Ⅰ、少年ベル:①朝
いよいよ主人公の登場です。
彼の抱えたものとは…。
(…起きて、ねぇ…。ベル…?先行っちゃうよ?)
(またあいつか…)
「ハル、うるさい…」
「ベル…!」
(ベルはーやーくぅ…)
「うるさいってば…」
「「………」」
「…ふぅ。…ベル!!」
「はぁぁぁい!!」
耳元に届いた怒声で、俺は飛び起きた。
反射的に、元気のよい返事をしつつ。
「あんた何時だと思ってんの!?いい加減起きろ!」
ぼやけた先に、人型のシルエットが立っている。
「…ハル…?」
「……」
だんだん視界がはっきりしてくると、目の前の人物が「母」だとわかる。
見ると、母に先ほど怒鳴った面影は無い。代わりに悲しげな影を落としていた。
「…飯、早く食べて行きな」
母はそれだけ言い残して、俺の部屋を出て行った。
俺は、一人になった自分の部屋を眺める。
…どうってことない殺伐とした部屋。最低限の勉強机、椅子、クローゼット。半分も埋まっていない、学校の教科書ばかりの本棚。そして、俺の寝ているベッド。
「あぁ、そうか…」
そうだった。あいつは今、病院か。
ギシッという音とともに、俺はゆっくりとベッドを離れる。
学校、行かなきゃ…。
ベッドに置いてあるデジタル時計を見て、時間を確認する。
「七時五十分か」
少し、急がないといけない。
俺はクローゼットを開ける。素早く制服を着て、今日使う教材を学校鞄にしまう。
鞄を持ってドアの前まできたところで、そういえば今日は「集団清掃」だったなと思い出す。体操服が必要だ。体操服は、机の横にあった。ここからじゃ、届かない。
俺は辺りを見回してから、右手を体操服に伸ばす。もちろん、届かない。
だが、俺が息を吸って力を込めると体操服はふわりと浮き、吸い込まれるように右手に収まった。
俺は再度周囲をきょろきょろして、誰も見ていないのを確認してから部屋を出る。
朝食は、俺の好物のだし巻き玉子だった。母特製の、「甘くない」玉子焼き。
母は、台所で洗い物をしている。俺がリビングに現れても、気づいているだろうに何もしてこなかった。
それが、母なりの気遣いなのだ。
静かに、椅子に腰かける。
俺は、母と二人ぼっちのこの家で、小さくいただきますと呟いた。