レベル8 修行の日々が始まります
それから、マサトからの訓練が始まった。
これはマサト達が出した条件だった。
『モンスターの倒し方などを教えるかわりに、最低限の技術は身につけてもらう』
それが出来ないなら何も教えないと。
トオルに拒否権はないし、そもそもその条件は願ったりかなったりだった。
また、
『教えるかわりに、それなりの報酬も出せ』とも言われた。
そっちの方も、とりあえず酒代などをある程度出せ、というものだった。
幸いそれは、トオルの懐で十分まかなう事ができる。
そのあたりはマサト達の好意なのだろう。
なので、素直に頷いた。
契約書などは交わさなかったが、それでも問題はない。
この三年間であらためて思ったが、この業界も信用が第一だった。
たとえ口約束でも、したなら必ず守る。
嵌め込まれたならともかく、そういう暗黙の掟が存在していた。
明文化されなくても業界の掟や不文律というのは、時に明確な法律以上の強制力を持つ。
破れば、今後一切信用されない。
だからこそ、迂闊な約束はしない、守れない約束はしないというのが鉄則だった。
能力不足故に、守れる自信が無い故に約束をしない、というのであっても、それはちゃんと認められる。
己の力量をしっかり分かってるという事で、それはそれで信用・信頼されることにもなる。
正直な分だけ評価されるのだ。
むしろ大言壮語をしたり、裏をかいて嵌め込んだりするような輩の方が嫌われる。
そんな業界での約束である。
トオルもマサトも決して破る事は出来なかった。
とりあえず、最大で半年。
その間はマサトの言うとおりに訓練をする。
その条件でトオルのモンスター退治の訓練がはじまった。
「とりあえず、これだけやれ。
毎日だ」
そう言われて、木刀を一振り渡された。
「素振りをやれ。
回数は特にないけど、毎日最低一時間。
一回でも多く振れるようになれ」
モンスターと戦うとかそういう以前に、最低限これが出来なきゃ話しにならん、という。
言われてトオルは、仕事が終わって帰ってくると、木刀を振り始めた。
前世で体育の時にやった剣道の様に、両手で握って上段から振り下ろす。
ただそれだけを続けた。
だが、これが意外ときつい。
はじめは、十回ほど振り下ろしただけで肩がきつくなった。
それでもめげずに振り続けて二十回、三十回とやる。
だが、どうにかこうにか五十回までいったところで動きが止まってしまった。
「……なんだよこれ」
別に木刀に何か細工がしてあるわけではない。
魔法や呪い、というのもおそらくかかってない。
単純に、振り上げて切り落とすというだけの単純な動作がメチャクチャつらいのだ。
一回二回なら大した事はない。
それを連続して何十回もやると、体が悲鳴をあげる。
農作業や、時折やらされる肉体労働とは違った辛さだった。
「体力はあると思ったんだけどな……」
ここ三年農作業から離れてるとはいえ、仕事先で時折荷物運びをやらされる事もある。
その時に、他の者達に負けないくらいには仕事が出来てるので、まだまだいけると思ったのだが。
(動きに慣れてないのかな)
どんな簡単な動作でも、初めての事だと体が思うように動かない。
使っていなかった筋肉を動かすからなのだろう。
また、振り上げておろす、といっても鍬や鋤を使うのとも違う。
その違いに体が慣れてない。
「こりゃ、きついな……」
振っては休み、休んでは振って。
とにかく一時間振り続けた。
仕事が終わってからの一時間をそんな事に費やしながら時間が過ぎていく。
一週間になり、二週間にさしかかろうとしていく。
そんな頃に仕事が終わったマサトが帰ってくる。
開口一番、
「そんじゃ、素振りしてみろ」
と言ってくる。
なんで、と思いはしたが、逆らう理由もない。
言われた通りに木刀を振る。
さすがに二週間近く振り続けたので、それなりに形になっていた。
最初は十回二十回の素振りもきつかったのが、今では何十回と連続して行う事ができる。
「うん、そんなもんだな」
マサトもそれは認めたようだった。
「じゃあ、それを今後も続けてくれ」
その言葉にうんざりしてしまった。
それがおよそ二ヶ月ほど続いた。
マサトが仕事で一週間から二週間は町から離れる間、ただ言われた通りに木刀を振る。
そして帰ってきたマサトに見てもらう。
悪い評価は得てないが、しかしやることは変わらない。
ただ、
「振りおろしたら、しっかり握れ」
「肩に力が入ってるから、力を抜いて振れ」
「切っ先をもっとまっすぐ伸ばせ」
などという指導が幾つか入った。
それを意識してやってみろ、と言われて一週間から二週間それを繰り返す事になる。
言われるのは一言二言くらいなので簡単におぼえられる。
だが、これがどれだけ役に立つのだろうとは思った。
自分がどれだけ出来るようになってるのだろうとも。
疑問を抱いてもしょうがないので、言われた通りにはやっていく。
それに、初めて二ヶ月程度で何がどれだけ身につくというものでもない。
継続は力なりという言葉を思い出して、自分に言い聞かせた。
三ヶ月もする頃には、言われる事もそれほど多くはなくなった。
「ま、細かい事を言ったら色々あるけど」とも言われたが。
それでも、それなりに様にはなっていたようだった。
また、それから訓練所なる場所へと連れていかれた。
訓練所は町外れにある建物だ。
一応、周旋屋の施設の一つでもあるようだった。
完全に町の境界の外にあるので、少しばかり距離がある。
夕方から行ったので人もそれほど多くなく、手合わせをしてるのが何人か見える程度だった。
その中ではなく、外にある直立した丸太の所へと連れていかれた。
「なにこれ?」
「打ち込みの練習台」
言いながらマサトは木刀を手にとって、丸太に打ち込んでいく。
直立した丸太から乾いた音があがる。
三回、四回、五回。
普段見ることのないマサトの剣戟に少しばかり圧倒された。
それが終わるとマサトは、「やってみろ」と言って木刀を渡してくる。
言われるがままに木刀を握り、丸太の前に立った。
「あ、もうちょっと前」
すぐに修正の声が入る。
言われて立つ位置を直す。
「もうちょっと前」
更に前に進む。
「まあ、そんなもんだな」
そう言ってマサトは「いいか、それが相手との間合いだ」と教えてくれた。
「どんなに良い太刀筋でも、当たらなきゃ意味がない。
そして、一番良い具合に当てるならその距離が最適だ」
なるほどと思った。
確かに相手との距離がずれたら、当たるものも当たらない。
「あとな、それより近すぎると、今度は威力が落ちる。
だから、なるたけその位置をとれるようにしろ」
なかなか難しい事を言ってくれる。
「じゃ、とりあえずその距離を保って、打ち込んでみろ」
「うん」
言われた通りにしてみた。
振り上げた木刀を、いつもの調子でおろす。
もちろん、目の前の丸太に向けて。
丸太を人間と見立てれば、その側面を打つ事になる。
(なるほど……)
なんでこんな構えをとるのか。
いわゆる陰の構えやとんぼの構えから打ち込むのか。
その理由が何となくわかった。
丸太相手では上段から振りかぶっていくのは結構きつい。
相手の側面から切り込んでいけるこの構え方のほうがやりやすい。
そう思いながら振りおろして丸太を叩く。
カン、と妙に軽い音があがった。
「あれ?」
マサトのような、カーンと響く、それでいて重い音ではない。
それに、打ち込んだ木刀が簡単に弾かれてしまった。
「なんで?」
おそらく、これがマサトとの差なのだろう。
同じように動いても、一撃の重さや早さに大きな違いがある。
逸れは当然だろうと思ったが。
これほど差が出るとは予想もしてなかった。
「ま、それがちゃんと打ち込めるようになるまで続けてくれ」
それが新たな稽古となった。
それからは仕事が終わると町外れへと向かう事となった。
本当に町の外に出るわけではない。
モンスター対策の壁や柵の中である。
危険な事は、それほどない…………はずだった。
さすがに境界線ギリギリの場所だと、何が起こるかわからない。
町の外に出なくても、モンスターの脅威には近くなる。
そういう恐怖感をトオルは少しばかり抱いていた。
だが、訓練所には常時何人か冒険者がいる。
だから最悪の事態が起こってもどうにかなるとも思った。
彼らが他の誰かを助ける保証は全くないが。
それでも幾らか安心は出来た。
そんな訓練所でトオルは、言われた通りに一人黙々と木刀を打ち込んでいった。
最初は簡単にはじき返されていたが、これもだんだんとコツを掴んでいく。
振りおろした時にしっかりと握る、腹に力をこめる、まっすぐに丸太に木刀を打ち込む。
言われた事を思い出しながら打ち込んでいく。
そうするうちに、だんだんとはじき返される事も無くなっていった。
音はまだまだ軽いが、それでも丸太への打ち込みはそれほどきつくもなくなっていく。
仕事が終わって帰ってきたマサトもそれを見て、
「ま、いいんじゃないか」
と言ってくれた。
どれだけ出来てるのか分からなかったが、トオルも何となく実感を得る事ができた。
「そんじゃ、次にいってみようか」
そう言われたのは、丸太への打ち込みが始まってから二ヶ月の頃だった。
木製の防具を着けて、訓練所の中に入る。
「んじゃ行くぞー」
そういってマサトは容赦なく打ち込んできた。
「う…………わあああああああ!」
相対したマサトはすさまじい速度で間合いを詰め、一気に打ち込んできた。
振りおろしてきた切っ先は、トオルの目の前数センチの所にある。
「な、な、な、な…………」
「ま、こんなもんだ」
大した事ではない、といわんばかりの軽い口ぶり。
「とりあえず、これに慣れろ」
「え、えええええええええええ!」
絶叫するも容赦はされない。
一応寸止めにしてくれてるものの、それを避ける事ができない。
マサトとの実力差はあまりに大きく、全く相手にならなかった。
それでも、必死になってその切っ先から逃れようとする。
「いいぞ」
そんなトオルにマサトは賛辞を送った。
「まずは逃げる事。攻めるなんて、それが出来てから考えろ」
「そんな事言ってもおおおおおおお!」
逃げるだけで精一杯である。
攻める事なんて全く考えられない。
とにかく避けて避けてさけまくる。
「そうそう」
マサトは嬉しそうな声をあげる。
「いいぞ、その調子で逃げてみろ」
「はいいいいいいいいいいいいい!」
その日は、とにかく当たらないように逃げまくっていた。
マサトがいない時は丸太への打ち込み。
いる時は実践さながらの稽古。
それが新しい日課になっていった。
この時期マサトも護衛の仕事がない場合は肉体労働などに励み、可能な限りトオルをしごけるようにしていた。
おかげでトオルは気の休まる間もない。
「助けてええええええええええ!」
悲鳴が訓練所に響き渡るのも珍しくなくなっていった。
マサトの仲間もおもしろがって覗きにきたり、訓練所にいた者達もそれを笑って眺めるようになっていく。
だが、そんな事も一ヶ月ほど続くうちに、だんだんと太刀筋が読めるようになっていく。
相変わらず攻める余裕はなかったが、寸止めされる────確実に当たったと見なされるような打撃が少なくなっていった。
避けてるだけではあるが、そのやり方がだんだんと身についたといったところであろうか。
「よしよし」
その日、動きを止めて稽古が終わった事を示したマサトは満足げに頷いていた。
床に崩れてへたりこんでいるは、それどころではなかったが。
「これなら次に進んでも大丈夫だな」
「うえええ…………」
心底うんざりするような声があがる。
今の段階を越える事ができたという事なのだろうが、その先が更にきつい事はこれまでの経験で何となく分かる。
その声に、
「そんな喜ぶなって」
とマサトは茶化す。
言い返す衝動すら起こらないマサトは、「それで」とその先を促した。
「次は何をやるの」
その言葉にマサトはニヤリと笑う。
「装備をととのえる」
「はい?」
言ってる意味が分からなかった。
「次は外に出るから、その準備だ」
「え?」
「んー、モンスターを倒しに行くんだろ?」
「あ、まあ、そのつもりだけど」
「なら準備しないとな」
予想外の言葉だった。
「でも、まだ全然だよ」
「何が?」
「攻撃、全然当てられなかったし、逃げるのでいっぱいだったし」
「そりゃそうだ」
当たり前の事を聞くなと言わんばかりの声。
「俺とお前のレベル差がどんだけか分かってるのか?」
「そりゃあ、そうだけど」
「でも、今のお前ならそこそこ行けるだろうよ。
許可証持ってるか?」
「え、ああ、うん」
「それでレベルを見てみろよ」
言われて掌の上に登録証をのせる。
見慣れた能力や技術をざっと見渡していく。
と、その中に見覚えのない技能が増えていた。
「刀剣、レベル…………1?」
それだけではない。
回避もレベル1になっている。
「この半年あれだけ稽古してたんだ。それくらいにはなるさ」
「じゃあ」
「おう。
その辺りにいる一番弱いモンスターくらいならどうにかなるぞ」
それを聞いて、どっと体から力が抜けていった。
そんなトオルに、「じゃ、明日な」と言ってマサトはその場を後にする。
残されたトオルは、しばらく呆然としてから、
「…………よっしゃああああああああ!」
大声をあげた。
さて、それから急いでトオルは訓練所から宿へと戻っていく。
この半年で更に貯まった金がいくらくらいだったのか、装備の相場はどれくらいだったのか。
そんな事を考えながら。
更にマサトに気になる質問をしたりも。
「ちなみにマサトのレベルはどれくらいなの?」
「関係はだいたい5から8ってところだ。
一番高いのはレベル10」
「うわああ…………」
あらためて実力の差を思い知った。