔物の皮を頭から被っている、見るからに臭そうな男だった。
「へっへっへ。ちょいと待ちな」
そいつは手にした曲剣を、べろぉ~りと舐め上げて薄ら笑いを浮かべた。
「命が惜しければ……て、待――っ」
その後、おれの荷車の左車輪に轢かれた。
「~~ぎッ、痛ぎゃぎゃぎゃあ~ぃ!」
おれはごとんごとん鳴る車輪を心配しつつ、歩き続ける。どう見ても盗賊っぽいから轢いた。それだけ。
ブロッコリーを大量に積んだ荷車を引いてすたすた歩くおれを、血相を変えた盗賊が追いかけてくる。顔面には車輪の跡がついていた。
ぷっ、ウケる。
「待てコラァ!」
おれは歩き続ける。
どれくらい進んだだろうか。全力疾走でようやくおれの隣に追いついた盗賊っぽい男は、併走しながら、もう一度最初からやり直すように曲剣を舐め上げた。
その威嚇、ほんとに必要なの?
「ゼハッ、ふひゅぅ……待……て……、こ、こんなことして……ゼヒィ……ただで済むとでも思っ……――ちょ、待っ」
さらなる早歩きで引き離した。
まだ追いかけてくる。顔を真っ赤にして、汗だくで、必死な形相で。涙もちょっと出てるように見える。
歯を食いしばった盗賊っぽい男が、再びおれと横並びになる。
おれはついに小走りとなって、またまた男を引き離しにかかった。
「待……っ、ごひゅぅ……ぶはっ……お願い……、……おえッ……ま、待って……」
おれはS字コーナーで車輪を慣性ドリフトさせながら、荷車を引っ張る。
足に魔法付与しているとはいえ、荷車の重量分、コーナーではおれが不利だ。やつはコーナーのたびに距離を詰めてくる。
だが、心臓にまかせてストレートでちぎるぜ!
「く、びりびりきやがる。このプレッシャー……」
次のコーナーを流しっぱなしで抜けると同時に、付与全開だ――!
ギャゴォと車輪が鳴る。
ぴたりとおれの後方に位置する盗賊っぽい男は、もはや目を固く閉じ、あえぐように上を向きながら走っている。
ちっ、おれのスリップストリームを利用してやがるぜ……! だが、ここまでだ!
おれはコーナーのアウト側から入り、車輪を流しながらインへと詰めてゆく。このコーナーでインを取られなければ、おれが負けることはない。
勝った……! この街道のスピードスターはおれだ……!
「これで終わりだ――!」
コーナーが終わる。あとは長く続くストレート。そう思った瞬間だった。
イン側の林から、馬にのった無数の山賊っぽい人たちがおれの前に突然躍り出てきたのは。
「~~ッ!?」
おれはとっさに足を止め、荷車とブロッコリーの重さに耐えきれず、コーナーの出口で激しくスピンした。
砂利と砂が吹っ飛び、砂埃が濛々と立ち籠める。
く、やられたぜ……。
しばらく遅れて、背後から息も絶え絶えな山賊っぽい男が追いついてきた。
挟まれた。
「ぶはっ、おぅッ、ごほっ、げぉ……あぁぁぁぁ……っ」
「大丈夫?」
おれが背中をさすってやると、山賊っぽい男は乱暴におれの手を払い除けた。
こぉ~んにゃろう、人の好意を無碍に。
今やおれは、抜刀した山賊っぽい人たちにすっかり取り囲まれている。
馬車ならば荷車引いてても全力疾走でぶっちぎることもできるけど、騎馬はちょっと無理だ。馬並の速度で走ると荷車のブロッコリーがこぼれ落ちてしまう。
できない、ブロッコリーたちを置いていくなんてことは!
このブロッコリーたちは、おれとシェルランシーが心を込めて端正に育てたものだ。真心を込めて料理していただける暖かな家庭に運びたいんだ。
「ええっと、おたくら、山賊?」
到底、言葉などはき出せそうにない後ろの山賊っぽい男を捨て置いて、おれは正面に立ちはだかる頭部に布を幾重にも巻きつけていた山賊っぽい人に尋ねる。
「そうだ。命が惜しくば、有り金をすべて置いていけ」
女の声だった。ただ、視界の確保に必要な空間を除いて、頭部から顎にまで布を巻きつけているから、くぐもった声だった。
おれは言ってやったね。
「悪いけど、山賊なんぞに差し出すほど裕福じゃないし、ブロッコリーだって渡したくないね」
「ブロッコリーはいらん。金を寄こせ」
女山賊が繰り返した。
あったまにくるな。人の話を聞かないやつってのは、これだからだめだ。
山賊団に所属しているおばさんなんて、おれの中の正義が女とは認めない。
「ちょっと待った。ブロッコリーをないがしろに言うのはよくないぞ。知ってるかい? ブロッコリーはガン予防にもなるし、血圧の上昇だって抑えてくれるんだ。他にも動脈硬化予防にアンチエイジングに美容と、おまえさんみたいなおばさんにも――」
曲剣がおれの前髪を斬り飛ばす。
ぐねぐね曲がったおれの毛が数本、ふわりと風にのって消えた。どうせすぐ生えてくるけど、ちょっとびびった。
「――お、お、おねえさんにも、ブロッコリーの効果できっといいことあると思うんだあ」
「そこじゃない。わたしがババアだろうがネーチャンだろうが、どっちでもいい。話を逸らすな」
あれまあ……。
「それとも時間稼ぎのつもりか? 殺されないと思っているのか? おまえに与えた選択肢は二つ。黙って金と金目のものを置いて去るか、殺されて奪われるかだ」
弱った。どうにも弱った。
さすがに三〇〇年も生きてりゃわかるようになる。殺気ってやつがだ。
まあ、それがあってもなくてもおれが死ぬことはないんだけど、少なくともこの女からは感じられない。
脅しなんだ。ただの。
「次に余計な口を利いたら、慣れ親しんだ首にさよならだ」
口の悪いおばさんだなぁ~……。
あまり気は進まないが、ブロッコリーを置いて逃げてもいいんだけど、そうしたらこの山賊団はさっき追い抜いてきた馬車を襲うだろう。
よくないなぁ。ああ、実によくない。
「あの――」
口を開けた瞬間だった。ずむり、とおれの頸部に刃がめり込んだ。
前じゃない。後ろからだ。
「カ……ッ!?」
鋭い痛みに全身が震える。
刃はおれの首の骨を叩き折って、逆側から飛び出していた。視界が斜めに傾く。
剣を振ったのは女じゃない。走り回って息を切らしていた山賊っぽい――ってか山賊だ。
「かはっ、はははっ、ざまあみろ! 散々この俺様をバカにしやがって!」
おれの首が、おれの肉体の足もとにごろりと転がった。
山賊女が息を呑み、声を裏返して慌てふためく。
「な、何も殺すことは――」
「てめえは黙ってろッ! 暁の山賊団を虚仮にしやがった報いだ!」
首から上を失った肉体からは、噴水のように血液が噴き出している。まともな人間なら万に一つの可能性もなく人生の終焉だ。
だけど、おれはそうじゃない。なんたって、不老不死だから。
だから、おれは首を失った肉体を地面から見上げながら、かまわず口を開けた。
「あの、こういうの、やめない?」
おれの肉体に金目のものを探して群がろうとしていた山賊一同が、ギョッと立ちすくむのがわかった。
そりゃあそうだ。地面に転がってる生首が喋ったんだから。
「今ならまだ黙っててあげてもいいよ」
おれは常日頃からあらかじめ肉体へとプログラムしておいた付与魔法を発動させる。
立ちすくむ山賊たちを無視して、首のない肉体は膝を折って屈み、おれのブロッコリーのようなモジャモジャ頭を右手でつかんで持ち上げ、再び立ち上がった。
ぶら~り、ぶらりと、血を滴らせるおれの首を引っ提げて。
「この三〇〇年、何度も何度も殺された。だからまあ斬られる痛みや撲殺される痛みってのにはずいぶん慣れたもんだ。けどなあ、首をくっつけたあとにくる痒さだけはどうにもならんのよ」
おれの肉体はおれの首を両手で挟み込み、傷口同士を無造作にグチャリと置いた。
そうするように、肉体にあらかじめ付与魔法をしていたからだ。インプットしておいたプログラムを実行したんだ。
こいつをしておかないと、首は動かないし肉体も動かせない。誰かに頼んでくっつけてもらわなきゃ復活できなくなっちまうんだ。
そんなのは面倒だ。大体にして怖がられるしね。
白煙だか蒸気だかが大量に首から立ち上り、傷口は修復され、おれは死の間際から復活する。
「かっゆ! ああ、もう!」
血の滲む首をぼりぼり掻き毟りながらだ。
本当の恐怖を味わった人間というものは、悲鳴すら上げられない。
「バケ……モノ……だ……」
腰を抜かし、ずるずるとそのまま下がり、ある程度距離を取ったら背中を見せて一目散に逃げる。
どいつもこいつもだ。
散り散りばらばらになって、山賊たちは走った。落馬したら馬を置いて、とにかく走って林の奥へと去っていった。
「な、なんなんだ、おまえ……。……お、おかしいだろ、バケモノめ……」
背後から聞こえた声に振り返る。顔面車輪跡の山賊だ。
「なぁ~んだよ! 自分で人の首刎ねといて失礼だな、あんた! おれはこれでも歴とした人間だっての!」
「ひぃぃぃぃ! しゃ、喋ったあぁぁぁぁ!」
「いや待てと! おれ、さっきから喋ってたでしょうが!?」
おれの首を飛ばした山賊が、涙目で這いつくばって逃げ始めた。おれはそれを黙って見送る。
何もわざわざ危険を冒さなくても、あとで通報すりゃいいだけのことだ。
おれの前には、威風堂々と馬に跨がった女山賊だけが残っていた。
さすがは女だてらに山賊団に身を置いているだけのことはある。彼女だけは、まったく微動だにしていない。女は度胸を地でいくタイプのようだ。
「……」
「……」
ああ、嫌だなあ。久しぶりに戦闘になるのかな~、と考えたそのときだった。
ぐらり、と揺れた女山賊が落馬する。彼女は白目を剥いていた。
「気絶かいっ!」
頭から地面に落ちそうになって、おれはとっさに滑り込み、彼女の上半身を身体で受け止めた。その際に顔に巻きつけていた布が解けて、おれは目を見開く。
赤い巻き毛をした、気の強そうな美人だったんだ。
ずっきゅ~んっ、と胸の奥で青い春が鳴いた。
もう誰でもええんかい。