レベル75 久々の会話ですが、そう弾むものでもありません
「まったく」
少々怫然とした顔をする。
「拳骨はないだろ、拳骨は」
「何を言うか」
向かいに座る父は、トオル以上に怫然とした顔をしていた。
「いきなり消えたと思ったら突然帰ってきおって。
今まで何しとったんだ」
「冒険者だよ」
聞きたい事はそういう事ではないのだろうとは感じていた。
今まで連絡一つ入れなかったのはどういう事なのか…………といったもののはず。
そう感じはしたが、あえて何をしていたのかを答えた。
父の表情は変わらなかったが、雰囲気が更に固いものになっていく。
「まったく」
父はため息を吐く。
「お前と言う奴は…………」
その後に何かが続く気配がある。
しかし父は結局何も言わず、ただ時間だけが過ぎていった。
(けど……)
父が無言になりする事が無くなる。
あらためてトオルは家の中を見渡す。
(狭いよなあ)
久しぶりに見た家は記憶の中のままだった。
まだ健在な祖父母と両親、そして兄弟。
嫁いだ姉妹はもう家にはいないが、代わりに兄夫婦とその間に生まれた子供がいる。
部屋住みの兄弟もそのままだし、家の中に空間的な余裕はなかった。
(昔はこんな所で暮らしてたんだ)
どうやって自分の場所を確保していたのか思い出せない。
ベッド一つ分の空間しか得られなかった冒険者も似たようなものではある。
それでも、仕切られた自分の場所がある。
この家にはそれがない。
他人の目を気にせずくつろげる場所に慣れたせいもあるのだろう。
仕切りのない家の中で、個人の場所の無い家がそれだけで窮屈に思えてくる。
気兼ねする事もないのだが、それが今は難しい。
前世において個人の場所を持っていた事もあり、どうしても他の者とある程度の距離を求めてしまう。
家族であってもそれは変わらなかった。
子供の頃にはこの生活に馴染んでいたのだが。
(身を寄せ合うってのも、限界があるよな)
少なくともここでは暮らせない。
今は。
そんな自分の変化も、数年の隔たりを感じさせた。
父の沈黙の間に、そんな事を考えていた。
「それで……」
ようやく口を開いた父は、トオルに目を向けて訊ねてくる。
「上手くいってるのか?」
「どうかな」
「食ってはいけてるのか?」
「ああ。
借金とかもない」
「危険は……あって当たり前だな」
「出来るだけそうならないようにしてるよ」
「どうだか」
全くないとは言い切れないので何も言い返せない。
「他に何かなかったのか。
わざわざ危ない事をしないでも……」
「無いってわけじゃないけど、いつまで続けられるか分からん」
「そうか……」
「ああ。
だからこんな事してる。
強くなればもっと稼げるし」
そこは希望的観測だった。
随分強くはなったが、稼ぎはまだ増えてはいない。
レベルの上がった者達だけでやっていくならどうにかなるのだろうが。
「まあ、危ない事をしなけりゃいい。
死んじまったら元も子もない」
「分かってる。
自分が相手出来る奴だけ倒しているよ」
「ならいい」
全く納得はしてないように見えるが、父はそう言って言葉を句切った。
それ以上何かを追求しようとしなかった。
「そんで、お前はいつこっちに来るんだ?」
「はい?」
唐突に話が変わって少し面食らった。
「畑を荒らすネズミを倒してくれるんだろ」
「まあ、そのつもりだけど」
「領主様の村じゃ、それで収穫が増えたそうじゃないか。
俺らの村もやってくれると助かる」
「すぐって訳にはいかないよ。
下の人間がレベルアップしないとどうしようもないし」
「そっか。
そんなに時間がかかるのか?」
「出来ればあと二ヶ月か三ヶ月は欲しい。
でないと危ない」
初期に入ってきた者達なら妖ネズミくらいはどうにかなる。
しかし、妖犬に襲われる可能性を考えると、やはりレベル2は欲しい。
かつてマサトがトオルをレベル2まで引き上げてくれたように、新人達をレベル2まで引き上げておきたかった。
「それから村の方に人を出すつもりだ」
「そっか。
でも、出来るだけ急いで欲しい。
田植えが始まる前くらいには」
作物の被害を考えれば、そのあたりには間に合わせたいのだろう。
「ギリギリ間に合うとは思うけど。
あまり期待しないでくれ。
こっちの村が先になるかも分からないし」
モンスター退治に出せる者達で作れるのはせいぜい一団程度。
派遣先になるだろう村は二つ。
どちらかが後回しになるのは避けられない。
それでもあと三ヶ月もすれば、もう一団を作る事は出来る。
春には何とか間に合うはずだった。
「それにしたって、今はトモノリ様の所で妖犬を相手にしてるし。
こっちに来るかは分からないよ」
「そっか……」
それを聞いてがっかり来たのか、見て分かるくらいに肩が落ちていった。
「まあ、春に間に合ってくれるなら助かる。
しかし、お前が妖犬をなあ……」
村人では危険が伴う妖犬を相手にしている。
その事に父は驚いているようだった。
そして夜は実家に泊まる事となった。
他の者は村長の家で世話になっている。
トオルも村長の家に招かれてはいるのだが、
「実家があるのに?」
と言って断った。
叩き出されたらよろしく、とは言っておいたが。
そして、部屋住みの狭い部屋に久しぶりに入る。
出ていった時と変わらない様子に、呆れが大半で懐かしさが少量の思いを抱いた。
同じ部屋の兄は、お前が出ていって広くなった、と笑いながら言っていた。
人間一人分の空間を提供したというくらいには貢献が出来ていたらしい。
それからは、父と話してた内容を再び口にしたり、トオルが出ていってからの事を話したりした。




