行間小話2 年長者と先輩、かく語りき…………といえば格好良いでしょうか
「ただいまー」
周旋屋に帰ってきた戦士が、受付のおっさんに声をかける。
「おう、おかえり」
冒険者を長年相手にしてきたおっさんも、いつもの事として返事をする。
「どうだった、今回は」
「いつも通りかな。
可もなく不可もなく、モンスターもそんなに出る事もなく」
「そいつは良かった」
「代わりに追いはぎが出てきたけどね」
「あらま」
「そんな大勢でもないし、撃退はできたけどね。
一人二人は返り討ちにできたかな。
逃げ出した他の連中は分からんけど」
「災難だったな」
「全くだよ。
被害が出なくて助かったけど」
「お前さんもだけど、お前さん達に襲いかかった連中もだ」
なかなか酷い言いぐさである。
しかし理由がないわけでもない。
この戦士、マサトと言うが、二十代半ばほどにしてかなりの手練れである。
レベル10の技能を筆頭に、戦闘系統の技能を3~5で幾つか身につけている。
性格・言動ともに穏和でのんびりとした所はあるが、舐めてかかって良い相手ではない。
少なくともこの周旋屋事務所においては上位に入る。
兵隊崩れならともかく、無抵抗の行商人などを襲ってるような連中がどうにか出来る相手ではない。
言われたマサトは、「ひでえなぁ」とぼやいているが、おっさんは半分くらいは本気で追いはぎに同情していた。
「それじゃ、襲われた場所を教えてくれ。
あとで通報しておかなきゃならんからな」
「はいはい。
ええっと、あれは確か……」
思い出しながらおっさんが取り出してきた地図に目を向ける。
これがモンスターだったら、通報とはいかない。
この世界、そこらじゅうにモンスターはあふれている。
そんなものに襲われた程度では、政府などが動く事はほとんどない。
一定以上の強力なモンスターだったらともかく。
それらに襲われるのは、不運な事故や天災にみまわれたようなものととらえられた。
倒しても倒しても出現するのがモンスターである。
一時的にその場にいるモンスターを壊滅させても、ほどなく回復する。
過去において何度も軍勢を繰り出した大規模な討伐が行われたが、これが覆る事はなかった。
例外的に、かなり強力なモンスターは、再度出現するまでかなり長い時間がかかると言われている。
なので、モンスターについては基本的に通報しても、出現記録にはなるだろうが、政府などが動く事は無い。
ただ、襲ってきたのが人間となると話が変わる。
モンスターと違って、倒せば確実に被害が減る。
治安機関に通報すれば、動く事もありえた。
なにぶん予算も人手も、何よりもやる気に欠けてるので行動する事はなかなか無いが。
それでも、何かしらの組織力学やら利害やら功名やら手柄やらなどが絡むと出動する事もある。
その場合、該当する場所の調査を行い、目的の人物・集団を逮捕、あるいは殲滅する事になる。
まず滅多にない事ではあるが。
それでも、出没情報が届けられてから何週間かは、該当する地域の巡回が増える。
たったそれだけではあるが、それだけで賊の出現はかなり低下する。
何もしないでいるよりは良い。
ただ、通報する理由はそれだけというわけではなかった。
「これでまた仕事が増えるかな」
「どうだかなあ。
一応見知った所には警告を出しておくが」
おっさんの言う見知った所というのは、懇意にしてる行商人や、彼らが結成してる同業者組合などになる。
その他、町の商工会なども含まれる。
おっさんが言わずとも、マサトが護衛していた行商人…………すなわち、襲撃された張本人が周囲に警告をしてるだろうが。
それでも、護衛していた者からの情報として、関係してる各所に警告を出しておく事には意味があった。
マサトの言葉が示してるが、仕事が増える可能性があるからだ。
賊が出現したとなれば、警戒を強めるのは当然。
特に、該当する地域に出向く者達ならば。
それを見越して警告を各所に流していくのである。
襲撃を受けた行商人だけに任せないのは、情報の拡散が狭い範囲に留まらないようにするためだ。
どれだけ顔が広かろうと、行商人だけでは情報を拡散する範囲は限定されてしまう。
それでは、依頼する者がそれほど増えない。
そうならないようにするための措置だった。
言うなれば、これは営業でもあった。
直接伝えに行くという利点はもう一つある。
伝えたその場で仕事を発注される可能性がある。
誰だって第一印象に残るのは、最初に来た者かその世界での一位にある存在だろう。
この場合、一番に情報を持ってきた者達に注目が集まる。
そうなれば、その場で依頼を受けなくても後日の発注につながる可能性がある。
こういった情報の共有は、何も善意だけで行われるのではない。
そこに利益が絡めば、より迅速に、より早く拡散されていく。
利益は善意を後押しして拡大する最良の友であった。
「しかし、良くまあ野外に出回ってられるもんだ」
「本当、不思議だよ。
よくやってられるよ」
追いはぎなど、野外で活動してる者達は、通常それなりに頑丈な野外の建物などを拠点にしている。
それらは奈落が出現する前に用いられていたものがほとんどだった。
中にはモンスターの住処になってるものもあるが、それらを占拠して用いてる所もあるとか。
さすがに通常の住居などを用いてる事は少ない。
最低でも、防備を備えた領主の館などを用いてる事が多い。
だいたいの場合、その近隣にいるモンスターに襲われて壊滅するようだが。
魔術師を仲間にしているような集団は、モンスター除けの魔術を使ってそういった脅威を凌いでる。
希な例ではあるが、そういう所もある。
そういった場合、賊を殲滅するのが難しくなる。
周囲にはモンスターが徘徊し、賊は防備を備えた館に立てこもる形になるからだ。
治安機関がなかなか手を出そうとしない理由は、そんな所にもあるのだろう。
逆に言えば、それが出来ない賊は、ほどなくモンスターが片付けてくれる。
それはそれで、治安機関が出るまでもない事になる。
余程の事がない限り、いずれ滅びる。
それが、野外で悪さをしている連中の大半がたどる末路である。
しかし、そうであっても、出没してる連中による被害が出るのも確かな事である。
出来れば賊の類を早期に潰してもらいたい、というのは街道を使う者達が願う事であった。
「そりゃそうと」
「なんだ?」
「最近、あいつを見てないんだけど。
生きてるのかな」
「あいつ?」
「えーと、トオルだったっけ。
なんか、妙に頑張ってるのがいたはずだけど」
「ああ、あれか」
おっさんはようやく誰の事か分かったようだった。
何十人、それ以上の冒険者と向かい合ってるのだから無理はない。
あいつ、と言われてすぐに誰かを特定できるほど、接してる人間が少ないわけではない。
それでも、トオルと言って思い浮かぶのは一人しかいなかった。
「まだ村の方で頑張ってるようだぞ」
「へえ。よく続くねえ」
「出身地だからなのかもしれんな」
実際はそうでもないのだが、おっさんは適当に答えた。
「まあ、稼いでがんばってるのは良いことだ」
「だね」
「けどなあ。
あいつがいないせいで、事務作業の仕事を引き受けられんからなあ。
モンスター退治なんて辞めて、こっちに戻ってきて欲しいんだが」
真剣な願いだった。
自発的にやってるモンスター退治は、周旋屋の利益にはならない。
そんな事よりも、得意としている事務作業でがんばってもらいたかった。
「でも、あいつモンスター退治でやるつもりなんだろ?」
「みたいだな。
なんでまあ、あんな事してるのか分からんが」
「…………なあ、俺もモンスターを相手にしてるんだが」
「ああ、そうだったな。
でもな、護衛とかなら、モンスターが来ない事もあるだろう?
トオルのやってるのはそうじゃないから」
「ああ……まあね。
自分からモンスターに突っ込んでいってるからね。
危ないっちゃ危ないな」
「何もそんな事やんなくてもいいと思うんだがなあ」
「稼いでるんなら、それもアリなんだろうけどね」
「稼げると思うか?」
「まさか」
さすがにマサトは首を横に振った。
「そんな簡単にいくなら、とっくに他の誰かがやってるよ」
「だよなあ」
「強力なモンスターを倒すってんならともかく」
妖ネズミや妖犬など比較にならない強力なモンスターの事だ。
最低でも、戦闘関係の技術がレベル10は必要というあたりである。
「それなら、倒せば銀貨で幾らになるけどなあ。
いや、もっといくか」
「まあ、無理だわな」
「だね。
俺だってやりたいと思わないし」
やれば倒せるだろうとは思う。
だが、危険すぎる。
そういったモンスターの居る所まで出向き、生死の境界線の上を綱渡りする事になる。
そこまで行くまでに、多くのモンスターとの遭遇も覚悟せねばならない。
値段は確かに高いが、危険に見合う報酬かというと悩ましい。
人里にまで出て来たなら、腹を決めて撃退するが。
「あいつって、今何を相手にしてるの?」
「あいかわらず妖ネズミだとさ。
かなり大量に倒してるみたいだが」
「それはそれは……」
さすがに呆れてしまった。
そりゃ、数多く倒せば、それなりの金にはなるだろう。
だが、小金を集めてそれなりの金額にするには、相当な数をこなさねばならない。
そこまでして頑張る必要がどこにあるのかが分からなかった。
「あいつはいったい何を目指してるんだ?」
「分からん」
マサトにもおっさんにも、それは大いなる謎だった。
「でも、レベル上がってるんじゃないの?
だったら護衛の仕事でも回したら?」
「俺もそう思ってるんだがなあ……」
困惑した声が出てくる。
「あいつ、どういうわけかモンスター退治を優先するんだよ」
普通だったらありえない。
少なくとも、おっさんの常識からは外れていた。
マサトもそれは同じだ。
「なんでまた?」
「さあな」
不可解極まりなかった。
妖ネズミあたりをどれだけ倒しても高が知れてる。
それよりも護衛などを引き受けた方が金は手に入る。
危険も少ない。
「まあ、そんなに好きならモンスター退治の仕事を回すしかないんだろうけど」
「今やってる最中だ」
「ん?」
「あいつが行ってる村からの依頼でな。
それでモンスター退治に出向いてる、って事になってる」
「なら大丈夫か。
報酬ももらってるんだろ」
「無い」
「…………は?」
「あいつは受け取って無えよ。
寝床と飯は出してもらってるようだが」
「なに、それってほとんどタダ働きって事か?」
「そうなっちまうな。
ああ、倒したモンスターの素材は手にしてるようだが」
「それって、普通にやってるモンスター退治と変わらないだろ」
「宿泊費とメシ代は浮くけどな」
それだけしか利点がない。
「ったく、あいつは……」
呆れてしまった。
マサトの基準からすれば、大盤振る舞いも良いところだ。
素材を手に入れて売却するのは良い。
それが報酬の足しになる。
だが、小遣い稼ぎにしかならない。
普通はそうである。
「けどまあ、それでどうにかしてるんだろうな」
「飢え死にしてないなら、そういう事なんだろう」
信じがたいが、認めるしかなかった。
「まあ、真面目に仕事をやる奴だからなあ」
おっさんはため息を吐きながら呟いた。
「一生懸命ネズミを倒してるんだろうさ」
「さすが『ネズミ狩り』……って言えばいいのか?」
「他にどうしろと?」
二人は顔を見合わせてため息を吐くしかなかった。
どうにも常識から外れた事なので頭を抱えてしまう。
そんな事をしてどんな利点があるのか分からなかった。
「まあ、頑張ってるならいいか」
「ああ。
レベルも上がってるようだし」
そういう所はそれなりに評価している。
「そっか。
なら、そのうちもっと上にいくかもな」
「だからもったいないんだよ。
あれだけのレベルになってりゃ、もっと良い仕事もあるんだけど」
「そんなに上がってるのか?」
「確か、一番高いのでレベル5になったとか。
今はどうかしらんが」
「嘘だろ。
本当なのか?」
「ああ。
この前来た時、登録証を見せてもらった」
なら、事実なのだろう。
「だって、あいつがモンスター退治を始めてから…………そんなに経ってないぞ」
「けど本当だ」
「信じられん」
二重の意味で納得できなかった。
かなりの短期間でそこまでレベルが上がっている事に。
それだけのレベルになってるのに、いまだに雑魚モンスター退治に勤しんでる事に。
「なんか、理解できん……」
「まったくだ……」
それが二人の、トオルへの評価だった。




