契約〈前〉
「はぁぁぁぁっ!」
気合とともに振り抜いた剣が相手のかざした盾をすり抜け、鎧の隙間に吸い込まれるように脇腹を切り裂いた。崩れ落ちるように倒れた敵から目を離して周りを見渡した龍一の目に映ったのは、同じように倒れ伏した数十人ものトレンタ王国の兵士達と、その近くで膝に手をつき肩で息をする麻衣、地面に座り込みゆっくりと息を調えている聖龍、そして似たような体勢で疲労した体を休めている道場生達だった。
「ふぅ、なんとか凌ぎ切ったか・・・。」
龍一達は迎撃班を抜け、断続的に境内に侵入してくる敵兵を全て返り討ちにしていた。最初の内は鍛え上げた剣術と体術で優位に立っていたものの、数十倍にものぼる人数差、そして終わりの見えない戦いに全員の気力と体力は限界に達していた。今のところこちら側に被害はないが、こんな状態では次に敵が攻めてきた時に耐えられるかどうか、正直微妙なところだ。
(このままじゃジリ貧だ。何か・・・何かないか・・・?)
「大丈夫?龍一。」
頭をフル回転させ、打開策を模索していた龍一の元に、麻衣が心配そうな顔で歩み寄ってきていた。
「ありがとう、俺なら大丈夫だ。」
「そう・・・。龍一は一番頑張ってたんだから無理しないで。」
「麻衣・・・。」
「そ、れ、と!龍一はなんでもかんでも一人で抱え込もうとしないで、私達のことをもっと頼ってよ。この神影村を守りたいって気持ちはみんな一緒なんだから!」
少し怒りの混じったその言葉を聞いて、龍一は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けたように感じた。確かに麻衣の言う通り、龍一は自覚はしていなかったが心のどこかで自分がなんとかしなければと考えていた。自分一人ではどうにもならない。そんな時はみんなで力を合わせればいい。そう気づいた瞬間、龍一の心には少し余裕が生まれていた。
「ありがとな、麻衣。おかげで目が覚めた。」
「うん!」
龍一の言葉に満面の笑みで頷く麻衣。そんな顔を見ると、龍一は不思議と安心できるのだった。
「麻衣。この状況をなんとかできる方法、何かないか?」
「う~ん・・・ごめん、なにも思いつか・・・な・・・い。・・・あ。」
「なにか思いついたのか⁉」
「う、うん。でも、確証はないしもし本当だったとしても危険過ぎるし―って、ひゃっ!」
「そんなことはどうでもいい!この状況をなんとかできるんならなんでもいいんだ!教えてくれ!」
言い淀む麻衣の肩を掴み、凄い剣幕で詰め寄る龍一に驚きで固まってしまった麻衣だったが、心を落ち着かせるように深呼吸をしてから口を開いた。
「この間龍一と聖龍のお父さんが話してるのを偶然聞いちゃったんだけどね。この村には神器が眠ってるんだって。」
「なっ・・・!」
麻衣からもたらされた情報に今度は龍一が驚きで固まってしまった。この村に神器があるなど今まで父から聞いたこともなかった。そんな大事なことを教えてくれなかった父に怒りを覚えたが、今はそんな場合ではないと思考を切り替えた。
「その話が本当ならなんとかなるかもしれない。神器の力さえあれば―「だめっ‼」―っ⁉」
自分の言葉を遮った叫び声に驚き、声の聞こえた方を見るとそこには、溢れる涙で顔を歪ませた麻衣がいた。
「麻衣?」
「だめだからね、絶対!神器との契約に失敗したらどうなるか龍一も知ってるでしょ!もしも龍一がいなくなっちゃったら、私、私は・・・。」
神器との契約失敗の代償、それは死。その神器をもつに足る器ではなかった者は魂、生命力を全て喰らわれ死に至る。もし龍一が死んでしまえば麻衣や聖龍だけではない、この村に住む全ての人が悲しみ、絶望するだろう。だが、だからこそ龍一はやめるつもりはなかった。
「麻衣の言う通り、これは危険過ぎる方法だ。でも、どうせこのまま戦ってもいつか限界がくる。それなら少しでも可能性のある方を選ぶべきだろ?」
「龍一・・・でも・・・。」
なおも心配そうにしている麻衣の頭に手をのせて、龍一は笑顔で語りかけた。
「心配するな。成功させればなんの問題もない。それに、これ以上麻衣を悲しませる訳にはいかないからな。信じて待ってろ、必ず戻るから。」
「龍一・・・うん、わかった。絶対帰ってきてね。待ってるから。」
「ああ、行ってくる。」
麻衣に背を向け、駆け出したその時、今までの数倍もの境内に迫る足音が響いてきた。
「なっ・・・!この規模じゃみんなが「龍一!」えっ?」
迫りくる敵を感じて戻ろうとした龍一の足を止めたのは麻衣の声だった。
「ここは私達に任せて!龍一にはやるべきことがあるでしょ!」
「でも、あの数じゃ・・・。」
「うん、だから待ってる!龍一が助けに来てくれるのを・・・ね?」
「っ!・・・ああ、わかった。絶対に助けに行く!待っててくれ!」
麻衣が言外に込めた言葉を理解し、龍一は今度こそ駆け出した。