レベル56 思いのほか早いような気がしますが
やり方について考えるのは解体にも言えた。
前からやってるマサルとコウジは、このほどめでたくレベルがあがった。
解体レベル1がついたおかげで作業の効率が前より上がっている。
同じ数の解体をするなら、確実に二人の方が早く終わる。
なので、新たに来た二人に死骸の回収をさせて、マサル・コウジには解体に専念するようにさせていた
体力的に厳しいチトセも、回収よりは解体の方に入れていた。
二人に比べれば解体は遅いが、確実にこなしてはいる。
こればかりは慣れてもらうしかない。
また、レベルが上がるまで続けてもらうしかない。
(それでも、稼ぎはこのあたりが限界か)
モンスターを更に引き込めるようになっている。
倒せる数も一千を越える事もある。
一人当たり一百匹という限界も少しは超えた。
それでも、引き込める数と倒せる数の限界が、稼ぎの限界を生み出している。
レベルアップは確かに大きな違いをもたらしてくれる。
だが、一レベルの違いだけではまだまだ大きな違いとなってあらわれてはくれなかった。
(暫くはこの調子か)
今の状態を維持して次のレベルアップを狙う。
それでどれだけ違いが出るのかを見定める。
今はレベル上げに、経験値稼ぎに全力をあげるしかなかった。
ただ、レベルが上がったとしても、より強力なモンスターを相手にするつもりはなかった。
素材の値段は高くなるが、危険も大きい。
今よりよほどレベルが高くなれば違うのだろうが、一つ二つ上がった程度ではどうしようもない。
とりあえず今のままを続ける。
それで稼ぎを安定させるしかない。
より強力なモンスター退治などは、ずっとずっと先の話だった。
(まあ、来年くらいには、また違ってくるかな)
このペースでのレベルアップをするならば、という事である。
それに、やらねばならない事もある。
裁判の方が進めば、呼び出しを受ける。
それも踏まえて行動していかねばならない。
当分はあまり大がかりな事はできない。
行動を領主の館周辺に限定しておかないと、何かあってもすぐに対応ができない。
他にどこかに行くというわけでもないが、行動に制限が付いてしまっている。
とはいえ、思ったよりもずっと早くレベルアップは訪れた。
七月が終わり八月になろうかという頃、トオル達はほぼ一斉にレベルアップを果たしていく。
「あれ?」
思ってもいなかった早さでのレベルアップに驚くしかない。
「え、なんで?」
間違いかも知れないと登録証を何度も見る。
しかし、確かに『刀剣レベル4』の文字が浮かび上がっている。
稽古や訓練では半年ほど続けてしてレベルアップだった。
モンスター相手にしてても同じくらいはかかると思っていたのだが。
だいたいその半分でレベルが上昇している。
(訓練と戦闘じゃ違うのか?)
そう思うもそれを明確にする材料はない。
得られる経験値が違うのか、とゲーム的な考えをしてしまう。
それでも、レベルアップはレベルアップである。
素直にそれを喜ぶ事にした。
トモノリに呼びつけられたのはそんな頃だった。
いよいよ裁判か、と思ったトオルは幾分緊張しながらトモノリの部屋へと向かった。
だが、呼び出した理由は予想とは大きく違っていた。
「…………はい?」
素っ頓狂な声をあげてしまう。
「今、何と?」
「だから、モンスター退治を他の村でもやってもらえないものかとな」
「いったい何で?」
「今年、すぐそこの村でモンスターの被害がほとんど出なかったからな」
「まあ、毎日モンスターを倒してましたから」
「おかげで収穫がかなり期待出来そうなんだ」
「それは、おめでとうございます」
そう言いつつも、顔も声も裏返ってしまう。
「そんなもんだからね。あちこちの村から色々聞かれてな。
理由を話したら『うちでもやってくれないですかね』と言われてね」
「…………それで、俺らに村を巡れと?」
「やってくれるならありがたい。
もちろん、無理強いはできないがね」
そう言いつつも、「やってくれ、頼む」といったオーラを出しまくっていた。
トモノリとしても、モンスターの被害が減って収穫が上がるのは喜ばしいのだろう。
即物的に考えれば、それで税収を得る事が出来る。
領主としてはそれも見過ごせないのかもしれない。
もちろん、被害が減少すれば皆の手にする物も増える。
それを願っている…………とも思いたかった。
少なくともこの領主にはそういう所もあるとトオルは思っていたかった。
「でも、やるにしても難しいですよ」
「だろうな。それは分かってるつもりだ。
だから、出来れば、という事でお願いしたい」
「まあ、何とかしたいとは思いますけど」
「さしあたって、何が必要になるのか。
何が問題になるのかだけでも教えてくれると助かる」
「そうですね…………」
言われて、何が必要なのかを考えていく。
「人は絶対必要ですし。
事前の準備も。
こっちでもモンスター退治を続けるなら、その分の人を増やさないと」
「なるほど。
すぐには無理そうだな」
「ですね」
一番の問題は人である。
モンスターを相手にするにあたって、最低限のレベルは欲しいところだった。
準備した穴にはまってくれればさして問題はないが、毎回そうとは限らない。
想定外の事が起こった時にそなえて、レベル2くらいの技術は欲しかった。
そんな人間が簡単に見つかるとも思えない。
一から育てるとしたら時間がかかる。
(モンスター退治に同行させたらもう少し早いかもしれないけど)
半年はかかるはずが三ヶ月程度でレベルアップした事を考える。
でも、危険が大きいのも確かだった。
サトシやレン、それにアツシは覚悟を決めていたからやらせる事にしたが。
そうでない者に、例え危険が少ないにしても、モンスターに当たらせるのは気が引ける。
「解体作業もおぼえてもらわないといけないし」
それもまた手間のかかるものだった。
通常の解体と違って、毛皮を剥いだり、使える部分をより分ける必要はない。
売れる部分を取り出すだけであり、それは全体の中で言えばさほど多くはない。
それでも、数多くこなす事になるので慣れはどうしても必要だった。
教える人間がいないとどうにもならない。
事はやはり簡単ではない。
「やはり人か。
教えるのは、まあ難しいか」
「はい。
せめて一ヶ月は一緒にやってもらわないと。
それでやり方をおぼえてもらわないと」
「ふむ…………」
トモノリも思案顔になる。
「逆に、人がいて、それだけの時間があればどうにかなるんだな」
「まあ、上手くいけばどうにかなるとは思います」
「なるほど」
「…………あの、トモノリ様?」
「いや、すぐには無理なのは分かった。
それでもだ、できるなら行動にうつしてもらいたい。
人は、奉公という形で集める事も出来るから」
「なんでですか!
なんでそこまで、やる気出してるんですか!」
そこまで強行する理由がトオルには分からなかった。
渋い顔になったトモノリは、事情を説明していく。
「一番の理由は、収益だ。
何せ、今まで浪費があったからな。
それを埋め合わせるためにも収入が欲しい」
「ああ、そういう事ですか」
元奥方の浪費の穴埋めである。
「それで、少しでも税収を増やしたい。
そうなると、手っ取り早いのが、モンスターからとれる素材だ」
「なるほど」
言いたい事は分かる。
だが、それで危険をおかすのはどうなんだろうと思った。
「それに、村の者達に収入を得る手段を与えたい。
お前なら分かってるだろうが、部屋住みの次男三男以下だとろくに収入もないのでな」
「それはまあ、確かに」
「独り立ちまでは出来なくても、それなりの稼ぎを与えてやりたいのだ。
モンスター退治の手伝いでそれが得られればと思ってな」
それはトモノリなりの気遣いではあるのだろう。
「なによりもモンスターへの対策が必要だ。
今でも毎年被害が出てるからな。
大事にはなってないが、少しでも備えておきたい」
そこも理解出来る事ではあった。
田畑を荒らすモンスターは農村にとって大きな問題である。
数が少なければ、取り囲んで始末するのだが、一定以上の数になるとどうしようもない。
それだけモンスターというのは脅威であり、危険な存在である。
妖ネズミ程度であっても、戦闘関係の技術や技能をもってないと結構手こずる。
そうであるなら、それなりの技術をもった人間を揃えておくしかないが、なかなかそうもいかない。
他に優先するべき事も多く、どうしても後手後手になってしまう。
モンスターが侵入しにくいように溝を掘ったり、柵を設けたりするのがせいぜいであった。
モンスターを倒すのが、苦労に見合わない作業でもある。
一匹倒して一百銅貨程度の稼ぎにしかならないのだから、好きこのんで相手をする者はいない。
トオルのようにやってるのが例外的と言えた。
「まあ、被害は減らしたいし、稼ぎがあればとは思いますけど」
話を聞いて、トオルも納得してしまう。
農村としては、作物への被害は減らしたい。
また、トオルが町に出たのも、村にいては稼ぎがないからである。
それが手に入るならば、わざわざ村から出たりはしなかったかもしれない。
この問題が解消出来るならしたいとは思う。
「でも、モンスター退治で稼ぐってのはさすがに」
「自分がやってるのに?」
「危険ですから。
やれと命令してやらせるというなら反対します」
危険な作業であるからなおさらだった。
そういった事には自分から志願してくる人間にだけやってもらいたかった。
よほど火急でもない限りは。
そうしないと、より酷い結果になるというのでもなければ。
「つまり、志願してならかまわないと?」
「まあ、そんな奴がいればですけど」
好んでモンスターとやりあおうという者はまずいない。
トオルはそれを覚悟して冒険者になったが、村の者達はそうではないだろう。
記憶の中にある村の大人達は、モンスターの始末に決して乗り気ではなかった。
モンスターからの被害を苦々しげに語ってはいたが、可能な限り戦いは避けたいような雰囲気があった。
実際にやってみた事のあるトオルにはその気持ちが良く分かる。
モンスターの相手は危険だ。
だから思うのだ、やりあう事に志願する者がいるだろうかと。
「それもそうだな」
トモノリもそこは理解しているようだった。
「ただ、そういう話もある。
もしかしたら、今後お願いする事になるかもしれん。
それだけはおぼえておいてくれ」
それは仕方ないだろうと思った。
わざわざモンスターを相手にする者がいるのだ。
それに頼らないでいる理由はない。
面倒だとは思うが、これも仕事と考える事にした。




