行間小話3 女三人集まれば姦しいのに、花も色気もありませぬ
「お疲れー」
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
仕事が終わって帰る途中、声をかけあっていく。
「今日もきつかったねー」
陣地の中を駆け巡っていたレンは、本当に疲れていた。
可能な限り動く幅を減らす努力はしてるが、どうしても右に左に走る事になってしまう。
「毎日大変だよね」
「まあね。
サツキも魔術使いまくってたけど」
そちらもそちらで大変である。
魔術を用いる事で気力を消耗すれば、それなりの負担になる。
体を動かしてなくても、全力疾走を続けた後のような疲労をおぼえる。
あるいは、不眠不休を何日か続けた後のような朦朧とした状態に陥る。
例えるのは難しいが、魔術を用いるというのは、そういった疲れをおぼえる事であった。
「でも、レンやチトセちゃんみたいに頑張ってるわけじゃないから」
「そんな事無いですよ。
サツキさんやレンさんみたいにモンスターを相手にしてるわけじゃないですから」
そう言うチトセであるが、彼女も結構頑張っている。
倒したモンスターを回収して解体して。
それは結構体力を使う。
女の子という事で体力がない彼女は回収には回ってないが。
その分、並べられた死骸の解体で頑張っている。
幾ら動いてないとはいえ、切り裂いて必要な器官を取り出すのは大変だ。
何人かで分担してるとはいえ、一日に倒すモンスターは数百から一千に到達する。
必要な部分だけ切り取ればいいとはいえ、一人当たりの解体数は一百を超え二百に及ぶ。
それをこなしてるのだから、疲れないわけがない。
「ま、今日もきつかったって事で」
「そうね」
「うん」
いつも通りの感想に落ち着いていく。
「でも、よくやるよね」
「何が……?」
「ウチのリーダーさん」
「トオル兄ちゃんが?」
「うん」
荷物を片付けながらの雑談に思いもよらない名前が出てきた。
サツキとチトセは「いきなりどうしたの?」という顔になる。
「いやさ、ウチらがやってる事を考えてみるとね。
なんか、凄いなあって」
「まあ、それは確かに」
サツキは素直に頷いた。
妹の方は、「そうかなあ……?」と首をかしげている。
このあたり、それぞれの立場というかトオルとの接点の差が大きいのだろう。
「そんなに凄いかな、トオル兄ちゃん。
村に居るときは喧嘩とか結構負けてたし」
そういう所を見てるだけに、それほど評価が高くないらしい。
おまけに幼少の頃から再会するまで、何をしていたのか全く知らない。
ここ一年で色々と知らない面を見てきているが、子供の頃の、否、第一印象というのはそうそう変わらない。
「そんな凄いかな?」
それがチトセの素直な感想だった。
「そんな事ないよ」
やんわりと、たしなめるというよりは、包み込むような感じで否定が入る。
「トオルさんは凄いよ」
サツキの正直な感想だった。
魔術が使えるとはいえ、大した事が出来るわけではない。
そんなサツキを受け入れてくれた。
それだけでも凄い事だった。
「あの時、ここに入れてくれなかったら、私はこうしていなかったし」
「私もだね、それを言うなら」
レンも続く。
「普通、実績もないのを入れるような一団なんてないし。
トオルさんはそういうのこだわらないからね」
「うん。
私も、解体の手伝いをしてくれればいいって言われて。
魔術の方はあまり期待してなかったみたいだけど」
それはさすがに悔しかったが、実力を考えれば仕方ないと思ってもいた。
だからこそ、試しに魔術を使ってみよう、となったのにも驚いた。
「おまけに素材を触媒に使ってもいいって言うし」
「……それは、ちょっとは考えてもらいたいです。
解体したそばから持って行くんだから」
「ごめんなさい、どうしても必要だから」
「サツキさんが悪いわけじゃないよ。
片っ端から持って行く兄ちゃんが悪いんだから」
実際にはそんなわけではない。
持って行く素材は、多くても一日一百個もない。
サツキのレベルが上がった事で、触媒を用いて魔術を強化するにしても、大量消費する事はなくなっている。
ただ、苦労して手に入れた物をトオルが持っていくのが気にくわない、というのが理由の大半だった。
もっとも、消費した以上の稼ぎをもたらしてるので、全体としては黒字になっている。
そこはサツキもレンも、何よりチトセも分かっている。
分かっているけど割り切れないでいる。
「でも、そういのもまとめて、トオルさんは凄いと思うんだ」
チトセの言葉に苦笑しつつも、レンはそう言った。
「あの年齢でこれだけの事やってるわけじゃん。
普通じゃないよ」
「それもそうね」
「そっかな?」
「時々さ、この人何歳なんだろうって思う事もあるし」
「それは、そうかも」
「老けてるってこと?」
「いや、そうじゃなくてね」
肉親だからなのか、チトセは容赦がない。
時折、どう返していいのか困るような事を言う。
「あいかわらず容赦ないね」
「トオルさん、そこまで老けてるってわけじゃ……」
「あれ、そう思ってるんじゃないの?」
「いやまあ……」
「その、少しは……」
実年齢通りに見えないのは確かだった。
「なんていうか、落ち着いてる所もあるし」
「雰囲気が違うって言うのかな」
とりあえず、悪い意味で年齢通りに見えないらしかった。
「ふーん」
チトセには理解不能であった。
「でも、兄ちゃんがオッサンくさいところはどうにかしたいよね」
「え、いや、それは」
「そういうわけじゃないから」
慌てて二人はチトセの言うことを否定にかかる。
トオルの事をそういう風に見てるというわけではないのだ。
言葉通り、実年齢以上に大人びている、と言っているだけで。
ただ、彼女らが想定する大人という年代より更に高い年齢に見える事もあるが。
いっそ、老成と言ってもよいくらいに。
それもまた偽らざる本音なので、チトセの言葉を否定しきれないでいる。
「とにかく!」
話しをここで終わらせるために、レンがちょっと大きめの声をあげる。
「凄いよ、トオルさんは。
これだけの事してる人は他にいないって」
「なんか納得できないけど」
「チトセちゃんは身近すぎるから分からないのかもね」
こればかりは仕方ないだろう、とサツキは思う。
「でもね、チトセちゃんがいるここを作ったのはトオルさんだから。
それは分かってあげてね」
「そうそう。
ここが無ければ、チトセちゃんも行くところは無かったんだから」
「うーん」
事実である。
トオルがもし普通に周旋屋からの事務仕事をしているだけだったら、チトセを受け入れる事は出来なかっただろう。
冒険者としてやってきて、様々な積み重ねをしてきたからこそ、家を出てやっていられる。
故郷から出て来てそれなりに苦労してたサツキとレンにはそれがよく分かる。
実体験がないからチトセには理解しにくい事であったが。
「そうなのかなあ」
「そうだよ」
「間違いないって」
サツキの、そしてレンの言葉がチトセの疑問をぬぐっていこうとする。
それが本当かどうかは判断しかねるが、二人がそう言うなら、と納得する事にした。
「それじゃ、残りも片付けますか」
レンの言葉に、サツキが「はいはい」と応じる。
二人に続いてチトセも残った素材を小屋の中に入れていった。
作業が終わって外に出て。
館の方へと向かっていく。
部屋に戻って装備を外して食事をして。
お風呂はそれからになるだろうか。
風呂といっても体を浸すほどの浴槽があるわけではない。
足首からふくらはぎくらいまで浸る程度の足湯が基本だ。
そこからお湯をすくって体にかける、という事はあるが。
どちらかというと、蒸し風呂の方が近いかもしれない。
それでも疲れを取る事が出来るし、体の汚れを流せる。
一日の終わりに足も体も温めるのは、男女問わず楽しみにしていた。
「早く足を浸したい~」
「ご飯を食べてからよ」
「分かってるって」
「今日は、どんな具が入ってるかな」
「いつもと同じ、野菜と肉でしょ」
「魚かも。
この前行商さんが来てたし」
そんな事を言いながら食堂へと向かう。
村の方に何人か派遣されていったとはいえ、代わりに入ってきた六人がいるので相変わらず狭苦しい。
言ってはなんだが、もう少し空間に余裕が出来ると思っていただけに、誰もが落胆した。
それでも動いた後の空きっ腹の前では些末な問題となっていく。
その途中。
食堂へと向かう足の先に、見慣れた背中があった。
それ程大きいというわけでもない背丈と肩幅の後ろ姿。
微妙に丸まった背中に、若干落ちてる肩。
おそらく俯き加減になってると思われる角度を示してる後頭部。
「トオルさん……?」
サツキが名前を口にする。
呼びかけるつもりはなかったのだが。
小さく、呟くような声だったので、普通なら気づかれる事も無かっただろう。
だが、この時はどういうわけかトオルの耳に届いたようだった。
「ん?」
振り返った徹の、表情の無くなった顔が三人に向けられた。
「やあ……」
精細のない顔色と、ひからびたようにかすれた声。
その全てから生気が感じられなかった。
「これからご飯?」
「え、ええ、そうです」
「さっき、片付けが終わったから」
「そっか。
ご苦労様」
ねぎらいの言葉が抑揚のない声にのってくる。
サツキもレンも、「あはははは」と乾いた笑いをあげるしかなかった。
笑顔を返そうとしたが、顔の筋肉がひきつってしまう。
一緒にいたチトセは、
「兄ちゃん、死んじゃいそう……」
と漏らした。
心配しての事ではない。
驚きすぎて呆然としたためである。
そんなチトセの言葉通り、トオルは死にそうな顔をしていた。
既に死んでるんじゃないかとすら思えてしまう。
「大丈夫なの?
疲れてない?」
唖然としながらレンも訊ねる。
「まあ、何とかなってるよ」
とてもそうは見えなかった。
「それじゃ。
これからトモノリ様の所に行くんで」
「あの、ご飯を食べてからの方が……」
「後で食べるよ。
残しておいてね」
「はあ…………」
止めた方がいいとは思ったが出来なかった。
返事とも言えない返事をしたサツキは、ゆらりゆらりと歩いていくトオルを見送るしかなかった。
「……最近、夜はトモノリ様の所で打ち合わせしてるんだってね」
「うん」
「兄ちゃんらしくない」
考えてみれば凄い事である。
平民・庶民が領主と仕事の話しをしてるのだから。
陳情とかとは違う。
なのに三人は、トオルが凄いとはとても思えなかった。
むしろ憐憫を抱いてしまっている。
「大変そう」
「大丈夫かな……」
「らしくない事してるよね」
チトセは相変わらず辛辣というか評価が辛いが、多少は気遣っているような口ぶりになる。
よろよろと歩く姿が哀れみをさそうのだろうか。
「…………がんばってるよね、我らのリーダーは」
「そっかなあ」
「がんばってはいるよね」
何一つ格好良くはない姿を見送りながら、三人は少しばかり引きつった笑みを浮かべていた。
「でもまあ、頑張ってるよね」
「うん」
「もうちょっとしっかりして欲しいけど」
そう言いつつも非難や否定の声は上がらなかった。




