日常
時は遡って2年前、この世界〈サングリラ〉の南端、秘境とも呼ばれる地に、1つの村がある。その村の名は〈神影村〉。古の時代に生きていたとされる龍の恩恵を受けて形成、発展してきた特異な村。この村には、今でも龍の恩恵が残っているといわれている。
キン!キン!金属を打ち合う音が断続的に響いている。その発生源では、二人の青年が向き合っていた。一人は二本の剣を持った二刀流の赤髪の青年。もう一人は両の手で一本の刀を構えた青髪の青年。今まで動きを止め、互いの出方を見ていた二人は、同時に間合いを詰め、再び剣を打ち合い始めた。
今日は、この神影村唯一の剣術道場の毎年の恒例行事、全道場生120名の中から最強を決める剣術大会の日。そして、今はその決勝戦が行われている。
「はぁぁぁ!」
雄叫びと共に、青髪の青年が刀を薙ぐと、赤髪の青年は交差させた剣で刀を受け、その力に逆らわず、距離を取るように後方に跳躍した。そして、着地と同時に床を蹴り、再び剣の間合いに踏み込むと、左右の剣を交互に振るい、剣戟の間隔を縮めることで相手を追い詰めていく。しかし、青髪の青年はその連撃を凌ぎ切り、うまれた一瞬の隙を見逃さず力を込めた一撃で相手を強引に押し返し、反撃の横薙ぎを繰り出すが、赤髪の青年はまたもやそれを躱して距離を取る。
先程から同じような攻防が続いている。それは、両者の力が拮抗している証拠だろう。先に集中力を切らした方が負ける。そんなギリギリの勝負の中、ついにその瞬間が訪れた。
「しまっ・・・!」
何度目かの跳躍、着地をしたその時、赤髪の青年は足を滑らせバランスを崩してしまった。当然、相手もその隙を見逃すはずはない。
「もらったーーー!」
青髪の青年は刀を大きく振りかぶり、一気に降り下ろした。普通ならば避けることなどできない。だが、その青年は普通ではなかった。
後ろに傾いていたその勢いに逆らわずそのまま倒れることで斬撃を回避し、倒れる前に床に突き立てておいた左の剣を支えにしてすぐさま起き上がり 、そのままの勢いで右手の剣を降り下ろした。大振りの攻撃を空振りした直後でバランスを崩していた青髪の青年にその剣を避けることなどできるはずもなく、剣は肩を強く打ち据えた。
「そこまで!勝者、神崎龍一!」
試合が終わり、龍一は剣を鞘に収め、深く、ゆっくりと礼をした。一瞬の静寂の後、その周りは一斉に大きな歓声に包まれた。
「すげぇ試合だったな!」
「ああ、まさかあの体勢から勝っちまうなんて。」
「やっぱり最強の名は伊達じゃないってことか。」
観客達が口々に感想を言いあっている中、その当事者である龍一はつい先程まで試合をしていた相手に向かっていく。
「はぁ、勝ったと思ったんだけどな・・・流石だぜ龍一。」
龍一が近付いていくと、相手も気付いて声を掛けてきた。その言葉に苦笑を返しながら龍一も言葉を返した。
「ありがとな、聖龍。とはいっても今回勝てたのは俺の力というよりお前のミスのお陰だけどな。」
「は?どういうことだよ。」
意味がわからないという顔をしている聖龍に龍一は説明する。
「俺が足を滑らせた時、わざわざ振りかぶったりしないですぐに振ってれば俺は躱せなかったぞ。」
「あ・・・。」
龍一から指摘を受けた聖龍がポカンとした顔をして会話が止まった。すると、タイミングを見計らっていたかのように一人の少女が近付いてきた。
「お疲れ様、龍一。凄くいい試合だったよ。はい、これ使って。」
「ありがとう、麻衣。」
麻衣は龍一に労いの声をかけながら、手に持っていたタオルと水を龍一に手渡した。
「ありがとう。わざわざ持って来てくれたのか。」
「いいよ、別にお礼なんて。龍一は頑張ったんだから。気にしないで。」
そう言いながら、麻衣は微笑みかける。龍一に。その後も龍一に対して先程の試合について次々と感想を伝えていく麻衣。そんな麻衣の後ろには、ものすごい憤怒の気配が漂っていた。
「おい・・・。」
今まで完全に無視されていた聖龍が、その扱いに耐えきれず声を出した。その声を聞いて、麻衣はようやく聖龍に振り向いた。
「あ、いたんだ聖龍、ごめ~ん、気付かなかった~。」
「・・・お、ま、え、なぁーー!」
麻衣のそのわざとらしい謝罪に聖龍の怒りが限界に達した。だが、その怒りをぶつけることはできなかった。聖龍が叫びを上げたすぐ後に、麻衣がお腹を抱えて笑い出したのである。
「アハハハハ!ごめんごめん。聖龍の反応って面白いからつい。はい、これ。」
そう言いながら、麻衣は今まで隠していたタオルと水を取り出して聖龍に渡した。
「ったく・・・。あるんなら最初から出せよ。」
「なによ、偉そうに。持ってきてあげただけありがたいと思いなさいよ。」
「いや、お前こそ偉そうに―「なんか言った?」―なんでもないです。ありがとうございます。」
「うむ、それでよろしい。」
そんな聖龍の反応を見て、麻衣は満足したように腕を組んでうんうん頷いている。
そんな感じでその後も三人で雑談していると、一人の男性が近づいてきた。
「相変わらず仲がいいな、お前たちは。」
「「あ、師範代。」」
「親父・・・。」
声をかけてきたのはこの剣術道場の師範代である神童聖也だった。(ちなみに、聖龍の父でもある。)
「私達に何か用ですか?」
「ああ。だがその前に・・・龍一、優勝おめでとう。流石の腕前だな。」
「ありがとうございます。」
「・・・で、いったい何の用だよ。」
若干の苛立ちを滲ませながら急かしてくる聖龍に微妙な表情をしながらも、聖也は要件を伝えた。
「そろそろ閉会の儀だ。準備しておけ。」
「「はい!わかりました!」」「・・・。」
閉会の儀は何事も無く進行し、上位者の表彰に移った。姿勢正しく整列する道場生120名の前で、聖也が声を張り上げる。
「これより、今大会の上位三名の表彰を行う!対象者は前に!」
「「「はい!」」」
聖也の呼び掛けを受け、龍一達三人は聖也の正面に並んだ。 (麻衣は準決勝で龍一に負けたが、三位決定戦で勝利していた。)
聖也から表彰を受ける三人の後ろでは、他の道場生達がひそひそと話しをしていた。
「はぁ、結局今年もあいつらか。」
「あの三人が入門してから10年、その間一度たりとも上位三人の面子が変わったことはないからな。」
「やっぱり、あの家系の人間は俺達とは次元が違うってことか。」
外野のそんな呟きは、三人の耳にもしっかりと届いていた。
閉会の儀が終わり、道場生が次々と帰って行く中、三人は門の前で話をしていた。
「今年もやるよね?あれ。」
「ああ、当然だろ。」
「まぁ、別にやらない理由は無いからな。」
三人は毎年この大会が終わると、誰かの部屋に集まって祝勝会をすることが恒例になっていた。ただ、祝勝会といっても、三人でご飯やお菓子を食べながら雑談したり遊んだりしているだけなので、別に普段と何ら変わりはないのだが、三人は毎年この祝勝会を楽しみにしていた。今年の会場である龍一の家へと向かって、三人は並んで歩き出した。
「ただいま。」
「「お邪魔しま~す。」」
「お帰り、それとよく来たね二人とも。」
家に着いた三人を出迎えたのは龍一の父であり、この神影村の現村長でもある神崎龍王だった。
「あれ、父さん?今日は会議でいないんじゃないっけ?」
「ああ、だがその前にこれだけ言っておきたくてな。十連覇おめでとう、龍一。」
「っ‼」
龍王の突然の言葉に龍一は戸惑ってしまった。龍一は今までの人生で一度たりとも父に誉められた記憶がなかったのである。龍王は固まっている龍一の頭をすれ違い様に数回軽く叩いて家から出ていった。その後もぼーっとしている龍一に麻衣は笑顔で囁きかけた。
「よかったね?龍一。」
「麻衣・・・。」
「さ、龍一の部屋にレッツゴー!今日は夜中まで遊び通すんだから!」
そう言って駆け出す麻衣に龍一は苦笑しながらついていくのだった。