レベル82 あげられた成果がもたらす予想を実現したいところです
「さて…………」
今年はどうなるやら……、とトモノリは胸の中で呟いた。
何やかんやと昨年は騒がしい年であった。
それでも、終わってみれば色々な問題が片付いて大きな成果をあげていた。
今でも信じられないものがある。
問題のほとんどが自分の元配偶者だった事は情けないとは思うにしても。
それでも、得られた成果の大きさを考えると、問題の方を忘れてしまう事ができた。
おかげで、今年や今後について前向きに考える事ができる。
そうできるだけの材料もある。
「上手くいけばいいが」
何にせよ始めたばかりである。
しくじる事の方が多いとは思ってる。
それでも、続けていけば改善も見込める。
長い時間をかけての投資となるだろうが、昨年の実績を考えれば悲観するだけでもない。
モンスター退治と、それによってもたらされるもの。
そこから発生していく可能性を考えれば、先々については明るい見込みの方が大きかった。
続いていくモンスター退治がもたらしたものは大きい。
いくつかの変化も出てきていた。
田畑への被害が減少してるだけではない。
モンスターを倒す事で、村人が受ける被害も減っている。
妖ネズミの退治だけであっても、村人がやっていた時には、大なり小なり怪我を負っていた。
それが酷い時には、治療の為の薬を用いる事もあった。
その負担が村にとっては結構大きく、ちょっとした被害なら見逃す事もあった。
働き手の減少による損害の方が村にとっては深刻な問題だった。
今は、トオル達冒険者やトモノリのもとにいる兵士がそれをやってくれる。
今までは諦めざるえなかった田畑からも、収穫が見込めるようになる。
働き手を怪我で一時的に失う事もない。
そのおかげで、前年領主の村では収穫量が一割は増えたという。
税収も当然ながらその分増える。
村一つでの収穫量が一割上昇したのだ。
村にある一戸だけの話ではない。
収穫を金銭に換算すれば、一戸あたり年収はだいたい四百銀貨前後である。
それが一村二十戸全部の収穫として一割上昇した。
合計八千銀貨が一割上昇である。
そのうちの三割が税となる。
母数が大きいので、絶対数も大きくなった。
それが今まで出来なかったのは、手間も金もかかるからである。
何度か述べてきたが、兵士を用いればその分領主の負担になる。
冒険者に頼めば、賃金が馬鹿にならない。
基本、冒険者一人をモンスター退治で雇うとなると、一日一銀貨は必要になる。
町から呼べば、行きと帰りの旅費も負担となる。
その他、宿泊場所も用意しなくてはならない。
それでいて、成果がそれほど上がるかというと、そうでもない。
意味が無いとまではいかないが、収穫に影響が出るほどの効果はまず発生しなかった。
基本、田畑に入った妖ネズミや、村の近隣にまで出て来た妖犬の退治。
おおむねそんな事を、一年に数日ほど頼むだけなのだから当たり前である。
兵士であればこれはないが、領主が損害を考えてなかなか出そうとしない。
そんなわけで、モンスター退治を専門として雇う、というのは差し迫った時の緊急措置でしかなかった。
トオルのやってる事は、それを根底から覆していた。
モンスター退治における報酬は、モンスターを倒す事で得られる素材だけ。
あとは、宿泊場所と食事を提供してくれれば良いという破格の条件である。
もちろん、宿泊場所や食事も負担ではあるのだが、日当が不要というのは大きかった。
価格破壊と言ってよい。
これによって、長期のモンスター退治が可能となった。
そのおかげで分かったとも言える。
モンスター退治による損害がどれほど大きかったのかが。
まともに収穫が出来れば、どれほど実入りが大きくなるのか。
今までは確かめたくても確かめられなかった。
誰も年間を通してモンスター退治をしていた事がなかったのだから。
村人達が驚いたのも無理はない。
領主の驚愕も尋常ではなかった。
それらの成果を数値として見る事が出来るだけに、いっそう大きいとも言えた。
だとしても、損害を考えれば二の足を踏む。
一割の増収は大きくても、それで兵士を投入する事も躊躇われた。
それなりの人数を抱えれば、相応の出費が出てしまう。
徴用した兵士の維持費はかなり低く抑えられるが、それでも人件費は大きな負担である。
兵士に出す給料は低くできても、寝泊まりする宿舎と食事、用意しなければならない装備など。
日常的に必要になる衣服に、ベッドのクッション代わりの藁、シーツにタオルといった日用品も領主持ちだ。
一人だけでも相当な負担になってしまう。
まして兵士は一人だけで戦果をあげられるわけではない。
何人かを集めて部隊としなければ効果を期待出来ない。
一割の収穫増など、兵士の維持費だけで吹き飛んでしまう。
なお、徴用した兵士に払う一ヶ月の給料は、だいたい三銀貨から五銀貨程度が相場である。
これらを率いる下士官と呼ばれる立場ならもう少し上がるが、基本的にそれほど裕福というわけではない。
にも関わらずトモノリがモンスター退治に乗り出してるのは、素材の入手を考えての事だった。
領主として、領民の安全を守るためなのも理由である。
それが出来なかったのは、先に説明した通り、経費がかかりすぎてしまうからだった。
だが、素材を大量に集める事が出来る事は証明されている。
売却して得られる利益で兵士の雇用経費を賄えるなら、それで十分利益はあがる。
この際、経費と利益が相殺されるだけでも良かった。
赤字にならなければ、収穫という形で利益を確保できる。
本来やらねばならない責務も果たせるので、一石二鳥でもある。
トモノリにとって悪い事は何もない。
それもこれも、トオルが示したやり方があっての事である。
(上手くいけば、新規の田畑も開墾できるな)
トモノリはそれも視野に入れていた。
現実的に出来る事業として。
モンスターの駆逐によって、それも夢ではなくなっている。
文字通りの余地は十分にある。
そこが手つかずなのは、モンスターがいたからだ。
余力がそれほどあるわけではないが、人手は何とか確保は出来ると考えていた。
部屋住みに甘んじている者達はそれなりにいる。
そう言った者達を用いれば、新たな田畑を切り開く事はできる。
すぐに、というわけにはいかない。
何年かかかる事業になるだろう。
それでも、得られる成果を考えればやる価値はあった。
解決の目処がなかなかたたない問題もあるが。
(資金をどうしたもんか……)
元奥方が計略として行ってた散財。
それが尾を引いていた。
ただ、増収分でそれらを少しずつ減らしていく事もできる。
それだけで何年かの時間を費やしてしまいそうではあったが。
(まあ、計画だけでも立てておくか)
片付けねばならない仕事もあるので、すぐに着手もできない。
それを好機ととらえて、トモノリは何年かかかるであろう事業について色々と考えていった。
その功労者といえば────。
「…………死にそう」
夜、ベッドの上で真っ白になっていた。
「なんでこんなに忙しいんだ……」
ぼやくトオルに救いの手がさしのべられる事はなかった。
章の終わりに。
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