レベル64 胸くその悪い事実も、隠れてるよりは明らかになった方がマシというもの
裁判が行われる町まで、馬車を乗り継いで一週間。
荷馬車より速度のある駅馬車を用いての事なので、結構遠くまで行くことになる。
途中、町によって、そこから更に目的地へ。
宿泊を重ねるのはこの世界では当たり前だが、慣れるという事もない。
しかもこれが、実質一週間にも満たない出廷日時のためのものだ。
無駄と言えば無駄に思えてくる。
だが、拒否するわけにもいかない。
騒ぎを終わらせるためにも、トオルとトモノリの二人は法廷へと向かっていった。
「それほど気を張る事もないさ」
同乗していたトモノリが、それこそいつも通りの口調で言う。
「聞かれた事に正直に答え、何があったのかを言う。
ただそれだけだ」
その通りなのだとは思う。
魔術によって、嘘を言えばすぐに判明してしまう。
聞かれた事には正直に答えるしかない。
それでも、裁判という事もあってどうしても緊張はしてしまう。
「上手くいきゃあいいんですけど」
「なに、悩んでても仕方ない。
ここまで来たら、開き直った方がいい」
「はあ…………」
分かってはいるが、それでも先の事を心配してしまう。
悩みつつも馬車は進み、目的地は近づいてくる。
周旋屋のある馴染みの町を通り過ぎ、宿場を経由して目的地へとたどり着く。
人口七千を越える、この地方における中心地。
ヒラツネに。
予約してあった宿に入り、荷物を置く。
それから貴族法院に赴いて、所在地を報告。
翌日からは、毎日出廷する事になる。
細かな手続きや聞き取りもあるので、本番と言える裁判以外でも用事があるのだ。
余程の事がないかぎり法廷の開催日時は変わらないが、それに付随する用事は多い。
「大変だな、意外と」
「まったくです」
トモノリとそんな事を言い合いながら、法院内のあちこちに顔を出していく。
それでも、二人が出廷する必要があるのは一日だけ。
その一日のための、様々な用事であった。
そして迎えた当日。
法廷に出向いたトオルは、トモノリと共に原告・検事側の席に座る事となった。
法廷は、生まれ変わる前のテレビで見た裁判所の風景と似ていた。
座席の配置や、内装などに違いはあるが、基本的な所は同じである。
裁判長の席があり、原告・被告の席がある。
傍聴席もあり、それらが四方向にそれぞれ存在する。
向かい合う形の被告席に、久しぶりに見る奥方と坊ちゃんの姿があった。
トオルの見た事のない者も。
おそらく関係者であろうその者がどういう立場で、どう関わってるのかは分からない。
だが、見た事もない者がいるという事が、これが事件で思いも寄らないつながりがある事を明確にしている。
(何がどうなってんだろ)
気にはなるが、それはまだ分からない。
そんなトオルの思いをよそに、開廷の宣言がなされていく。
思った以上に裁判の進行は退屈なものだった。
原告・被告のそれぞれの主張を述べ、双方からの質疑応答。
その繰り返しで進んでいく。
その中で、知っていた事の確認や、知らなかった事が露わになっていく。
その全てが、支倉家の乗っ取りという、かなり大それた事を目的としていた。
やってる事はせこいというかショボイというか、小さいが。
手段として、まずは自分達の息のかかった者達で固める事。
そのために、使用人などを追放していく。
奥方の行っていた嫌みなどはその為のものだったという。
それで使用人のなり手をなくしてから、自分達の息のかかった者を連れて来たとか。
使用人いびり自体は、奥方本人も楽しんでやっていたという事もこの裁判で明らかになっていった。
そんなやり方で上手くいくのか、と思いはしたが。
それでも、実際にそうなっているのだから手段としては間違ってもいないのだろう。
やられた方はたまったものではないが。
誤算だったのは、周旋屋に人手を頼んだ事だったという。
しかし、それもいつも通りにやっていれば、人を散らせるだろうと思っていたのだとか。
まさかやり返されるとは思ってもいなかったらしい。
(まあ、普通やりかえさないか)
良くも悪くも、お行儀のよい人達が多かったようだし、仕返しを考える事もなかったのかもしれない。
このあたり、我慢強いというか、文句を堪え忍ぶのが美徳と思われてるのも大きいだろう。
また、地位というのも結構厄介な役目を果たしていた。
奥方に何か言い返したら、不敬罪扱いになりかねない。
実証するのは難しいとはいえ、貴族には切り捨て御免などの特権があるのも事実である。
それを持ち出されたら大変な事になると思った者もいるだろう。
傍若無人な奥方ならば、それを振りかざす事も十分に考えられた。
双方の意見を聞きながら、そんな事を考えていった。
トオルも証言というか、今回の事の主要人物の一人として証言を求められた。
使用人から目論見を吐かせたのは、他でもないトオルだ。
そこに至った理由や、その後の事についても知ってる事を語るよう求められてしまった。
もちろんトオルとて多くを知ってるわけではない。
奥方が連れて来た使用人を叩きのめしたのも、憂さ晴らしのつもりであった。
企みの発覚はその中での偶然と言えた。
まさか、そういうつもりで奥方がいたとは思ってもいなかった。
その事を包み隠さず申し立て、知りうる全てについては正直に話した。
当然、知らない事についても「知らない」と正直に話した。
臨席した魔術師が、その言葉に嘘がない事を認めたので、トオルへの追求はそれだけとなった。
奥方側からの反論というか弁明は多岐にわたった。
自分はそんな事を考えてはいない、何かの間違いだと。
言ってしまえばそれだけであるが、それを補強するために様々な言葉を加えていった。
その全てがトモノリをはじめ、臨席した検事などによって粉砕されていくのはなかなかに痛快だった。
その中で最も意表をついたのが、トモノリからの質問だった。
「一つ、これだけは確認しておきたいのだが」
そう言ってトモノリは奥方に尋ねた。
「カズトは、間違いなく私の子供なのかな?」
問いかけに奥方は酷く狼狽していた。
そして、回答はなかなか出てこなかった。
「なぜ答えられないのかね?」
間を置いて発せられた言葉に、奥方はブルブルと震えていたが、
「それがこの裁判とどう関係があるのよ!」
と逆上して叫びだした。
かまわずトモノリは同じ質問を繰り返す。
「我が家の存続に関わる事なのでね。
確認を絶対にしておきたい。
でないと、後継問題になりかねない。
質問に答えてもらおう」
「だから、この裁判とは関係がないでしょ!」
しかしトモノリは譲らない。
家の後継問題と言ってる以上、何かしら思うところがあるのだろう。
「裁判長。
強制の魔術の使用を願います。
これは我が支倉家の今後に関わりますので」
裁判長は、頷いて許可を出した。
貴族だけでなく、その上に立つ国王も含めて、それらは血筋によって成り立っている。
男子によって継承されていくという例外のない原則が、王族・貴族を作り出していた。
だからこそ、それ以外の者達が王族になることはない。
貴族として認められたならともかく、そうでない者が貴族になる事も無い。
後継無き場合には、血族の男子が家を継いでいく事になる。
今回、家の乗っ取りが事件として取り扱われてる事もあり、トモノリも考える事があったのだろう。
魔術師によって強制の魔術が施されていく。
今回の裁判において、質問に正直に答える事を奥方は約束させられた。
これにより奥方は、沈黙による回答の拒否すら出来なくなる。
すれば、絶え間ない苦痛に脅かされる事となる。
それがどれほどのものかは受けた者にしか分からないだろう。
だが、質問をしてから十秒もしないうちに奥方は質問に答えはじめた。
強情で傲慢な女が、ここまで簡単に口を割る事に、トオルは魔術の恐ろしさを見た。
発覚した事実はトオルの予想を超えた。
奥方は、一度確かにトモノリの子供を産んだ。
こればかりは避ける事ができないので、奥方も嫌々であったが産んだという。
だが、そこからが酷かった。
生まれた子供を実家に見せるという事で里帰りした時に、生まれた実子を処分したという。
代わりに一族の血を引く子供を連れて帰ってきたと。
トモノリが子供と思って育てていた坊ちゃんは、血の繋がりなど全く無い子だと分かった。
奥方からすると、親族に当たるのだが。
「なるほど……」
さすがにそれを聞いたトモノリは気分が悪そうだった。
居合わせた裁判官や検事、数少ない傍聴人達も気分を悪くしている。
「…………分かった。
ならば、カズトには継承権はない、全くの赤の他人という事で今後処理をしていこう」
「待って、カズトは本当にあなたの────ぐぎゃあああああ!」
この期に及んで言い訳をしようとした奥方の口から、汚い悲鳴があがる。
その悲鳴が収まるのを待ってトモノリは、
「他にもまだ何かあるかもしれません。
色々と質問をしておきたいのですが、よろしいですかな?」
裁判長に尋ねて返事を待つ。
かまいません、という返事が来るのを待って、トモノリは質問をはじめていった。
余罪というか何というか。
その後の奥方への質問から様々な事が分かってきた。
胸くその悪くなるような事実と共に。
吐き出されていく言葉を元に、様々な所に蔓延っていた奥方の一族の調査がその後開始される。
また、これにより奥方の一族は軒並み逮捕。
資産は没収となっていく。
それらが処分され、トモノリをはじめとした者達への慰謝料や保証金となっていく。
今少し時間はかかるが、奥方の一族はこれによって潰えていく事になる。
一族は逮捕。
例外なく投獄され、残りの一生をそこで過ごす事となっていく。
そうなるまで時間はかかるが、今回の裁判でそれが確定となった。
(なんだかなあ)
帰りの馬車の中で、トオルは何度も何度もため息を吐いた。
裁判は終わり、用件は無くなった。
あとは、裁判がどう進んでいくかによる。
だが、判明した事実がもたらした衝撃はなかなか消えてくれない。
奥方が吐いた事の内容が今でも信じられなかった。
そこまでやるのか、と思えるような事ばかりで、今でも現実味を感じる事ができない。
今後捜査が進めば何かが分かるかもしれないが。
できればそれらが全て嘘であってもらいたいと思ってしまう。
(事実だったら最悪だ……)
向かいに座るトモノリの事もある。
奥方の話が本当ならば、トモノリの子供はもうこの世にはいない。
奥方の一族の目的のために処分されている。
代わりにこれまで十年以上一緒にいたのは、赤の他人である。
今どんな気持ちでいるのかを考えるとやりきれない。
どんな言葉をかければいいのか、何を言えばいいのか。
もとよりトモノリに話しかける必要も理由もない。
来るときもそうだったが、それほど話が弾むわけではなかった。
なのだが。
(雰囲気が最悪だ)
どうにかしたいところだったが、どうにもならない。
一週間ほどになる帰りの旅を、このまま過ごす事になりそうだった。
それでも、これで事件が終わったと思いたかった。
これより酷い事はもう無いと。
実際にどうなるかはまだ分からないが。
(まあ、こればかりは手が出せる問題じゃないし)
あとは司法がどこまで捜査と調査を進めるかである。
(それより、あいつらちゃんとやってるかな)
馬車の中の空気を無視して、村に残してきた仲間を思う。
無理や無茶をしてとんでもない事になってないか。
仲間同士、上手くやっていけてるかどうか。
現実逃避でしかないが、そちらの方を考えていった。




