5.緊急クエスト:急襲、プロトタイプ!
公式サイトの記述
ストーリークエスト
四つの惑星を楽しむストーリークエスト! 出身惑星から始まる壮大な物語を堪能せよ!
久しぶりに長年入院していた病院を訪れた俺は、ある場所を目指していた。煉那も連れていく。俺にとって、なんというか生きるルーツの様な場所だからなあそこは。あいつが何抱えてるが知らないが、少しはそれを晴らせるヒントになれば幸いだ。
「っと、すまん」
音もなく廊下の曲がり角から出て来た子供を避ける。男の子か女の子かは分からないが、パジャマではなく入院着を着ており、その袖は空。かなり長い入院生活と思われる。
目的の祭壇の前にきた。仏教式の仏壇に見えて、十字架があったりなんかごちゃごちゃしたものだ。
病院の最上階、窓から夕日が差し込む部屋にあるのが、この病院で亡くなった人へ祈りを捧げる『無神の祭壇』である。ただの慰霊室だったが、仏教の患者さんやクリスチャンの患者さんとか色々慰霊のアイテムを置いたらこうなったのだ。
院長の『死者を弔う気持ちに宗派は関係ない』という思いから、正規の墓とかじゃねーし賑やかになっているらしい。
「こんなところがあったんだ」
煉那はこの無秩序な弔いの場を見てポツリとこぼす。
「ああ、この病院。難病とかで何人も退院出来ず死んでっからな」
俺が入院している間にも、何人も昨日元気だった癖に、急に容体悪くなって死んだりな。
「そうなんだ……」
彼女はやはりというか、沈んでいた。俺の過去周辺を話すとどうしても空気が重くなる。特に煉那は生まれ付いての健康優良児だし、病気とは縁遠いんだろう。
俺は生きている。だからこそ、死んだ奴の分まで、と思う。目の前でたくさん死なれりゃ、そうも思う。
「だが、俺は生きている。人が簡単に死ぬって知っちまったから、後悔しない様に生きたいんだ」
そして、世界最高峰の医療制度と謳われる日本においても残酷なことに、人は容易に死ぬ。だから、明日死んでもいい様にしたい。
「そうだ。チュートリアルなんだが、普通のゲームと一味違うから覚悟しとけよ」
「ああ、ドラゴンプラネットか。佐奈に手伝ってもらうよ」
暗い話はたくさんだ。俺はゲームのことに話を切り替える。あれはゲームというよりスポーツだ。なら、煉那はそっちの方がいいかもしれん。
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暗黒惑星ネクノミコ、拠点にて。
俺はいつものカウンターに向かっていた。なんだかクエストカウンターもお馴染みになってきたな。
服装は度重なるクエストのお陰か少し変わって、ネコミミの付いた黒いパーカーにデニムのホットパンツだ。武器である剣は鞘をベルトに留めて、そこに入れてある。
どうもこのゲーム、防具システムが少し変わっているようだな。武器の強化システムもな。この手のオンラインゲームってしくじると取り返しつかないしなー。wiki見ても中々わかりづらいし。
ま、これについては後で夏恋とかから聞くか。その夏恋達と待ち合わせる時間にはまだ早いが、俺はこうしてログインしている。
このゲーム、時間が5倍に伸びるとか何とかだからな。現実の5倍時間はある。というわけで練習にクエストだ。
今、俺が受けられるクエストは『ゾンビの駆除』くらいなもんだ。結構これが大変でな。先日見たようなデブゾンビの他に、いろんな特殊ゾンビが絡んで来るらしいから、適当に練習してから受けようと思っていたんだ。
「クエストを選んで下さい」
受付のお姉さんに話しかけ、出てきたウインドウからクエストを選ぶ。
『ゾンビの駆除』。目的は『忙殺されし人々の寝床』での『ゾンビスクラム』5つの撃破。ゾンビスクラムとはなんぞや? なんて思うだろうが、このスクラムと言うのがネクノミコでは特徴的な戦闘システムらしいのだ。
俺はクエストを受け、目的地への移動を開始する。クエストを受けてなくても、クエスト指定場所でなくともゾンビスクラムというのは現れる。だが、クエストというのは指定された場所で行わなければならない。
拠点のビルを出て、しばらく暗い街を歩く。バスターミナルにたどり着くと、俺はバスを待った。この惑星はどのエリアへもシームレスで地続きらしいので、目的地へは自力で行ける。
だが、道がわからないのでバスを使わせてもらおう。このゲーム、こういう交通機関は無料だし。タダなものはドンドン活用していこう。
しばらく待っていると、ターミナルにやたら血塗れなバスが入ってきた。バードストライクかな?
そのバスから、ゾンビの群れが降りてきた。この惑星はこんな形で敵が補充されるから油断出来ない。
「やるか!」
俺は腰の鞘から剣を抜いた。煉那から貰ったアドバイスは要約すると『敵を見ろ』って話だ。
『目標さえ見てりゃ体はそっちへ動いてくれる』
どれだけ効果があるかわからんが、やってみるか。運動出来る奴が言うなら、それで間違いないはずだ。
しっかり敵を見て、俺は剣を振るう。目は逸らさず、敵を凝視だ。すると、剣はゾンビに直撃した。
「おお」
明らかに手応えが違う。打撃音も何か弾いたような軽いものではなく、ズドンと体に響く重いものだった。
当たりがいいのか、ゾンビを一撃で斬り伏せた。武器は強化していないはずだが、昨日と随分差がある様な。
もう一体、俺は首だけ回して左にいるゾンビを見据える。視線を確実に敵へ向ける、それから攻撃した。体は真っ直ぐを向いていないのに、剣だけはしっかり当たる。
「やけに当たるな」
煉那のアドバイスは正確だったのだ。敵を見るだけで攻撃がこうも当たるものなのか。このままここにいてもキリがない。そう思っていると後から綺麗なバスがやってきた。
それに乗り、目的地へ行こう。
「よっと」
バスに乗り込むと、ゾンビ達は追ってこない。さすがにシステム的な都合か。俺は前輪の上にある、少し段差を登る席に座り、バスの発車を待った。運転手のNPCはこれだけゾンビがいても慌てたりしない。コンピューターらしく感情がない、というより漫画雑誌読んでる辺り、単にゾンビがわらわらいる仕事環境に慣れているだけなのだろう。
適当に座ると、窓からゾンビが群がる様がよく見える。
「結構いるな」
ゾンビ達の群れを窓から観察する。バスにも群がっているが、入り口は塞いだりしないんだな。これもシステムの都合か。
「ん?」
バスターミナルに、一人のプレイヤーがやってきた。オレンジの髪を伸ばした女性アバターで、ドレスの様な鎧を纏っている。その姿は、暗いこの星では太陽の様にも見えた。
その女性アバターは、槍を構えると何か呟いた。すると、槍から炎が吹き出してゾンビを焼き払った。
俺が今使っている技は水平に敵を斬る『ライジングスラッシュ』。これを使い込むと強くなるらしく、他にも沢山技がある様だ。技は武器毎に対応しているらしく、槍にも『ライジングスラッシュ』に相応する技があるのだろうか。にしても凄い技だ。
女性プレイヤーはバスに乗り、一番後ろの座席に座る。僅かに槍がバスの天井につっかえている。普通のゲームなら武器が天井とか貫通してくれるんだけどなこういうの。
「お、動いた」
バスが動き出す。俺はてっきり、バスが動き出した瞬間に窓が黒くなって外が見えなくなり、その後ワープして目的地に行くのだとばかり思っていた。だが、バスは普通に走っている。
「シームレスかよ、やべぇな」
シームレス、つまりエリア間の移動時や戦闘に入る時にロードが起きないということ。このゲームにロードがあるとしたら、おそらく四つある惑星間を移動する時くらいだろう。
俺はゲームを初めてしばらくして、頭上に浮かぶドラゴンプラネットを見て『なんでタイトル通りにドラゴンプラネットが舞台じゃないんだ?』とか思った。
本当になんでだろうな。素直にドラゴンプラネットを舞台にしちまえばいいのに、なんで環境の違う四つの惑星なんざ用意する必要があったんだ?
バスはゾンビを轢き殺しながら目的地へ向かっていった。
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バス停の名前は『忙殺されし人々の寝床』。この静かなベッドタウンがクエストの会場だ。もうゴーストタウンだなこりゃ。
随分とカッコつけた名前だが、言ってしまえば閑散とした住宅街だ。惑星毎にエリアの命名規則が異なり、ネクノミコはこんな中二病みたいな名前を付けるルールになっているとか。
ここに目的のゾンビスクラムがいるというわけだ。ここを歩いていると、凄く静かで不気味さを感じる。明かりはポツポツ光る街灯だけ、か。
本来なら人がいて然るべき場所に声がしないと、こうも漠然とした不安を抱えるものか。空には星が輝き、頭上には巨大な惑星ドラゴンプラネットが。
今の気温は極端に蒸すわけでも、寒いわけでもない。適度な空調が効いた室内にでもいるかの様に、安定した気候になっている。
しかし一日中夜、つまり太陽が当たらないこの星は冷えて極寒にならないものなのか。太陽に近過ぎる水星が名前に反して暑く、太陽から遠い火星が寒い様に、太陽の当たり具合というのは思いの外命に関わる。
地球の夜がそれなりに過ごせる気候なのは、昼間の太陽熱とそれを止める大気のおかげだ。このネクノミコにも大気は当然あるだろうが、こうも長い間太陽が当たらないと熱だって逃げ切ってしまう。
こうして住宅街もあるし、昔はちゃんと日が当たっていて栄えていたのだろう。建物が崩壊していないから、こうなってからの年月は浅いのかもしれない。
ゲームにそんなリアリティを求めるのはナンセンスか。単に夜の町を冒険したいという願望からできた世界の可能性もある。そこまで考えていないかもしれない。
ゲームなんて昼間に行けばいいのに、夜中に廃病院へ行くような奴がいるのだ。細かいことは気にするな。
「あれは?」
ふと、俺が辺りを見渡すと空中に空の体力ゲージらしきものが浮かんでいるのが見えた。
公園まで俺はそれを追って移動する。なんだか、虹の麓を探すみたいな感覚だ。
当の公園は生垣に囲まれた、小学校のグラウンドの半分くらいはありそうな公園だ。当然、子供の姿は見えない。遊具が撤去されがちな昨今には珍しく、ジャングルジムやシーソー、滑り台まであるのは羨ましいぞ。
公園の真ん中に、確かに体力ゲージが浮かんでいるのが見えた。
「あれか? なんだってこんなところに体力ゲージが……」
俺が考えながら公園に入ると、金属が軋む音が後ろから聞こえた。入る時には存在すら気づかなかった公園の門が、お化けのいる洋館の扉みたく勝手に閉まる。
「ゾンビか!」
そして地面から這い出たり、生垣を乗り越えてゾンビが現れた。例の体力ゲージに体力らしきものが装填されていく。
これがスクラム。この中で敵を倒していけば上空のHPゲージが減り、これを削り切ればスクラムを撃破したことになる。って話だ。
さながら、無双ゲーの拠点制圧みたいな仕組みだ。つーか、まさか空の体力ゲージがスクラム入る前から見えているなんてな。
四方八方にゾンビがいる。さて、どう調理しようか。バス乗る前にある程度戦闘出来たのは、いい練習だったな。体が慣らされて、戦闘の消化が促進される。
まずは目の前にいる数体を片付ける。敵をしっかり見て、斬り捨てる。敵の消滅を確認したら次の敵を探す。見つけた敵を見逃さずに、斬り掛かっていく。
このクエストは前座だ?。これクリアしたら次々と面白そうなクエストが出てくると考えたら、手が止まらない。
目の前のゾンビが掴みかかって来ようとところを後退して回避し、前のめりになった身体を戻そうとしている間に距離を詰めて斬る。だんだん、隙の使い方がわかってきた。
俺は一番近い場所ではなく、遠くにいる攻撃態勢に入っていないゾンビに向かって走る。そしてそのまま、ジャンプしながら突きを繰り出した。
「セイハーッ!」
ゾンビは面白いくらい吹っ飛ばされ、地面を転がって他のゾンビの足元を掬う。たまに面白い連鎖をするもんだ。こういうのを利用すべきなんだな。
「いって」
前の敵を斬っていると、後ろからゾンビがチクチク攻撃してくる。痛くは無いが、不快ではある。そしてHPも減っている。
「後ろが気になるな……」
攻撃頻度はこちらが視界に収めているゾンビより激しくないが、後々後ろからもガシガシ攻撃してくる敵も出るだろう。対策を考えねば。
生垣を背に? ダメだ。今も生垣を乗り越えてゾンビが増殖している。
遊具を使おう。ジャングルジムくらいなら背後を守れる。
俺はゾンビを蹴り倒し斬り殺しながら、ジャングルジムへ移動して背中を付ける。ジャングルジムは鉄のパイプを繋げただけの遊具だが、大人がこの隙間を潜るのは困難だ。だから大人ばかりのゾンビ軍団には壁として機能する。
ゾンビがジャングルジムを背にした俺に迫る。背中を狙われない代わりに退路を塞がれている。十分に引きつけて畳み掛けるぞ。
目前が見えなくなるくらいゾンビが集まってきた。アバターが小柄だから、大人サイズに囲まれると前が見えない。
「【ライジングスラッシュ】!」
敵が集まったところに、技を叩き込む。水平に集団を切り裂き、一気に仕留めた。一度に大量の敵が青い光となって消えると、暗い惑星にあっても一瞬だけ明るくなる。
だが、その光をゾンビが抜けてくる。さすがに引きつけ過ぎたのか、一撃では仕留め切れない。
「あ、やべ」
これは計算外。だが、俺はジャングルジムの中に入ってゾンビをやり過ごした。中から剣を突き出し、チキン戦法でゾンビを突いていく。
だが、狭い場所で繰り出す突きは悲しいくらい弱い。3発突いてやっと一匹倒せた。勢いで威力も上下するのだろうか、モーション値ってやつか。
「えいえい! チーズフォンデュにしてやるぜ!」
俺がじっくりゾンビをジャングルジムの中から突き刺していると、どこからか打撃が聞こえた。しばらく音を聞いていると、ジャングルジムの前にいるゾンビが頭をぐらつかせて倒れていく。
「なんだ?」
上空のゲージも砕け、ゾンビスクラムを一つ撃破した。文字通り、あっという間である。マーガリンがトーストの上で溶ける様に、変化が分かりやすい。
「誰だ?」
「私よ。まだ約束の時間には早いと思うけど。まだ時間あるからって寄り道して、そのまま遅刻するパターンねこれ」
盾を手に、メイスを振るうシスターが目の前にいた。メイスっていっても、最近のガンダムが持っている様なデカイのじゃなくて片手で扱えるサイズのな。盾持つんだから当たり前だが。
盾も盾で円形のラウンドシールドになっている。なんか本格的だな。
俺は声と物言いで、そのアバターの中身を即座に判別した。声は俺と違って現実のものだ。
「夏恋!」
「まー、なんてペドい。だからって子供らしくジャングルジムに隠れなくてもいいのに」
俺のアバターを見て一言。全く、チビで悪かったな。
「ん? それよりなんでこれが俺ってわかったんだ?」
夏恋は間違いなく墨炎の姿を見て俺を直江と呼んだ。このゲームは性別を反転したアバターを作れないから、これを俺と見抜くのは相当困難だぞ?
「フレンド登録したでしょ? その時、あんたのアバター名と顔写真がリストに表示される様になったのよ。あと、頭上に名前も」
「あ、ホントだ」
夏恋シスターの頭上には『カレン』とアバター名らしきものが浮かんでいた。なるべくゲームっぽさを減らす努力はしている様だが、メニュー画面とこればかりはどうにもならないらしい。
「それがお前のアバターなのか」
シスターっぽい帽子(正式名称は知らない)から覗く髪は明るい茶色で、まだ現実にいそうな感じが夏恋のアバター。
「んじゃ、さっさと終わらせましょう。ご褒美は飴ちゃんがいい?」
「完全に子供扱いかこのヤロー。まだ食欲増進の食前酒出したところだ」
夏恋は俺というより墨炎を弄って来てる。別人扱いかこりゃ?
「食前酒? それはそうと、次のスクラム探すわよ」
「おいおい、クエストの途中参加なんてありかよ?」
俺はとりあえず夏恋に聞く。こういうのって最初に手伝ってもらう人をパーティに入れておかないとダメなんじゃ?
「あんたフレンド関連が初期設定のままでしょ? それだとクエスト途中助太刀ありだし、何のクエスト始めたかフレンドにリアタイで情報流れるよ」
「まぢか」
「それにクエストは受注主が承認すれば途中からメンバー増やせるから」
あー、ここに来て説明書をあまり読まない悪癖が響いてきたな。レトロゲー中心で遊んでると、説明書読むよりプレイした方がゲームを飲み込めるしなー。
「で、そのアバターはエステで整形したの?」
夏恋は俺のアバターについて突っ込んでくる。
「一応カスタムはできるんだな。ランダム生成の末に生まれたデフォだ」
「え? 本当に?」
ありのままを答えてやったら、存外驚いてくれた。どうやらエステとやらでこんな感じに男でも出来るっぽいな。
「どうやら性別判定が狂ったらしくてさー。これどうする? 通報? 詫び石?」
「えー、本当に女の子なのそれ?」
夏恋がジロジロと俺のことを見る。疑ってんのか? 付いてるし付いてねぇぞマジで。
「デフォでそうなるって聞かないけど。エステ券貰えるクエストとかあるんだけど? それはやった?」
「へー、そんなのあるんだ。やっぱ一回は無料なんだな」
流石にアバターをランダムで寄越しておいて『カスタムしたかったらリアルマネーくれ』は通じないか。どんだけ金掛かるか知らんが、エステが一回無料になる券もあるらしい。
「あ、これマジでデフォのやつね」
夏恋は俺がその情報を知らないことから、このアバターがデフォであることを信じた。
「それよりクエスト片付けましょ。スクラム探さないとね」
「ああ、さっきみたいに空の体力ゲージを探せばすぐだ」
俺は夏恋に促され、クエスト攻略に掛かる。スクラムが見えているのは助かる。
@
俺のクエストをさっさと片付けた夏恋は拠点内にあるカフェへ俺達を誘った。
やっぱり無料アプリでいう広告に当たる媒体なのか、駅前でよく見るコーヒー屋が拠点に入っていた。ゲーム内通貨で商品が買えるようだ。ホントにお試し感覚なのね。
「なんだこれは……」
俺はメニューを見て愕然とした。サイズの時点でSMLじゃないんだもん。なんだよグランデって。
ともかく変哲もないコーヒーを買って、席につく。
「で、何処までシステム理解してる?」
「そうだな。武器と防具は大体な」
夏恋は買ったなんかクリームがこんもり搭載されたコーヒーとは思えないナニカを飲んで俺を問いただす。
「こうして普通に服着てるみたいだけど、一応防具に相当する服とそうじゃない服があるっぽいな」
俺が着ているパーカーやスニーカーがその『防具』。そして下に着ているシャツやホットパンツ、ニーソが『防具じゃない服』。
「そ、鎧のアンダーウェアだと思えばいいわ」
「はー、そう考えるか」
夏恋の例えは的確だった。
俺の場合、なまじ全部服だからややこしい。剣道で言うと面とか小手みたいな防具に防御力があって、下に着る袴や道着には防御力が無いみたいな感じか。
「私の着ているこのシスター服も防具ね。下に着ているものはそうじゃないけど」
「で、その下に着るものもキモなんだとか?」
俺はややこしいシステムを頭の中で反芻する。そして、実際に着ているものを確認しながら思い出す。
「例えば、俺が着ている『ブラックキャットパーカー』は索敵スキルってのがあるらしい。下に着るものによってはこのスキルってのを強化できる、らしいな」
「あんた今下に何着てんの?」
夏恋に聞かれ、俺はパーカーの前を開いて確認する。下に着ていたのは覚えたての防具システムを実践して選んだ、猫の肉球模様のTシャツだ。
「これ。えっーと、『肉球Tシャツ』だっけ?」
「なんだわかってるじゃん」
夏恋は一人で納得していたが、俺はそうでもない。
「その肉球Tシャツはアウターの索敵関連、ステップ関連のスキルを強化してくれるの。だからクエストでもスクラムの場所がわかったでしょ?」
「ん? 索敵スキルってまさか……」
俺はふと、クエスト中に見た空の体力ゲージを思い出す。あれはスクラムの仕様じゃなくて、索敵スキルの賜物だったのか。通りで下調べの時に聞かなかったわけだ。
「あー、あれが索敵スキルだったのか。てっきり地図になんか敵の位置が乗ったり、宝箱にミミック入ってたらわかるとかそんなもんだとばかり……」
「なんだ、わかってなかったんだ。私てっきりあんたが索敵スキルをスクラムクエ向けに使ってるんだとばかり」
意外と、ピンと来ないものだな。普通のゲームと同じ感覚でいると落とし穴に嵌りそうだ。
「そうだ。もう煉那と佐奈がチュートリアル終えたらしいからここにいるの伝えようか」
「そうだな」
とりあえず俺達は煉那、佐奈と合流することにした。あいつらがどの惑星で始めたか知らないが、移動に時間掛かるのは確かだろうし。俺らはここでまったりしてますか。
煉那がチュートリアルをクリアしたというので、俺達はカフェを出て拠点の広場で待っていることにした。
ショッピングモールの吹き抜けみたいな場所で、エスカレーターやエレベーターが上の階へ続いている。3階建てか。上の階の店がチラホラ見える。
しばらく待っていると、二人のプレイヤーがカフェへやってきた。一人は黒い鎧に身を包んだラスボスっぽいの。もう一人は桜色の髪をした女の子だ。女の子の方は初心者なのか、俺と似たようなパーカーを着ている。
「あ、佐奈、煉那」
「へー、こんなアバターなんだ」
おそらく初心者が鎧着てるわけないから、あのラスボスが佐奈なんだろう。で、桜色の髪した子が煉那と。現実の彼女と同じくらいの背丈してんな。ただ、髪は現実の彼女より長く背中まで伸びている。
「呼び掛けに応じ、龍血の降雨を馳走しに参上した。龍卿、イサナである」
鎧の人物は低い声で話す。身長は俺などもちろん夏恋のアバターよりも高い。そして黒い鎧姿はとても女性プレイヤーに見えない。
龍の様に二本の角を生やした兜からぐぐもった声が聞こえる。あれ? これ佐奈か?
「はー、まさかあの龍卿が佐奈だったなんてね」
「知ってんの?」
夏恋は佐奈のアバターについて、フレンド登録で明らかになる前から知っているような素振りを見せる。
「有名なトッププレイヤーよ。常に攻略の最前線に立つ『ドラゴン殺し』」
「なんだか、凄いんだな藤井って」
感嘆する煉那の声は現実と同じもの。夏恋と煉那は俺と違って現実と同じ声をしている様だ。
「声が佐奈じゃねーんだけど」
説明より、俺は声が気になった。これが佐奈だという確証がまるで持てない。
「あ、直江さん。これはですね、この兜にボイチェンが……」
「うわっ! なんか急にラスボスがフレンドリーになった!」
突然、鎧姿のラスボスが佐奈の口調で話し始めた。佐奈としては自然なのに外見からは違和感バリバリだ。
「こういうことです」
鎧姿のラスボスは兜を取る。すると、声が女性の物に変化する。兜の下は長い銀髪に褐色肌の姉御キャラっぽいアバターだ。それでも、佐奈の声ではない。
「そしてボイスエフェクトを切ると」
ラスボスは青白く光るメニュー画面を呼び出し、何かを操作する。
「これで私の声です」
ようやく、佐奈の声が聞こえてきた。
「ええ? どうなってんの?」
「このゲームにはアバターの外見に合わせて声を変えるボイスエフェクトというのがありましてね」
佐奈は声について説明してくれた。なるほど、俺が今、墨炎として発声しているこの声がそれなのか。そして佐奈が使っていたあの声も。
「ん? じゃあボイチェンいらなくね?」
兜に付いているボイチェンはなんだったんだ? 声をアバターに合わせて変えるだけならボイチェンいらなくね? ボイスエフェクトでよくね?
そこは夏恋による解説だ。
「あんたは例外だけど、本来アバターの性別は現実のものと同じじゃないといけないのよ。誰が決めたか知らないけど」
そういえばそうだ。俺が墨炎なのも事故なわけだし。
「それで納得するプレイヤーって少ないと思うから、こういうアイテムで擬似的に性転換出来る様にしてあんのよ」
「へー、なるへそ」
謎規制は運営も完全に了承はしてなかったんだな。なんというか、抵抗の歴史だな。蟹工船が小林多喜二だ。
「早速、龍種を地に還すとしたいが、直江さ……墨炎には、先に言わねばならないことがある」
佐奈はさっさと兜を被り、ラスボスモードに入る。ただ、リアルの知り合いが相手なだけに完璧とはいかなかったか。
「ああ、さっき襲われたんだよ」
「襲われた?」
話の内容は煉那が先に言う。一体何にさ?
「墨炎は最初のチュートリアルで、白い娘を目の当たりにしたな?」
「ああ、あいつか」
佐奈に言われて、俺は氷霧と一緒に行ったチュートリアルを思い出す。クエストの場所である地下街に向かっている途中、その地下街の入り口の屋根に座ってコンビニ弁当食ってた白いのがいたな。
「氷霧と見たな。なんか地下通路の入り口に座って弁当食ってた奴」
「氷霧? あんた今氷霧って……」
手伝ってくれたプレイヤーの名前を出すと、夏恋が今までになく驚いた。
「え? なんか?」
「あ、いや、それもだいぶ有名なプレイヤーなんだけど、手伝ってもらったんだ」
夏恋は我に返り、氷霧について話す。へー、あいつそんなにか。
「惑星警衛士にその人ありと呼ばれる弓兵だ。良き縁を結んだな」
「夏恋と佐奈がそんなに言うんなら、スゲェんだろーな」
佐奈の佐奈っぽくない評価はさておきだ。問題はそいつにあるのか。
「え? 襲われたって、最初の接触で?」
氷霧に気を取られていたのか、夏恋はワンテンポ遅れて問題に気付く。俺も最初の接触では顔見せだけだったが、煉那は襲撃を受けたのか?
「ああ、手荒い歓迎だとおもったら、藤井によれば違うらしくてな。やっぱさすがに初めてのプレイヤーを全力で殺しに来るなんて、無いかって、思ってな」
煉那は襲撃について語る。あの白い女の子に顔見せで襲われたって、チュートリアル始まったばかりのタイミングだよな。
「あー、都さん。世の中にはフロムソフトウェアっつー、チュートリアルでプレイヤー殺しに来る鬼畜変態企業があってだな」
「それは置いといてさ、あり得なくない? プロトタイプとの戦闘はストーリークエスト受けないと発生しないんじゃ……」
夏恋にスルーされつつ、必要な情報を俺は佐奈から聞く。
「藤井さん、その白い女の子、プロトタイプはストーリークエストの敵なのか?」
「そうだ。あの娘は……あ、やっぱ普通に話しますね」
佐奈はラスボスめいた語りを打ち切り、プロトタイプについて解説をする。
「このゲームにはストーリークエストというものがありましてね、とにかくその最初の敵がプロトタイプなんです。チュートリアルで顔見せ、その後いくつかのクエストで接触及び戦闘があります。ですが、最初のチュートリアルでは顔見せなだけで戦闘は発生しないはずです。ですが、煉那さんは襲われたんです」
つまり、ポケモンで言うと最初のジムリーダーが初めてのポケモン貰った直後に襲いかかってくる様なもんか。
「げ、何そのクソゲー! 無理じゃん!」
俺は煉那のアドバイスや氷霧の助け無しではチュートリアルも覚束なかったのだ。そんなバクが起きたら確実に進行不能だ。
「そうなんです。もしあそこで倒されてリベンジを試みようにも、チュートリアルをクリアするまでは他のクエストが出ませんから、装備を強化する術が無いんです」
佐奈がお手上げとばかりに話す。煉那が此処に来られたのは彼女のお陰だろう。
「あいつ、殴っても蹴っても斬ってもビクともしなかった」
煉那は不満そうに言うが、こいつの事だから突然襲われても難なくボコったんだろうな。単に初期装備じゃダメージにならなかっただけで。
「はーん、プロトタイプ倒すにはそれなりの装備が必要なのか」
「いえ、本当なら初期装備でも倒せるんです。ですが今のプロトタイプは……」
佐奈が言いかけた時、煉那が俺を抱えて飛び退いた。
「危ねぇ!」
「ぬわああ!」
軽々と持ち上げられ、急に視界がブレたので驚かずにはいられなかった。拠点という安全地帯の何処に危ない要素があるというのか。
「っ!」
「まさか!」
夏恋と佐奈が戦闘体勢に入っている。そして、俺が立っていた場所には白い女の子が死神の様な大鎌を振り下ろしていた。
「あー、外しちゃった。新米の中じゃ一番トロそうなのに」
「プロトタイプ! あんた!」
夏恋はメイスを振り上げ、白い女の子、プロトタイプに食って掛かる。
「なんだ、カレンじゃん。お久」
プロトタイプは鎌の長い柄でメイスを受け止める。
「なぁなぁ藤井さん! あれ一面ボスかよ!」
それより俺は、プロトタイプの覇気に異常さを感じた。最初の敵にしては『強そう』なのだ。黒いマントをはためかせ、鎌を振るうプロトタイプはいいとこ終盤のボスだ。
「プロトタイプの武器はナイフのはず、だからリーチ差でプレイヤーが優位に立てる。のに!」
佐奈が言いかけていたのは、装備の変更だったのだ。いや、攻撃面は確かに強そうだが、防御はどうなんだ?
「つっても防御面は一面ボスだろ? 夏恋、そのまま抑えてろ!」
俺は腰に差した剣を抜き、プロトタイプに走り寄る。プロトタイプは装備を変えてきた。だが、それはいつものゲームに置き換えて見ても単に『攻撃パターン』が変わっただけ!
「攻撃方法は変わったがな……」
さすがに受けるダメージや自身の耐久力まで弄れねーだろ!
「一面ボスに負けるわけねぇだろ! 行くぞおおおおお! 【ライジングスラッシュ】!」
俺は渾身の一撃をプロトタイプに叩き込む。水平斬りは煉那のアドバイスによって、吸い込まれる様にプロトタイプを打ち据えた。
だが。
「なっ……」
プロトタイプは微動だにしない。黒いマントの下は黒革のつなぎらしい。
あー、そうか。煉那が『攻撃が効かなかった』って言ってたな。そんで俺が『強い装備がいるのか』って聞いたら佐奈は『本来は初期装備でも倒せる』って言ったな。つまり今のこいつは初期装備で倒せんってことだな。ノリノリ過ぎて忘れてた。
「お前……」
プロトタイプは赤い瞳で俺を見る。明らかに尋常ならざる怒気が込められている。やべぇよ。
「さっきから人の事一面ボスだとか……」
どうやら俺の発言が逆鱗に触れたっぽい。俺もアルビノ指摘は快く思わんからな。
「あ、ごめんなさい……」
「五月蝿いんだよ!」
謝ったが効果は無く、プロトタイプはあろうことか頭突きで俺を吹き飛ばした。
「うわらば!」
痛みは無いが、アバターが軽いのか容易に飛んで床に叩きつけられる。
「くっそー、強過ぎじゃね?」
腕時計にあるHPゲージを確認すると、予想に反してあまり減っていなかった。肉体での攻撃は今まで通り。強化されているのは装備によるものだけか。
「って、ボスが装備変更だと?」
よく考えればおかしなことだ。ボスが装備を俺たちみたいに変えて来ているというのは。武器の持ち替えのみならず、防具の変更まで行っている様にも見える。プレイヤーでもないのに俺らと同じ装備を使うなんて、そんなこと出来るの? ゲームによってはロボゲーとか敵も同じパーツ使うことあるけど、これそういうゲームじゃねぇから。
「なんで出来るの?」
「人型エネミーは一部が私達プレイヤーのテクスチャとか流用してるんですよ。仲間NPCとして協力を得たり、イベントの再戦で強化するためとかしやすいですし」
佐奈はそう言う。なるほど、制作の都合がプロトタイプに悪用されたか。マリオだったらクリボーがジャンプしたりキノコ取ってデカくなったりフラワーで火を出して来てるようなもんだぞ?
「夏恋さん! そのまま抑えていて下さい!」
「ええ!」
佐奈は夏恋にプロトタイプを頼むと、メニューを弄ってボイスの設定を戻す。そして、剣を天に掲げた。
「人の身など龍に比べれば紙細工よ」
あのラスボスっぽい低い声で佐奈は技の名前を言う。
「魔法剣、【ギフレム】。塵芥と成り果てるがよい」
佐奈の剣に炎が燃え盛る。そして、そのままプロトタイプへ走り寄っていく。
「葬送を出してやる。【ライジングスラッシュ】!」
俺と同じ横一閃の攻撃。炎が揺れ、空気を焼く音と共にプロトタイプを斬り裂いた。傷口が発火し、彼女は瞬く間に燃え上がる。
「ぐっ、あぁぁっ……!」
プロトタイプは床を転がり、炎を消そうともがく。だが炎の勢いは弱くなる気配がない。
「無断だ。その炎は汝の内から燃え上がるもの。では終わりだ」
佐奈は剣を腰の鞘に収める。そして、また技の名前を言う。
「魔法剣、【ギサンダ】」
それから、再び抜刀する。今度は刀身がバチバチと光や音を放っていた。これは雷か?
「ぐっ……ふ、あんたの弱点は、もうわかってんのよ」
しかしプロトタイプはまだ余裕を滲ませていた。佐奈は彼女に近づき、剣を振り下ろそうとする。
「これだ!」
その時、プロトタイプが何かを呼び出した。それはザ・呼び出された部下といった感じで青い光と共に出現した。
「あれは……蜘蛛?」
一体の蜘蛛型エネミーが佐奈とプロトタイプの間に出現する。遠くからでもハッキリ見えるくらい大きい、タランチュラの様な白いモフモフした蜘蛛だ。
「クモフじゃない。それくらいすぐに斬って……」
夏恋は余裕を見せていたが、佐奈の様子がおかしい。剣を振り上げたまま固まっている。
「あ、これ蜘蛛だめなやつか」
俺は悟った。ラスボスっぽい見た目と威厳でもアレの中身は藤井佐奈。こんなデカイ蜘蛛だめですよねー普通。
「ふっ、甘いねぇ!」
プロトタイプはそのまま逃げ去った。佐奈が封じられた今、勝てる相手でもないのでそのまま放っておこう。
「えい、【インパクト】!」
夏恋はメイスの技でクモフなる蜘蛛を殴り倒し、青い光へと戻す。一撃な辺り、あんまり強くない様だ。
「しかし、今のは……」
煉那はプロトタイプの行った方を見つつ、考え込む。あの強さで一面ボスなのか……いや、なんらかの理由であの強さに『なった』というべきか。
俺たちのストーリークエスト、予想外の不具合で一体どうなる?
次回予告
次回、ドラゴンプラネット RE:birtht。第6話『竜を狩る乙女たち』。
今回の次回予告は私、煉那だ。このアバター、結構いいな。特に桜色の髪が気に入った。現実の髪なんて鬱陶しくて邪魔なだけだが、ゲームは別だな。