番外 節分に恵方巻きなど食べる様になったのはいつからだろう
恵方巻。それは、最近なんか急に出て来た節分の風物詩!
恵方巻。それは、日本の食品ロス率を底上げする悪しき存在!
いくら戦隊ヒーローのオープニングナレーションっぽく言っても正義にはならないのだ。
そんな恵方巻に三人の男子高校生が挑む!
「問題がある」
俺は教室で雅、門田にある話を打ち明けた。これは節分になると発生する深刻な問題なのだ。
「ここに恵方巻きがある」
コンビニで買ってきた恵方巻きを二人に見せる。アホみたいに太くてデカイ。果たして、いつからこんなアホみたいな食いもんを節分に食べる様になどなったのか。
「あるな。恵方巻き」
「あー、恵方巻きだな」
二人の反応は至って普通。まぁ見せてる恵方巻きも普通だしな。しかし問題はそこじゃない。
「果たして、こんなデカイ巻き寿司に齧り付くことなど出来るのだろうか」
俺には一つ疑問があった。この様に太い寿司をさも齧り付くのが当然の様にコンビニは宣伝しているが、そんなこと果たして可能なのだろうか。
巻き寿司というのは適量に切って食べる物であり、間違っても丸ごと食べるものではない。法事などで供される助六寿司を思い浮かべていただければわかるが、あの直径を縦にして口に入れるのは不可能だ。
常識的な厚みに切られた寿司ならば、横にして食べることが出来る。だがあれを縦にして口に入れた挙句、更に先が続いているんだぞ? そんな大蛇みたいな食い方出来る奴が日本の総人口一億五千万人の内何人いるんだ?
いたとしたらそいつは安珍清姫伝説の様に執念だけでドラゴン化する化け物に違いない。それか後頭部にこれが入る口でも搭載しているか。どっちにしろ化け物だ。
「無理だろ? この太さのもん口に入らないだろ?」
俺は二人に聞いた。不可能だ、その当然の返事を貰うために。
「出来るぞ?」
「なぬ?」
門田は出来ると言った。まさか、こいつはおちゃらけて言っているだけだ。顔が妙に真剣なのはおふざけの為の演技に違いない。
「出来る、な」
「なんだと?」
雅までもが冗談を言い始めた。まさか、あり得ない。
「いや無理だろ? こんなもん齧れるか!」
「いやー、出来ない太さでは販売してないんじゃない?」
雅曰くこれくらいなら誰でも丸齧り出来るとのこと。
「逆に遊人は出来ないんだな」
「当たり前だ! 先に顎が外れる!」
こんなもん丸齧りした日にゃ顎が取れる。無理を言うな。
「つーか、お前んち恵方巻きとか食べないんだ」
門田の家では食べるらしいが、我が家では無いな。
「ああ、爺さんちにいた頃はこんな爛れた習慣なかったし、姉ちゃんと暮らしている間は俺が台所を預かっているからまず出さん」
「爛れたって……、民法だと確かにナニに見立てて女子アナに食わせているが……」
門田もこれが随分アレな習慣である自覚はあったようだ。
「それより、なんか恵方の持ち回りが不自然な気もするな」
「どういうことだ?」
雅は恵方に文句がある様子だった。
「恵方って南南東とか東北東とか複雑だろ? なんで南とか南東とか、八方位以下に回ってこないんだ?」
そういえば、漢字二文字以内に収まる八方位とかには回ってこないな。決まって三文字使う方位を使う。
「あんまりにも簡単だと手を抜いてると思われるからじゃねーの?」
門田はそう感じているようだ。奴の嗅覚は確かだ。馬鹿が飛びつきそうなポイントを抑えている。
「あー、いるいる。難解な言葉使いたがる奴。アジェンダとかコンプライアンスとか意味わかんないよね」
雅も賛同した。俺もその辺のカタカナ語わからんぞ。
「まだルシだのファルシだの言ってた方がわかるぜ」
「ほら、中国語って読めないのに何が言いたいかは何となくわかるだろ? 漢字って凄いよね」
雅の言う通りだ。中国語なんぞ習ったことはないがパッと見て何を表しているのかは予想出来る。
「だから漢字の熟語なら意味を知らなくても大体理解出来るんじゃないか? 僕も霊子虚構領域セラフって 聞いた時は『あ、なんか架空の世界なんだな』って思ったし」
カッコいい世界感のコツは漢字とカタカナを使い分けることですぞ。
「つーか、問題は遊人がこれを齧れないってことだろ?」
門田に話を戻されたが、そう本題はそれだ。
「ああ、『無理! こんな太いの入らない!』ってなるな。顎が」
「ヘテロセクシャルの男でよかったな。何がとは言わんが」
雅から意外な発言。門田と話していると『あ、男子高校生だ』ってシーンが多いけど、雅からはそういう発言少なかった様な。
「そうだ! ドラゴンプラネットだ!」
一方門田は何やら脈絡の無いことを考え付いた様だ。嫌な予感しかしない。
「それがどうした?」
「ドラゴンプラネットのアバターならイケるんじゃね?」
そうか、アバターの身体なら口がもっと開くかもって話か? 確かに考えられなくもないが。
「そうか、確かにアバターなら体格が違うからイケるかもな」
「これ完全に試す流れじゃねーか」
もう話が墨炎に齧らせる流れだ。恵方巻が絡むのに、ヤケに男臭い番外だと思ったら女いたは俺のアバターが。
「仕方ない、ちょっと行ってくる」
俺はスマホにウェーブリーダーを付け、そのままダイブを始めた。
というわけで、このちっこい女の子のアバターにインした。墨炎は黒髪を腰の下まで伸ばした、赤い瞳の女の子。小学校高学年くらいの背丈しかない。
それはさておき、まず恵方巻を確保せねば。マイルームを出て、さっそく拠点のショップへ立ち寄る。
他の惑星が舞台だってのに、ショップは何処と無くデパ地下風味だ。恵方巻も季節限定で販売している。
「さぁさぁ期間限定! 恵方巻だよー! 注目は恵方という概念を巻いた斬新な恵方巻!」
気になる売り文句を聞き、俺はそちらへ向かう。すると、何やら中央に得体の知れぬ磁力を感じる巻き寿司が売っていた。巻き寿司の中身は空洞なのだが、妙な光り輝くエフェクトがそこを突き抜けている。
「恵方を巻いた恵方巻だと? それって焼けた鉄を巻いた鉄火巻とか河童を捌いて巻いた河童巻きっえレベルだぞ?」
もうこれは料理じゃない。魔術礼装の類だ。一種の宝具だ。幸福恵方巻って感じの。
店に近づくと、お馴染み青白いウインドウに説明が書かれ、購入するかどうかのボタンも付いている。
「あ、これドロップ率上昇アイテムなのか」
説明を読む限り、恵方巻全般は恵方に向かって食べると次のクエストでレアアイテムが手に入りやすくなるらしい。上昇率はおそらく得体の知れぬ恵方巻が一番高いだろう。
「んじゃ、一番安い奴で」
こういうのって効果あんのかな? どうせレアアイテム拾っても一個じゃ済まないし。これからクエストに行くわけでもないので一番安い『カンピョウの恵方巻』を買ってみた。
購入ボタンを押すと、ウインドウにパッケージされていない剥き出しの巻き寿司が浮かび上がる。
それを手に取ると、コンビニで買い物した時よりも大きく感じた。身体が小さいからか?
「うわ! マジでカンピョウしか入ってねー!」
買った寿司を見ると、金糸卵もキュウリもなければ、本当に茶色いカンピョウしか入っていないのだ。確かに普通の恵方巻からもう一つランク落とそうって結構な難題だからな。これくらいしか方法あるまいよ。
「よーし、食うぞ! 恵方巻なんかに負けたりしない!」
俺は出来る限りの大口を開けて、カンピョウしか巻かれていない幸福もクソもない恵方巻に齧り付いた。
「んむっ!?」
なんというか、案の定というか、やはり口には入らなかった。そりゃそうだ。現実の体に輪を掛けて小さくなってんだから、口も小さくなるよな。
やっぱり、恵方巻には勝てなかったよ……。
要するに節分には大人しく炒った豆でも投げてればいいんです。