神器〈中〉
「お母さん・・・。」「親父・・・。」
そこにいたのは龍王、聖也、麻姫の三人。この神影村の最高権力者にして最大戦力の加勢は諦めかけていた二人にとっては頼もしいことこの上なかった。
「ここまでよく耐えたな、二人共。勝利まで後一息だ。まだ戦えるな?」
「はい!」「ああ!」
「よし、私と聖也であの二人を受け持つ。麻姫と二人は奥の四人だ。」
龍王が喋り終わると同時に相手の幹部が合流した。そして、ザルドがまだ余裕を残した顔で口を開いた。
「作戦会議は終わったか?」
「ああ。わざわざ待ってくれるとは随分と気前がいいな?」
「はっ!不意討ちで勝っても嬉しくないんでな。お前らの全力を打ち破ってこそ価値がある。それだけだ。」
「そうか、ならばそろそろ始めるか。」
「ああ!いいだろう!」
その言葉を合図に全員が武器を構えた。
聖龍と麻衣は先程までと同じく太刀と短剣、龍王は双剣、聖也は太刀、麻姫は長弓を構えている。
それに対して、ザルドは両手剣、アレクは右手に長剣、左手に盾を構えている。残りの四人は両手剣、盾持ち長剣、長槍、短弓という構成である。
「聖龍君、麻衣、相手の前衛二人との二対二なら勝てる?」
「うん!任せて!」
相手の幹部四人を見ながらの麻姫からの問いに麻衣は勢いよく返事をし、聖龍は何も言わずに強く頷いた。
「そう、それなら後衛と中衛は私が抑えるから残りはよろしくね。」
そう言って麻姫が弓を引き絞るのと相手が動き始めるのは同時だった。両手剣と盾持ち長剣の前衛が一気に飛び出し、その少し後ろに長槍の中衛が追随する。そしてそのさらに後ろでは短弓をもつ後衛が短弓の強みである速射で援護する。その一糸乱れぬ連係からは、これまで積み重ねてきた努力からくる絶対的な自信が滲み出ていた。
普通に考えれば連係の訓練などろくにやったことのない聖龍と麻衣、そして麻姫の三人では太刀打ちできるはずがないだろう。しかし、実際は違っていた。
麻姫の正確無比な援護射撃によって後衛、中衛は自身の役割を充分に果たせていない。そして、聖龍と麻衣の二人はほぼ阿吽の呼吸で連係をとり、相手の前衛二人と対等に渡り合っている。こちらの戦況は完全に均衡していた。
「経験の差がある相手と対等に渡り合うとは聖龍君も麻衣君も流石だな。」
「それはまあ、二人はうちの二番手と三番手だ。むしろこのくらいはやって貰わないとな。」
「ふっ。素直に誇ればいいものを・・・」
「うるせぇ。それより、こっちもそろそろ始めるぞ。」
龍王と聖也の見つめる先ではザルドとアレクが並んで立っていた。あちらはもう準備万端なようで、油断なく剣を構えながらこちらを観察している。
「さてと、隊長の方は任せた。」
「なんだ?珍しく素直に譲るな?」
「なに、片手武器二本同士、両手武器一本同士で戦った方が面白いだろ?」
「はぁ、お前の感性はわかんねぇが、まあ、強い奴とやれんなら別にいい。」
そう言う聖也と龍王からはいつもの師範代、村長としての威厳が全く感じられない。久し振りの共闘、そして全力での戦闘を前にして、聖也も龍王もただひたすらに自身を鍛え、互いに競い合った少年時代に戻ったようだった。
二人は不敵な笑みを交わし合い、剣を構えた。
「神童流第七十三代宗主、神童聖也。」
「神童流双剣術皆伝、神崎龍王。」
「「参る!」」
二人は同時に地を蹴り、それぞれの相手と切り結び始めた。
「・・・そこ。」
麻姫の放った矢が、今まさに全力疾走での突破を図っていた槍使い目掛けて正確に飛翔し、槍使いは仕方なく突破を諦め矢を打ち落とした。
槍使いは先程から何度も突破を試みているが、その全てを麻姫に阻まれていた。こちらの後衛も弓矢で援護しているのだが、その全てを麻姫は軽々と躱しているため、実質的には麻姫と槍使いの一騎討ちの状態だった。今のところは麻姫のペースが続いている。だが、麻姫の心には焦りが生まれていた。
(まずいわね、もう矢が・・・)
麻姫は今回の戦いのために矢筒に収まるぎりぎりまでの大量の矢を用意していた。だが、幹部二人を足止めしておくためには矢を節約している余裕はなく、徐々に残りの残数は減っていき、今はもう数えられる程しか残っていない。一応矢が尽きた時のために短剣も持ってはいるのだが、それでは一人ならまだしも二人を同時に足止めしておくのはかなり厳しい。
聖龍と麻衣が互角に戦えているのは単純に二対二の状況を麻姫が作っているからというのが最も大きい。つまり、麻姫が相手取る二人の内どちらか片方でも合流させてしまえばこの均衡は一気に崩れてしまう。突破口の見えない状況に麻姫は焦りを募らせていった。
その後も一向に状況が変わることはなく、ついにその瞬間が訪れた。
次の矢を番えようと背中に伸ばした手は、何も掴むことなくただ空気を掻いた。そこで一瞬動きを止めた麻姫を見て状況を理解した槍使いは一気に突破すべく全力で駆け出した。
それに応じて麻姫も弓と矢筒を手放し、短剣を握って行く手を阻もうとしたが、完璧な軌道、タイミングで飛来した矢を身を翻して避けた隙に槍使いに突破されてしまった。
すぐさま振り返った麻姫が見たのは、既に追い付けない位置にいる槍使いとその奥でこちらを見て勝利を確信した敵の前衛、辛そうな表情をした聖龍と麻衣。その場の全員が同じ結末を思い浮かべたその瞬間、一陣の風がふいた。