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ドラゴンプラネット RE:turn players  作者: 級長
chapter1 暴走プロトタイプ
12/23

8.騎士団の氷霧

遊人「前回のドラゴンプラネット!」

夏恋「あんたの弟が来たわよ」

遊人「なんでそこ一切描写無いの? 重大イベントじゃん!」

夏恋「だってこの小説、あんたの主観で進むじゃない」

遊人「なんで他の主人公が三人称でやってんのに俺だけ思考ダダ漏れにしなきゃなんねーんだ」

夏恋「その代わり、出番は担保されてるじゃない」

遊人「嘘つけリメイク前なんて部ごとに主人公変わったから一部以降出番なかったぞ」

夏恋「一応シリーズの顔なのにね」

遊人「もういいから、早く八話読ませて!」

「あー、疲れた……」

 俺はオリエンテーション合宿の直後、ドラゴンプラネットに入り込んで休んでいた。時間5倍は休憩にちょうどいい。例え肉体がその5分の1しか休めていなくても、気分が大事だ、気分が。

 場所は暗黒惑星ネクノミコの拠点エリアにあるバー。酒が飲めるというので来たのだ。俺は多分、リアルで二十歳になっても飲めんだろうし。

 背もたれが欲しくてカウンター席ではなくテーブルだ。

「ていうか、ビールってこんな不味いんか……」

 俺は頼んだビールの半分も飲めずにいた。ジョッキで出てきたが、こんな苦いだけの炭酸水、この量を何杯も飲めるもんなのか?

「苦げぇ……」

 つまみの味が一瞬で消え失せるほどだ。だからビールのつまみって柿の種とか辛いものばかりなのか。

「あ、墨炎」

 ふと、声が掛けられる。この聞き覚えある声、氷霧だ。藤色の袴と小袖は、この都会的なバーに似合わない。装備の弓や白髪もだ。

「氷霧か……。久しぶり」

「何してるの?」

「休憩だよ。学校行事で疲れてさぁ……」

 行事の中で二回も三回も昏倒すればそりゃ疲れる。

「私も行事は苦手。騒がしいのが」

「わかる。わかりみしかない」

 氷霧は俺の意見に共感してくれた。騒がしいのは俺も嫌いだ。病院はいい、静かだからな。

「次のは体育祭だと。あいつらとなら多少はマシだがな……」

「私も運動は苦手」

 やはりゲーマーだからか、互いに苦手は似通うか。でも待てよ? それじゃあどうやってこのゲームを攻略してんだ?

「なぁ氷霧、このゲーム現実の運動神経に影響されるんだけど、どうやったら戦えるんだ?」

「んー……」

 氷霧は頭を掻いて、しばらく考えた。何か秘策でもあるんだろうか。

「そのうち、現実の身体とこの身体が別物だって頭が覚える。そうしたら凄く動ける」

「慣れかー」

 重要なのは慣れ、そういうことか。確かに、現実の運動神経が反映されるゲームで慣れるに従って動けるようになれないなら、それは随分なクソゲーになるだろう。だんだん、脳が現実の体と違って動けることを認識するとバリバリアクション決められるんだろうねぇ。

「暇そうね、あんた」

 ふと、視界が一層白くなる。なんと、プロトタイプがいた。あの大絶賛暴走中の一面ボス、プロトタイプだ。一番警戒すべき相手がそこにいた。なんだ? 呑みに来たのか?

「ぷ、プロトタイプ!」

 俺はイスから立ち上がり、剣を抜く。勝てるかどうかはさておき、やらねばならない。そのうち攻略法が見えてくるだろう。トライ&エラーがゲームの基本だ。

「頼む、店の外でやってくれ」

 バーのマスターが懇願する。彼もNPCだ。だが、本来ありえない拠点での戦闘にリアクションしている辺りこのゲームのNPCとはどんなものか伺える。

「ふん、チビのあんたが未成年のうちに酒飲むと、チビのままだよ」

 そう言ってプロトタイプは俺のビールを奪って飲み干す。余計なお世話だ。未成年なのはマジだがチビはエステでアバター弄ればどうにでもなる。

「え? 二十歳ですけど? 福祉の大学? に通ってるんですけど?」

 ただこいつに正直なことを言いたくないので、嘘を吐いた。そうしたら氷霧が間に受けた。

「あ、墨炎年上なんだ……」

「冗談だよ。高校生だ」

 一応訂正する。福祉の大学なんて行くか誰が。むしろ福祉を受ける方じゃこちとら。

「でも年上」

「そうなんだ」

 訂正しても年上である事実は揺るがなかった。あれ? じゃあこいつ一体何歳なんだ? 少なくとも15歳以下だぞ? うーん、どうなんだか……。

「じゃあ、死んでもらうかな」

 プロトタイプの声で俺は氷霧の年齢から頭を話す。ジョッキを机に置いた彼女は、狭い店内でデスサイズを振り回す。風切り音が狭い店内に木霊し、サイズの刃が照明に煌めいた。

 他のプレイヤーも動揺している。デスサイズはグラスや椅子、机にぶつかって激しい騒音を鳴らす。

「おわー!」

 いきなりの出来事に、頭を抱えてしゃがむことしか出来ない。このバカどうにかならない?

「スキだらけだよ!」

「それはこっちのセリフ」

 その瞬間、爆発音がした。俺が顔あげると、氷霧が弓を構えていた。もう一本、矢を放った後か。プロトタイプは煙を払って氷霧を睨む。

「貴様!」

「頭冷やそうか」

 プロトタイプの身体は所々凍っていた。そういう弓矢なのか? よく見ると、以前佐奈がラージァに使った爆弾の様に、矢じりが宝石だった。あれも魔法なのか?

「邪魔するな!」

 氷霧に向かって、プロトタイプがデスサイズを振り回す。氷霧は後ろに飛んで、カウンターへ乗った。特撮ならカウンターから飛び降りた映像を逆回しにして表現する様な飛び方だ。ホントに慣れであんな動き出来んのかよ……。

「頼む……店の外に出てくれ……」

 マスターの凹み具合が本当に可哀想だ。テーブルや椅子は斬られてるし、氷霧が飛び乗ったせいでカウンターに乗ってた酒の瓶は割れてるし。

「なぁ、お前ら、その辺にして一回外に……」

 俺は二人を説得しようとした。緊急時とはいえ、食卓を荒らすのはマズイ。いや味の話ではなくてだな。ああビールはマズイかもな味の話だが。

 氷霧はすぐに我に返って、カウンターから降りて軽く机を拭く。

「あ、ごめん」

「私の気は、済んでない!」

 プロトタイプは尚もデスサイズを振って店内を荒らす。おいおい……。ゲームのやられキャラってこともあって多少同情してはいたが、飲食店を荒らすのは流石に看過出来ない。

「いい加減にしろ!」

 俺はプロトタイプにタックルを食らわせて、そのまま店外へ追い出す。扉に奴の体がぶつかり、入店ベルも乱雑な音色を立てた。よし、上手い事店に損害を出さず追い出せた。

「くっ、やるか!」

「お前どこで暴れてんのかわかってんのか!」

 久々に大きな声を出したせいか、視界が赤くなって足元がフラつく。だから普段はあまり怒ったりしない様にしてるんだ。身体が弱いから。

「うっ……ダメか。まだ身体が……」

 だが、この墨炎の体ならそんなことない筈だ。まだ脳が現実の体と混同しているってのか?

「は、情けない」

 プロトタイプはデスサイズを振り上げてこちらへ走ってくる。だが、こっちの身体は動かない。結構ピンチだぞ? 啖呵切っただけでスタン取られるプレイアブルキャラとか前代未聞だ。

「とでも、言うと思ったか馬鹿め!」

 身体が動かないのはガチだが、無理やり動かす方法ならある。それは煉那が、水平斬りを真下にブチ当てた様にな。

「【ライジングスラッシュ】……!」

 俺は技名を叫んだ。確実に発動するという意思を持って。技ってのはどんなものがあるか知らんが、レベルが上がれば生身で出せない様な技もあんだろ。

 だったら必要だろ。システムによるアクションの補助がな! 煉那は運動神経の良さ故に体へ掛かるアシストを察知したのか、ラージァ戦であのような行動に出たのだろう。半ばすっ転ぶ様にして、無理矢理下へ水平斬りを放つというな。

「くっ!」

 思った通り、身体が動いて緑の一閃がプロトタイプに直撃する。甲高い音が響き、剣を持つ両手にはあまり心地よいとは言えない手ごたえ。剣で斬ったというより、バットで殴ったに近い。刃物でこの手ごたえは確実に刃こぼれしてるやつだ。

 ともあれ補助があったのか、それとも俺の意思を墨炎の身体が汲み取って動いてくれたのかは定かじゃないが、これからは技を叫べば身体が動いてくれるのを利用できるのは確かだ。

「やったか!」

 直撃だ。一面ボスの耐久力ならかなり削れるはずだ。だが、プロトタイプは膝すらつかない。

「何!」

「馬鹿め、私は防具も変えてんだよ。無強化の初期装備なんて、効かない」

 おいおい、たしかに無強化の初期装備だが全く効かねぇは無いんじゃない? モンハンだったらこれで十分ティガレックスに立ち向かえるバランスだぞ?

「どうすんだよそれ……」

 二回も叫んだので完全に力尽きたのか、こっちが逆に膝をついてしまう。

「だけど、このままじゃマズイねぇ。今日は帰って飲み直すよ」

 チャンスだったろうに、プロトタイプはそのまま拠点を後にする。ふと周囲を見ると、プレイヤーが集まっており、武器を構えている。たしかにこれは単純な数だけでも勝ち目がない。

「なんだ、あいつ……」

 プロトタイプは神出鬼没。これではゲームで休むことすら出来ないではないか。余計に疲れてしまった。一息ついていると、周囲からざわざわと噂話が流れてくる。

「プロトタイプが暴走って本当だったんだ」

「イベントだよね?」

「この前やっとラバスト出たのに……削除されないよね?」

 なんだあいつラバーストラップ、グッズ出てるのか。なんやかんや愛されてんのかな? 多分、ここに来る人はプロトタイプ見たさだろうし。


 俺はプロトタイプの乱入が絶対無い様に、マイルームに氷霧と共に移動した。

「年下の女の子を連れ込んだのか、俺……」

「女の子同士……じゃなかったね」

 しかし気まずい。よく考えれば氷霧、確実に14歳以下の女の子だ。俺って誕生日が2月だからまだ15歳なんだよ。確実に事案だ。いや俺が高校生だからまだセーフか?

「そういえば、お幾つですか?」

「13、中二」

「あー、なるなる」

 そんな話はどうでもいいんだよ。この殺風景な部屋では、保健室で煉那と密着事件及び夏恋の公然ゲリラハグ事件以上の火力は出せないんだから。

「で、まず問題なんだが、どうやってあれ倒そうか」

「装備の強化から」

「だよね」

 氷霧の選択は装備の強化。全くの未強化では話にならない。やっぱそこかー。

「優先は武器だよなぁ。HPを削れないんじゃ戦いにならない」

「武器のことなんだけど……たくさんあるから強化の前に種類絞った方がいい」

 氷霧は武器について説明してくれる。目の前には氷霧の弓『雪花の弓』、そして俺の片手剣がる。氷霧の弓は和弓という奴で、どつやってそんなもんバーで取り回していたのか疑問が残る程度には大きい。

「墨炎は今なに使っているの?」

「最初に入っていた片手剣をそのまま使っている。これ結構デカイ様な……」

 俺の初期装備『スティールソード』は墨炎が持つと両手剣くらいのサイズになる。しかし、氷霧が持てば標準的な剣だ。それだけ体格差があるのだ。

「武器はたくさんある。もしかしたら全然違う武器がピッタリくるかも」

「うーん、そこからか」

 まずはそこからか。ていうか、武器って何があるんだ。武器がたくさんあるゲームは、自分に合った武器を見つけられるかで難易度がダンチだ。

「ん? 墨炎、その手は?」

「手? 手がどうしたって?」

 氷霧が俺の左手を指差す。剣を持っていない方の手だ。

「ん? ああ……」

 俺は納得する。左手が猫の手になっているのだ。包丁を扱う時のあれだ。

「言われてみれば、クセなのか?」

 一応、これでも台所を任せられる身だ。基礎の基礎は体に染み付いている。何よりこの基礎だけは忘れたくない事情がある。

「猫の手だよ。野菜切る時とかな。やっぱクセかな、こういうの」

「ふぅん。そうなんだ」

 氷霧は普通に流す。それより聞かねばならないことがある。

「なぁ、それより武器って何種類あるんだ?」

「結構な数。私が持っているのは……」

 氷霧が取り出した武器は、刀、薙刀だ。なんというか、らしい。さては大和撫子だなオメー。

「まず片手剣の派生武器。刀」

「おー、こいつはいい」

「同じく派生武器はレイピア、長剣など」

 俺は氷霧の刀が気になった。薄い水色の拵えや冷たく輝く刀身からして氷属性の刀だろうか。

「薙刀は槍の派生」

「派生だらけだな。凄い種類ありそうだ」

 これは武器決めるだけで一日掛かりそうだ。何の取っ掛かりもなく決めるのは不可能なんじゃないかな。

「うーん。とりあえず俺が持っている他の武器は……」

 俺はアイテムから『風化した双剣』を取り出す。相変わらず、ただの錆びた鉄の棒二本でしかないなぁ。

「これ、貰ったの?」

 氷霧はそう言う。やはり俺のプレイ時間でこれを引くのは珍しいことなのか。佐奈や夏恋の言う通り、レアな装備なんで大事にしよう。

「これをなんとかしたいんだ。もしかしたら、つえー武器になるかもしれんしな」

「なら、武器屋で強化」

 氷霧が提案したのは武装の強化システムに触れることだった。そういえばそこをあまり見てなかったな。

「それとその前に、貴女と墨炎の切り離しをする」

「切り離し?」

 なんだか急に、話がきな臭くなったな。脳裏になんか謎の儀式の末に分断されて戦う俺と墨炎のビジョンが出たぞ今。一体何が始まるんです?

「初心者プレイヤーはまず、自分の体とアバターの体が同一という思い込みがある。故にアバター本来の運動能力を発揮できないでいる」

 氷霧の説明でなんとなくしたいことは理解できた。俺はこの『直江遊人』の肉体で十五年やってきた。だから運動能力の高い墨炎の肉体に入っても、その『直江遊人』の限界が頭にこびりついていて、走力跳躍力腕力諸々にストップをかけている状態なのか。

「ははぁ。現実の限界がアバターの枷になってるのな」

「そういうこと」

 それを外せば、墨炎の本来持つ能力が出せる。氷霧がやったような動きも出来るのか。

「で、どうすればいいんだ?」

「本来は慣れと訓練が必要。でも貴女はラッキー。アバターと現実の性別が違うから」

 氷霧は淡々と語る。性別反転アバター、つまり現実の俺とは全く違う体。

「貴女は墨炎になってもらう。正確には、墨炎という女の子を演じてもらう」

 彼女の語った解決法は単純な様で、よくわからないものだった。うーん、つまり、別人になり切ることで俺の脳にこの体は直江遊人の貧弱なボディじゃありませんよ、と伝えればいいのか?

「演じる、か」

「そのためには、彼女の詳細を作らねばならない」

 氷霧は早急に出来ることではないから、武器屋まで歩きながら考えようと言った。そうだ。ごっこ遊びのディテールに凝っている場合じゃない。プロトタイプ攻略には、装備の強化が必要だったんだ。


   @


 というわけで俺たちは早速、武器屋まで移動した。拠点の一角に武器屋があり、そこで新しい武器の購入や武器の強化をしてくれるんだとか。

「それが墨炎のキャラ?」

 俺がクレープを買い食いしながら歩いているので、氷霧が聞いてくる。そうだ。その通りだ。

「おうよ。俺は現実じゃ作る人だからな。こっちじゃ食い専させてもらう」

 とはいえ、まだ限界の枷が取れてないのか、口は大きく開けない。なので結構時間経ってると思うけどまだクレープは半分以上残ってる。

「んー、クレープいいよね。甘くておいしー。……とか言えばいいのか? つーか歩きながら食うの大変だな」

 立ち止まると、スッと食べれるのだが。食べ歩きの意味がわからない。それくらい俺は向こうじゃ少食だ。幸い、こっちの食い物はどんなに食っても満腹にならないがな。

 クレープも食べ終わったので、俺達は店に入る。クレープの包み紙は自動で消えてくれないので、パーカーのポケットに突っ込んでおいた。ゲームでもポイ捨ては憚られる。

「見た目はスポーツ用品店だな」

 棚にズラッと並んだ剣呑な刀剣を除けばそんな印象だ。俺はスポーツをしないが、体を鍛えないと弱いままなので家で軽くできるトレーニング器具を探しに行ったことはあるな。

 ま、ポケモンgoとWiiスポーツがあるんでわざわざ金出して新しいの買う意味は無いけどな。

 俺は店員のNPCがいるカウンターに近づく。すると、いつものような青いウインドウが出て来た。クエストカウンターと同じか。

「武器の強化って、やっぱ素材集めて新しい武器にすんの?」

 俺はとりあえずモンハンパターンで考えてみた。場合によっては敵からドロップするか店で買うかしないといけなくて、初期武器を強くしてくってことが出来ないものもある。夏恋が以前言っていた『発掘武器も生産武器も同じくらい強くなる』って発言の通りなら、この方式で強化するんだろうが。

「そう。見て、『武器をドレスアップする』と『武器を強化する』、『武器を鍛える』の選択肢がある」

 ん? 更新って聞き慣れないな。確かにウインドウの選択肢はその三つだ。ドレスアップ……? とりあえず強化の方を押してみるか。押してみると、俺の今持ってる武器の名前が出てくる。『スティールソード』か。あれ? 風化した双剣は?

「なぁ、風化した双剣が無いんだが?」

「まだそれは武器じゃない」

 なんだ使うのに条件がいるのか。じゃあスティールソードだ。俺はこれを選んだ。次の画面には『スティールソード改』と強化後の名前と、必要な素材が羅列されている。そして、ウインドウには武器のレベルや耐久度という見慣れない要素が書かれている。

「レベル? 耐久度? んなものあったか?」

 俺がアイテム画面で剣を見た時は無かったぞ? なにこれ?

「あ、そうか。武器職人入門の本を買ってないとみられないんだ」

 氷霧は思い出した様に呟く。だが、内容はなんとなく理解できるぞ。これでも俺はゲーマーだ。こういう要素はいくつも目にしてきた。

「ははーん。この耐久度が無くなるとぶっ壊れて装備がロストするんだな。で、このレベルってのはマックスまで上げとくと強化した時に能力値を引き継げると」

「少しちがう。耐久度は無くなったり減っても修理すれば治る。レベルは使いこんだり修理や手入れを繰り返すと上がっていく。レベルが上がると攻撃力も上がる」

「他のゲームに比べて緩いんだな。助かる」

 氷霧によれば違うんだとか。まぁ、フルダイブゲームである以上、他のゲームみたいに素材稼ぎのルーチンプレイを強いるのは無理か。ボタン一つで済むわけじゃないし、体動かすとなるとストレスも倍増だ。やっていることはシベリアで木を数える仕事と同じだ。

「んじゃ、レベルは気にせず強化だ強化」

 特にレベルマックスじゃなきゃいけないわけではないので、早速スティールソードを改に強化。見た目は変わらん。

「で、結局ドレスアップってなに?」

「やってみて」

 ただドレスアップについてはマジで意味が分からなかった。言われるがままドレスアップを選択して見ると、やはり同じ様に所持している武器の名前が出てくる。とはいえ俺は一つしか持ってないけどな。選ぶと、スティールソード改が突如浮かんで近くのテーブルに移動したではないか。

「おーい、どこ行くねーん!」

 追いかけると、机には小さな刃や宝石、チェーンの飾りなんかが置かれている。それらが置かれているのは『お試し』と書かれたウインドウの上である。これはなんだ?

「ここでもっている『アクセサリー』を武器に取り付ける。そうすると見た目も変わって少し性能が上がる」

 氷霧は自分の持っている弓を俺に見せてくれた。矢筒も一緒にだ。俺には分からないが、矢筒の花柄とかがそのアクセサリーなんだろうな。矢もカスタムが反映されるのだろうか。

「たとえば、この『チェーン』は……」

 氷霧はお試しのコーナーからチェーンを取り出し、剣のグリップエンドに取りつける。なんだかカッコイイ。そしてチェーンの先端に違う、花のアクセサリーを取り付ける。こうすると少し剣がオリジナルっぽくなった。大元はスティールソードなのに。

「ただ色味が微妙だな」

 とはいえ、アクセサリーはどれも鉄の色。いくら飾っても女の子が持つ武器にしては無骨になってしまう。そこで氷霧が近くにあったパネルを操作する。すると、剣や飾りの色が次々に変化していく。

「色も変えられる。変更はいくら変えても定額だから一気にやるのがオススメ」

「ほう」

「お試しで使ったアクセサリーはその場で素材があれば生産したり、購入できる」

「そいつは便利だ」

 まだ歴史が浅いゲームなのにユーザーインターフェイスは親切だ。最初にも思ったが、ネットで調べながら遊べないせいかその辺かなり気を使った設計だ。武器の強化といい、取り返しがつかない要素は徹底して排除されている。

 武器の強化がよくあるソシャゲカードゲームの強化みたいに『レベルマックスにしてから強化すると沢山能力引き継ぐよ』だったら、うっかり愛剣を微妙な強化してしまったときのガッカリはリアルで振り回す武器な分大きいだろう。

「んじゃ、どんだけアクセサリ買ったりできるか知らんが、やってみるか」

 とにかくこういうのは触って覚えるもんだ。俺は剣の強化に着手した。まず氷霧のしてくれた強化をベースに……柄の周りを覆うようにカバー付けて、剣の先端に突起横向きに生やして……。

「はいキーブレード」

「それ以上いけない」

 流石に氷霧が止める。止めなくても素材や金が無くて作れないが。と言うわけで、チェーンに蛇のアクセサリーを付けて終了。柄にも赤い滑り止めを巻いた。敢えて武器の色を変えず、変更点を分かりやすくする。

「ウロボロス?」

「杖に巻き付いた蛇はアスクレピオスだな。どっちも再生の象徴だな」

 俺が蛇の中でも『杖に巻き付いた蛇』を選んだのはなんとなくだ。もしかしたら病院で見慣れたモチーフだったのかもな。赤十字が一般的に医療の象徴とされているけど、キリスト教の要素が強いせいかイスラム圏では赤い月。でもこの杖は宗教的な縛りが薄いせいか世界保健機関のマークにもなっている。

「お、回復量五パーセントアップだ。さすが神話の名医だ」

 武器に付与されたのはアイテムなどの回復量上昇。これは地味に助かる。死ななきゃ勝ち目はあるからな。

「でも肝心な風化した双剣はどうするんだ?」

 俺は一番聞きたかったことを氷霧に確認する。そうだ。俺はそもそもコイツを使いたかったんだ。初期武器をキーブレードにして遊んでいる場合じゃなかった。

「それはギアズに専用の工房がある。そこで武器にしてもらえる」

 そうか、ならここでの作業は終わりだな。と安心していると、周囲が騒がしくなる。なんだ? またプロトタイプか?

「なんだあいつら……」

 そう思って辺りを見ると、やってきたのは妙に着飾った装備の女性プレイヤーたち。近くにはビデオカメラに羽根つけたみたいなメカが飛んでいる。珍妙な集団、というのが正直なところか。

「あれは……サイバーガールズ」

「知っているのか氷霧?」

 氷霧は何か知っている様子だった。俺の手を引いて少し物陰に隠れようとする。アバターの手とはいえ、柔らかくて暖かい。近づくとふんわり甘い匂いがする。煉那に保健室でタイプ一致のしかかりを喰らった件と夏恋のゲリラハグを思い出して、少し胸が高鳴る。

 氷霧の声は俺みたいにアニメっぽい声じゃないってことは、これが素の声なんだろう。現実じゃどんな女の子なんだか、少し気になったがそこに触れないのがゲームのマナーだ。

「最近出来たゲーマーのアイドル集団。とはいえ、大半は仕事の為にゲームしているような人達で、ゲーマーとしての腕は大したことない」

「へぇ。だったら夏恋でもいれときゃいいのに。ああ、夏恋ってのはな、俺のクラスメイトで口は悪いが容姿はいい方だ。そいつがこのゲーム教えてくれたんだ」

 俺はそう聞いて、だったら夏恋のがいいなと正直な感想を述べる。腕前は知らんが、ゲーム好きなのはガチだろうし容姿も申し分ない。口の悪さもマゾっぽいのが寄って来ていいキャラ付けだ。

「今、夏恋って……」

「氷霧?」

 ふと、氷霧の周りに流れる空気が冷たくなる。声もどことなくトーンが低くなり、なんだか怖いぞ? さっきまでの淡々とした様子と、全然違うじゃないか。

「おいおい、多分思い浮かべてんのと違うカレンだぞ。上杉だぞ上杉。塩分過多で厠で力んで死んだ武将の子孫かもしれない奴だぞ?」

「上杉……夏恋」

 俺が落ち着かせても、氷霧の様子が悪化する一方だ。ええ? これなんかマジで因縁あるの? そういえば夏恋の名前を呟く時、イントネーションが俺と同じだ。俺が夏恋本人から自己紹介で聞いたのと同じとこにアクセントがある。漢字の書きまで意識した発音って感じだ。

 そういえば、夏恋も氷霧の名前に反応してなかったか?

「あ、噂のプレイヤー発見!」

 その時、件のサイバーガールズに発見された。俺の中では敵兵士がスネーク見つけた時のSEが鳴り響いている。

「いませんよー! アマゾン!」

 俺は慌ててダンボールを被る。ラージァ戦で使ったものを持っていたのだ。しかし相手はプレステのNPCではない、人間だ。目の前で偽装をしてもバレてしまう。ダンボールはタイアップ先の通販サイトが使っているものと同じデザイン。

「はーい、なにしてるのかなー?」

「氷霧、逃げルォオ! 俺が時間を稼ぐ!」

 この女の鼻に付く様な声とテンション。間違いない。俺らの天敵だ。氷霧だけでもなんとか逃がさねばならない。長髪や装備の色合いは水色で寒色系、そこは氷霧と同じなのにキャラが違い過ぎる。姫騎士、というなんともくっ殺したくなるアバターだ。

「私はサイバーガールズのメンバー、トーカだよ!」

 アホっぽいテンションと裏腹に、俺らは片方がダンボールアルマジロアマゾン、もう片方が怒りで覚醒直前の主人公、氷霧さん。もう絵面はシュール極まりないだろうなこれ。放送事故だよ完全に。

「君が噂のプロトタイプに狙われている系プレイヤー、名前なんて読むのかな……?」

 どうやら俺の名前が読めなくて素が出た様だ。今だ、逃げるぞ! 俺はダンボールから飛び出して氷霧の手を引いて逃亡する。まるで駆け落ちするカップルの様だ。ここに何等かのタワーが建つのは容易に想像できる。

「あー! 行き止まり!」

 しかし武器屋の出入口はあのアイドル、トーカのいる方向のみ。反対側に逃げれば当然こうなる。戸建てじゃなくてテナントのせいか、ぶち破って逃げる窓も無い。

「くっそー、一思いにやれー!」

 くっ殺するどころかこっちが殺せと頼む始末だ。貴様らあれか。石を持ち上げて出て来たダンゴムシとかムカデに殺虫剤振りまくタイプか? 無益な殺生は罰あたるぞ。

 あ、しまった今は墨炎という女の子を演じなきゃ。

「あ! 駄目だよ! おいしいものとか持ってないからね? ポッケにアメちゃんもないの!」

「それより名前どう読むのさ? すみほのお?」

「ぼくえんだ。そんなポケモンの複合タイプみたいな読み方じゃない」

 ダメだ。こいつの馬鹿っぷりについ元通りだ。難読な名前付けたのは悪かったよと言いたいが、こいつには謝りたくない気がする。うん、なんとなくだ。

 おっと、演技も忘れんな。

「で、私に何かご用事? これからお茶しにいくんだけど……」

 問題はコイツが何を目的にしているかだ。よく考えたら、こいつら集団だしな。それも絡まれると疲れるタイプの人間による集団だ。こっちは日常だってのに数日入院するだけで大仰な千羽鶴持って来そうなイメージの。いいから寝かせてくれって懇願したくなるし実際言ったら言ったで勝手に押し掛けたくせにブー垂れる奴だな。うん。クラスに一人はいるよな、こういう偽善者系女子。

「今日のサイバーガールズチャンネルの特集はプロトタイプに狙われる噂のプレイヤー! だから取材なの! 生放送で!」

「げー! これ全世界中継か? アポなしでよくも人様を世界のさらし者に……」

 俺の質問を受けたトーカは信じられないことを言う。ついつい演技が途切れてしまう。

 こっちになんの了承も無く生放送とか有り得ねぇ! おいプロデューサー、コンプライアンスどうなってる! そもそもアポなしってどういうことだコラぁ!

「え? 世界? 何言ってんの? 公式チャンネル内限定の番組だよ?」

「あ、さてはお前SNS炎上させるタイプだな?」

 トーカはきょとんとしているが、ネット上にアップしたらどこにしようが関係なく、それは全世界に向けて発信してんのと同義なんだよ。SNSで繋がっている友達にしか公開してないと思った写真も何故か広まって炎上するんだ。

「お前な、公式チャンネルとやらでしか公開してないつもりなんだろうけどその動画はいくらでもコピペして無限に増やせて他所のサイトにアップできるんだよ。つまり今お前らは俺の様子を勝手に世界へ配信してるのと同じでだな……」

「あーもう! ユナみたいなこと言わないでよ! 頭こんがらがっちゃう!」

 軽く解説してやったが、速攻で拒絶反応起こしてやがる。どうも同じ様なことを口酸っぱく言ってるメンバーがいるっぽいけど、効果はないようだ。これだからネット覚えたてのリア充はやなんだよ。

「そうそう! 企画はデュエルをするんだった!」

「お前人の話をだな……」

 そして番組を進めるトーカ。こっちの都合は無視か。俺はこれからギアズで風化した双剣をなんとかしてもらうんだよ。プロトタイプに見つからないようにこそこそとな。

「俺らは忙しいから、あっち言った。しっしっ」

 とりあえず追い払おう。エセゲーマーアイドルに付き合う暇は無い。いくら現実時間の五倍に伸びている世界とはいえ、時間を無駄にしていいという事にはならない。このゲーム、移動も結構大変なのだ。

 それにこういう手合いは一度OK出すと次も次もと煩そうでな。一度、実の親が分かればとテレビの取材を受けたが長期の密着取材がストレスだったのか胃に穴が開いて命の危機に陥ったんだ。いくら非常事態でもゲームはゲーム。こっちのペースで静かにストーリー進めたいんだ。

「でも相棒さんはやる気みたいだよ?」

 俺が断ろうとしていると、今まで黙っていた氷霧が前に出ていた。トーカが目ざとくそれに気づいてしまったようだ。あ、これはあれか、本当は買わない喧嘩だけどむしゃくしゃしてやっちゃうやつか。夏恋の名前聞いて様子おかしかったし、ここで発散させとくか。無様な姿を全世界に晒す相手には悪いがな。

「……ごめん。でもモヤモヤするから……」

「いいぜ。派手にぶちかまそうか」

「それに……」

 氷霧にはストレス発散以外の目的があったようで、俺を見てかしこまった様に言う。

「貴女の力を見せてほしい。私の騎士団に誘うために」

「騎士団? ギルド的なものか?」

 俺が聞き返すと、氷霧は無言で頷く。そのまま俯いてしまったし、この一言、相当勇気を振り絞ってるし真剣だ。そうだな。プロトタイプという強敵を前に、夏恋達には煉那のアシストに集中してもらってこっちは別の仲間と攻略した方がいいか。

「そうか。乗った! 最初のチュートリアルで手伝ってもらったのといい、なんかの縁ってやつだ」

「……ありがとう」

 こいつはこいつで、事情ありだな。


 そんなわけで、サイバーガールズと俺ら名も無き騎士団の対決がスタートする。向こうも一人、別なプレイヤーが出て来てタッグマッチになる。ピンクの髪に衣服の女性アバター。衣服はまぁまさに現代よく見る感じの私服だ。武器は杖らしきものを使っている。こういうファンタジックな武器に現代装束の組み合わせがこのゲームの特徴なのか?

 ピンクと言えば煉那のアバターが思い浮かぶが、桜色って感じのあっちに対してこいつは人工の着色料って色合いなので目に悪い。

「パーティに入れたよ。作戦、どうしよう?」

「氷霧に任せる。こっちは初デュエルだし、下手な提案は墓穴っぽいしな」

 氷霧がウインドウを操作してパーティを編成する。拠点での戦闘は出来ないので、俺達は一旦夜の街へ繰り出すことになった。相変わらず不夜城、ならぬ不昼城って星だなまったく。眠くなりそうだ。

 片側二車線の道路、そのど真ん中に立ち、俺達はにらみ合う。普段絶対出来ないシュチュエーションでチャンバラか。贅沢なごっこ遊びだ全く。

 周囲にはサイバーガールズの取り巻きがおり、完全にアウェー。というか人の目があって落ち着かない。

「はい、申込み完了!」

 トーカの操作でもう一つのウインドウが現れる。これがデュエルの申込みウインドウ。これには『トーカ、モモとのデュエルに応じますか?』と書かれ、イエスノーのボタンがある。

『デュエル、スタート!』

 イエスのボタンを押すと、けたたましい音と共にゴングが鳴り響く。足元には光のサークルが出ており、これが俺と氷霧、トーカとモモで同じ色だからチーム分けを現しているんだろうな。

 そうだそうだ。キャラ付けも忘れないでおこう。早いとこ切り離しとやらを成立させないと。

「んんっ、早いとこ片付けて、甘いものでも食べにいこうよ!」

 超恥ずかしい。自分で行っておいて、顔が熱い。絶対顔赤くなってるよこれ。

「ネイチャールにおいしいあんみつがある」

「え? マジで?」

 氷霧から意外な情報。でもここの飯って食べても食べた気しないんだよなぁ。あ、現実で再現すればいいのか。ネイチャールって氷霧の選んだ惑星か。惑星の内容に応じて和菓子をお出しする姿勢、好きだがなぜ異星に餡蜜があるんだ?

「先制で決めるよ!」

 トーカはレイピアを手に、こちらへ突っ込んでくる。そういえばもう始まっていたのを忘れていた。とんだ先制攻撃だ。

「墨炎、貴女は好きに動いて。その隙を縫って射貫く」

「お、おう」

 あの杖の奴抑えるとかじゃないんだ。ま、これも氷霧に考えがあってこそだろう。任せたぜ。

「さてと」

 肝心のトーカの攻撃、プロトタイプと散々やり合った後だからか、こっちに向かってくるスピードが遅くてもどかしいくらいだ。これはどうしたものか。俺は接近するトーカを睨み、タイミングを計る。

「【ライジングスラッシュ】!」

 とりあえずビール、ならぬとりあえずライジングスラッシュ。真正面からトーカに水平斬りが直撃する。煉那に言われた通り、見てさえいれば体が勝手に攻撃を当ててくれる。手にはずっしり攻撃の手ごたえがあった。

「くっ!」

 トーカは少し仰け反る。そこをすかさず氷の爆撃が襲った。プロトタイプとの戦いでも見た爆炎。氷霧の弓矢だ。え? まさか技出す時、俺が技で僅かに前のめりになったところを撃ちました今の?

「トーカ! 【フレム】!」

 モモが不意に杖から火の玉を撃ってくる。ドラゴンのブレスに比べたらこんなもん、煮物に使う弱火みてーなもんだ。

「よっと!」

 俺はそれを回避し、再度トーカに向き合う。削れてるのはそっちだし、早く倒して数的有利に持ち込みたい。トーカもこちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。

「【レイジ】!」

 緑のエフェクトを纏っており少し早いが、やっていることはさっきと同じ。が、対処は変えないと。技同士のぶつかり合いってどうなるか知らないし。

「【連星】」

 俺が悩んでいると、氷霧が素早く複数の矢を放つ。矢は赤いオーラを放っているな。その矢がトーカに当たり、何度もぶつかるようなけたたましい音が響いて彼女の纏うエフェクトが消えた。

「しまった!」

「ハイセンスだ! 【ライジングスラッシュ】!」

 技がかき消されたかどうかわからないが、トーカの反応は完全に悪手打った時のそれ。この隙に攻撃を仕掛けるぞ!

「させない! 【サンダ】!」

 俺が技を発動してトーカに突撃すると、横からモモが杖を振るってくる。しまった。こいつのこと忘れてた。今は二対二だ。が、なぜか攻撃は来ず、ライジングスラッシュがトーカに直撃する。鉄がぶつかる様な高い音と、剣が手から弾かれそうな衝撃。

「うわ!」

 トーカが倒れ、彼女の足元にあった光のリングが赤くなって大きなバッテンに変わる。つまり、トーカは戦闘不能か。

「やったぞ!」

「うん、やった」

 俺が氷霧を見ると、彼女は俺とモモの間に移動していた。さっきの攻撃から庇ってくれたのか。確かに防具の性能は上だし、奴の魔法も初級だろうことが想像できる。佐奈の魔法剣はギサンダだっけか。

 しかしどこまでもハイセンスだ。初めての連携だぜ?

「後はこいつのみ!」

 俺は残るモモを見る。咄嗟に手を天に掲げると、何かを掴んだ様で、それをよく見る。

「トーカのレイピア?」

 これを弾いた記憶もないし、落ちてくるタイミングも知らない。が、体が動いた。なるほど、切り離しの効果は僅かに出ているのか。

「早く終わらせて餡蜜餡蜜!」

 俺は右手に自分の剣、左手にトーカのレイピアを持ってモモに斬りかかる。細い脚でアスファルトを蹴り、現実の自分より軽い体を空に跳ね上げる。二つの剣を上から振り降ろしてモモを攻撃する。

 その時、ふとある結果が脳裏に過った。モモは杖で攻撃をガードするだろう。その明白なビジョンが見える。ならばどうするべきか。

「はぁっ!」

 俺は右手の剣だけを振り下ろさず、モモの構えた杖にレイピアだけ当てる。そして着地と同時に、残っていた鉄の剣を水平に薙いだ。

「きゃ……!」

 モモが後退する。斬ったというより鈍器で殴った様な手ごたえが続くが、まあいい。そこから追撃を加えることにする。地面を蹴って突進するのは当然として、腕も目いっぱい伸ばしてリーチを稼ぐ。さっきから自然に『体が小さな女の子が体格差を覆すためにする戦法』をやっている気がする。

「ていやー!」

 モモはこの一撃で完全にバランスを崩し、転倒する。ゾンビに苦戦していた時期からは考えられないほど形勢有利だ。演技はガバガバだけど、演じようとする気持ちが大事なのか。

「あぐっ!」

 そんなことを考えていたら、脚に激痛が走る。この脚の筋肉が中から膨張するような痛み……。え? まさかゲームで脚攣った? いやバカな。

「墨炎?」

「あ、脚攣った……俺のことはいいから早く決着を……!」

 いくらゲームとはいえ現実の限界を超えたからかー? 氷霧に決着を任せ、俺は道路をのたうち回る。

「ぉぉ……」

『ゲームセット! 勝者、氷霧&墨炎!』

 苦しんでいる間にゴングが鳴り、勝負が決する。何とも締まらない初勝利だ。


   @


「大丈夫?」

「あ、ああ……」

 対戦後、トーカとモモは取り巻き共々逃げていった。俺は脚攣ってそれどころではなかったので様子は分からないが、一泡吹かしてやれてよかったよ。

 俺達は近くにあったコンビニのイートインで休んでいた。脚攣るのって結構痛いの残るから辛い。リアルな感覚を謳うフルダイブシステムだが、痛みまでは再現しているわけではない、はずだ。つまりこれは現実サイドの問題。起きた後が怖い。

「切り離しは上手くいったけど、付いてこられなかったみたい」

「今日始めたばっかなんすけど上手くいき過ぎでしょ……」

 氷霧によると俺と墨炎の性別が違うおかげでこの体を現実のものと別物、と覚え込ませるのはスムーズだったらしい。性自認とも違う体だとそうだよな。異物感のが強いし。しかしまだ完全ではなく、ふとした拍子に墨炎から直江遊人に戻るとああなるんではないか、とのことだ。

「演技はほどほどに、いい塩梅に」

「そうだな」

 急にぶりっ子したせいで直江遊人に戻った時の揺り戻しも大きい。食い専になる程度に演技は留めておこうか。痛みってのは体の警告信号だし、動き過ぎを体に諫められたってことか。

「氷霧とかバトル中に脚攣ったりしないの?」

「疲れて重くなることなら。そもそも若い人は脚を攣らない」

 聞いてみたら当然の答えが返ってきた。そうだよな。若い人は脚攣らないよな。くっそー、子供の頃に入院生活ばっかりしてんじゃなかったぜ。後悔してもどうしようもないし、したくてしてるもんじゃないけどな。

「おじさんな。子供の頃から病院暮らしで体弱いんだよ。んん? 入院してたから体が弱いのか、体が弱いから入院してたのか?」

「後者」

 一人で卵が先か鶏が先かって話になっていたが、確かに後者。ストレッチくらいしないと怪我するぞ怪我したし。

「それより、私の騎士団、来てくれる?」

 おお、そうだった。本題はそうだったな。もちろん、いいぞ。

「おう、頼むな」

 俺は彼女からの申し出を快く引き受けた。はてこの騎士団。そういえば今何人なんだ? ま、いなくてもメンバーは今から集めればいいか。

次回予告


 次回、ドラゴンプラネットRE:birtht。第9話。荒野のクイン。

 おいっす、クインだよ! いや悪いね氷霧、最近顔出さなくて。ん? なんだその横にいるちんちくりんは! お前、お前……私以外の奴とパーティを組むなんて……組むなんて……。

 いやー安心した。いつの間にかどんどん出来るようになっていって、うんうん。

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