レベル9 よりよい道具は仕事の効率を格段に向上させてくれます
装備の調達、といっても特別難しいことはない。
周旋屋に注文をすればそれなりのものは揃えてくれる。
自前の道具は、仕事の関係上それほど必要のないトオルも、紙や筆に墨などを手に入れるために利用する事がある。
在庫があればその場で手に入るし、なくても取り寄せてくれるのがありがたい。
もちろん電話もインターネットもない世界である。
注文して届くまでに、早くて一週間。
通常だと一ヶ月くらい待つ事になる。
(今回は結構かかるだろうな)
トオルは何となくそう思っていた。
何せ注文するのが武器と防具である。
そうそう簡単に手に入るとは思えなかった。
だが、そこは冒険者もかこってる周旋屋。
トオルの予想はあっさりと覆った。
「こんなんでどうかな?」
トオルの代わりにあれこれと注文してるマサトに、周旋屋直営の雑貨屋はあっさりと刀剣を出してきた。
普段は日用品や嗜好品(お菓子やタバコや酒など)を置いてる店に、まさか武器まであるとは思ってもいなかった。
「意外だ……」
「なにが?」
ぼそっ、と呟いたつもりのトオルにマサトが聞き返してくる。
「あ、いや、武器とかがすぐに出てくると思わなくて」
「そうか?
俺たち、結構頻繁に修理をしたり買い換えるけど、在庫がないって事は滅多にないぞ」
それで合点がいった。
ここは冒険者も利用する店である。
必要な物や、頻繁に取り替える物なら在庫も確保してあるのだろう。
そこは前世の日本とは常識が違う。
そもそも日本では刀剣などは美術品・芸術品の扱いでもあった。
また、曲がりなりにも武器なのでそう簡単には手に入らない。
しかしこの世界では、武器は必要不可欠な必需品に近い。
前世の日本でも包丁や、作業用のナイフなどの刃物が簡単に手に入ったように。
この世界での武器は、そうした扱いに近いのだろう。
何せモンスターが徘徊している。
無防備で外に出ることなど自殺行為に等しい。
納得したところでトオルは、店員が持ってきた刀剣を手にとってみた。
出てきたのは、二振り。
刃渡りが長く幅の広い鉈を大きくしたような刀と、これまた鉈に切っ先をつけたような小刀。
刃渡りのある方が、前世でマシェットやマショーテと呼ばれてるものに似ていた。
山刀という呼び名もあったかな、と前世の記憶をたぐる。
もう片方は、狩猟刀と呼ばれる狩人用のナイフに近い。
とはいえ、刃渡りは三十センチほどもあり、十分凶器となりえる大きさだった。
「これなの?」
ファンタジーなどでよく見る、いわゆるブロードソードなどの直剣とか、サーベルのようなものではない。
てっきりそういう物が出てくると思っていたので意外だった。
「ああ。
森とか林の中に入り込んでくときには、これで枝葉を切り落としていけるからな。
それに、狩猟刀は色々使えて便利だ。
モンスター相手の戦闘だとちょっときついけど、いざとなった時のためにな」
「へえ…………」
実戦経験のないトオルには、それがどこまで正しいのか分からない。
だが、そこそこの刃渡りのあるマシェットなら戦闘にも使えそうだった。
狩猟刀も、戦闘はともかく、道具としては便利そうに思えた。
「ま、狩猟刀も組み合った時とかには役立つけどな」
「モンスターと?」
「場合によってはな」
詳しい理由まで説明はしてくれないが、マサトが言うのだからそれほど間違ってるとは思えなかった。
できればモンスターとは組み合いたくはないが。
「とりあえずこんなもんだろ。
出来れば、数打ちのやつでいいから剣や刀があるといいんだけど」
「駄目なの?」
「いや、値段がそれなりにする。
数打ちでも、五銀貨くらいだ。最低でな。
払えるか?」
日本円にして、約五万円ほどだろうか。
かなり厳しい値段だった。
蓄えは銀貨にして二十枚(日本円にして二十万円ほど)くらいはあるが、その全てを使うのは難しい。
一時的にでも仕事にありつけなかったりしたら、それだけで生活が成り立たなくなる。
「そういうのはもっと稼いでからだ。
最初は、こういう安いやつとか、物持ちの良い奴を揃えておいた方がいい」
その言葉通り、マシェットは一振り五千銅貨でお釣りが出るほど安い。
ブッシュナイフという別名もあるように、どちらかというと草木を切り落とす生活道具に近いからだろう。
また、狩猟刀はこれとは逆に一振り二銀貨ほどもするほど高い。
その分しっかり鍛えられてるようで、一目見ただけでそこらの刃物との違いを実感できる。
「マシェットはよく使うだろうから消耗も激しい。
そっちは買い換える事を頭に入れておけ。
できれば、予備も早めに買っておいた方が良い」
使用頻度の問題なのだろう。
よく使うなら壊れる可能性も高くなる。
狩猟刀は緊急時や、何かしらの作業で用いるなら、それほど壊れる事はないという事か。
「最初はそんなもんだ。
おいおい良い物を揃えていけよ」
そう言うと、今度は防具にうつっていく。
「とりあえず、これを持ってみろ」
そう言われて渡されたのは、縦に長い盾だった。
一応手に持てるように取っ手はついているが、結構重い。
「かなりずっしりくるんだけど」
「そういうもんだ」
「それに、大きくない?」
「そういうのを選んでるからな」
トオルが持たされてるものは、下端が床についていながらも、上の縁が胸の所までくるような大きさだった。
おそらく百五十センチくらいの高さがある。
横幅も、だいたい五十センチほどで、少し腰を屈めば、体のほとんどが隠れてしまう。
守りについてはかなり有利だろうが、持ち運びや攻撃という面でもかなり制限を受けてしまう。
また、下のほうに二十センチから三十センチほどが三角形になって尖っている。
そのため、地面におろしていても、どうしてもバランスが悪くなってしまう。
立てているだけでも結構神経を使う。
「こんなんで本当にいいの?」
「ああ、これがいいんだ」
はっきりと言い切られてしまうと反論もできない。
「あとは体の方だな」
そう言って更に別のものを持ってこさせる。
「とりあえずそれを着てみろ」
そういって出されたのは革の上着だった。
ただ、衣服として用いられる滑らかなものと違い、プラスチックのような硬さがある。
「革鎧?」
「ああ、そうだ」
これもファンタジーでおなじみの防具の一つだった。
革を硬くなるように加工したものだ。
ゲームなどでこれが出てくる度に、革で鎧を作ってもあんまり意味がないんじゃないかと思っていた。
しかし実際に目で見て手で触ってみると、そんな考えが吹き飛ぶ。
どうやって加工してるのか分からないが、硬くなった革はかなり頑丈で、ちょっとやそっとの刃物では貫通できそうにない。
鉄には負けるだろうが、普通の衣服なんかとは比べ物にならないほどの硬さを持っていた。
「これにするの?」
「まあ、待て。
とりあえずそれを着て少し動いてみろ」
「はいよ」
素直に袖を通し、動き回ってみる。
少し重みを感じるが、支障になるほどではない。
ただ、体をひねったりしようとすると、やはり制限を受ける。
硬いということは、防御力があるかわりに動きを制限してしまう。
「ちょっと動きにくい」
「だろうな。
それじゃ次にこれ」
そう言って別の物を渡される。
今度も革の上着だった。
ただ、革鎧と違って、上着自体は普通の衣服とさして違いはない。
しかし、表面に鉄板が縫い付けてあり、それらが要所を守っている。
鉄板自体は薄いので、防御としてどれだけ役立つか分からないが、革よりははるかに頑丈であろう。
また、身につけて動いてみても、硬くした革鎧ほど動きを阻害しない。
「こっちの方が動きやすいね」
「まあな。
あとはどっちにするかだ。
値段はほとんど変わらない。
硬さか、動きやすさかだ」
「うーん」
さすがにこれは悩む。
戦う事を考えれば硬さは大事だと思えた。
しかし、動きにくくなってしまっては意味がない。
「どっちの方がいいのかな?」
「こればかりは人それぞれだな。
少しでも防御を硬くしたいと思う奴もいるし、動きにくいのは困るってのもいるし。
俺もどっちとも言えん」
「じゃあ、俺が決めるしかないのか」
「そういう事だ」
あらためて選択権を与えられた事を痛感する。
そして、選べるというのは考える事を要求される事だとも実感する。
選択の自由があるというのはありがたいが、どちらか一つしか選べないとなると頭を使う。
よりよい方をなるべく選びたいが、どちらが優れてるのか決めかねる場合は特に。
(まいったな……)
選ばれるより選ぶ立場になりたい、というのは誰もが思うところだろう。
だが、そうなってみると選ぶことの困難さに直面してしまう。
命にかかわる事だから特に慎重になる。
決めないという選択肢はない。
どちらか一つなのだ。
だが、体を動かす事を考えれば、負担は少ない方がいい。
防御を盾にまかせるなら、体のほうはある程度身軽の方がいいと思えた。
「じゃあ、こっちの鉄板付きの上着にするよ」
台の上に並べた二つを何度も交互に見ての事だった。
「それじゃ、あとは寸法をとるか」
「はい?」
「これは見本だから。
お前の体型にあわせて作ったものじゃないからな」
このあたりは衣服と同じなのだろう。
体にあわせたものの方が着心地がいいと聞く。
鎧の場合、ちょっとした大きさの違いが致命的になるかもしれないし、ここはきちんとしておいた方がいいのだろう。
あらためて胴回りや腕の長さなどを測っていく。
盾の方は特に調整も必要ないとの事なのでそのままもらっていく事にした。
マシェットと狩猟刀の方も。
「大事にしておきな」
言われるまでもなく、即座に保管庫に放り込むつもりだった。
大して高いものではないかもしれないが、トオルにとっては全財産の大部分を注ぎ込んで買ったものだ。
盗まれたり失ったりしたくない。
「でも、狩猟刀は身につけておいた方がいいかもな」
「そうだね」
そこは思案のしどころだった。
この世界、前世より治安が悪い。
まして冒険者というのはたいていが荒くれだ。
地位や出自に関係なく誰でもなれるのだが、それは社会の下層が集まりやすいという事を意味している。
差別したり見下したりするわけではないが、どうしても手癖の悪い連中が多い。
もちろんそんな人間ばかりではないが、盗みや喧嘩に気をつけるためにも、常時武器を持ってる必要もある。
そうでなくても小刀などは生活道具としてそこらにあふれている。
戦闘が目的でなくても、そういうのを持ってるというのは、何かあった時に血を見る可能性が高くなってしまう。
巻き込まれないように、常に何かを携帯しておくのは、危険防止のためにも必要な事だった。
狩猟刀は、大きさとしても携帯できるギリギリであったし、身につけておいてもさほど不自然ではない。
冒険者ならなおさらだ。
(工作用のカッターみたいなもんか……)
ちょっとしたナイフなどの事だ。
それらを携帯してるのは別におかしな事ではない。
なので、狩猟刀は常時身につけておくことにした。
「あとは、鎧ができあがるのを待つだけだ。
それまでは、もうちょっと訓練を続けるぞ」
「ああ、頼むよ」
注文して制作して、となるとどうしても時間がかかる。
受け渡しまで一ヶ月はみてくれ、と言われていた。
それまで訓練が出来るなら、その方がありがたかった。
そんな考えは、次の訓練の時に即座に消え失せたが。
「き、きつい……」
なまじな肉体労働よりもきつい訓練に、血は吐かないにしても、反吐は出そうだった。




