神器〈後〉
目の前の敵と切り結びながらも、麻衣には周りの状況が見えていた。麻姫の矢が尽き、槍使いがこちらに向かって来ていることにも気が付いた。だが、それに気付いても麻衣には何もできなかった。目の前の敵で精一杯で、他のことに対処する余裕など一切なかった。絶望的なこの状況に諦めかけた麻衣の目の前で、一瞬にして状況が一変した。
突如吹いた突風、鎧ごと脇腹を斬り裂かれ崩れ落ちた槍使い、そして、その奥に立つ一人の青年。ゆっくりと振り返ったその青年の顔は、麻衣が、聖龍が、みんなが待ちわびていたものだった。
「龍・・・一・・・?」
「間に合って良かった。約束通り、助けに来た。」
そのいつも通りの表情、いつも通りの声に、本当に龍一が帰ってきたのだと実感した。掛けたい言葉が次々と頭に浮かんだが、麻衣はたった一言、口を開いた。
「お帰り、龍一。」
「ああ、ただいま。後は任せろ。」
龍一の言葉に、麻衣は素直に従って聖龍と共にその場から後退した。
麻衣と聖龍が十分離れたことを確認して、龍一は目の前の敵に目を向けた。
「さて、お前達は俺の大事な親友を散々苦しめた。」
目の前で剣を構えている二人に向けて、龍一は静かに、落ち着いた声で告げた。だが、その声とは裏腹に龍一の心は怒りで染まっていた。その、龍一から滲み出る怒りは歴戦の猛者であるはずの幹部二人の体を凍り付かせる程のプレッシャーを放っていた。
「だから、遠慮はしない。全力で・・・叩き潰す!」
そう言い放つと、龍一は二本の長剣を体の前で交差させた。
「目覚めろ、〈紫炎龍〉!」
龍一がそう唱えると、剣の外見が変化した。銀色だった刀身は禍禍しい紫に、そして鍔には紫の龍の瞳が浮き出た。その、異妖とも言える双剣からは先程までの龍一を上回る程のプレッシャーが放たれていた。
「う、お、おおおおおおおお!」
その強大なプレッシャーをまともに受け、精神力の限界が来た大剣使いは破れかぶれな気持ちで龍一に斬り掛かった。
「ばっ・・・!やめ―」
まだまともな精神を保っていたもう一人の幹部は仲間を止めようと声を上げた。だが、その言葉が仲間の耳に届くことはなかった。
自分に振り下ろされる大剣を龍一はじっと見ていた。型も何も無いただ全力で振り下ろしただけの一撃。それに合わせる様に龍一は左の剣を軽く振り上げた。ただそれだけで、大剣は半ばから断ち斬られ、刀身の先が宙に舞った。
「な・・・」
その有り得ない光景に驚愕で目を見開いた大剣使いに龍一は容赦なく右手の剣を振り下ろした。今度も同じ様に、剣は鎧を軽く断ち斬り、そのまま相手の体も斬り裂いた。
傷口から血を噴き出させながら倒れる大剣使いにはもう目も向けず、龍一は残りの敵、盾持ち長剣の兵士を睨みつけ、全力で地を蹴り、一瞬で相手の懐に潜り込んだ。急な接近に驚きながらも、兵士は反射的に盾と剣を重ねて防御姿勢をとった。それに応じる様に、龍一は左手の剣を肩に担ぐ様に構えた。
「神童流双剣術一の段《焔》」
左の斬り下ろし、右から左への水平斬り、すぐさま手を返しての左右同時の斬り上げ。龍一が繰り出したのは神童流双剣術の初歩技だった。一撃目で長剣、二撃目で盾を断ち斬り、無防備になった敵への三撃目で鎧ごと×印を刻む様に切り裂いた。
龍一が神器を解放してからまだ一分も経っていない。あっという間に形勢は逆転していた。