レベル59 終わった後の片付けも含めて仕事です
一日の終わりが近づく。
陽が落ちるのはまだ先だが、後片付けがある。
モンスターを倒す方は早めに切り上げ、死骸を回収にかかる。
残った餌も集めておく。
これらを放置すると、大量の妖ネズミを集めかねない。
今の所そういった事態には陥ってなかったが、油断はできなかった。
ちょっとばらまいただけで集まってくる妖ネズミである。
一晩放置したらどうなってしまうか想像もできない。
切れ端などはさすがに諦めるが、箒とちり取りで残りは回収にかかる。
それが終わってから、残った死骸の解体にとりかかる。
何せ解体は手間がかかる。
必要な部分だけ切り取るとはいえ、それでも時間がかかる。
解体の人数が増え、それぞれレベルも上がっているが、倒すほど早さに追いつく事はない。
早めに切り上げる一番の理由はこれだった。
「そんじゃ、やりますか」
戦闘に入っていた者達に声をかけていく。
何時間もモンスターを相手にしていて全員疲れている。
でも、ここで手を止めたら、収益が確保出来なくなる。
それが分かってるから、解体待ちの死骸に取りかかっていく。
新人も例外ではない。
へたり込みそうになってる新人の背中を押す。
「これも仕事だ」
初日からこれはきついとは思う。
だが、これでくじけていては今後続く事はない。
「やるぞ」
返事はあえて聞かない。
それだけ言って新人を促した。
新人に解体をさせるのにも理由があった。
しなければいけないから、というのもある。
それに加え、倒したその後も知っておいてもらいたかった。
モンスターと直接あたる方が危険は大きい。
それ故に、他の作業を蔑ろにしかねない怖さがある。
そうさせない為に、解体がどれほど手間がかかる作業なのかを実感してもらいたかった。
また、そうまでしてやらねばならない理由もしっかりと教えこんで起きたかった。
「きついと思うけどやってくれ。
これをこなさないと、俺達金がもらえないから」
その言葉に新人は、
「…………はい」
と頷くだけだった。
声に力がないのはやむをえないと思った。
それでも、言われた通り、おっかなびっくりでながらも解体を進めてくれた。
途中で解体から離れ、処理の終わった残骸を空いてる大八車に詰め込んでいく。
終わったものをそのままには出来ない。
置きっぱなしにすれば、それだけで場所をとる。
限られた空間しかないこの場で、それは邪魔にしかならない。
また、臭いにつられて妖犬が接近してきたら厄介である。
そうならないように、可能な限り解体が終わった物は、離れた所に捨てに行っていた。
危険が伴うので、たいていの場合、トオルがその護衛についている。
可能な限り積み込んだ死骸を、出来るだけ離れた所に持っていって放り出す。
それを何度も繰り返す。
解体が終わって手が空いた者達も順次加わり、外へと持ち出していく。
繰り返し何度も行き来をして、どうにか決着がついていく。
「あと少しだな」
目処は見えてきたが、まだ完全な終わりでない。
その事を言葉にして呟いて、トオルは今一度気を引き締めた。
「それじゃ、素材を積み込んでくれ。
それを持って帰って、今日は終わりだ。
燻してない素材は、小屋に戻って措置をするぞ」
まだ暗くなる前、あと少しで足下が覚束なくなる頃。
トオル達は、今日もモンスターを倒すこの場所を後にした。
領主の館の庭先にある小屋。
今はトオル達がモンスター退治で用いてるこの中に、採取した素材を積み上げていく。
最初は広いと思っていた小屋も、積み上げられた素材入りの箱などによって狭く見える。
「そろそろ買い取りに来てもらいたいね」
「もう場所が無いですしね」
レンとサツキの声を聞きながら、トオルもどうにかしたいと思っていた。
採取出来る素材の数が増えるにつれ、それらを保管しておく場所は狭くなる。
新しい場所を用意できればいいが、そんな都合良く物を置ける場所などない。
収納の仕方を工夫してどうにかしているが、そのうち限界が訪れるだろう。
それでも、自由に使えるのはここしかない。
何とかやりくりするしかなかった。
収納できるものを入れたところで、残った後処理をはじめていく。
これだけはどうにか設置した、燻し用の窯を用いていく。
解体は終わったが、まだ燻してない素材もある。
それらを乾燥させておかねばならない。
素材を中に入れて、とりあえずそのまま放置。
虫が入らないように密閉しておく。
燻しは翌朝の出発前まで待つ事になる。
今から作業を開始してしまうと、火の始末などの面倒がある。
燃え移るようなものの無い所に設置はしてあるが、何がどうなるかわからない。
それに、煙に混じったにおいが妖犬などを呼び込む可能性もある。
なので、朝までこのまま放置としていた。
残った血を抜いて、少しでも自然乾燥させるつもりもある。
それらを終えて、大八車などの道具を片付ける。
一日の流れはこれでほぼ終わりとなる。
「お疲れさん」
今日一日を終えた新人に声をかける。
相手は、「あ、はい」と慌てて返事をした。
「疲れたか?」
「ええ、まあ」
「そうか」
それはそうだろうと思った。
初日からこれである。
楽なわけがない。
「でも、これが俺達の仕事だ。
明日もこんな調子になる。
楽な仕事って事はない」
「はあ……」
トオルの言葉に新人は、落胆とも絶望ともとれる声で返事をした。
「でも、やっていけばそのうちやり方も分かる。
力の抜き方や入れ方もな。
やめればここで終わりだ。
決めるのはお前だけど、やるなら明日も頼むぞ」
それだけ言ってトオルは宿舎の方へと向かっていった。
返事は聞かない。
聞いても意味が無い。
ここで今、何を言っても明日にはどうなってるか分からない。
本当にそれは本人が決める事だ。
駄目なら駄目で、ヤルならヤルで、明日になれば分かる。
出来れば続けてもらいたいとは思う。
人手があれば楽だ。
だが、無理だというならそこで諦めようとも思っていた。
どうしても駄目と思った事を続けさせても、決して長続きはしない。
無理を続ければどこかで必ず破綻する。
何かの時点で本当に全てが駄目になり、より悲惨な結果を生み出す事にもなりなねない。
その時、やっていた仕事だけでなく、自分自身を、更には周囲の者達を巻き込む事にもなる。
だから、新人がどうするにせよ、それは新人が決めるべきだと思っていた。
(まあ、明日になってみないとな……)
今日の様子から、果たして続けてくれるのか、という疑問も抱いている。
初めてであろうモンスターとの戦いに、やはり恐れを抱いているようだった。
モンスターを倒す感触に怖気を感じてるようでもあった。
どんなに言葉を取り繕っても、相手を殺すという事に変わりはない。
その感触には、どうしても生理的な嫌悪感を抱くものだ。
それでも、そこを乗り越えようとするかどうか。
刃を通して手に伝わってくる感触だけでなく、それによって催してしまう気持ちや感情とどう向き合うか。
あとは本人次第だ。
(出来れば続けて欲しいけど……)
こればかりは祈るしかなかった。
ありがたい事に、翌朝。
「おはようございます」
そう言って新人はやってきた。
「今日も、よろしくお願いします」
まだ声や表情、動きに硬さはある。
それでも、とりあえずやってみようという意欲も見えた。
それだけで十分だった。
「おう、今日もがんばろうな」
そう言って、支度をととのえていく。
今日のモンスター退治に向けて。




