プロローグ 白き揺りかご
第一部 高校生ゲーマー、直江遊人の場合
僕の揺りかごは白かった。その揺りかごから僕はついぞ降りることはなかった。
この病院が僕の、世界の全てだった。僕の世界に立ち寄る人はいた。だけど、そこから生きて出たのはどれだけいたか。
僕は永遠に会えない人がいる度、悔いた。もっと知っておけばよかった。何故何も語らなかったのか。二度とその口から、何も聞くことができないというところに来てやっと後悔するのだ。
分かっているのに。いなくなるのは分かっているのに。
だから俺は、見知った奴の事を知りたいんだ。
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俺は腕時計を確認する。そこには時刻では無く、緑の円グラフが表示されている。緑、つまり俺のHPは十分にあるということだ。
夜空を見上げる。上空に浮かぶ、やけに明るい地球みたいな惑星がなければここをゲームの中とは判別できなかっただろう。それくらいには、この世界が現実と等しいということだ。体に掛かる重み、頬を撫でる風、物理エンジンは物理法則のコピペであるかの様に肉体を縛る。
空の星以外にも、ここをゲームだと判別できる材料はある。ちょうど、目の前のショーウインドウに俺の姿が映っている。黒髪を伸ばした紅い瞳の少女が、今の俺だ。この姿がある限り、現実とゲームを違うことは無い。
手に掛かる重みは、剣の物。現実なら確実にお巡りさんが没収するであろう刃渡りの刃物を片手に、俺は夜の街にいた。
腕時計を押して、青白く光るウインドウを呼び出す。そこには現実の時刻が書かれていた。現在、9時23分3秒。朝の、だ。秒単位で刻まれている時間だが、三秒が四秒に変わるまで五秒を要した。それがこの世界だ。
さて、そろそろいこうか。ゲーマー達の、夢の世界へ。