レベル6 このままではいかん、と現状の打破を考えます
(どうすっかな……)
夜、自分のベッドの中で考える。
とりあえず、今はなんとか仕事にありついている。
それはありがたい。
だが、いつまでもこの状況が続くとは思えない。
前世もそうだが、何がきっかけで不況がやってくるか分からない。
それに備えて何かしらしておきたいと思った。
(けどなあ……)
問題は何をやるかだ。
仕事はこれ以上増やせない。
給金が上がる事もありえないだろう。
何かしら収入源を増やす必要がある。
だが、この世界……というか今生は以前の世界と違って仕事の掛け持ちなどが難しい。
前世ならばネットなどがあったし、様々な小遣い稼ぎの手段があった。
だが、今生ではそんな便利なものはない。
そもそも、一つの仕事における労力が前世より格段にあがっている。
自動で動く機械など便利なものがないので、どうしても肉体労働が基本になる。
その労働での負担が大きい。
これを長く続けられるとは思えなかった。
体力が落ちれば、そこでお役ごめんと放り出される可能性がある。
この三年間、この世界の中ではそこそこ上手くやってきたのは確かだ
しかし、それだけでは駄目なのだ。
とりあえず何が出来るか考えていく。
なるたけ時間をかけず、それなりに成果の上がる方法はないかと。
まず、周旋屋から回ってくる仕事は諦めるしかない。
それらは片手間に出来るようなものはほとんどない。
また、定期的に入ってくるようなものもなく、収入源としてどうしても不安定さがある。
就職、というのも考えたが、これもまた難しい。
前世でも派遣やアルバイトから正社員への登用は難しかったが、今生ではそれ以上であった。
だいたいが一族経営で、コネや伝手が優先される。
制度というのも語弊があるが、身分というのが何かしら影響を与えてるのだ。
もちろん、丁稚からはじまって番頭になる者もいる。
よっぽど優秀でもなければそんな事は滅多にないが。
まずもって商会…………前世における企業が少ないのだ。
土台となってる人口や都市の規模などが前世の日本より小さいのもあるのだろう。
なにせ、トオルの国で人口一千万人。
日本の十分の一でしかない。
文明の発展具合などもあるのだろうが、商いよりも農業に従事してる人間のほうが圧倒的に多い。
商会というのは、そんな中ではごく少数の者達による仕事なのである。
なので、人員の募集はまず滅多にない。
するにしても、まずは身内からとなる。
それに、読み書き計算もそうだが、商いの基本が出来てないと商会としても使いにくい。
基本的な礼儀や、業界内の慣例などを知ってる人間でないとうまくやっていけない。
それはどの業界業種でもそうなのだろうが。
トオルも周旋屋で回ってくる仕事を通じてそれらを見ているが、とてもそこでやっていけるとは思えなかった。
それ以外の手段を考えなくてはいけなかった。
空いてる時間で出来て、とりあえず今より収入を確保出来る方法を。
ただ、そんな都合のよいものなどあるわけもない。
探せばあるかもしれないが、見つける手間がかかりすぎる気がした。
(出来る範囲で何かないかな)
そう思うも、そんなものがあるわけもない。
一応、賃金の高い仕事もある。
行商人の護衛など、町の外に出る仕事だった。
町や村を襲うモンスターの退治というのもこれにあたる。
だが、周旋屋もこういった仕事を普通の人間にまわしたりしない。
これらは、特殊な技術を持つ者達の専門職という扱いになっている。
何の経験もない者をあてたら、それこそ信用問題に発展してしまう。
トオルも、かつて見た冒険者とモンスターの戦いを見て、あれは自分の手に余ると理解している。
それらの日当は高いし、モンスターと戦った場合には手当も出る。
だが、命がけ故の高額報酬である。
たとえば、行商人の護衛の場合、だいたいが日当で一銀貨(一万銅貨)。
モンスターとの戦闘があったら、戦った全員に対して五銀貨(五万銅貨)程度である。
それが少ないと思っても、依頼をする行商人にも懐事情がある。
おいそれと値上げはできるものではない。
町や村に接近してるモンスターの退治も同じだ。
そう頻繁にあるものではないから収入としてあてにできないという欠点もある。
ただ、こういう場合は町や村だけでは対処しようがない事もあるので、報酬は結構良い。
それでも、通常より多めにモンスターを相手にしたり、滅多にみないような強力なものに対処する事もある。
報酬は銀貨で五十から一百というのが相場だ。
これまた命の対価になるか悩ましい。
最下級のモンスター相手でも、死ぬときは死ぬ。
また、弱いモンスターは群れて襲ってくる。
もし、一百や二百という数を相手にするとなれば、簡単に片付ける事はできない。
たとえ数が少なくても、それが人間を凌駕する強さのモンスターだったら更に危険になる。
そういったものが出てくれば、それだけで危険は跳ね上がる。
そういう場合、報酬額も大きくなるのだが。
報酬の高さは、危険の高さでもあるのだ。
こうなると冒険者として稼ぐというのはかなり難しいのが分かってくる。
そもそもとして、たんにモンスターを倒しただけでは金にならない。
護衛や害獣駆除のような場合はともかくだ。
基本的にモンスターを倒して収入を得るには、モンスターから有用な部位を切り取ってこなければならない。
それらを持ち帰り、換金する事で収入になる。
そして、ここでも世の中の仕組みが働いてくる。
簡単に手に入る部位や器官はそれほど高値はつかない。
よほど貴重な物でもない限り、かなり安い値段になってしまう。
参考までに、最も弱いモンスターを一体倒して得られる部位や器官の値段だが。
この値段が、だいたい一百銅貨。
トオルが今の日当分を稼ごうと思ったら、一日に最低でも四十から五十ほど倒さねばならない。
それだけでも結構な重労働だ。
しかも、最弱の部類であっても、それなりの脅威である。
武装をしてないとてこずるし、死ぬ可能性だってある。
だからモンスターといわれてるのだ。
それらを相手に稼ごうというのは、よほどの腕がないと無理だ。
(詰んでるな)
さて、どうしようと考えるのも無駄な気がしてしまう。
こんな状況で何をどうしたらより良い結果にたどり着けるのやら。
そんな可能性は全くないように思えてくる。
それこそ、一発逆転の何かがなければ無理なんじゃないかと。
(チートみたいな能力があればなあ)
前世でも抱いた願望である。
だが、そんなもの無かったし、おそらく今もない。
あっても確かめる手段がない。
少なくとも、登録証が示してくれる能力の中に、そんな便利なものはなかった。
前世の記憶の分だけ、読み書きや計算や事務処理能力などはある。
多少は存在する工作関係の技能も、おそらく前世の記憶のおかげだろう。
だが、それにしたってレベルは1とか2である。
確かに前世の記憶もその恩恵もある。
だが、チートや主人公的な強さとかにはほど遠い。
あくまで、「スタートダッシュで有利」な程度だった。
いや、それのおかげでかなり早い段階で高い賃金にありつけているが。
(でも、この程度なんだよなあ)
世界を変えるほどの能力なんてのにはほど遠い恩恵だった。
そこまでいかないでも、せめてもっと稼げるような技術や能力があればと思ってしまう。
また、ついでに言えば、見た目も人並みである。
特別悪くもないが、良いという訳でもない。
多少は好印象を持たれるような所でもあればいいが、それもない。
かなりひいきに見て、笑えば多少は愛想がよくなるかも、という程度である。
こんなんでは外見で好印象を与える事も出来ない。
言っても仕方ない愚痴がこぼれようというもの。
転生したと言っても、利点はほとんどないのだ。
さすがに皆無とは言わないが。
(とにかく、今の仕事は大事にしないと)
こうして生活していられるのは、今の仕事があるからだ。
なので、これを辞めるというわけにはいかない。
もしやめるにしても、先々の目処がたってからでないと意味がない。
(今の仕事を続けながら、何かしないと)
その前提で何をする、と考えていく。
(うーん)
まずもって都合の良い考えである。
そんな話はそうそうない、という事でまた思考が同じ所をグルグルと巡りはじめていく。
それでも、何かないかと考えていく。
(そんな大きな稼ぎじゃなくていい、少しでも収入が増えれ…………ん?)
ふと、何かが閃いた。
思考の転換というか、壁を崩したというか。
今までとは違った発想が出てくる。
(そうだよ、そんなに多く稼がなくてもいいんだよ)
今以上に稼ごう、と思っていたから考え方が硬直していたのかもしれない。
今の仕事をしながら、という事ならそれほど難しく考える必要はない。
仕事をしつつ、無理のない範囲で何かをやる。
また、そんなに訓練や勉強をしないで済む範囲で。
(えっと、それなら……)
頭の中に、様々な事が思い浮かんでくる。
とりとめもなく考えていたことが、一気に結びついていく。
思考が一つの方向性を見いだし、必要な情報を拾い集めていく。
それらが組み合わさって可能性になり、希望に変わっていこうとした。
ランプを取り出し、明かりをつける。
そして紙を取り出し、筆を走らせる。
この世界において、灯りの油も紙も墨も安いものではないが、気にしてられなかった。
思いつきを忘れないように書き留めていく。
そして、書き留めた事で頭の中にたまっていたものが吐き出され、空いた部分が更に次の可能性を考えていく。
翌日が休みだからよいものの、おかげでトオルはランプの油が切れるまで書き物を続けてしまった。