レベル81 まだあと一回はあるからゆっくりしている余裕がありません
「それじゃ、がんばれよ」
「はい!」
せめて声だけでも元気に、というのだろうか。
緊張した声での返事がトオルの耳に飛び込んでくる。
付き添い期間が終わり、新人達を残して村をあとにする。
(もう新人でもないか)
やり方を間違えなければ妖ネズミは楽に倒せるようになっている。
そんな者を新人と呼ぶことはもう出来ない。
この二週間で形をととのえつつある彼らは、確かな一団と言わねばならなくなってきていた。
ぎこちないながらも一週間も行動をしてれば、それなりに動けるようになる。
連携も、多少は格好がついてくる。
もともと一緒に行動していたせいもあろう。
村に残る一団は必要な仕事を確実にこなせるようになっていった。
それを見てトオルは、当初の予定通りに戻る事にした。
まだまだ気づかなければならない事もあるが、これ以上一緒にいるわけにもいかない。
(頑張れよ)
残してきた新たな一団の者達を、胸の中で応援する。
彼らはこれから自分で歩いていかねばならない。
そうなるにはまだ早かったかもしれない。
今の状況ではそうするしかなかったが。
村の一つにモンスター退治の要員を送り込んでも終わりではない。
もう一つの村にも、モンスター退治の一団を送り込む必要がある。
その為にも、残った新人達の教育が必要だった。
モンスター退治を繰り返し、やり方をおぼえ、レベルを上げる。
その為にも慣れてる人間が必要だった。
トオルを含めた四人がそこから外れてるのは、教える教官役が減る事につながる。
単純に戦力の減退だけで済む話ではない。
三十人にも満たないモンスター退治の人員において、四人というのは大きな比率になる。
それが減るというのは、倒せるモンスターの大きな減少となってあらわれる。
当然ながら稼ぎの減少にもなってしまう。
魔術師養成のために二人を送り出し、そのための費用を捻出する必要があるのに。
二週間というのは、新人の引率期間としては短い。
しかし、必要な費用の捻出のために許せるギリギリの限界だった。
もし食事と寝床が無かったら、こんな事は出来なかっただろう。
それだけの恩恵があっても、手取りが減るのは避けられない。
「そりゃ大変だったな」
素材の買い取りに来た行商人も、トオルの苦労話をねぎらう。
苦笑気味の顔から、それほど深刻に受け取ってないだろうが。
ただ、売却して得た金を見るとトオルは笑えない。
「こんだけか」
収益が二割近く落ち込んでしまっている。
妖犬を倒せなかった事と、トオル達が抜けた分がやはり大きい。
八人が抜けた事で、当然素材量は減っている。
それを踏まえて考えても、やはり素材の売却益は少なくなっている。
ただ、モンスター退治に挑んでいた者達の効率が落ちてるわけではない。
倒して得た素材の利益を、直接戦闘に参加してなかったトオル達にも分配したからだ。
どうしてもその分一人当たりの手取りが落ち込んでしまう。
妖犬を倒せなかったのも大きい。
妖ネズミの素材は、八十銅貨である。
対して、妖犬の素材は一百二十銅貨となる。
数は妖ネズミほど稼げないが、倒して得られる利益は五割も上昇する。
これの利益が、数をこなせない新人達の分の穴埋めにもなっていた。
だが、トオル達が居ない二週間はこれを控えさせていた。
トオルが抜けるので、危険が飛躍的に上昇する為である。
やり合った手応えからして、妖犬を相手にするにはレベル3以上は必要に思えた。
その領域に達してるのは、トオル・レン・サトシの三人だけだった。
新人達でそのレベルに到達しようとしていた者達は、このほど村に派遣されてしまった。
そんな状況で妖犬を相手に出来るわけがない。
やむなく、妖犬を相手にするのは一時休止にするしかなかった。
「でも、こんだけ素材を取ってるんだから。
頑張るのはいいが、無理してもしょうがないだろ」
「分かってるけどさ。
何とかもうちょっと稼ぎたいよ」
行商人の言ってる事は正しい。
それは分かっている。
利益は確実に出ている。
なんだかんだで、一人当たりの一日の利益は五千銅貨くらいにはなっている。
だが、そこで留まっていたくなかった。
そもそも一日五千銅貨というのも、十分な利益と言ってよいか分からない。
この世界の、最底辺の労働者の賃金としては高いと言える。
だが、出来ればこの二倍以上は稼いでおきたかった。
利益は出てるが、これでは本当にギリギリである。
出来るなら三倍は稼ぎたいところだった。
(それでようやくサラリーマンくらいだし……)
前世基準で考えれば、それくらいは欲しかった。
物価も違うし、単純に比べる事は出来ないが、概ねそんなもんだと考えていた。
この世界は、前世より稼ぎ難いし、物価も高めである。
なので、収入が現在の三倍くらいになっても、日本におけるサラリーマンにあたる実入りになるとは言い切れない。
あくまで大雑把な目安でしかない。
それでもトオルは、そのあたりを目安にしていた。
銀貨にして三十枚ほど。
それが求める月収である。
現状では、まだまだ遠い。
相変わらずモンスター退治以外での仕事もある。
残った村にも人を派遣せねばならない。
出来るだけ早いうちに。
レベルアップが関わるのですぐに、というわけにはいかない。
どうしても五月くらいまではかかる見通しだった。
それでも十分なレベルに達してるとは言い難い。
希望する者を兵士として徴兵したり、周旋屋に登録をさせにいかせる事もある。
修行を終えて帰ってきた魔術師の割り振りもある。
すぐにどうこうする事ではないが、各所との調整が必要な事もある。
受け入れ先の村での宿泊場所の確保がこれにあたる。
それらの取り決めには、何度か村長達と話し合わねばならない。
トモノリがやる事なのだが、トオルも助言を求められる。
どうしても忙しくなってしまう。
兵士や冒険者になりたいという者も、いるなら確認してかねばならない。
昼間のモンスター退治と、帰ってきてからの派遣にまつわる仕事。
とにかくドタバタしていて、何がどうなってるのか把握もできなくなりそうだった。