レベル7 考えた末にそこにたどり着きました
翌日。
「おはよーっす」
いつも通りの挨拶を周旋屋の窓口にかける。
顔なじみのおっさんは、いぶかしげな顔をしながら応じる。
「どうした。今日は休みだろ」
仕事の斡旋でこの三年毎日顔をあわせた相手だ。
接する態度も砕けたものである。
そんな窓口のおっさんに、トオルは話を切り出していった。
「まあ、そうなんだけど。ちょっと聞きたい事があって」
「なんだ? 仕事をかえるってのか?」
今の仕事場を切り上げて、別の仕事を紹介してもらう。
そういう話なのかとオッサンは考えてるようだ。
ありえない話ではない。
職場が気にくわなかったり、もっと割のいい仕事を求める者はいる。
わざわざ仕事のない日に来てるから、トオルもそういう用件なのかと思ったようだ。
「珍しいな。
お前は相手に切られない限り長く勤めるってのに」
「いや、そうじゃなくて」
苦笑しつつおっさんの言葉を止める。
「そうじゃなくて、知りたい事があるから」
「あん?」
「モンスターの事で、詳しい事を知ってる人っていないかな」
「なんだ、藪から棒に」
「まあ、ちょっとね」
さすがに唐突だったかな、と思わないでもない。
窓口のおっちゃんも、じーっとトオルを見つめてくる。
だが、
「ま、それならあいつらに聞いた方がいいんじゃねえのか?」
と窓口から見える広間の方を指す。
目を向けると、馴染みのメンツが見えた。
村を出てきたときにトオルと一緒だった冒険者達である。
この町を拠点にしてるらしく、顔を見合わせた事は何度もある。
また、数少ない冒険者の知人と言うことで何かと語り合うこともあった。
お互い踏み込んだ事を話しあった事はないので、さてどうしようかと思ってしまう。
今聞きたい事を尋ねるには最善の者達であるのも確かであったが。
「うーん」
少しばかり悩む。
確かになじみではあるが、仕事の相談をしても良いものかどうか。
こみいった話が出来るほど深い関係かどうかは悩ましい。
だが、他に宛もない。
ちょっとだけ躊躇ってから、トオルは広間の席でくつろいでる彼らの所へと向かう。
その後ろ姿を見て、窓口のおっさんは、
「どうしたんだかなあ、急に」
と首をかしげていた。
「おお、どうした」
「久しぶり」
「元気そうじゃん」
近づいていくトオルに、冒険者達は口々に声をかけてくれる。
彼らは彼らで、トオルが心配ではあるのだ。
なにせ、身一つで村から飛び出したのだ。
その姿が自分達にも重なってるのだろう。
彼らも、おおむね似たような経緯をたどってここにいる。
他人事とは思えないのだ。
それに、当時はまだ十五歳ほど。
この世界、この年齢になれば成人ではある。
しかし、それだけではまだまだ未熟なのも確か。
だから彼らも、少しは一緒に過ごしたトオルが気がかりではあったようだ。
だから冒険者として登録先の周旋屋を紹介もした。
顔を見合わせれば声をかけたりもする。
その好意にトオルも甘え、気兼ねなく接していた。
「どうした、何かあったのか?」
「仕事で失敗したとか?」
軽くからかわれるのはご愛嬌である。
「いや、そんな事無いよ。何とか上手くやってる」
「そいつは良かった」
「がんばってるようだな」
総数五人の一同は、トオルがくじけず三年もがんばってるのを素直にほめてくれる。
これがなかなか出来ずに堕落してしまう者もいるのだから、それも無理からぬ事である。
「で、どうしたんだ、わざわざ寄ってきて」
「ああ、ちょっとね」
どう切り出そうか考えていたから、相手から尋ねてくれるのはありがたかった。
だが、それでもさすがに言いよどむ。
「ああ、えっと、ちょっと聞きたい事があって」
「ん、俺たちにか?」
「ああ、うん。たぶん、みんなに聞いた方が早いと思って」
「なんだ、いったい?」
「ああ、うん、その」
どう言えばいいのか分からない。
どうしても考えがまとまらない。
だが、いつまでも言いあぐねてるわけにもいかない。
五人の冒険者達も、しどろもどろなトオルに怪訝な顔をしてくる。
だから、ここははっきりと口にする事にした。
「モンスターの倒し方を知りたいんだ」
それを聞いた五人は、呆気にとられて硬直してしまった。
「ええっと……」
数秒ほどして気を取り直したのか、リーダー格のマサト(二十四歳 戦士 男)が口を開く。
「それは、モンスター退治に出るってことなのか?」
「まあ、そう考えてる」
嘘ではない。
散々考えての事だった。
その言葉を聞いて、
「悪い事は言わん。考えなおせ」
とマサトは言った。
それはそうだろう。
モンスターとの戦闘がどれほど危険なのかは、彼自身が身をもって知っている。
何も好きこのんでやるような仕事ではない。
マサトや仲間達がこんな事をしてるのは、徴兵で軍隊にいた経験があるからだった。
ただ、徴兵といっても税をおさめる代わりに軍隊で兵隊をやる、という事なので国民全員に義務があるわけではない。
マサトの出身地域では作物などがなかなか育たず、産業もこれといったものがない。
だから、どうしてもこういった形で税の肩代わりをする事が多かった。
その経験があるから冒険者という仕事を選ぶことになった。
それ以外にこれといったものがないから冒険者になるしかなかった。
そんな人生を踏まえてトオルに話していく。
「お前はそうじゃない。まともな仕事を回してもらってる。
何も無理してこんな事する必要はないだろ」
他の者達も同じ意見だった。
何も言いはしないがマサトに同意するような顔と雰囲気をしている。
トオルとて言いたい事は分かってる。
だが、それでもここで引き下がるわけにはいかなかった。
「それでも、聞くだけ聞かせて欲しいんだ。
聞いただけで、やっぱり駄目だと思ったら諦める。
でも、何も知らないのに諦めるわけにはいかないよ」
トオルの見たモンスターは、三年前に村から出てくる途中での遭遇だけである。
それ以外ではどうなのか、どんなモンスターがいるのか。
そういった事はほとんど分からない。
周旋屋の宿で寝泊まりしてれば様々な話が耳に入ってくるが、それだけではどうにもならない。
だからこそ、実際に戦ってる者達の意見が聞きたかった。
「そうは言ってもな……」
実際、何をどこまで教えていいのか分からなかった。
そもそもトオルがモンスターを倒しに行こうとしてるのかが分からない。
(安全な仕事をしてられるのになあ)
正直言って、うらやましい。
マサトには出来ない事だった。
単なる読み書きや計算くらいなら出来る。
だが、それだけではやっていけない仕事だった。
力仕事ほどきつくもなく、金払いも良い。
それなのに、何が悲しくてモンスター退治なんぞに出ようというのか。
「なあ、もしかして何か困ってるのか?」
自然とそういう考えになっていく。
「差し迫ってる事情があるってんなら分からんでもないけど」
「いや、すぐに何かに困るって事はないよ」
「じゃあ、なんで?」
そこが疑問だった。
教える事はやぶさかではないが、何も無理する必要もないとも思ったので。
疑問にトオルは、
「稼ぎたいから」
と答えた。
「稼ぐって……」
「危険なのは分かってる。
でも、今のままじゃ駄目なんだ」
口調は静かである。
理由は分からないが迫力のある声だった。
真剣そのものの表情とあいまって、マサトはそれを簡単に一蹴する事が出来なかった。
稼ぐ、というだけで危険な事に踏み込むのはどうかと思ってるのに。
しばらくトオルの目を見つめていたマサトは、
「…………もうちょっと詳しく話してくれ」
続きを促した。
考えとしては単純である。
モンスターを倒して、部位や組織を得る。
『素材』と一般的に言われるそれらを持ち帰って換金する。
それで多少は稼ぎを増やすのが目的だった。
もちろん、そんな簡単ではない。
何の経験もない者が相手に出来るモンスターなぞまず存在しない。
最底辺のモンスターであっても、レベル1や2程度であっても経験がないと厳しい。
あるいは複数であたらないと死ぬ可能性が格段にあがる。
それでいて、それだけの強さをもってるモンスターであっても、倒して得られるのは一百銅貨くらい。
割に合う稼ぎにはまったくならない。
しかもこれにも税金がかかる。
普通だったら、「こんな事するなら別の仕事やってたほうがいい」となる。
だが、トオルは別の見方をしていた。
「今すぐにそれだけで稼ごうなんて思ってない。
まずはそこから始めてレベルアップしたいんだ」
その言葉に、マサト達は意表を突かれた。
「レベルアップ?」
「うん、レベルアップ」
オウム返しに聞き返された言葉を、再び返す。
トオルが目をつけたのはそこだった。
「金は、正直全然手に入らないと思う。
でも、レベルアップすれば少しは楽になるんでしょ?
だったら、少しずつでもいい、それを積み重ねていきたいんだ」
今すぐではない。
この先何年か先には、ある程度それでやっていける目処をつけておきたかった。
その為に、今から始めなくてはならない。
今からやれば、時間はかかってもそこそこの腕は身につくだろう。
だが、何もしなければ、いつまで経ってもゼロのままだ。
「けど、それじゃ上にはのぼれないぞ」
マサトも一応忠告はする。
この業界、実績とそれに裏打ちされた評判で仕事が舞い込んでくる。
モンスター退治を生業とするハンターとしてやっていくのはいい。
それでも、今のトオルの考えではおのずと限界が来るのではないかと思っての事だ。
だが、トオルはあっけらかんと言い放つ。
「それはかまわないよ」
「はい?」
「他の誰かより優れるとか、それはいいんだ。
俺が欲しいのは、食っていくのに困らない稼ぎなんだ」
モンスターを倒すことによって得られる素材。
それを売りさばく事で、少しは生活の足しになればいい。
基本的に事務などの仕事をこなす合間の作業なので、その程度で十分だった。
「なら、商会とかの書き仕事とかを続けてればいいんじゃないのか?」
書き仕事とは、事務作業一般を指す言葉である。
一日中机に向かって書き込んでるからそう呼ばれる事がある。
が、トオルは首を横に振る。
「毎日あるわけじゃない。暇な時もあるんだ。
特に閑散期にはね」
仕事は常にあるわけではない。
書き入れ時とそうでないときの差がある。
暇なときにはそれこそ仕事にあぶれることになる。
そのくせ、何かしらの期日が迫る時期は、どれほど人手がいても足りなくなるほど忙しい。
振り幅が激しいのだ。
「その穴を埋める事ができれば、って思ってるんだ」
どこかの穴埋めとして仕事を得ているのだから、人手が足りてればお呼びはかからない。
それが周旋屋にとっての泣き所であった。
周旋屋だけでなく、世の中全体の流れや動きである。
こればかりは一人一人の努力でどうにかなるものではなかった。
「そんな時、少しでもいい。
多少でも稼げるようになっておきたいんだ」
モンスターそのものは、年中無休で活動しており、その被害は世界各地で出ている。
逆に言えば、季節や時期に左右されない。
強みと言えば強みであるかもしれなかった。
おまけに、ほぼ無限に存在する。
何よりの強みは、依頼がなくてもやれる仕事である、という事だった。
仕事は誰かが発注をかけなければ受注できない。
護衛や駆除ならば依頼主が必要だが、単に自分がモンスターを倒しにいくならある程度自由にできる。
倒して、素材を手に入れて、売却するだけ。
それが、トオルには他にない強みに見えた。
「だから、モンスター退治にいきたいんだ」
トオルの目には強い意志が宿っていた。
なんとしても稼ぐ、という。
マサトもその言葉を聞いて考えていく。
トオルの言い分ももっともなところがあった。
全てが正しいとは言わないが、理にかなった所も幾つかある。
もちろん、モンスター退治が簡単にできるという事はない。
それはモンスターを知らないから出てくる考えでもあろう。
幸い、トオルはそうではなさそうに見えた。
ただ、全く何も考えてないというわけでもないのは好感がもてた。
何より、『最弱のモンスターを』という部分が良い。
子供が持つような、あるいは一攫千金を狙う連中のように、強い(そして金になる)モンスターを相手にしていない。
そんなの、レベル10以上の強者が相手にするものなのだから。
大言壮語を吐かず、地道にコツコツとやっていこうというのは不思議と心地よかった。
「わかった」
マサトも腹をくくる。
「俺の知ってる事なら何でも聞いてくれ」
全てを知ってるわけではないが、知ってる範囲でなんでも答えてやろうと思った。
そんなマサトの前で、トオルは顔を明るくして「ありがとう」と言った。
周りの仲間は呆れているが、マサトもトオルも気にせず話を進めていった。
結局話しが終わったのは、夜も更けてからになってしまった。