11.決闘、プロトタイプ!
チュートリアルシナリオBOSS
プロトタイプ
防御力も貧弱で武器のナイフもリーチが短いので、どうしてもクリア出来ない場合は槍などで距離を取ろう。他のゲームとの勝手の違いを思う存分ここで味わっておこう。
示された解決策はプロトタイプと俺の決闘。ただし、条件があるらしい。
『一つ、プロトタイプはチュートリアルボスとしての姿で挑むこと。しかしその行動に一切の制限はない。ナイフ使いとして全力でお前を叩き潰しにくる』
煉那が言うにはそういうことらしい。ボスとしてのプロトタイプには装備の他、行動制限があったらしい。それは攻撃パターンの単純化や技の使用制限だろう。今回はそれを取っ払った上でボスとして俺に戦いを挑むらしい。
『要するにちゃんと戦えさえすれば勝ち負けは多分どうでもいいんでしょうね。あんたも準備を怠らないこと』
煉那はそれだけ告げると電話を切る。俺は、もうまな板の鯉状態だ。どっちにしろ逃げられない戦いであるのは間違いないのだが。ログアウト後、しばらくベッドに寝っ転がって考えたが、ナイフ使いか……。
「決闘か……」
さっきのOK牧場の決闘じゃないけど、いざ決闘となると気が重い。決闘罪が存在する理由がよくわかるぜ。その時、置いたばかりのスマホが鳴る。今度は夏恋からだ。
「もしもし」
『私だけど、今から会えない?』
「今から?」
俺は外を見る。初夏とはいえ、もう日が沈みそうな時間だ。何の用事だろうか。
「何の用だ?」
『特訓よ、端的に言えばね』
特訓? 俺は夏恋に言われるまま準備し、彼女の住むマンションまで急いだ。タワーマンションで、敷地内に公園のある高級そうなマンションだった。その公園で夏恋が待っていた。
「夏恋、どういうつもりだ?」
「プロトタイプと決闘するんでしょ? だったら準備が必要よね?」
そう言うと、夏恋は百均で売ってそうなスポンジの剣を俺に渡す。そして彼女が手に持っているのは、鞘に収まったサバイバルナイフだ。その刃渡りは包丁もかくやというほど長く、マジで軍用の代物であることが伺える。
「現実で特訓しようってのかよ……準備よすぎだろ」
この為にわざわざサバイバルナイフを調達したというのなら酔狂にもほどがある。しかも用意が早い。流石こんなマンションに住むお嬢様、一言で欲しいものを届けてくれる執事でもいるのだろうか。
「さぁ、始めるよ」
そう言うと夏恋はナイフを腰だめに構え、突撃してきた。素人の動きじゃない。俺は剣の腹でそれを受け止めるが、如何せん剣が柔らかいので押し切られてしまう。
「チぃ!」
おい勝負にならねーぞこれ! と言っても夏恋は止まる気配ゼロ。お互い、必死にナイフと剣を防ぎ合ってチャンバラを繰り広げる。
「た、タンマ……」
俺の方はすぐに息が上がってしまい、だんだん夏恋の剣先に追いつけなくなる。それでも夏恋が攻撃を緩める気配はない。なんか様子がおかしいぞ! マジで殺しに来てる気配しかない。
遂に夏恋はナイフを鞘から抜こうとした。いやこれ本物だよね? その刃の煌めきは美しく、それを構える夏恋を色っぽいとさえ思ってしまう。だが冷静になれ、刃物が如何に危険なモノかは料理を嗜む俺が一番わかっているではないか。
「夏恋! 待った!」
俺の声で彼女は正気に戻ったのか、ハッとして鞘にナイフを収める。
「ご、ごめん……」
そして謝る夏恋。結構本気の謝罪だった。俺たちは公園のベンチに座り、一息ついた。
「なんだって現実で特訓を……? ゲームでした方がよかったんじゃないのか?」
俺はそこを聞いた。ゲームの方が俺も体力的に楽だ。何より時間が五倍に引き伸ばされるので時間的にも有効なはずだ。俺たちは合流して少し剣を交わすだけで結構な時間を使ってしまっている。ゲーム内だったらもうちょっと長い間特訓出来ただろう。
「それは……私ナイフ使いじゃないし……」
夏恋は申し訳なさそうに言う。いや現実ではゴリゴリのナイフ使いでしたよ?
「それにこうした方が……」
夏恋には夏恋の考え方があったのだろう。ただ、ぼやかしている以上言いにくいことなのは確かだ。なら俺はそれに応えるだけだ。
「わかった。絶対プロトタイプには勝つからな。この経験、無駄にはしねーって」
俺は十分休んだので、立ちあがって帰る準備をする。こんだけガチのナイフ使いと一戦交えたんだ。プロトタイプにだって勝てるはずだ。
「あんた、最近一人でやってるみたいなんだけどプロトタイプとかに襲われてない?」
夏恋は俺が最近、仲間と合流せずに一人でプレイしていることを気にしていた。でも心配ご無用。こう見えて人の縁には恵まれてるからな。すぐ仲間が出来たぜ。
「ああ、仲間が出来たんだ。氷霧にクインって奴。プロトタイプとの決戦にも来るってよ」
「氷霧……クイン……まさかね……」
仲間の名前を教えると、夏恋の様子が変わる。たしか氷霧もそんな感じだったが、何かあるのだろうか。
「もしかして知り合いか?」
「ううん、知らない。でも有名なプレイヤーだから名前くらい知ってたかも」
そうなのか、有名なプレイヤーか。初心者救済も進んでやってたみたいだし、知ってる人も多いんだろうな。いや、オンラインゲームで有名なプレイヤー? なんというかVRMMOモノのラノベとかEスポーツのトッププレイヤーならともかく……そういうゲームじゃねぇし……。にしても妙だな、この三人の関係。
「じゃあな。決戦の日には氷霧もクインも来るからお前も来れば?」
「観客席で見てるよ」
俺は二人との接触を避けている様に見える夏恋に分かれを告げ、帰ることにした。
@
家に帰って来た俺は、早速ゲームにログインした。問題は武器だ。俺は初期装備のアイアンソード、つまり片手剣だけで戦ってきた。しかしこのドラゴンプラネットには多数の武器種が存在する。
「リーチを考えると槍なんだろうけど……」
槍使いと戦う時は相手の三倍強くないと勝てない、なんて俗説があるほどだ。だが、俺はマイルームで発掘した二連桜花【風化】を手にしていた。言葉にできないしっくり感をこの武器から感じていたのだ。別に他のゲームで二刀流をやっていたわけではないし、別のゲームで二刀流を極めていたからといってこのドラゴンプラネットでそれが通用するとも思えない。
そもそも従来のゲームの技術が通用していたら俺はここまで苦労していない。
二刀流というのは聞こえこそいいしかっこいいが現実は片方の剣が疎かになるし両腕で一本の剣を振った方が強い。
だが、どうにも手放し難いフィット感があるのだ。そんなことを考えていると、マイルームのチャイムが鳴る。
「はーい」
「墨炎、いる?」
「おじゃましまーす」
訪ねてきたのは氷霧とクインだった。陣中見舞いといった感じか。俺が刀を持っているところを見ると、クインが早速接近してくる。
「おおー、二刀流でプロトタイプに挑むつもりかね? やめときな」
「言うと思ったよ。俺もやめるつもりだけど……」
だが、このフィット感を前に捨てることが出来ないのだ。せっかく出たレアアイテムを使いたいだけなのかどうかは分からない。とにかく振ってみようと俺は刀を構える。そして心の赴くままに刀を振るう。
「どうかな?」
氷霧もクインも絶句していた。そうか、俺は運動神経無いからそんなにやめた方がいいか。と思ったが、反応の意図は俺の想像と真逆だった。
「すっごいな。どこかで二刀流習ってた? 剣道とかで」
「凄い……」
クインも氷霧も口を揃えて言う。え? そんなに凄いのか?
「今すぐその刀を強化しよう! 素材余ってたかな?」
「これなら本気のプロトタイプにも勝てるかも!」
二人のテンションについていけないのは俺だけになった。そんなに凄かった?
「普通二刀流なんて使いこなせないのにな。素質あるもんだな」
「藍蘭以来、刀自体使えるプレイヤー」
ともかく経験者二人の賛同が得られたので俺はこの刀二刀流で行くことに決めた。振り回していると、確かに他の武器にはないジャストフィット感があるのだ。何というか、使いやすい。
「そんなに俺スゲーか?」
「うんうん。二刀流ってゲームでも使い手が少ないってのによくやるよ」
俺はクインの言葉を確かめる為に、一回外へ出て適当な敵と戦うことにした。拠点の外に出れば夜空の下、わんさかとシャドウが寄ってくる。片手剣時代は地味に苦労した敵だが、さてどうだ?
「行くぞ!」
俺は二本の刀でシャドウに斬り掛かった。武器の性能自体は風化しているだけに下がっているはずだが、シャドウをしっかり目視して目標を定めれば二本の刀がその敵を切り裂いてくれる。行けるぞ! これ! 片手にしか剣を持っていない時より断然楽だ!
「決めた! 俺これでいく!」
俺は対プロトタイプ用の武器を二刀流に決めた。これなら奴の攻撃にも対処できそうだ。
@
決闘当日になった。この日は休みで学校が無いのが助かる点だ。学校行っただけで俺は疲れてしまうので、体調が万全の時に戦えるというのはいいことだ。会場はネクノミコの野球場である。多くのプレイヤーが詰めかけ、座席は満員だ。
「なんだ? プロトタイプの応援団もいるのか」
座席にはプロトタイプを応援しに来たと思われるプレイヤーの姿もあった。
ベンチにいる俺の側にはセコンドとして氷霧、クインがいた。佐奈と煉那は二人と面通しこそしたが、トレーニングのため席を外している。
「しかし夏恋も変な奴だなあ。あんだけ特訓したってのにセコンドにはつかないんだ」
「ま、そいつの意思だし尊重してやりな」
クインが俺の独り言に口を挟む。その手にはコップの上にプラスチックの皿が乗った奇妙な食べ物が握られていた。皿の中心からはストローが伸び、皿にはから揚げやポテトが乗っていた。
「何その珍しい食べ物!」
「アメリカじゃ普通のスタジアム食だぞ? イベントごとの時しかこのゲームじゃ売ってないけどな」
「さては夏恋! その為に観客席へ?」
なんだよ、友達より食い物かよ……心配して損した。ま、心配される様な奴でもないかあいつは。
「墨炎」
「なんだ、氷霧?」
食べ物などを特に持っていない氷霧が俺に声を掛ける。こいつは真面目でよかった。
「夏恋って人とは、距離を置いた方がいい。あなたの為にも、そして、上杉先輩の為にも」
「あのー、決戦前に気になること言うのやめてもらえます?」
この場には夏恋を知る佐奈も煉那もいないからだろう、氷霧が突如その様なことを言い出す。こちとらプロトタイプとの決戦でナーバスになってるっていうのに……。 まあ、氷霧のことだしなんか考えくらいあるだろ。ズブの素人の俺を導いてくれた親切さに免じて心の片隅においておこう。
「よしよし、わかったから、今はぷーちゃん戦に集中させてくれ」
俺は背伸びして氷霧の頭を撫でる。アバターでは彼女の方が大きいが、実年齢は分からない。でも年下っぽいな。
「ご、ごめん……」
「んじゃ、行ってくるよ」
俺はマウンドに向かって駆け出す。プロトタイプは既に待機しており、ナイフをスタジアムの光で確かめていた。そのナイフは夏恋が特訓で使った様な、本格的なアーミーナイフだ。下手に現実的な凶器だからって怖気着くつもりもない。なんせ鞘ありとはいえ現実でチャンバラしてきたところなのだから。
そう考えると夏恋の現実特訓は正解だったのかもしれない。
プロトタイプの服装は以前までのマントに黒い革のツナギではなく、ロボットアニメとかに出てきそうな白いパイロットスーツであった。これが本来のプロトタイプの姿なのか。
「逃げずに来たね」
「胸を借りますよ、先輩」
俺は腰に差した二本の刀を抜く。それを見た瞬間、プロトタイプは怪訝そうな顔になる。
「二刀流? ふざけてるの?」
「本気さ、見てもらえばわかる」
そして実況の声が入る。実況を行っているのは見知らぬNPCだ。
『さあ、遂にこの時がやって参りました! プロトタイプ対墨炎、その決戦の火蓋が切って落とされる! 新参の探索者、墨炎はこの挑戦状を跳ね除けることが出来るのか?』
「今更だけどプレイヤーのことシーカーって呼ぶのな、このゲーム」
とりあえず今更な知識を得たところで、遂に決戦開始のゴングが鳴る。フィールドはこの野球場。さて、どう戦う?
『今、ゴングが鳴った! この戦いの果てにある答えは、なんだ!』
先に仕掛けてきたのはプロトタイプ。ナイフを持って俺に突進を仕掛けてくる。それを俺は左の刀で受け止める。この日の為に二連桜花【風化】は二連桜花になり完全な姿を取り戻した。そして残された右の刀で俺は反撃を仕掛ける。
「チぃ!」
プロトタイプは即座にバックステップを踏んで後方へ下がり、回避する。だが刀の切っ先は彼女を捉え、ダメージを与えていた。
「くっ、どうやらその二刀流、飾りではないようね……」
防御と攻撃の両立。二刀流の神髄を見てプロトタイプも俺の本気度が分かったみたいだった。ここからは相手も警戒してくるぞ。しかしなんで俺に二刀流の才能なんか眠ってたんだ? なめろうを作る時に包丁を二本持って使ってたからか? 真相は分からんがこの才能に今は感謝しかない。
「なら、これでどうだ!」
プロトタイプはナイフの突きを連続で繰り出してくる。それを俺は近い方の刀で受け止める。どっちの刀が攻撃を防ぐのに効率がいいのか、まるで体が勝手に判断しているみたいだ。そして左の刀で俺はプロトタイプのナイフを持った腕を大きく弾くと、一気に踏み込んで右の刀で攻撃する。
「【ライジングスラッシュ】!」
一撃がクリティカルヒットする。強化された刀による技の攻撃、プロトタイプのHPは相当減ったはずだ。
「うわぁああっ! こ、こいつ……前より強い……」
「俺でもびっくりだ。二刀流の素質があったなんてな!」
しかしプロトタイプも諦めが悪い。ナイフを投げて遠距離攻撃を仕掛けてくる。俺はそのナイフを二本の刀ではね上げると、プロトタイプに向き直る。だが、彼女の姿はどこにもない。
「何?」
俺の足元に影が差す。プロトタイプは上空だ。はね上げたナイフを追って跳び、それを掴んだのだ。重力を駆使して一本の矢となったプロトタイプは俺に向かって降ってくる。
「そこだ!」
「くっ!」
間一髪で避けたが、肩に掠めてダメージを受けてしまう。そんなにHPは減っていないが、プロトタイプも行動に制限が無い分トリッキーな行動をしてくるんだったな。忘れてたぜ。
「危ねー……、こりゃ二刀流の才能に気づいてなけりゃ負けてたな……」
俺が攻撃を回避してホッとしていると、着地したプロトタイプが思い切り跳ねてこちらに飛んでくる。まだ追撃は終わっていなかったのだ。
「何ぃ!」
俺は咄嗟に二本の刀を交差させて突撃を受け止める。ナイフに入る力は強く、鍔迫り合いの状態でもいつまで持つかわからない。しかし、押してダメなら引いてみろという言葉があってだな。
「なっ……」
俺は力を抜いて体勢を引いてのけ反り、プロトタイプの姿勢を崩した。鍔迫り合いから脱した俺は、二本の刀を攻撃に回して一斉に仕掛ける。今が絶好のチャンスだ!
「決めるぞ! 覚悟しろ!」
「しまっ……」
自分でもどう動かしているのかわからない連撃がプロトタイプを襲う。刃の舞を終えた時には、プロトタイプはマウンドの上に吹き飛んでおり、決着が付いた。
「感謝する。俺はもっと強くなれる」
プロトタイプが壁として立ちはだかってくれたからこそ、俺はここまで強くなれた。それについては感謝だ。
『遂に決着! 勝ったのは、墨炎だ!』
観客達の歓声が聞こえる。しかし一面のボスを攻略するだけなのにえらく目立ったもんだぜ。俺は倒れたプロトタイプの方へ駆け寄る。
「私は……また負けたのか?」
「ただ負けたわけじゃねえ。全力で負けたんだ、すっきりしただろ?」
この敗北はいつものものではない。俺もプロトタイプも、全力で戦った故の結末だ。
「私は、全力を尽くしたかった。ただ、それだけだったのかもな……」
彼女も自分の気持ちに気づいたらしく、これで一件落着か。いや、まだ残っていたな。煉那との戦いが。まあ、それは彼女に任せるとしよう。
こうして俺とドラゴンプラネットの奇妙な出会いの物語は幕を閉じた。




