レベル88 これはちょっと手こずりそうです
翌日、小鬼達の群れを偵察していたトオル達は、今日も一団が外に出て行くのを見た。
ただ、昨日までとは趣が違った。
木陰に隠れて眺める小鬼達は、武装らしきものをしていた。
とはいえ、かなり粗末なものではある。
棍棒がほとんどで、鉄製の剣や槍を持ってる者はほとんどいない。
防具も同様で、腕につけてる盾も、頭と体を守る防具も木製のようだった。
もちろん、木であってもかなり頑丈だ。
下手すれば一撃で壊れるであろうが、一回は攻撃が無効化されてしまうという事でもある。
そして、攻撃が一回凌がれてしまえば、相手に反撃の機会を与える事になる。
倒すには手間がかかりそうだった。
また、弓を手にしてる者もいる。
どの程度の腕で、どのくらいの威力があるのかは分からない。
だが、距離を置いて攻撃してくるのは厄介だった。
それでも……
(酷い装備だな……)
その印象はぬぐえない。
遠目なので細かい部分までは分からない。
手にした棍棒や盾などはまだ良い。
だが、体に身につけた防具らしき物が酷い。
それを防具と呼んで良いのか躊躇ってしまう。
それは乱暴に切断された木片を、紐で結びあわせた物だった。
確かに体を覆い、頭にかぶってはいる。
体もそれなりには守るだろう。
だが、トオル達が身につけてるような防具ほど丁寧に作られてはいない。
あり合わせの素材で作った、間に合わせの道具としか思えなかった。
小鬼の文化文明、技術程度はその位なのかもしれない。
それでも昨日より厄介にはなった。
また、一番の問題として人数が違う。
昨日は十匹ほどだったが今日は二十匹くらいになっている。
人数が倍になると言うことは、単純に戦力が倍になるというだけでは済まない。
相手がどれほど連携がとれるのか、戦術的に動けるかにもよる。
それでも、人数が多いというのは、それだけで格段に戦闘力を上げる。
それはトオルが身をもって体験してきた事だ。
一人でやっていた時には、一日の生活費分も稼げなかった。
サトシが来て、それが解消された。
その後は人数が増えても一人当たりの稼ぎはさほど変わらなかった。
だが、倒せるモンスターの数は確実に増えた。
だからこそ、集団の威力を過小評価は出来なかった。
(さて、どうするかな)
仕掛けなければならいのは確かである。
だが、どうやってやるか。
下手をうつ事は出来ない。
とはいえ、とれる手がそれほどあるわけでもない。
最終的には力押しになるし、正面からのぶつかり合いになだれ込むだろう。
だが、そうならざるえないなら、そこまでに何をやっていくかを考える事になる。
一番損害が少なく、最大の戦果を得るために。
あれこれ考えて、やり方を決める。
作戦というのもおこがましいが、思いつく限りの事を盛り込んでみた。
上手くいくとは思えない、力押しも良い所である。
だが、他に思いつく手段もなかった。
最初の一手はいつも通り。
サツキによる魔術からになる。
これで動ける者の数を減らさないとどうにもならない。
それはいつも通りに小鬼達を覆い、猛烈な眠気を与えていく。
何匹かがその場に倒れていくのが、トオル達の目に映った。
だが、さすがに今回は人数が多いせいもあって、効果範囲から外れる者もいる。
小鬼の一団全体を覆うくらいに範囲を拡大する事もできるが、それだと威力が落ちるという。
確実に眠らせるために、トオルは範囲よりも威力を選んだ。
戦術としてそれが正しいかどうかは分からない。
多少効果は薄くても、範囲を拡大した方が良かったのかもしれない。
だが、それで行動不能になるのがほとんどいなかったら最悪だ。
可能性よりも確実性をトオルは選んだ。
それで動けなくなった連中については、他の者達で片付けていくしかない。
幸いにも、効果範囲にいた連中はほとんど眠りについてくれた。
二十匹中、十一匹。
ほぼ半数がその場に崩れ落ちる。
すぐに起き上がってくる者もいるだろうが、それでかまわない。
ほんの少しの間だけでも行動不能になってくれるだけで、負担が大きく違ってくる。
その間にトオルとレンは動き出す。
小鬼達が進行しようとしていた方向に。
左右に分かれて相手の動きを制限するように。
もちろん、姿が見えないように身をかがめて。
その程度だったらすぐに気づかれてしまうだろう。
だが、小鬼達は、立ち上がってるサツキ達の方に目がいっている。
意識がそちらに集中してるおかげで、トオル達が気づかれる事はなかった。
襲撃を受けた直後で、小鬼達も冷静な判断力と注意力が低下していたかもしれない。
幸運が重なってるだけかもしれないが、今はトオル達に有利に事が動いていた。
小鬼達は、立ち尽くしているレンに襲いかかっていく。
その一方、何匹かはその場に残り、倒れた仲間を起こそうとしていた。
トオルとレンは、そいつらに向けて弓を向け、石を放った。
両方とも命中していく。
当たった者達が即死という事にはならないが、行動を邪魔する事には成功する。
それに、即死は避けられても今後生きながらえる保証にはならない。
当たり所によれば、何分後か何十分後か、あるは何時間後かに昇天の可能性もある。
そうでなくても、体の一部が不自由になる事はありえた。
レンの投石はそこまで威力はない。
だが、衝撃は小鬼をよろめかせ、当たった所に重みを与えていく。
頭にあたれば脳震盪を起こす可能性もあった。
残念ながら体に当たったのでそうはならない。
しかし、遠心力を伴って飛んできた石は、小鬼から立ち向かう気力を喪失させた。
『痛い』という単純な感覚は、勇気よりも怯みをおぼえさせる。
希にそれに立ち向かうような気質の者いるが、小鬼にそんな特性を持つ者はいない。
皆無ではないが、まず存在しない。
この小鬼もその一人…………いや、一匹だった。
すぐさま仲間を置いて逃げだそうとする。
どこに、と一瞬考えるが、すぐに答えを出す。
この小鬼は、度胸も勇気も持ち合わせてはいないようだったが、多少の賢さは備えていたようだった。
それは狡さと紙一重というか同等のものでしかないが。
それでも、的確に逃げる方向を見つけだしていた。
足がそちらに向かう。
レンの方に。
弓と投石器の特性の違いというべきか。
用いる者も技量にもよるが、連射速度ならば弓の方が上である。
それに威力が違う。
石なら、当たっても痛いだけ…………最悪打撲か骨折はするが、体を突き抜ける事はない。
それに、速度も違う。
飛んでくる矢よりは避けやすい。
その違いが、脅威としての程度の差を分けた。
それに、何もない所に逃げても、矢と石が飛んでくる。
下手すれば、遠距離攻撃をしかけてる二人が追ってくるかもしれない。
だったら、確実に仕留められるであろう方を倒して逃げた方がいい。
少なくとも、追っ手は減る。
そしてどちらが倒しやすいかと言えば、女の方であろう。
少なくとも体力の面では男よりは組み伏せやすい。
それに、レンの方に近づけば、弓による攻撃もしにくくなる。
そこまで読んでいたかどうかは分からないが、逃げだそうとした小鬼は、割とまともな方向を選んではいた。
幸いな事に、その場にいた他の小鬼も、走り出した小鬼の後をついていく。
合わせて三匹。
一人しかいないレン相手ならどうとでもない。
そう思っていた。
レンの前に、盾を構えた男が立ち上がるまでは。
トオルもレンを一人で行動させるつもりはなかった。
アツシを伴わせ、何かあった場合に備えさせていた。
予想外の事だったのだろう、小鬼達の足が止まる。
だが、アツシはかまわず小鬼達に接近し、一撃を見舞っていく。
レンも、投石器から手槍に持ち替えて参戦する。
三対一と思っていたのが三対二になって、優位性がなくなる。
数において倍以上を確保出来なければ、小鬼の方が不利となる。
身につけた技量も関わってくるが、個体の能力からして、それくらいの差があった。
差がこれだけ縮まってしまたったらどうしようもない。
アツシの振りおろす刃と、レンの突き出す穂先が小鬼をとらえる。
振りおろした剣は盾に遮られたが、衝撃までは吸収できない。
小鬼は膝をつく。
動きが止まる。
アツシは刀を左から右に振り、盾を吹き飛ばす。
腕ごと持っていかれた小鬼は、無防備な状態をさらす。
鎧ともいえない粗末な防具を身につけた体を無視し、アツシは刃を剥き出しの首に食い込ませた。
それなりに刀剣を扱う技術がないと難しい動きであるが、それなりの腕は既に身につけている。
首から血を吹き出した小鬼は、その場に倒れていった。
レンも同じようなものだった。
振り回した手槍で盾を弾き、剥き出しの胴に槍を突き刺していく。
一撃一撃で致命傷にはならない。
だが、何度も繰り出され、体を貫通していく刃は、確実に相手の命を奪っていく。
何とか体勢をたてなおそうとする小鬼だが、その度に手槍で盾を、武器を弾かれる。
確かにレンの力は男に比べれば弱い。
だが、それなりの長さの棒を、それなりに振り回せば遠心力が味方をしてくれる。
それに、人間の女は小鬼の男よりは体格に恵まれている。
力においてはほぼ同等であろう。
数で押し切れればいいが、その優位性は失われている。
棒や杖のごとく振り回される手槍によって攻撃も防御もはじき飛ばされていく小鬼は、体に次々と出血坑を穿たれていった。
その意識が血液と共にからだから流れ落ちていくまで、そう長い時間はかからなかった。
残る一匹の逃亡者は、これはまずいと逃げる方向を変える。
それは懸命な判断だった。
走りながら空いてる場所へと向かい、何も考えずに全速力で逃げる。
ただ、トオルの射程範囲から逃れられなかったのは残念な事だった。
小鬼の後ろに回りこんだトオルは、容赦なく弓を引き絞って矢を放つ。
一発、二発、三発。
ろくろく狙いもつけなかったが、一直線に走っていく小鬼は狙いやすい。
次々と背中に当たっていく矢が。小鬼の足を止める。
それでも緩慢に走ろうとはしているようだが、走り出したトオルには及ばない。
後ろから聞こえる足音に振り返った小鬼は、自分に繰り出される刀を見た。
次の瞬間、それが首筋をとらえた。
トオル達の方はそれで終わった。
残る六匹、サツキの方に向かっていった者達も似たような結果になった。
サツキが一人と思ったのか、小鬼の大半はそっちに走っていった。
もちろん、魔術師一人を残すわけがない。
間にサトシとタカユキ・シンザブロウが控えている。
身をかがめていた三人は、六匹が接近するのにあわせて立ち上がり、攻撃を開始していった。
サトシの槍が、横殴りに小鬼達を打ち、三匹を吹き飛ばす。
タカユキとシンザブロウは基本通りに盾を構えて小鬼を迎えていく。
小鬼の攻撃は結構激しいものだったが、盾のおかげでそれを防ぐ事ができた。
むしろ、攻撃の間に出来る隙に、難なくマシェットを打ち込んでいく。
トオル達には及ばないが、二人も既にレベルを上げている。
振り回すだけの棍棒なぞよりも早く的確な一撃を入れられる。
すぐに小鬼達は、防具が覆ってない部分を打たれて血を流しはじめていく。
トオル達に比べれば狙いも威力もまだ甘いが、小鬼達の命を奪うには十分だ。
この中では新人で腕も一番下の二人だが、与えられた仕事は確実にこなしていった。
サトシはサトシで、柄の長い武器を使っての牽制をしていく。
さすがに敵の数が多いと対応しかねるものがある。
負ける事はないが、逃げ出したり、突破されると面倒だった。
後ろにいるサツキに危害が及ぶ可能性がある。
そうさせないために、槍を振って相手の動きを遮り、引くも進むも出来なくする。
タカユキとシンザブロウが小鬼を倒すまで場を制御すればよい。
それはそれで難しい事だが、それをなんとかこなしていく。
程なく一緒にいる二人が敵を片付ける。
後ろにいるサツキも、新たな魔術を用いて、サトシの前にいる四匹を捕らえていく。
相手の意識に働きかける、『朦朧の闇』とかいう魔術であろう。
眠らせるわけではないが、相手の動きを緩慢にさせる。
それが四匹を捕らえていった。
サトシ達が四匹の小鬼を倒すまで、さして時間はかからない。
眠りに落ちた小鬼を仕留めるのはもっと楽だった。
さすがに起き出す者もいたが、その時にはトオル達が既に駆けつけている。
周囲の状況を把握する間もなく、十一匹の小鬼は再び地に倒れ伏していった。
「さてと」
身につけていた装備を剥ぎ取り、ついでに素材も剥ぎ取る。
粗末な武具に価値はないが、万が一回収されて他の小鬼が装着すると厄介だ。
なので、回収して適当なところで処分する。
そういった事を終えて、周りを見渡す。
幸い、小鬼の姿は見えない。
見えないだけで、草に隠れてるかもしれないが。
確かめてる余裕もないので、この場からの離脱を優先する。
「行くぞ」
「って、兄貴。
そっちだと逆方向だよ」
「分かってる。
迂回していくんだよ。
一直線に戻ったら、こっちの拠点がばれるかもしれないだろ」
「なるほど、って。
それじゃ、帰りが凄く長くなるんじゃ」
「そうだな」
「うわあ……」
「尾行もあるかもしれないから、それくらいは我慢しろ」
なだめながらトオルは歩き出す。
近くの茂みまで結構距離がある。
草の中を腰をかがめて移動するとなると、かなりきつい。
それでも、いるかもしれない追跡を誤魔化すために、わざと遠回りをしていく。
(きっついな……)
自分でもそう思いながら。