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ドラゴンプラネット RE:turn players  作者: 級長
chapter1 暴走プロトタイプ
6/23

4.吸血姫

 学校関係者への通達

 最近、以前九州で確認されたものと同種の手口による通り魔事件、俗に言う吸血姫きゅうけつひ事件が岡崎市内で発生しています。しばらくは部活を早めに切り上げ、集団下校を心掛けるなど事件の防止に努めて下さい。

長篠高校 1年11組 教室


 この時代、凶悪犯罪はそうそうない。あるとしても生きてる間にニュースとしてそういう事件を聞くことがあるだけで、自分がその事件に巻き込まれるなんて、まず無い。

 しかし、そのまず無い事がクラスメイトの身に降り懸かったのだ。それは、アバターの性別逆転以上の衝撃だった。

「えー、非常に言いにくいことですが、昨日、うちのクラスの藤井が不審者に襲われた」

 朝のホームルーム直前。その時、教室が静まりかえった。水を打った様にとかの表現が似合いそうな空気だった。

 俺も、昨日疲労のあまり寝落ちしてゲーム出来なかったショックが吹っ飛んだくらいだ。煉那からのアドバイスも試したかったのによー。

「藤井って、藤井佐奈か?」

「ああ、あのいつも本読んでる」

「なんで?」

「知らん」

 クラスメイトが不安に騒ぐ。ひとまず、この混乱をおさめるために俺は喋ることにした。級長は雅なのだが、俺が一応なんか喋ろう。姉が刑事なだけあり、こういうことには慣れている。

「おい野郎共、落ち着け。俺らが騒いでも意味ないだろ。ナンセンスだな」

 だが、むしろ騒ぎは大きくなった。

「騒がない方が変だろ!」

「ちくわ大明神」

「お前は落ち着き過ぎ」

「なんだ今の」

 だいぶ皆混乱してるな。まぁ当然か。

 余計に騒ぎが広がったが、不安とか暗い雰囲気を払拭できた。佐奈が犯人の姿見てりゃすぐ捕まえられるだろう。ここの管轄は姉ちゃんだし、犯人は運が悪かったな。

「先生、佐奈は無事ですか?」

「怪我はしてないし、一応面会もできる。病院にいるって」

 夏恋が佐奈の安否を気にかける。保健委員だからか、それとも単純に友達だからか。なんとなく佐奈を引きずり出してつるんでるよな、夏恋って。

 まぁ、とにかく佐奈が無事なのはよかった。

「よかった。みんな、帰りにお見舞い行こ?」

 夏恋が女子に声をかける。しかし、メインで色めきだったのは野郎だった。まあ、仕方ない。

「野郎共は黙ってなさい」

 俺は言ってやったが、野郎共は黙らない。夏恋以上にかわいいからな、あいつ。どっちかと言えば、庇護欲を掻き立てるタイプの美少女だ。

「はいはい、ペアになる美女のいない野獣は黙って。今回は人数絞るから」

 夏恋の毒舌が発揮される。もともと引っ込み思案な佐奈に、いきなりこの大人数は負担だ。無事とはいえショッキングな事件の後だしな。精神的負担は避けたい。なんとか夏恋はそれを防いだ。お手柄だ、夏恋。

「っ……」

 ふと、俺には夏恋が苦痛に顔を歪めた様に見えた。転んだか? いや俺じゃあるまいし。

 俺の怪我はまだ少し痛む。後昨日、煉那にのしかかられたところも追加ダメージだ。あと動いたせいで若干の筋肉痛。

「雅、お見舞いの担当は俺が決めていいか?」

「そうだな。見舞われ慣れてる意見も欲しい」

 俺は雅に了解を得て、話を進める。というわけで、俺はお見舞いチームを結成することに。この歳でお見舞いされた経験のある奴って少ないんだなぁ。

 とりあえず人数を限るか。特に、知る人間で構成した方がいいかもな。

「渡したい物があったら私に預けて。男子のやつは一つ残らず捨てておくから」

「夏恋の毒舌があらぶってる……。まるで深夜のテンションだな、徹夜した?」

 夏恋の毒舌がエンジン全開なのを確認しながら、俺はもう一人用意することにした。

「煉那、一緒に来てくれ」

「え? 私?」

 煉那は戸惑った。そうだろうな。特に佐奈との繋がりは無いし。でもこいつ放置しとくとボッチで三年済ませそうだし。他に知ってる女子もいないし。


   @


 その日の帰り。俺と夏恋は煉那を伴って病院に行った。

「まったく、男子は……」

 煉那がでかいエナメルバックを持ちながら呆れたように言った。夏恋の下りで野郎の騒ぎようを思い出したらしい。都煉那、とりあえず馴染ませる為にチームへ入れてみたが、どうかな。

「しかし……。なんで私も……」

「いいじゃん、いいじゃん。なんとなくってことで」

 煉那は自分がお見舞い要員に選ばれたことを疑問視しているようだった。お前ほっとくとボッチのまま一年過ごしそうだし。俺の余計なお世話を感じたのか、煉那はやや疑いの目を向けてくる。ただ言われるがまま付いてくるあたり、何だかんだ言って付き合いそのものは悪くないようだ。

「お見舞いの品、持ってきたか?」

 痛い視線から逃れるために、話を逸らした。お見舞いといえば、何かいるだろう。例えば果物の籠なり暇つぶしの本なり。俺も入院の経験があるが、状況が状況だけにそんなもの貰ってないがな。渚がそう言っていたんだ。

「そうだな……、買いに行くか?」

 煉那はそう提案したが、残念、それは無理だ。

「残念ながら、面会時間に間に合わぬでござる」

「そうか。病院の面会時間ってわからないな」

 身内に長期入院したことある奴がいても、面会時間を正確に覚えている奴はいないだろう。俺は入院生活が長いから体内時計に記録されてるけど。

「そんなことだろうと思って、はい、これ」

 夏恋が何かを取り出した。それは暇つぶしの本なり花束だった。品物は既にある、ということか。

「いつの間に?」

 俺が聞くと、彼女は悪い笑顔を浮かべて答えた。

「門田他数名に『昼休みにお見舞いの品用意してくれると助かるんだけどなー』的なことを言ったらあら不思議。錬成できたのよ。所謂錬金術ってやつ」

「等価交換の法則が消えたんですが」

 こいつ、男子パシったな。お金もあいつら持ちだろう。うん。これはまんまと引っかかる方が悪い。詐欺はまず自衛が大事だしな。

「というかダメな花とか無いよね? 大きな病気とかしたこと無い私はともかく、あいつらも入院経験無さそうだし」

 夏恋は今頃になってそんなことを心配する。おいおい、お前が買いに行かせたんだろう。

「鉢植えとか赤い花じゃなきゃいいぜ。ま、俺なら赤い鉢植えでも花もらえりゃ嬉しいけど」

「そうなんだ」

 なんだかんだ細かいルールはあるんだが、切った花ってのはすぐダメになっちまうんだ。俺個人としては余程匂いがきつくなきゃ鉢植えでも嬉しいんだけどなー。マナーってのはどうも当人の感情を置き去りにしがちだ。ただ鉢植えは衛生上の問題があったな、無念。


 数十分後 聖七ツ丘医院


 俺達は聖七ツ丘医院という、いかにも金持ちが来そうな大きい病院の前に来ていた。やはり圧巻の大きさだ。ちょっとしたマンションみたいなものである。その入り口は、自動ドアとなっている。

「嘘だろ……」

 俺は思わずそう呟いてしまう。それを拾ったのは夏恋だった。

「佐奈って、国会議員の娘だっけ。だったらここなのも納得ね」

 多分、俺が驚いていることに同調しつつ解説も加えてくれているんだろうが、違う。俺が驚いたのは佐奈が高い病院に入院できることではない。

 この病院は、俺が子供の頃いた場所だ。

 俺は姉ちゃんとこに引き取られる前、ずっとここに入院していた。そういえば、なんでいたのかも分からない。自分がどんな病気だったのかもな。見舞いで本当の親が来たって記憶もない。

「ここ、俺がガキん時入院してた病院だ」

「そうなんだ」

 俺は病院に入りながら、煉那に説明する。入口を守る衛兵の様な警備員も入る側で見るのは貴重な体験だ。俺は知った顔を見つけて声をかける。ムキムキのお爺さんだ。俺がガキの頃からお爺さんだった様な気がする。

「お、曹長どのまたバンプアップされた?」

「ユウくんか。励めよ、筋肉量が無くとも柔軟さを保てば怪我を防げるからな」

 う、耳が痛い。身体の硬さで怪我したばっかなんだよ……。ストレッチサボってるわけじゃねーんだが、どうもなぁ。

 建物の中に入る。待合室も広い。内科、外科など系統ごとに受付も分かれている。待っているのは全体的に老人が多い様な気もする。そこに入ると、また見知った顔が。妙齢の女性、看護師だ。

「あら、ユウくん久しぶり。元気してた?」

「久しぶり。見ての通り元気です」

 婦長だった。この人には世話になったものだ。今は看護師長っていうんだっけこの役職。クラスチェンジしてなきゃそうなるだろうが。

「知り合い?」

「まあな」

 夏恋が聞いてきた。看護師の知り合いがいるの、そんな意外か? 病弱キャラが明かし切れてない感じはあるが。

「婦長、藤井佐奈さんの病室はどこ?」

「藤井佐奈さんね」

 俺は婦長に佐奈のいる病室を探してもらった。

「あー、佐奈さんね。ユウくんのクラスメイトだっていうから昨日結構お話しちゃった」

「婦長人の幼少期を勝手に……」

 俺は頭を抱えた。まさか佐奈に全部ゲロったんじゃあるまいな? いろいろ全部をだ。

「佐奈さんは507号室ですよ」

「はーい」

 ここまで婦長のペース。面会時間も少ないし、さっさと行きますか。


 佐奈の病室まで歩く間、いろんな人に声をかけられた。俺はいつの間にか、有名になってるようだ。ガキの頃は意識してなかったが、今になると照れ臭い。長い間病院にいると、スタッフを中心に知られるようになる。

 恐らく、当時の俺を知らない人も噂で聞いていて、白髪で気付いたんじゃないか? 知らない人にも声かけられるし。白髪という目立つ特徴もあり、知っている人から話しを聞いて俺に気付いた人もいるだろう。

「ん?」

 面会謝絶と紙の貼られた部屋もあった。この病院自体がおいそれと入れる場所じゃないから珍しい気もする。マスコミも入り口でシャットダウンするくらい屈強な警備員が揃ってるし。

「ここだな」

 俺は目的の507号室を見つける。ネームプレートには『藤井佐奈』と名前が書かれていた。

「ここね」

 夏恋は言いながら、扉を開けた。豪華絢爛なことに個室だ。一国一城の主ってやつだな。つーか躊躇いなく扉を開けるな。ここ半分生活スペースだからな? おいノックしろよ。

「え? 皆さん?」

 病室にいた佐奈が驚いてこちらを見る。頭やら腕やらに包帯を巻いて、結構痛々しい姿でベッドに寝ている。

「佐奈ー。大丈夫?」

「え、あ、うん」

 夏恋が佐奈に声をかけると、佐奈はたどたどしく答えた。

「怪我は大したことないです。自損事故みたいなものですし」

「自損?」

 彼女曰く、怪我は昨日の俺みたいな理由らしいが。一体どういうことだ。

「はい。襲われて、慌ててコンビニの近くにあった光るソフトクリームの置物振り回したら犯人さんに当たってしまいまして……。私はすっ転んでこの有様です」

 んなもん振り回したのかよ。完全に怪我は自爆なのね。

「犯人さんがスマホで救急車呼んでくれて、それで病院に」

 佐奈は夏恋の方を見て笑顔でいきさつを述べる。犯人もわざわざご苦労なこった。黙って逃げりゃいいのに。

「でも普段使わない筋肉使ったから肉離れとかしちゃったんです」

「痛そう」

 火事場スキル発動して筋力キャパ越えた結果負傷とか俺も人ごとじゃないな。気を付けよう。

「犯人は姉ちゃんがとっ捕まえるだろうから、任せとけ」

 とにかく事件後で佐奈も明るく振舞ってはいるが不安だろう。ここは俺が安心させねば。姉ちゃんは刑事で、大方この事件も姉ちゃんかその同僚が追うことになるだろう。

「遊人のお姉さんって刑事だったんだ」

「まぁな。交通課のエースだった爺さん以来、脈々と受け継がれる警察一家だ」

 夏恋が真っ先に反応する。俺を引き取った直江一家は警察一家。姉ちゃんが刑事、その父親は白バイ隊員、さらにその父親は公安と見事にジャンルは違うが警察官だ。親戚にも警察多いな。

「そうなると、直江も警察目指すのか?」

 煉那はそう聞いたが、俺にその気はサラサラ無い。警官なんて出来る体じゃないし。

「無理無理。俺体弱いから」

 とはいえ、気になるのは佐奈を襲った奴だ。この手口、聞いたことがある。

「それより、佐奈を襲ったのは『吸血姫きゅうけつひ』って奴だろう。ほら、前に九州であったっていう」

「捜査情報か?」

 煉那が少しだけ目を輝かせるが、残念。これは学校とかに流している不審者情報だ。

「いや、流石に職務上知りえた情報をもらったりはしないよ。単なる不審者情報だ。一年ほど前、九州で似た手口の通り魔があってな」

 それは、俺も少し記憶に残っていたくらいに変な事件だった。

「通り魔なんだけど、被害者を斬りつけた後、救急車呼んでいなくなるってやつ。被害者の中には血を舐められたって奴もいる。死者は出てない、っていうか犯人が死ぬ様な場所は避けて切ってるっていうか」

 話を聞けば確かに不可解な通り魔だろう。殺すでもなく犯すでもなく、金目的でもなく。足が付くだろうに救急車まで呼ぶ。

「証言によると十代前半の女性が犯人っぽいんだが、どうも捜査が進んでないというか」

 警察のルーチンはようわからんところがある。この犯人なんかすぐ捕まるだろうに、全然逮捕される様子が無いのだ。

「そうこうしているうちに九州での発生はぴたりと止み、あちこちで模倣犯が見つかっている。ただ模倣犯はやっぱ足付くのが怖いのか救急車までは呼ばないな」

 なんとまぁ中途半端な模倣だろう。しかしそれでも傷を舐めた唾液のDNAとかから模倣犯は捕まった。野放しなのは元祖のみ。いや元祖も唾液のDNAあるのになんで捕まってないんだ?

「そんで半年前くらいから岡崎で救急車を呼ぶ本物が確認されている」

「ほーん」

 俺が一通り情報を話終えると、煉那は何かを考えていた。

「じゃあ、救急車を呼んだのはいつものことだったんですね」

 佐奈は感慨深げに呟く。なにか思うところがあるんだろうか。確かに奇妙な犯人ではあるが。

「あ、そういえば九州で不審者あったから部活が無くなったことあった」

 煉那はふとそんなことを思い出す。何かと話題だったようだ。

「しかし馬鹿よね。わざわざ救急車呼ぶなんて。捕まりたいのかしら」

 夏恋は見ず知らずの犯人を嘲笑する。まぁなんてこいつらしい。

「それで捕まらないからナンセンスだ。どうせ死人出さないとでも思われてんのか?」

「もしかしたら、偉い人の娘でもみ消されてるのかも」

 夏恋がふと言ったことだが、それは考えもしなかったな。警察も死者が出てないから受け入れていそうではある。

「はー、なるほどね」

「だとしたら、殺人鬼ごっこしたいけど実際に殺す度胸の無いとんだチキンね」

 俺が納得しかけていると、夏恋は被せ気味に嘲る。流石に佐奈へ危害(自損だけど)を加えられてご立腹か。

「とにかく気を付けるに越したことはないな。いつ度が過ぎるか分からん。世間を騒がす連続殺人は動物の虐待から始まるんだ。そうでなくても刃物持ってんだ。死ななくても筋やられたら後遺症が残るし、女の子は傷残ったらマズイ。それに相手にその気がなくても揉み合ってグサリ、って危険もある」

「あんたもそうとう腹に据えかねているのね」

 俺の言葉を聞いて、夏恋がそう言う。確かにそうかもな。病死老衰ならともかく他殺で人の縁を失うのは勘弁願いたい。

「だろうな。僅かひと月足らずの付き合いとはいえクラスメイトが危険な目に遭ったんだ。それに今回の凶器って多分包丁だろ?」

 家庭にあって、こういう事件に使われることが多いのは包丁だ。料理人として、その魂である包丁を人に向けるのは許せん。的なことでも言おうか。

「あ、凶器はカッターナイフでした」

「……」

 佐奈の一言で俺のセリフは陳腐化した。そうかカッターかー。

「とにかく、道具を本来の使い方から外れて使うのは許せん。カッターだって包丁みたいに魂とする職人がいるだろうし」

「直江って料理人だったのか?」

 煉那は俺が料理することを知らなかったか。

「おうよ。直江家岡崎支店のオーナーシェフよ。得意料理はお袋仕込みの和食だが、中華と洋食もイケるぞ」

 習う分には何年も作り続けたある意味プロが傍にいた。専業主婦は人によるが、なんか技量が違うぜ。

「俺特有なのはイタリアンかなー。これだけはお袋も真似出来ねーぜ」

 俺が冗談めかして話していると、何故か佐奈が目元を拭った。

「どうした?」

「いえ、婦長さんの話を聞いた後だと、その、いろいろ思うところが」

 一体婦長、どんな話したの? あ、俺の過去ってみんなそんな感想持つ感じのだった?

「そうか、婦長か」

「ええ、婦長さんからお聞きしました。いろいろと」

やっぱ佐奈は聞いてたか。俺が入院していたのは中学上がる前だ。煉那もその話に食いついてきた。

「随分、有名人みたいだったじゃないか」

 ここ一番の食いつきだ。こうなると話すしかないじゃないか。こいつとはただでさえ話のネタに困ってるのに。

「どれほどお話するかは直江さんにお任せしますね」

 うーん、この出来た対応。政治家の娘は伊達じゃないよねー。

そうだな、この流れでみんなの過去話するノリに出来そうだし、いっちょやりますか。俺は演技っぽく話を始める。

「昔話をしよう。これはまだ、人類が破滅へ向かっていた頃の話だ。神様は人間を救おうとしていた。だから、手を差し伸べた。しかし、人間の中に邪魔者が現れた。神様は困惑した。人間は救われることを望んでいないのか、と」

「真面目に」

 夏恋に止められてしまった。なんか昔語りの時に意味深にしたくなるじゃない? 真面目に話すと気恥ずかしいし。

ゲーマーのサガだ。しかし煉那だけは真剣にのめり込んでいた。

「え? この話じゃないのか?」

「すまんな。違うんだ」

 随分と煉那をガッカリさせたが、ここからが本番だ。

「では、天才の話をしよう。この病室に収められた、神代以来の大天才だ。果たして、病室は『彼女』にとっての鳥籠か、それとも我々にとってのパンドラの箱か……」

「ちょっと、こっちは真面目に聞いてるの」

 夏恋にせっつかれるが、大真面目だぜ俺は。

「真面目も真面目だ。いくら俺でも病院にいる時はボッチで過ごしていないさ。一人だと暇だしね」

 冗談でもなんでもなく、それだけの天才が俺の近くにはいた。

「俺は昔、この病院に入院していた。物心つく前だから理由は覚えてない。実の親とか知っている人が面会にくる様子も無かったな。ただ、俺にはとても優しく面倒を見てくれる人がいた。同じ病院の患者でな。そいつが件の天才さんだ」

 俺は昔の事を思い出す。この病院にいた頃、俺はとある天才と仲が良かった。その人はちょうど今の俺くらいの歳の、お姉さんだった。

「その天才の名前は楠木渚。その人は現在ですら実現不能な発明を多く、十年以上前に設計していた」

「なんだかレオナルド・ダヴィンチみたいな人ね」

 夏恋は的確な例えを出してくれる。一方、煉那は首を傾げていた。

「レオナルド……誰だ?」

 おや、あの万能の天才ダヴィンチちゃんをご存じない? 佐奈が補足を入れてくれた。

「レオナルド・ダヴィンチはあのモナリザを描いた人です。他にも様々な発明をして、天才と言われた凄い人なんですよ」

「へー。そんなのもいるんだ」

 さすが脳筋運動部。中学の歴史じゃスルーされがちだから仕方ないがあのダヴィンチちゃんを知らないときた。

「そのダヴィンチちゃんレベルの天才がいてだな」

「ダヴィンチ『ちゃん』?」

 夏恋はダヴィンチにちゃん付けしたのを酷く気にした。あ、ヤベ。いつもしてるゲームでの呼び方をしてしまったぞ。

「気にするな。説明してると長くなる。で、そんな天才がいたんですたい。その天才的なお姉さんと俺は仲が良かったんだ」

 天才、楠木渚。彼女が無事退院していたら、世界はどれほど変わっただろうか。

「残念ながらその人は亡くなってしまったがね。こんな場所だ。昨日までいた奴が突然倒れていなくなるなんて日常茶飯事だ」

 おっと空気が重くなったぞ。どうしてくれよう。仕方ないから俺の話でもするか。

「人の話より俺の話だな、うん。俺は物心付いた時にゃ、もうこの病院にいたんだ」

 最古の記憶といえば普通、保育園にいたとかって人が大半だろう。でも俺の一番古い記憶はこの病院だ。

「そんで親なんだが、こいつが謎でな。面会に来たこともないし、俺を引き取ってくれた直江一家との血縁も無いらしい」

 俺を産んだ親は未だ不明だ。今の俺の家族である直江一家の親戚筋ってわけでもない。

「さらに謎なのが、『なんで俺が入院しているのか』だ。虚弱体質以外は別に病気ってわけでもなかったんだ」

 事実、俺が何の病気で入院していたかは勤務している医師や看護師も教えてもらえず、困っていたし。扱いから感染症じゃないのは確かだ。

 考えられるとしたら、俺を産んだ両親は俺がアルビノだから捨てたんじゃないかって可能性だ。

 俺が入院した経緯は知らないし誰も語らないが、多分保育器に入ったまんま引き取らずにどっか行っちまったんじゃないだろうか。

「多分、こんなだから置いてったんだろうな」

 俺は髪を触りながら呟く。俺がアルビノを気にする大きな理由だ。生活の上で苦労があるばかりか、そんな経験すりゃ気にもするさ。

 婦長も主治医もホント、入院の経緯だけは口を割らなかった。だけど、子供ってのは妙に鋭いからな。わかるんだよ。

「ま、トイレに流されるよりは百倍マシだがな。怒ってないから、一目会いたいもんだ」

 これは本音だ。両親のどこが自分に似ているのか、すっごい気になる。会いたいって思うだろそりゃ。

「……」

「……」

 あ、気付いたらまた空気が重い! ノリノリで話させた罪悪感がムンムン漂っている! だから話さなかったんですよ。

「そりゃ泣くわ」

「よくそんな生い立ちでまともに育ったもんね」

 煉那と夏恋もハンカチを用意していた。えー、もっとドラマティックな生い立ちの奴ぜってーいるぞ。

「いやいや、親がいなくてもちゃんと育つ奴いるし、両親がいなくても育たん奴は育たん。子供ってのはそんなもんだ」

 これに限るな。というか空気暗い。ただでさえ病室で辛気臭いってのに、これ以上マイナスを積んでもプラスにならんぞ。

「暗くなってくれるな。今が楽しいから俺はそれで十分だ。それよりお前らドラゴンプラネットオンラインってやってるか?」

 話を変えるか。ゲームの話でもパーッとしようか。景気よくな。

「私が誘ったからね」

「ゲームはしないんだ」

 夏恋は言わずもがな。煉那はゲーム自体しない様だ。残るは佐奈なのだが、スマホとイヤホンを手にしている。

「私、プレイヤーですよ」

「マジで? やったね!」

 夏恋の他にプレイヤーがいたなんて。これは嬉しい。同じゲームのユーザーは多い方がいいに決まっている。

「惑星は?」

「オーシアですよ」

 夏恋が出身の惑星を聞いた。オーシア、海のところだっけ?

「そうだ、都さんもやりませんか?」

「私?」

 話に置いていかれがちな煉那に佐奈が声を掛ける。そういえばこの中だと唯一プレイヤーじゃなかったな。

「私プレステとか持ってないし」

「スマホがあれば十分ですよ。それと、はいこれも」

 そして出て来たイヤホンことウェーブリーダー。佐奈も二つ持ってる勢なんか?

「前に壊れた時、サポート出している間にたまたま電気屋さんで一つ見つけちゃいまして。我慢できなかったので買っちゃいました。ほぼ新品ですよ」

 修理中に補充か。金持ちだなー。これがさほど高くないってのもあるかもしれんが、修理で戻ってくるもんもう一個買わないなー俺。中古ゲー一本は買える値段だし。

「スペアにいつも持ってたんですが、あげます。何気に使わないので」

「そ、そうか。ありがとう」

 そしてそれをホイっと煉那に渡す。彼女は雛鳥でも受け取るかの様に、両手でそれを乗せる。

「これはどう使うんだ?」

「イヤホンみたいにだな」

「イヤホン? あの耳栓みたいな?」

 煉那はイヤホンにも馴染みが無いらしい。じゃあ音楽ってどう聞いてたんだ?

「イヤホン使ったことない?」

「音楽とか聴かないしな」

 おそらく部活一筋で趣味も無かったのだろう。しかし文明の利器を使ったことがないとはとんだ脳筋だ。

「そうだ、今日、ドラゴンプラネットに集合しましょうよ」

 佐奈がある提案をした。それは俺にとって悪魔の誘いであった。

「あ、いいね。ちょうど遊人のアバター見たかったんだ」

「……そ、そうだな」

 夏恋もノリノリだが、俺のアバターはなぁ。女の子なんですよ。本来有り得ない仕様のな。

「決まりね。んじゃ、夜の10時にメッセージ飛ばすから。今の内にフレンド登録しておきましょう」

 夏恋がアプリを起動して、スマホの画面を見せる。ブラウンのレザーで手帳っぽいケースに収めている。機種はアイフォンかな? 画面にはQRコードが映っている。

「ほら、アプリで登録しなさい」

「おいおい、病院で携帯って」

 俺はつい気が退ける。病院って携帯ダメじゃないのか?

「新しい指針で病室でも使えるようになったんですよ」

 佐奈がそこを説明してくれた。そうか、今時ルールが変わったのか。それでも切迫した集中治療室とかダメだろうけど。俺は慌ててスマホの電源を入れる。

「そうか、んじゃドラゴンプラネット入れるか。忘れそうだし」

 煉那もスマホを取り出して動かす。アイフォンなのにカバーとか付いてないから見てて怖いぞ。

「煉那、カバーとかつかわな……ってフィルムも剥がしてないのか?」

 よく見たら最初に貼ってあるフィルムも剥がしてないぞ? この分だと液晶保護フィルムとかも貼ってないなこれ。

「カバー? なんかわかりにくくてな。10だかSだか何が違うんだ?」

「あー、分からんよねーそれ」

 煉那は典型的な『スマホ? よくわからないからアイフォンにしとこ』ってタイプなんだろうか。詳しい人なんてそういないし初スマホはそうなるよね。

「遊人ってエクスぺリアなんだ」

 夏恋が俺のスマホを見て言う。そーなんですよ。エクスぺリアなんですよ。

「そうそう。龍が如くってゲームで主人公がスマホデビューしたのと同じ機種だ。作品のファンでさ、運命感じちゃうよなー」

 ソニック以来、セガゲー好きなんです。

「それはいいからアプリ開きなさいよ」

「立ち上がりに時間掛かるから待って」

 夏恋は見事に俺の話をスルーする。佐奈が先に準備出来たのか、スマホを夏恋に向けていた。

「はい。登録しましたよ」

ログインしなくても現実で顔を突き合わせ、SNSみたいにQRコードでフレンド登録とか出来るってわけだ。便利。

「よし、俺も」

 アプリを起こすと、画面に分かりやすく『ログイン』や『フレンド登録』とか出てくるのでフレンド登録の文字をタップして先に進む。次に出て来たのは『QRコードを表示』、『QRコードを読み込む』なので後者を押して俺も夏恋をフレンド登録する。

「よし」

 俺があれこれやっていたら、煉那が何かを終えていた。まさか……。

「おい都さん、まさかWi-Fiに繋がずアプリをインスコしたんじゃないだろうな?」

「Wi-Fi? インスコ? 入れるには入れたぞ?」

 煉那のスマホを見ると、電波の表示は『4G』。これはWi-Fi入ってませんわ。

「おいおい、通信制限が怖くないのか?」

「なんだそれは?」

 煉那は案の定、通信制限について知らなかった。スマホってのは金払ってんのに、ムカつくことに使えるデータ量に制限があるのだ。ガラケーだと正真正銘使い放題だったんだがな。煉那はどんな契約になっているか知らないが、それをごっそり使ったことになる。

 Wi-Fiがあれば緩和出来るんだが。

「あ、都さん。ここWi-Fiあるのに……」

「さっきからWi-Fiってんなんだ?」

 申し訳なさそうな佐奈の言葉もどこ吹く風。

「こればかりは月末に体感してもらうしかないわね」

「え? 私なんかした? 莫大なお金発生したり爆発とかしないだろうな?」

 夏恋の言葉に、珍しく狼狽える煉那。安心しろ。そうしたことは一切ない。

「命やお金は取られないから経験した方が分かりやすいわね。この不便さ」

「まぁ、そこまでスマホ使わないから不便になるくらいいいか」

 そしてこの割り切り。あまり現代っ子臭しないんだよね煉那って。

「都さん。チュートリアルなら手伝いますよ」

「そうか、助かる。ゲームやったことなくてさ」

 佐奈が煉那の手伝いを申し出る。ゲーム慣れしてる俺でも苦労したから手伝いは欲しいだろう。いや、案外運動神経のいい煉那ならすんなり出来るか?

「今夜は二人の惑星歓迎式ってことで」

 夏恋がこれまた珍しくノリノリで宣言する。

 そんなこんなで、俺達四人はチームを結成した。これがオリエンテーション合宿の布石になるなど思いもせずに。

 次回予告

 次回、ドラゴンプラネット RE:birtht。第五話『ドラゴン狩りに行こう!』

 藤井佐奈です。怪我しちゃったけど、大事ないみたいです。でもお父さんもお母さんも青ざめるだろうなぁ。吸血姫の話してるとき、夏恋さん少し震えてました。口悪い人ですけど、本当に気にしていることわ悪口言わないんです。直江くんに夏恋さんがアルビノだの言ったところは見たことありません。

 本当はとても優しい人なんですね。怒ってくれているのかな?

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