レベル50 無い無いづくしの中でやれる事をやっていくしかない
(さて、どうやってくかな)
駅馬車にゆられながら考える。
とりあえず、今いる人数でやっていく事になる。
その場合、人数をどう振り分けていくかが問題となる。
当面の問題はモンスターの相手と解体に誰を入れるかだった。
(アツシは、しばらく解体をやってもらうしかないか)
こればかりはどうしようもなかった。
アツシ一人を戦闘に動かすだけで人数比率が大きく変わる。
解体の人数が大きく減る分、負担が増大してしまう。
ある程度慣れてるサトシやレン、魔術を使えるサツキの代わりにはならないのだ。
予定通りにあと二人入ったら、モンスター退治に入れる事もできるが。
今は解体に入ってもらった方が効率が良い。
それをアツシに納得してもらうしかない。
(上手くいくかな)
若干不安はある。
思い通りにいかない事に人間は不満を抱くものだ。
それを飲み込むにはある程度大人でなくてはどうしようもない。
まだ子供といってよいアツシにそれを求めるのは酷だと思えた。
(まあ、やるしかないけど)
そこはどうにかするしかなかった。
それ以外にも、周旋屋経由で呼んでもらう二人を招き入れるための手続きがある。
一度は町に赴いて、二人を迎えにいかねばならない。
その間、領主の館の方を空ける事になる。
モンスター退治をやらせるかどうか悩ましい所だった。
同じ事は、裁判で呼び出しがあった場合にも言える。
(その間は館の手伝いをしてもらってた方がいいかな)
ただ、それだと金が手に入らない。
今後の仕事は、モンスター退治で得られる素材が報酬となる。
寝床と食事は提供されるが、それ以外に何も得られない。
それを皆に納得してもらえるかどうか。
(言うだけ言ってみるか)
駄目でもともと、と半ば諦めた気持ちで考える。
何とかねじ込もうと思っても物事そう上手くいくものではない。
ただ、それでも何とか説得したい、納得してもらいたかった。
命を危険にさらさずに済む方を選んでもらいたかったので。
帰ってから最初に行ったのは、そういった事の説明だった。
この先、寝泊まりは可能であるが金銭などの報酬は出ない事。
モンスター退治が主な収入になる事。
この状態が暫く続く事。
また、裁判にせよ、村から人が来たにせよ、報せが来たら一度町に戻るしかない。
その間はモンスター退治は控えてもらいたい事。
そして、新たに入る予定の二人が来るまで、アツシには戦闘を避けてもらいたい事。
サトシをはじめとした仲間にそれらを伝えていく。
「色々と思う事はあると思うけど納得してくれ」
そう言って締めくくってから一同を見渡す。
思案顔をする者、特に考える事もなく頷いてる者。
反応にはそれなりに差が出ていた。
「まあ、しゃあないか」
意外とサトシ達はあっさりと承諾した。
「兄貴無しでモンスターとやりあうのは危ないし」
「無理して怪我したらやだよ」
「俺ら、解体しか出来ないしね」
モンスター退治を積み重ねてきたせいもあってか、その恐ろしさを十分理解しているようだった。
稼ぎたいという思いよりも、危険への危惧の方が大きいようだった。
それはサツキとレンも同じで。
「危ない事をしないで済むなら……」
「死んだらもともこもないしね」
これも同じく簡単に納得してもらえた。
チトセに至っては、
「兄ちゃんそう言うなら」
で終わった。
何が良いのか悪いのかの判断がまだつかないからなのだろう。
とりあえずトオルの言うとおりにしておこうという事だと思われた。
ただ一人不満そうというか残念そうな顔をしてるのがアツシである。
やはり解体にまわされるのが嫌なようだった。
それでも、
「分かったよ、そうする」
と承諾はしてくれた。
「そんなにモンスターとやりあいたかったか?」
「まあ、それはね」
念のために聞いてみれば、やはり不承不承といった声が返ってくる。
「でも、モンスターとやるって簡単じゃないし。
解体だって手間がかかるし、それも大事だし」
それが分かってるだけでも十分である。
なんでモンスター退治をしたいと思ってるのかは分からない。
それが悪いとは言わないが、そのために他の作業をないがしろにしてもらいたくはなかった。
ただ、今どう思ってるのかを確かめておきたかった。
「やっぱり、モンスターとやりあいたいか?」
「そりゃね。
やっぱり、そっちの方が凄いし」
ある意味この年頃の少年らしい言葉だった。
強さに憧れる何かがある。
危険なのは分かっているだろうが、それを上回る願望があるのだろう。
「マサトと一緒に仕事して、モンスターとの戦いも間近で見たと思うけど。
それでもやりたいとは思ってるのか」
「そりゃまあ…………怖いけどね」
でも、やりたがってるのは伝わってくる。
そのあたりは、男の意地とかがあるのかもしれない。
どんな形であれ、一度言った事を反故にしたくも無いのだろう。
モンスターに怖じ気づいたと思われたくないのかもしれない。
だが、とにもかくにも、モンスターと渡り合いたいという意思は見えた。
「ま、そのうちな。
すぐには無理だ」
「うん、分かってる」
一番懸念されるアツシがそう言った事で、当面のやり方は決まった。
モンスター退治にとりかかっていく事ができる。
「それじゃ、明日から準備にとりかかろう」
さすがに戦闘にいどむという事にはならない。
直接やりあえるほど強い者はいない。
まずは穴掘りからとなる。
触媒としての素材確保で掘った穴が幾つかあるが、それだけでは足りない。
穴の数を更に増やしていく。
「やるぞ。
目標、十個だ」
「ええ……」
「嘘でしょ」
「そんな……」
うんざりした声があがる。
だが、嘘ではない。
いつも用いてる大きさの穴を十個。
それを作っていく。
それも、解体場所となる部分を囲むように。
大八車など運搬用の車が通れるように、一方向はそのままにしておく。
それ以外の方向は、可能な限り穴をあけておく。
主な対象となる妖ネズミを誘い込むためだけではない。
以前、妖犬に襲われた時に、防御の重要性をよりいっそう痛感したからだった。
そのため、少しでも足を止められるように、障害となるものを設置しておきたかった。
穴を掘ってるのは、防御のためでもあった。
掘った土も盛り上げて、壁になるようにしていく。
ちょっとくらいの盛り上がりなら乗り越えてくるだろうが、気休めでも防壁になるものは欲しかった。
(あとは柵とかも用意しておきたいな)
求め始めたらキリがなくなるが、それらも備えておきたかった。
ただひたすらに穴を掘る。
掘って、掘って、掘り続ける。
モンスターを落とし込むためではない、自分達の安全を確保するために。
そうでなければ、確実に死ぬ。
妖犬を相手にしてよく分かった。
トオルでも手こずる。
勝つ事は出来るだろうが、怪我は避けられないだろう。
サトシとレンの援護があったから、事前にサツキの魔術が牽制になったからこその無傷の勝利だ。
確実な事実として、妖犬一匹でも手こずる。
今の状態で二匹以上出て来たら、全滅の可能性がある。
それを避けるために、備えを作っておく。
他に有効な手段があるとは思えなかった。
(レベルが上がれば)
まだ訪れないそれがあれば少しは変わる。
だが、今はそうではない。
だから、他の部分でそれを補うしかない。
装備をととのえるといった個人の強化ではなく。
有利な条件で戦えるように状況をととのえる。
それしかなかった。
(治療が出来るのもいないし)
ゲームで言うならば、回復魔法が使える者がいない。
特別珍しい事ではない。
魔術を使える者が少ないし、好んで危険な場所に赴く者は更に少ない。
だからこそ、怪我は避けるべき事態であった。
かすり傷ならともかく、肉を裂くような、骨を砕くような、内臓を破裂させるような負傷を負ったら死に直結する。
だからこそ、防備を固める必要があった。
(材料があるなら、柵でも作ろう)
それが命を長らえる事につながっていく。
その日は一日穴を掘って終わった。
壁と言えるほどではないが、土を盛り上げて障害になるようにもした。
館に戻ってから、使っても良い木材などが無いかも聞いてみた。
それなら、と下男が捨てるつもりだった廃棄品を見せてくれた。
確かに使えないような物ばかりだったが、それらの中から使えそうな物を見繕っていった。
それ以外にも、使えそうな物がないかを探してみた。
館の近くにある村も回って材料を集めた。
使えないと思えたものでも、とりあえず確保しておいた。
それらを、自由に使っていいと言われた庭にある小屋へと持ち込んでいく。
とりあえずは、使える物に手を加えて、防御の備えとしていった。
数は全然足りないが、柵になる物を幾つか用意して、狩り場へと持ち込んでいく。
万全にはほど遠いが、いくらか格好が付いていった。
その準備に三日ほどかかった。
それだけやっても全然安心ができなかった。
武器も防具も貧弱なまま。
トオルにしたって、マシェットを使い続けてるし、防具も金属板をくくりつけた革上着である。
それに続くサトシが槍と、同じく金属板付きの革上着であるが、装備としてはこころもとない。
戦力として期待されるレンが防具を揃えた事で安心感は上がったのは救いだ。
ただ、サツキは通常の服とほとんど変わらない。
魔術を発動させるには結構体力を消耗するらしく、なるべく負担になる物を身につけたくないのだという。
それがどういったものなのかは分からないが、サツキの防御力はかなり低くなってしまう。
攻撃にしても防御にしても、色々と不安要素がつきまとった。
持っていても使いこなせないでいる物もある。
弓がそれで、これが宝の持ち腐れになっていた。
遠距離からそれなりの威力の攻撃が出来るのはいいのだが、使える者がいない。
トオルは前に出てモンスターと戦うので、どうしても弓に専念する事ができない。
また、弓を使えるかどうかというと、そうでもなかった。
単純に、弓を引くのが結構大変といのが大きな理由になっている。
それなりの飛距離と殺傷力を望むなら、必然的に弦を引く張力が大きくなる。
だいたい四十キロから五十キロが標準だ。
長弓と呼ばれるものはそれ以上になる。
これを引くとなると、狙いをつける事が困難になる。
男のトオルでも、これを引くのはかなりつらい。
女のレンに用いる事ができるわけもなかった。
サトシ達が成長すれば誰かが使えるようになるかもしれなかったが、何年も先の事となる。
それでも、何かの時に使えるかもと持ってはいるが。
今までで弓が活躍した事はほとんどなかった。
そんな調子で何かが足りなかったり、持っていても使い道がない物があったりする。
万全とはほど遠いが、その中でどうにかやっていくしかなかった。
稼がないとどうにもならないのだから。




