10.荒野のクイン(後編)
機械惑星ギアズ
荒野や砂漠、雪山といったネイチャールとは違う過酷な環境と機械がマッチした惑星。機械と一言に言っても、スチームパンクから本格メカまで多種多様な様子を見ることが出来る。
「で、この状況、どうする?」
俺たちは宇宙船の駐車場でプロトタイプに追われていた。クインの車に乗って宇宙船へやって来たのはバレてるだろうし、車が見つかったら終わりだ。
「こういう時、あらかさまにアクション取るとマズイんだよね。向こうにバレない様にしつつ自然体に……だな」
クインはサングラスをかけると、ポニーテールに結っていた髪を解く。そして髪留めのゴムを俺に渡した。7そうか。髪の結い方が変わるだけで随分違うもんな。俺は即座に三つ編みを一本作り、髪型を変える。結構淀みない手つきで出来た。他人にするのは慣れたものだが、自分で結うのは初めてだったな。上手くいったもんんだ。
「ん? 男じゃなかったか?」
「入院時代に結構小さい子にやってあげたんだ。自分のをするのは初めてだけどな」
俺はダッシュボードに入っていたガイドブックを手に取って、それを読みながら答える。これなら傍から見れば、女の子同士の旅にしか見えまい。追ってから隠れようという素振りは見せない方がいい。
「しかしどうすっかね? 車が割れてんなら見つかるもの時間の問題だ」
「それな」
クインには一つ懸念があった。車に隠れていても、その車がどんなものかわかっていればそれを見つけるだけだ。不幸なことにクインの車は目立つ赤いスポーツカー。これがよくある軽とかならなぁ。ああ、でもあいつナンバーくらい覚えそうだし。
「あー、ニードフォースピードなら板金屋突っ込むだけで色変わって警察撒けるのになぁ……」
違うゲームの話をしてもしょうがない。
「ん?」
「あいつは?」
その時、駐車場をうろつくプロトタイプに声を掛ける人物がいた。銀髪の少年、現実の俺と同い年か。肌は白く、犬歯が嫌に尖っている。瞳も爬虫類みたいにぎらついていた。黒いパーカーを着こんでおり、その現代的な格好はネクノミコの人間に見えるが。
「ルーウェンか」
「知り合いか?」
「NPCだ。ネクノミコ編のナビゲーター」
おいおい、遂に味方NPCまで叛逆か? 今二手になられたら結構ピンチじゃね? 何とか車越しに会話を聞き取ってみるが、この車防音性が高い。読唇も込みでようやく会話が聞けた。
『なんか探してんの?』
『車をね』
ルーウェンはプロトタイプに話しかける。二人は敵対も共同もしていないようだ。知り合いではあるようだが。
『あの車か?』
『あ、あった』
あろうことかルーウェンは車を見つけて指をさす。おいおい、何見つけてくれてんの? 急いで身を隠す。だが、彼は即座に付け足す。
『なんだ、妙にあいつら慌ててると思ったら追われてたのか。お前相手でよかったぜ』
『どういうこと?』
『いや、俺のオンボロ原付とこの車替えてくれって言うんで飛びついたんだがな。お前のお探しの奴はいねーんじゃね?』
なんと、俺たちを庇ったのだ。一体なぜだ?
『それよりほら、この船のコーヒータダ券あるんだ。飲んできな』
『あんたね……』
『おや? コーヒーは飲めなかったかな?』
ルーウェンが小ばかにすると、プロトタイプは券をひったくって即座に上の階へ上がってしまう。
『バカにしないで。コーヒーくらいミルクと砂糖が一つずつあれば飲めるから』
『ほーいいってらー』
なんか本来御しやすい相手なんだろうなプロトタイプって。ルーウェンはプロトタイプが行ったのを見送ると、こちらの車に近づいてきた。クインが窓を開け、顔を出す。
「すまん、助かった」
「いいってことよ。あいつなんか最近おかしいからさ、なんとか医者に連れてけねーかなって追いかけてたんだ」
クインはネクノミコ編をクリアしているのか、ルーウェンとは顔見知りだった。しかしたくさんプレイヤーがいるだろうに、一体どうやってそれぞれの記録を管理してんだ? 今こうしている瞬間にも、ネクノミコ編を遊んでこいつのガイドを受けているプレイヤーだっているはずだ。
「ほら、住処を離れたドラゴンの異常行動は知ってんだろ? あいつもドラゴンの遺伝子持ってるし、なんか関係してねーといいんだが」
「そうなのか?」
ルーウェンの心配の一割も俺は理解できなかった。そもそも、俺はドラゴン戦の経験が少ない。異常行動自体ピンと来てねーんだ。つーか夏恋の奴設定無いとか言ってなかったか?
「つーか、あいつって何の『プロトタイプ』なんだ?」
俺が気になったのはそこだった。その名前の意味が知りたい。プロトタイプ暴走の手がかりが掴めないかと考えたんだ。
「それか? そりゃ、お前らだよ」
ルーウェンの発言は完全に予想外だった。俺たちのプロトタイプだと? それは一体どういうことだ?
「正確に言えば、お前らがしている惑星探査の、だ。地球からお前ら『ノア』の連中が来る前、ネクノミコとかに暗室効果ガスばら撒いたりめっちゃくちゃする連中が先にやってきた。その『アークウイング』の連中が生み出した惑星探査員、その試作らしいぜ」
ゲームにかまけて設定の確認を怠っていたことがここにきて痛手になるとはな。ルーウェンの言っていることに予習が足りていない。そもそもなんで俺らがこんな状況にいるのかさえ理解してなかったぜ。
「ま、とにかくあいつに出くわしたらボコって医者に連れてけ」
話している内に宇宙船はギアズに到着。ルーウェンは原付に乗り、車の横に付く。
「あいつがコーヒー飲むまで時間が掛かる。さっさとここを離れるんだな」
俺たちはルーウェンの言う通りにさせてもらうことにした。とにかく助けがあってよかった。
@
『人類は地球に限界を感じていた。新天地を見つけるため、二つのプロジェクトがスタートした。一つは、国連で行われた移民計画「アークウイング」。もう一つは民間で発足した移民船「ノア」。どちらも生命体が存在する複数の惑星を有する竜王太陽系へ進路を取った。アークウイングに遅れること百年、ノアの移民が見たのは、先客によって荒らされ尽くした新天地だった』
「何見てんの?」
「オープニング」
車で氷霧のいる場所へ移動している間に、俺は動画サイトで情報を収集した。全くネタバレを見ずにゲームを進める心構えがここにきてマイナスに出るとは思わなかった。これだからネトゲは御しがたい。
「情報を纏めると、俺の家があるネクノミコはアークウイングって奴らが出してる『暗室効果ガス』で暗いんだな」
「そういう発電所があってな。それをルーウェンと壊してネクノミコを清浄にするのがシナリオなんだ」
シナリオを確認したところで、目先の問題はプロトタイプなんだ。あれをどうにかしないとこのシナリオにすら到達できない。
「問題はプロトタイプかー」
この問題はそう簡単に解決できそうに無い。俺たちがプロトタイプをボコってミッションをクリアするとしても、そうなったらあいつは今以上の力を付けて新しいプレイヤーを狙うだろう。下手をすれば新規参入を阻む壁になってしまい、ゲームの衰退を招きかねない。
「なんで暴れてんのか、だよね。本人に直接聞きたいところだけど……見えたぞ」
クインの車はある場所に到着する。荒野の一軒家、まるで賞金稼ぎが集まってそうなバーらしき建物であった。
「おーい、氷霧!」
「クイン、どうして……墨炎も?」
その前には氷霧がいた。何か考え事をしていた様でもある。
「チーム拠点、決まった?」
「まだ。ここは少しイメージと違う。ネイチャールに戻る」
友達とは聞いていたが、氷霧はクインのことを避けているようにも見えた。移動手段も自前で馬を用意しており、こちらに便乗する気は無い様だ。
「しっかしまあ私に声もかけずに騎士団作るとは隅におけませんなー」
「今回はクインの手を借りたくないの」
はーん、現実だとクインにべったりだからゲームくらいは、と氷霧は思っているようだ。
「実はいい拠点知ってるんだよねー」
「……一応見に行くけど」
ただ邪見には扱えないようで、クインの提案に渋々乗った氷霧。さて、クインの知ってるいい拠点とやらを見せてもらおうじゃないか。
「その拠点の近くに鑑定も出来る場所あるし」
「そうだった、俺はこいつもどうにかしなきゃいけないんだった」
俺はクインに言われて風化した双剣の事を思い出す。偶然取れたものとはいえ、そのままにしておくのも気持ち悪い。クインと俺は車で、氷霧は馬で目的のポイントまで向かった。
向かった先の看板には『OK牧場』と書かれていた。
「あれかな? ガッツ石松かな?」
「そっちの方が有名だけど西部劇にOK牧場の決闘とかあるよ?」
クイン曰く元ネタはそっちの方らしい。とにかく牧場なのは確かだ。俺は車を降り、周囲を見渡す。牛や馬が放牧されており、断崖絶壁の上に建てられた牧場というのが見立てである。NPCも残らずカウボーイの様な服装をしている。
「鑑定は、ここか」
明らかに鍛冶をやってますと言わんばかりの小屋に俺は向かう。そしてNPCに話しかける。
「すいません、鑑定をしてもらいたいんですが」
「鑑定じゃな……」
老齢のNPCの前に例のウインドウが現れる。会話は出来るが各種手続きはこのウインドウになるのか。俺は『鑑定』を選んでみる。するとウインドウに二本の風化した剣が現れ、それをNPCが観察する。そしてこう言い放った。
「これは……『二連桜花【風化】』じゃな」
そして風化した双剣はボロボロの刀に変化する。ステータスは俺の今持ってる剣の方が強いくらいで、まだ強化しないと本当の性能を発揮してくれないとみた。
後ろで拍手が聞こえる。クインか、と思って振り向くとそこに立っていたのはプロトタイプであった。下手なホラーよりも怖い展開に思わず情けない声が出てしまった。
「ほあああああっ!」
「あんたはその性能を知ることなくここで死ぬ。私に殺されてね!」
大鎌を振りかぶるプロトタイプ。だがここで避けたんじゃNPCの爺さんが死ぬ。死ぬのかどうかは知らないが今のプロトタイプにならシステムを無視して殺す力とかがありそうなので俺は剣を抜いてガードする。
「チぃ! なんで俺らの居場所が分かった!」
「偶然よ、私もここの牧場に用があったのよ。装備を強化するというね!」
まだ強くなる気かよ。こうまでもプロトタイプを突き動かすのはなんなんだ? ええい、この際直接聞いてしまえ。
「なんだってお前はそう力に拘る!」
「完成品の貴女たちには分からないでしょうね。試作品として生まれたが故の不完全さ、その苦悩が! 全ての人間の当て馬として作られた私の……!」
プロトタイプは力を籠める。このままでは押し負けてしまうが、背後に下がることは出来ない。なんせ後ろは店なんでね。
「墨炎!」
「野郎、付けてきてたのか!」
そこに弓矢と弾丸が飛ぶ。防御のため、プロトタイプは俺から目と鎌を離して同時に飛んできたそれらを弾き飛ばす。俺に背を向けることになったプロトタイプは、完全に隙だらけだ。
「【ライジングスラッシュ】!」
背中に一閃食らわせてやったが、全然効いてないって感じだった。手ごたえはあったんだけどなあ。プロトタイプは飛びのき、俺たちに囲まれる形になる。
「不利ね……」
形勢不利を悟ったプロトタイプはそのまま去っていく。この感じじゃあ、一面のボスを任されていること自体がプロトタイプを歪めているとしか思えない。これじゃあ俺らが勝っても問題は解決しないんじゃないか?
「どうするかな……」
俺は考えたが、答えなんて出なかった。
@
現実世界に戻って来た俺は、コミュニティSNSの『ライ麦』に煉那からの無料通話とメッセージが残っていることに気づいた。
『プロトタイプの問題が分かった。直接話がしたい』
俺は即座に煉那へ無料通話を掛ける。あいつが何かプロトタイプについて掴んだというのなら、願ったり叶ったりだ。俺一人では解決策など出なかったのだから。向こうも相当話したかったのか、数コールもしないうちに電話に出る。
「もしもし、俺だ」
『ああ、遊人か。私だ。プロトタイプが暴れている理由が分かった』
「本当か?」
なんと、原因を特定したのだという。俺とは違う目線の持ち主だ。きっと俺より早く答えに辿り着く可能性はあったんだろう。
『プロトタイプは「ちゃんと戦いたい」んじゃないかな? ボス戦のあいつは装備を制限されているし、負けることが前提だ。だからそれが悔しくて、今回の騒動を起こした』
「なるほど……」
実に体育会系らしい目線からの回答だった。確かに、プロトタイプの言っていたこととも合致する。
『佐奈によると数人のプレイヤーも私と同じ考えに至って、運営に提案をしている。そして運営も解決策を講じたみたいだ』
なんだって? それは有難い。こちとらプロトタイプに追われて騎士団の本拠地決めも出来ない有様なのだから。
『その方法を端的に言うと、あんたとプロトタイプ、一対一の決闘よ』
「なんだと?」
解決策が見えたら見えたでまたお先真っ暗な状態になってしまう。決闘だと? ただでさえ複数人で掛からないといけない相手にか?
 




