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【完結】転生したけどやっぱり底辺ぽいので冒険者をやるしかなかった  作者: よぎそーと
その4 上に立つ者になっちゃったかもしれない気がする日々
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レベル76 感動の対面ばかりじゃありません

「お前が出ていってから、この部屋も広くなったんだけどなあ」

 笑いながらそう言う部屋住みの兄に、トオルはどう応えたものか考えてしまった。

「その分仕事は大変だったけどな」

 言うべき言葉が見つからず、沈黙を保つ事となる。

 そうしてる間も、兄はトオルがいない間の事などを話していった。



 働き手が減った事で、畑仕事などは大変になった。

 これはトオルも予想した通りである。

 そこは申し訳ないとは思った。

「けど、口が減ったのも確かでな。

 おかげで家に少しは金が残るようにはなったんだ。

 それはありがたかったな」

「それ、どういう言葉を返せばいいんだよ」

 いなくなって良かったのか悪かったのか。

 何とも言えない気分になる。

「分からん」

 答えは短い。

「それが良かったのかも分からないし、悪かったとも言えるし。

 まあ、悪くはない、としか言いようがねえかな」

「うーん」

「まあ、悩んでもしょうがねえ。

 幸い、うちが困るって事はなかったし」

「それはそれで嫌だな」

「あの後、兄貴に子供も出来たし。

 お前がいないぶん回すメシが出来て助かりはしたかな」

「……なんか、すげー嫌な気分だよ」

「まあ、そう言うな」

 兄は笑いながら話を続ける。

「お前も町で上手くやっているようだし。

 だったらそれで良いんじゃねえか?

 こっちは何とかやってるんだからさ」

「そりゃあ、そうだろうけど」

 何となく納得できなかった。

 というより、納得したくなかった。

「俺って、その程度の存在だったのかよ」

「そういう事だろ」

 兄は容赦がなかった。



「でも、親父も心配はしてたみたいだけどな」

「あの態度で?」

「たぶんな。

 一年か二年前くらいから、行商人でお前の事を聞くようになってからかな。

 何となく雰囲気が明るくなった」

「まさか」

 とても信じられなかった。

「いきなり殴られたんだよ、俺」

「いきなり家出したんだから、それくらいは当然だろ」

「…………」

「でまあ、そんな家出した不良が、それなりに頑張ってるって聞けばな。

 少しは安心出来るってもんじゃないか」

「そんなもんかな」

「そんなもんだろ、多分」

「多分って……」

「こればかりは親父が本音を言うまで分からんさ」

 それもそうなので、それ以上は突っ込めなかった。

「でも、ネズミ狩りってのは傑作だな」

「まあね」

 そこまで伝わってるとは思わなかった。

「俺らからすればありがたいけど。

 あいつら、畑のものを囓っていくからな」

 農村にとってはそっちの方が深刻な被害である。

 話しに聞くだけの恐るべきモンスターよりも。

 奈落からは様々なモンスターが出現するというが、やはり見える範囲にいない存在は意識しにくい。

 妖ネズミの方が、実害がはっきり出てる分だけ、より大きな脅威であった。

「だから、期待してるぞ。

 来年の収穫が楽しみだ」

「まだそこまで人手が回らないって」

 父にも言った事を、ここで再び口にする事になるとは思わなかった。



「ああ…………あと、チトセの事も助かった」

「ん?」

「お前がいるって聞いて、それで逃がす事が出来た」

「…………あれは兄貴の画策かよ」

「つーか、家族全員かな。

 アツシまで行くとは思わなかったけど」

 ニヤニヤと人の悪そうな笑みが浮かぶのをトオルは見た。

「他に方法も無かったし。

 お前の話しを聞けていたのは、運が良かったよ」

「おかげで俺は大変だったんだけど」

「上手く切り抜けたみたいじゃないか。

 よくやったよ」

「好きでやったんじゃねえ!」

 過ぎ去りし日の苦労を思い出して頭を抱えたくなった。

「まあまあ。

 おかげで皆が助かったんだから。

 それでいいじゃないか」

「だったらご褒美くらいくれよ」

 心底そう思った。



「けどまあ、お前も出世したもんだよ」

「話しを逸らさないでくれ」

「何言ってんだ。

 こうやって追求をぶった切るのがいいんじゃないか」

「わざとやってんのかよ」

「当たり前だろ」

「…………」

 頭に血がのぼりすぎて何も言えなくなった。

「まあ、それはいいけどさ」

「よくないって」

「村の……お前と同じ年代の奴と比べるとな。

 あんだけの人間を率いて頑張ってるんだろ。

 大したもんだよ」

「食ってくのがやっとだよ」

「食っていけるだけでも凄いだろうが」

 それは否定できない。

「結婚して子供もいる奴もいるけどさ。

 大半が部屋住みだ。

 それに比べりゃ、あんだけの人間率いてるだけ凄いじゃねえか」

「結婚して子供もいる方が凄いと思うけど」

 少なくとも、家族を養えるだけの稼ぎを作ってるという事だ。

「今の俺じゃ、そこまで出来ないよ」

「それ言ったら、俺なんてこの先ずっと無理だ」

 部屋住みだとそんなものである。

「まあ、この先ネズミ退治が進んで、もうちょっと収穫が増えれば生活も楽になるだろうけど」

「だから俺達に頑張れって?」

「もちろん」

「本当にもう……」

 だんだんと腹が立っていった。



 ただ、兄の言ってる事に幾らか考えるものもある。

 部屋住みのままだったら、今でも兄と同じような境遇だったのだろう。

 比べてみれば、冒険者として稼いでる今の方が良いとは思えた。

 少なくとも、自分が好きに使えるだけの金はある。

 余裕は確かにないのだが、部屋住みだとわずかばかりの蓄えすらろくろく作れない。

 比べてみれば、今の自分が恵まれてるようにも思えた。



 それと同時に、結婚して子供も生まれてる者がいるのに驚いた。

 家の跡取りならば、結婚して家族を持つのは珍しくもない。

 十五あたりになれば縁談も出てくるし、そのあたりで結婚すれば二十歳前に子供が出来て当たり前である。

 兄のような部屋住みならそうはいかないが、トオルと同年代の者でも子供がいるのはそれほど珍しくもない。

 それがこの世界での常識であるし、トオルも理解している。

(けどなあ……)

 それでもやはり意外に思ってしまう。

 また、家庭を持てる者達と自分では、まだまだ大きな差があるのだとも感じた。

 今の稼ぎではまだまだそこまでいけない。

 それでも一つだけ確信出来た事がある。

 何もしないでいたよりは、確実に何かが良くなってると。



「ところで、トオル」

「ん?」

「お前が連れてきた連中の中にさ、女の子がいたじゃん」

「ああ、うん」

 サツキとレンの事だろう。

 目ざとく見つけていたようだ。

「どっちがお前のなんだ?」

「はい?」

 言ってる意味が分からなかった。

 お前の、とはどういう意味なのか?

 そこに続く言葉が省略されてるのかさっぱり分からない。

「だからさ、どっちがお前のものなんだって」

「…………」

 ここに来てだんだんと言いたい事が理解出来てきた。

「…………つまり兄貴は、あの二人のどっちかが俺の女だと思ってると?」

「違うのか?

 あ、まさかお前。

 両方ともなんて贅沢な事を……」

 言い終わるまえにトオルの拳が兄貴の顎を下から突き上げた。

 武器こそもってないが、そこは長年鍛えた戦闘技術がある。

 的確に繰り出された拳は衝撃を顎に伝え、脳天を叩きあげた。

 無防備状態だった兄は、その勢いをそのまま受け、頭と一緒に意識を飛ばしていく。

 背中から倒れていく兄は、そのまま床に倒れる。

 一応命がある事を確認して、トオルはその上に布団代わりの藁を被せた。

「まったく…………」

 怒りとはちょっと違う憤りのままに動いたトオルは、そんな兄を汚物のように見ながら横になった。

 懐かしい狭苦しさを感じつつ藁をかぶり、明日に向けて目を閉じる。

 瞬間的に沸騰した血がまだ寝かしつけてはくれないが。

「…………本当にろくでもない事しか言わねえな」

 兄は昔からこういう軽い所のある男だった。

 変わらない故郷の変わって欲しい部分は、残念ながらそのままだった。

(少しは成長してろよ)

 父に抱くのとは違った思いがため息になっていく。



(しっかし……)

 多少冷静さを取り戻してくると、先ほど兄が言っていた事が浮かんできた。

 サツキとレン。

 最も身近にいる女である。

 言われるまでもなく意識はしていた。

 気づかれないように、何気ない風を装ってはいるが。

(いや、バレバレかもしれないけど)

 こういうのは本人以外には簡単に見破られてしまっている事も多い。

 仮にそうでなくても、サトシあたりは面白おかしく話しのネタにしてるのが予想できる。

 そう思うとおさまりかけていた腹のむかつきがぶりかえす。

 だが、二人のような子が近くにいれば、どうしても色々と妄想が出てきてしまう。

 方向性は違うが、二人とも美人に分類して間違いがない容姿をしている。

 性格だって悪くはない。

 サツキは引っ込み思案な所があるが、その分人当たりは柔らかい。

 レンはサッパリしていて男の子のような所があるが、だから付き合いやすい。

 そんな二人が近くにいて、何も意識しないわけにはいかなかった。

 さりとて、何か行動をするわけでもない。

 一団の仲間であるし、貴重な戦力だ。

 変な事になって気まずくなったら、今後に差し障る。

 おかしな事をして人間関係に亀裂を入れたくなかった。

 そんなわけで、非常に魅力的な存在が二人もいるが、何も出来ないでいた。

 トオルの女性経験の欠落ほど大きな理由ではないが。

(どうしたらいいんだか)

 前世からの記憶にそこらがあれば良かったのだが。

 残念ながら、そういった気の利いたものはない。

 女っ気が周囲になかったのが悔やまれる。

 今こうして女っ気があっても何も出来てないのだから、それは言い訳にしかならないが。

(まあ、そのうち機会があれば……)

 未来という不確定要素に希望を託し、現実逃避に走る。

 動きださなければ何も変わらない。

 その事を、家を出てからさんざん体験してきたはずなのに。

(あー、情けねえ)

 自分でもそれを痛感して泣きそうになった。



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