侵攻〈前〉
「おーい、こっちこっち!」
「遅いぞ、龍一。」
「すまん、ちょっと家の手伝いに手間取ってな。」
待ち合わせ場所で待っていた聖龍と麻衣に謝りながら、龍一は二人に合流した。今日は昨日の剣術大会に付属して行われるお祭りの日であり、村の中心を貫く大通りにはいくつもの屋台が軒を連ねている。龍一達は三人でこのお祭りを楽しもうと朝早くから集まっていたのだった。
「さて・・・と、全員揃ったことだし。そろそろ行こっか?」
「ああ、そうだな。」
「おう!行こうぜ。時間は有限だからな!」
麻衣の提案に残りの二人も賛同すると、麻衣は右腕を高く突き上げて、大きな声で叫んだ。
「さぁ、今日はいっぱいいっぱい食べて遊んで楽しむわよー‼」
「「おおー!」」
こうして三人のいつも通りの1日が始まった。その日常を粉々に打ち砕く悪夢がすぐそばまで迫っているとも知らずに。
神影村から数km離れた草原にいくつもの移動式住居が建っていた。赤や青、白など色とりどりのその住居の全てに共通して付いているもの。それは、最近急速に領土を広げ、今ではこの近辺の最強とも呼ばれる大国、トレンタ王国の紋章。そして国軍の軍旗。トレンタ王国軍は今、更なる領土を求めて辺境の地に遠征に来ているのだった。
「ちっ!何で第一部隊長であるこの俺がわざわざこんなとこまで出払って来なくちゃいけねぇんだよ。」
この部隊を指揮する男が漏らした不満に、彼の側近で参謀役の副隊長は頭を抱えたい気分になった。
「ザルド様、お気持ちはわかりますがそのような発言は控えたほうがよろしいかと。」
「うるせぇ!そもそも、俺がこんな地位に甘んじているのがおかしいんだよ!本来であれば国軍総隊長の地位は俺のものだったはずなんだ!それをあの女は・・・!」
もうかれこれ10年近く付き合ってきた副隊長はザルドが一度火がついたらしばらくの間止まらないことを知っていた。彼は自身の上官の愚痴を聞き流しながら、すぐ近くにまで迫ってきた戦に思考を移していった。
それは突然のことだった。三人が屋台で買い食いをしていると、緊急事態を報せる鐘楼の音が町中に響き渡った。それに少し遅れて届いた焦りの混じった見張り番の叫び声。
「て、敵襲だぁーーー!!」
その内容に通りにいた人々は恐怖で震え上がった。
「相手はあのトレンタ王国だ‼衛兵、道場生は今すぐ集まれ!それ以外の者は迅速に避難を!」
他の場所にも伝えるために再び走り出した見張り番の背中を見送って、三人は顔を見合わせた。
「これは、もうお祭りどころじゃなくなっちゃったわね。」
「そうだな。はぁ、お楽しみは来年におあずけか・・・。」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!すぐに行くぞ!」
「うん!」「おう!」
三人は避難する人々の流れに逆らって駆け出した。
「衛兵達は村の正門から1km離れた場所に布陣、敵主力部隊を討て。道場生は一般人の避難誘導、護衛、避難所の防衛だ。すぐさま戦闘準備を整え行動にうつれ!」
ここは剣術道場の一室。そこでは正門に常駐している者を除く全衛兵及び全道場生が集い、聖也からの指示を受けていた。この神影村では緊急時にはその時の神童家当主が指揮を執ることになっている。そして、それに従うのは兵役している者だけではない。道場生はその年齢、身分に関わらず(さすがに怪我人や齢が一桁の幼い子どもなどの実戦に耐えられないような者は除くが)有事の際には自ら村人の先頭に立ち、それを守らなければならない。それがこの神影村の掟であり、神童流剣術道場の矜持でもある。
道場生が次々と部屋から出ていく中、三人は部屋の隅に集まっていた。
「俺は部屋に真剣取りに行ってくるから先に行っててくれ。」
聖龍が二人に向けて言葉を発した。神童流剣術道場では、より実戦に近い状態で修練するために刃引きされた真剣を使っているが、中にはこういった緊急時にすぐ対応できるよう片方だけ刃引きされた両刃の剣を使用している者もいる。龍一と麻衣は後者なためすぐに出発できるのだが、聖龍は前者であるため自室に保管してある真剣を取りに行く必要があるのだった。
「ああ、わかった。それじゃ麻衣ん家で合流しよう。」
「気をつけてね、聖龍。」
「ああ、二人もな。」
先に出発した龍一と麻衣が他の道場生の集団に取り込まれて見えなくなったのを確認して、聖龍も駆け出した。
先に出発した龍一と麻衣は逃げ遅れた村人がいないか確認しながら避難所である麻衣の実家に向けて走っていた。
「いまのところ逃げ遅れた人はいないみたいだな。」
「うん、よかった。私達も急ごう!」
「ああ・・・それにしても、何でこんないきなり攻めてきたんだ?トレンタ王国は。」
「確かに・・・。あっ、そういえば。」
「何か心当たりがあるのか?」
「うーん、ちょっと待ってて。もうすぐで思い出せそう。」
足を止めて必死に記憶を呼び出そうとしている麻衣にあわせて龍一も足を止めた。そのまま数十秒が経って、ようやく麻衣が顔を上げた。
「そうだ!思い出した!たしか、トレンタ王国に神器使いが現れたとかなんとか・・・」
「な・・・!本当かそれ⁉」
麻衣からもたらされた情報に龍一は驚愕した。
〈神器〉それは太古の昔、この世界に実在していたと言われる龍種。その中でも〈神龍〉と呼ばれる最上位の個体が寿命を迎え、その身を武具に変えた物で、神器に選ばれ、契約した者には大きな力が与えられる。とされている。推測の域を出ないのは神器自体が発見困難なほど希少であり、その上契約に成功した者などほとんどいなかったために研究が進んでいないからだった。ただ、1つだけ確かなことがある。それは、神器使いが一人でもいれば戦における戦力差など軽々覆せるということ。もしもその情報が本当ならば小さな村である神影村は抵抗する間もなく制圧されてしまうだろう。
ここにきて、初めて龍一の心に焦りが生まれていた。
「なぁ、麻衣。その情報ってどこで手に入れたんだ?」
「いつも通りあの子から聞いたんだよ?」
そう言って麻衣が指差したのは上空を飛ぶ小鳥。当然だがその小鳥は人の言葉など喋らない。したがって小鳥から情報を聞くなど普通は不可能だ。だが、龍一は麻衣の言葉を疑う素振りも見せていない。それは、麻衣に特殊な力があることを知っていたからだった。
「あいかわらず便利だな、その動物と話せる力。」
「ありがと。それでね、トレンタ王国は最近次々と近隣の村を支配して領土を広げていってるらしいから間違いないんじゃないかなぁって。」
確かに麻衣の言う通り、こんな異常とも言える速度で領土を広げるのは神器でもなければ不可能だろう。そして、この近辺で現在生き残っているのはこの神影村だけとくれば王国が攻めてくるのも頷けた。
「これは・・・厳しい戦いになりそうだな・・・。」
「うん・・・頑張ろうね、龍一。」
「ああ、そうだな・・・。」
重い空気を置き去りにするように二人は再び駆け出した。