13.拠点を探して その2
俺達はまず、手本とする拠点を探して水没惑星オーシアを訪れた。水に沈んだ冒険の惑星、というがイマイチ想像できなかったというのも理由の一つだ。行ったことのない惑星ならネイチャールもそうだが、軍艦バトルをやるわけでもなく普通のアクションゲームで水中メインのステージとは一体。少し気になる。まさかマジで海に潜るわけではないよな。
「ていうかクイン、お前車だけじゃなくてオスプレイも運転出来たんだな」
俺と氷霧はクインの操縦するオスプレイで海を渡る。積載量と航続距離に重きを置いたティルトローター機なので座席に余裕はあるが、外を見たいので操縦席に来た。
「まぁな。現実より簡易化することも出来るが」
「出来るってことは……してないなさては」
さすがにゲームでリアル同様の操縦テクを求めるのは酷なので、あらゆる点でアシストが入るらしい。だがクインは特にそれを用いず操縦していた。飛行機とヘリの合いの子みてーな乗り物だけに両方の技術が求められるんですがそれは。
「難しくね?」
「ヘリか飛行機かの二択だ。ローターの切り替えの時に機体を制御するのがちと難しいが……」
「ちとで済むんか」
確かに一番事故が起こるタイミングだとは聞いたが、それをちとで済ませるのはとんでもない奴だ。
「こっちはゲームだから落ちても死なんし、燃料や落として機体をダメにする心配なくいくらでも練習できる。なんなら現実の五倍の時間、訓練出来るしな」
「まぁそうなんだろうけど……」
クインは軽く言ったが、このゲーム自分の感覚そのままなので落ちたら普通に怖い。
「未亡人製造機なんて呼ばれてるが、私から言わせれば単に人間側の未熟さが原因だ。飛行機だってライト兄弟が飛ぶまでに何人も死んでるし、その後も安全になるまで多くの犠牲があった。なんなら三輪車でも未亡人は作れる」
「ごもっともだな」
道具というのは道具以上にはなれず、結局扱う人次第だ。氷霧と同い年だとすれば中二だが、結構達観した考え方だな。
「それより見ろ、あれがオーシアのダンジョンだ」
「沈没船?」
眼下に広がる海の上、そこに頭だけポツンと出した空母の慣れ果てがいた。ああいう場所を探検するのか。無人島も見られる。さすがに海を泳ぐわけではないらしい。
「ああいうダンジョンがランダムに生成されるから、船や飛行機で見つけてそこへ行くんだ」
「なるほど、ランダム生成だから地続きじゃない方が都合いいのか」
結構ゲーム的な都合でもあるが、なんだかんだ冒険と言ったら海なのは間違いない。そして拠点としては開拓された無人島や軍艦なんてものも見える。飛行機に乗っている時は見つけたダンジョンの座標を記録できるらしく、操縦席にはいくつか数字が並んでいる。対空出来る乗り物ばかりではないから空はこの仕様か。
「で、あれが知り合いの拠点、学園艦だ」
「学園艦? がルパン的な?」
空母の上に街が乗っている様を想像したが、普通に滑走路。強いて言えば艦橋部分が学校の敷地になっていて、通常の空母より大きい点が他の軍艦とは違う。
「さて、着艦だ」
「許可とか管制とやりとりしなくていいのか?」
クインはそのままローターの向きを変えてオスプレイを降ろす。現実だと航空機同士がぶつからない様にいろいろするが、これはゲーム。気にしてはいけない。
「到着だ」
「すげえ、空母の上に学校があるよ」
上空から見た時はそこまで感じなかったが、降りてみるととんでもない異世界感。空母の甲板に学校が建っているだけでこうもなんか現実味がないものか。実際、潮風の場所で校庭に植わっている木なんて青々とはしないだろうし、風を遮るものがない海上にも関わらず強風に煽られることもなく快適そのもの。
「ここは学園騎士の拠点、空母『ユナイテッドステイツ』。同名艦のフラッグシップ」
氷霧が口を開き、説明する。一応名前あるのね。同型艦もありそうな設定だが、活かされるんですかね。
「相変わらず大きく出たよなぁ、この名前の艦は作ろうとすると絶対頓挫するってのに」
「そういえばそうだな」
現実でのユナイテッドステイツはアメリカの軍艦……なのだが建造しようとしても諸般の問題から完成しないという曰く付きの船。完成した時にはアメリカが滅ぶ、なんて六段ハノイの塔みたいな話も出ているほどだ。六段のハノイの塔って最小の手数かつ一秒一手で動かしてもクリアまでに途方もない時間が掛かって出来るまでに世界が滅ぶって話から逆説的に『完成したら世界が滅ぶ』ことになってんだが、ユナイテッドステイツも似たようなもんか。
「おーい! 氷霧パイセンとクインパイセン!」
「うわでた」
明らかに高いテンションから氷霧と折り合いが悪そうな少女が駆け寄ってくる。クインからもこの扱いなので、彼女ら根本は落ち着いた性格なのだろう。ブレザーの制服に刀を三本携えたこの少女は思い切りリアルでの関係性をぶちまけてきている。後輩なのか。
「へぇ、この子が一緒に騎士団やることになった?」
「墨炎だ、よろしく」
「私は藍蘭」
悪い奴じゃねーけど少しアホっぽいな。ネットリテラシーが不安。まぁこいつらの後輩だと中一だしそんなもんか?
「この学園騎士は学校を模倣した騎士団で、日本の学園生活に憧れている外国勢が作ったんだ」
「へぇ、まぁヤンデレシュミレーターとかドキドキ文芸部とかそういうゲームあるしな」
外国勢と聞くと、このシステムで英語のやり取りはどうするのやら。俺は日本語導入出来てないゲームする為に英語出来る様になったけど、字幕ありきだし英会話は不安だな少し。
「墨炎って上杉先輩の友達なんだよね」
藍蘭が俺の非常に繊細な作業を無駄にする様なことを言い出したので思い切り吹き出してしまった。ちょうどクインが説明していたので彼女に向かって。
「何を吹き出してたんだよ。松田優作みてーな芸術的な吹き出しかたしやがって」
「俺結構踏み込むか悩んだんですけどぉ?」
顔を拭いているクインはさておき、こいつデリカシーあんのか……? まぁピリピリしているのは雰囲気だけで本来険悪な仲ではないんだからこういう奴がいるのも納得ではあるが。
「ええー? 何またややこしいことなってるの? まぁそうよねー、上杉先輩が何だっけ、ああ、あれだぶぁ!」
藍蘭が話を進めていると額を矢で射貫かれた。氷霧による射撃だ。
「黙っぷ」
性格無比な様で結構慌てていたらしく噛んでいる。こいつが度忘れしてなきゃ間に合わなかっただろう。
「ったく、なんで最大の当事者の片方がこうあんぽんたんなんだ……。だからこの程度で済んでるんだろうけどな」
クインが藍蘭の足をもって引っ張り、校舎に向かう。
「ところで海外勢もいるのか。外国語はどうするんだ?」
俺は話を変えるべく言葉の壁に話題を向ける。このゲームじゃ字幕やチャットなんてないだろうし、マジで急に道聞かれたみたいなことになりかねない。
「そこは自動翻訳がある。そうじゃなきゃこんな毎回英語でひーひー言ってる奴が騎士団やれるか」
「それは翻訳ない方が勉強になるんじゃないかな」
藍蘭でも問題無く騎士団で活動できる程度の翻訳があるのか。でもせっかくの勉強の機会を失ってる気もしなくもない。好きなものの為に学ぶ必要があるってのが、一番勉強するには脂の乗った時期なんだ。
甲板は広いので、歩くと地味に時間が掛かる。あちこちに自転車が置いてあるのも納得だ。ジャンボジェットを飛ばす空港の滑走路よりは普通の空母なら狭いだろうが、こいつは艦橋の部分が学校ってくらいのサイズだし。
「本当に学校だ……。甲板にあるだけで」
拠点の学校に辿りつくと、建っている場所以外は学校そのもの。小さい場所ではなく、中高一貫はありそうな大きさだ。グラウンドも茶色の砂地。最近は砂が飛ぶと文句を言われるとかで飛びにくい緑っぽい砂とか、裸足で健康やらなんやらで芝生にしてるとこも多いと聞くが、雰囲気大事。
「ていうかこの空母、下はどうなってんだ?」
「一応学校っぽい構造だよ。格納庫とかあるけど」
空母なので当然、この上だけでなく船体内部も存在する。学校に入ると靴こそ脱ぐことがないが、本当に誰もが思い描く学校という光景が広がっている。教室に廊下、その全てが学園もののテンプレートで構築されている。一階なのに下り階段が存在するが、そこを降りても学校。
「ていうかクインパイセン、うちの子が作ったすんごい飛行機乗って下さいよ。あれ他の人だとまともに扱えないんですから」
「あたしもう持ってるからなー。前進翼に慣れちゃうと後進翼の運動性は物足りないというか」
オスプレイが存在するということは、飛行機……それも戦闘機があるのか。
「え? あれなんか違うんすか」
「違うぞ、翼の形よく見ろ」
とはいえ興味のない人にはマジで分からん世界。翼って結構目立つと思うんだけど、それでも分からんものなのか。いや見た目の違いは分かっても性能が分からん感じか?
「ん?」
学校を見学していると、火災報知器の様なベルの音が鳴り響く。校内のスピーカーからクリアではないもののノスタルジーを感じる放送が流れた。
『ドラゴンプライドを発見! 突撃を開始する! 総員、戦闘準備!』
ドラゴンのなんだ? ていうか敵襲? いや突撃するってことは突っ込んでんのか?
「なぁ、ドラゴンプライドってなんだ?」
「ドラゴンの群れ。オーシア特有で軍艦や動ける拠点が移動すると遭遇するけど……」
氷霧の言い方だと普通は避けるものらしいな。藍蘭は刀を抜いて地上に向かう。なんと三本の刀を指の間に挟んで爪の様に持っているではないか。
「よっしゃ突撃! あ、クインパイセン飛行機で出撃オナシャス」
さっさと一人で先へ行ってしまった。団体行動できねータイプだなさては。
「いやあたし自分の持ってきたから」
俺もクインと氷霧についていき、地上階へ出る。
「でもドラゴンの群れだと? ラージア一匹で大変だってのに飛べる奴?」
「ドラゴンもピンキリ。ラージアはピン寄りのキリ」
まぁサクラジンリュウに変化したし、氷霧の言う通りラージア一匹ならまぁまぁってところだったな。
「とにかくオスプレイのとこまでいくぞ。この艦は空母だから対空砲火ねぇし、降りて来たのを始末するのがいつもみたいだ。叩き落として補助するぞ」
「つっても広いぜここ! オスプレイまで距離がある!」
クインの作戦には賛成だが、この甲板は広い。それなりに近い場所へ着艦したつもりだが、走っているうちにドラゴンが降りてきて道を阻む。
「クソ!」
「任せて!」
遠回りするか、と思ったその時、藍蘭が爪の様に持った刀でドラゴンを薙ぎ払い、ヘイトを自分に向ける。
「オスプレイへ急いで!」
「あ、ああ」
先ほどまでのあんぽんたんぶりからは想像できないほど的確な補助だ。俺達が地上で戦うんじゃなくてオスプレイへ向かっているのを知っているのか?
「あの武器は?」
「普通の刀を三本ああやって持つ『絶爪』スキルだ。行くぞ!」
奇妙な持ち方だが強力なのは確か。特別なスキルの様だ。
「俺は地上で戦った方がいいんじゃないか?」
「オスプレイに機関銃がある。武器が整ってないんならそっちの方がいい。むしろ、砲撃手がいなきゃ向かう意味も無かった。あたしらは二人共飛び道具だから、地上からでも攻撃出来た」
ふと思ったが、俺の武器は双剣。ならオスプレイから撃ち落すことは出来ないなぁと思ったがそういう設備があるとのこと。
「ん? じゃあいつもはオスプレイで迎撃しないのか?」
だがそこである疑問が浮かぶ。クインと氷霧はイレギュラーな行動を取っていることになる。そりゃそうだ。オスプレイからなら近距離や上から弓矢を浴びせられるが、クインは操縦しなければならないため手数が減る。俺が機関銃を使うからオスプレイを使う意味が出る。
「そうだな」
「この作戦、藍蘭には言った?」
「先突っ込んでったから知らないと思うぞ」
藍蘭は作戦を知らない上で俺達をオスプレイへ向かわせたのか……。あいつもしかして、よくバトル漫画である『普段はおバカだけど戦闘になるとめっちゃ頭の回転早くなるタイプ』なのか?
「案外切れ者なんだな。昼行燈を演じてるんだか、戦いに関しては頭が回るのか……。俺が初心者で背負っている双剣が風化してるもんだからクインパイセンのオスプレイにある機関銃を使わせるだろうことを読んだってとこか」
だが俺の呟きを受け取った氷霧がバッサリ切り捨てる。
「藍蘭そこまで考えてないと思うよ」
「真顔でなんてこと言うの氷霧ちゃん」
リアルで付き合いのあるこいつが言うなら確かにそうだろうな。
「確かに、あいつは考えてるっていうか嗅覚で判断してる感じだ」
俺達に迫るドラゴンを横から来たセーラー服の少女が攻撃する。
「あなた達は自身の作戦を!」
「おっけ!」
赤い髪をツインテにしたその少女はこっちの行動を把握はしていない様だが、藍蘭の動きを見てフォローに入った様だ。
「あいつが指示を出すわけではない。ただ前線で気ままに歌い踊る、その一挙手一投足が道を示す偶像になる。故に『学園のアイドル』」
「とんでもねぇ奴だ、カリスマっていうのか?」
藍蘭はクインや氷霧の様な自己完結型の熟練者とは違うものを持っていた。
「さて、あたしらも負けねぇようにパーティー開始だ!」
俺達はオスプレイに辿り着き、戦闘を開始する。ドラゴンとの饗宴が今、幕を開けた。
 




