レベル5 何はともあれ仕事に励むしかありません
翌日。
周旋屋から登録の証しとして、登録証と呼ばれるカードを渡された。
「なんですか、これ?」
「それがお前の身分証も兼ねてる。町に入ったりする時に必要になるから大事にしろ。
無くしたらすぐに報告しろ。
登録し直して新しく発行するからな。
ただし、その時には新規発行料がかかるから覚悟しておけ」
日本における運転免許みたいなもなのだろうと思った。
免許証は、基本的には自動車の運転を許可する事を示すものだ。
だが、簡単な身分証明にも使える。
それと同じなのだろう。
町や村の出入りに入国管理のような検査のある世界である。
そういったところでは身分を示す必要がある。
身元をはっきりさせる必要があるからだ。
あちこち渡り歩く冒険者からすると、便利でありがたい。
また、そう思ってみると、大きさも運転免許証と同じくらいなのが面白い。
縦5センチに横8センチといった大きさである。
「それとな、」
周旋屋の説明は続く。
「お前の能力とかもそれに表示される。
今、お前が出来る事がそこにあらわされるはずだ」
「はい?」
「まあ、いいから登録証を掌にのせてみろ」
何の事か分からなかったが、言われた通りに登録証を掌の上にのせる。
「のせたらしばらくそうしてろ。
すぐに出てくる」
何が出るんだ、と思ったが言われた通りにしてみた。
思ってる間に結果が出た。
「うわ……」
思わず声が出た。
実際、すぐに周旋屋の言うとおりになった。
カードから光が出て、その上にホログラフィのようにトオルの能力が浮かび上がっていく。
「ふむ…………」
それを見ながら、周旋屋は手元の紙に何かを書き付けていく。
「読み書きと計算が出来て、力仕事もそこそこと。
小物を作る事も出来るのか。
ふーん、結構色々出来るんだな」
浮かび上がった能力やら技術やらを読み取ってるらしい。
幾つか例外はあるが、それらのほとんどにレベル1と付いている。
それが能力や技術の段階をあらわしてるのだろう。
レベル1がどの程度を示してるのかは分からないが、まだまだ低レベルというのは確かだろう。
「ま、がんばってレベルを上げてくんだな。
そうすりゃ少しはマシな仕事を回せる」
その言葉が少し気になった。
「レベルってあがるんですか?」
基本的な事であるが、浮かび上がった疑問である。
「ああ、あがるぞ。
それなりに経験を積めばな」
「どのくらいで?
どれだけ仕事をしたら?」
「うーん、何とも言えんな。
人それぞれだしなあ」
少しばかり周旋屋も考えこむ。
一言で言えないほど千差万別なのだろう。
「まあ、四年五年とがんばってる奴で、だいたいレベル8からレベル10ってところかな。
それくらいになれば一人前と認められるくらいにはなるかな」
なるほど、と思った。
してみると、今のトオルはまだまだ駆け出し。
少しばかりやり方が分かってるという程度なのだろう。
「でもまあ、お前さんの場合、計算とか読み書きがレベル5とかだな。
力仕事関係のもそこそこあるし。
そっちの方の仕事をあたってみるわ。
ただ、当面はすぐに入れる仕事に入ってもらうぞ」
「ああ、分かったよ」
そう言ってトオルは、回された仕事に入る事になった。
始めてやる仕事は、倉庫内の整理だという。
荷物の持ち運びなどの力仕事なのかと思った。
だが、実際にやってみるとそうでもないのがわかる。
たしかに力仕事もある。
しかし、やってみると計算や読み書きも必要になのが分かった。
何がどこにあるのか書きとめたり、物がいくつあるのか把握する必要があるからだ。
なので、トオルのような者にはうってつけだとか。
日当は四千銅貨で、相場からするとそれほど悪くもない。
ありがたい事に、昼飯付きだというのでそこそこ良い仕事と言える。
もっとも、他にどんな仕事があるか分からない。
なので比較しようもない。
そもそも選ぶ権利があるのかどうか。
断っても他に仕事がなければどうしようもない。
四の五の言わず、受諾するしかないのだ。
「じゃあ、しっかり稼いでこいよ」
言われるまでもなかった。
雑魚寝部屋であっても、一晩一千銅貨。パンとスープと野菜と肉が一皿ずつの簡素な食事も一回おおよそ一千銅貨。
昼は出された食事があるとはいえ、朝と夜の分を考えれば最低でも三千銅貨の報酬は必要だった。
これであれば、一日あたり一千銅貨の余りが出る。
それだけでも今はありがたかった。
作業自体はそれほど難しいものではなかった。
受け取った荷物を定められた位置に置き、必要なものを持ち出してくる。
その繰り返しである。
ただし、それが一日中続く。
しかも、フォークリフトやクレーンなどの機械もないので、体力がとにかく必要だった。
さすがに台車などはあったが、それを用いても必要な労力は変わらない。
十四歳のトオルも、他の者と同じように体力が求められる事となった。
全身から汗が噴き出し、骨がきしみそうになる。
それでもトオルは歯を食いしばって踏ん張った。
幸いというか何というか。
仕事を発注した方も、トオルの体格では肉体作業の方に回すのは難しいと見たらしい。
やらされたのは、基本的には帳票関係の作業の方だった。
受け取った荷物を台帳に記入し、荷物に管理のための札を取り付けていくのが基本である。
とはいっても、広い倉庫の中を走り回り、時に肩に荷物を担いで走り回る事もある。
また、人手が足りないときには容赦なく荷物運びに駆り出される。
その過酷さは農作業以上に思えた。
日がな一日畑と向かいあうのも大変な事だったが、重い荷物を何往復も持ち運びするのもきついものだった。
日の出前から、という事はさすがにないが、これが朝から夕方まで続く。
それで得られるのが四千銅貨なのだから、割にあうとはいいがたい。
「つ、疲れた……」
そんな声を出すのもきついと思えるほど体を酷使してしまっていた。
それでも続けるうちに体は慣れるもので、だんだんとコツも掴んでいく。
どうやれば荷物をもう少し楽に持てるのか、荷物が押し寄せる時間帯はどのあたりなのかも分かってくる。
それが分かれば力の抜きどころや入れるべき時も分かってくる。
また、だんだんと倉庫内よりは帳簿の管理の方に回される事も多くなっていった。
年齢の割に読み書きや計算が出来るのが大きいようで、だんだんと様々な事務作業を任されるに至る。
前世の分も含めれば五十年以上の人生経験があるのだから当然かもしれない。
その前世においても、コンビニなどで商品管理めいた事もしている。
派遣会社にいた頃は、倉庫内作業をしていた事もある。
それらの全てが役立ったわけではないが、多少は活かせてるのかもしれなかった。
何よりありがたかったのは、それによって給金が上がった事だった。
読み書きや計算は最低限出来る者はいる。
なのだが、効率的な事務処理をするとなるとそれだけでは済まなくなる。
読みやすく、管理しやすい帳簿をつけるためには、書式の設定が必要になる。
また、数多い帳簿や帳票をまとめるにも、それなりの慣れや知識も必要になる。
いわゆるチートという程ではないが、目の前の状況を多少は改善できるくらいの知恵はトオルにもあった。
それを用いたおかげで、倉庫の主からは「使える奴だな」という評価をもらえた。
結果としてかなり早い時期に、日当が六千銅貨になった。
それ以降も事務関係ではそれなりにがんばったせいか、肉体労働は少なくなっていった。
周旋屋の方も、より稼げる仕事があるなら、そちらに人間を回す。
予想もしてなかったが、トオルは周旋屋としてもありがたい存在になっていった。
専門的でなくても、書類や帳簿がある程度分かってる人間はそうはいない。
そういった仕事につける人間がいるというのは、それだけで請けられる仕事の幅が増えていく。
トオル個人としても様々な仕事が舞い込むようになった。
周旋屋も、こういう人間がいるという事で、あちこちから仕事が入るようになった。
そうしてあちこちで業務をこなしていく事になる。
そうやっていく中で、知恵を実地で得られるようになる。
こうして経験をつみ、実績を重ねることで、さらに仕事が入ってくる。
とても大きな好循環が生み出されていった。
商会などでは、より熟練した会計や事務の担当者からやり方を習う事もあった。
それがまたトオルの技術の向上に役立っていく。
気がつけばトオルの読み書きや計算のレベルだけでなく、事務作業や会計などの技術のレベルも上がっていた。
日当もだいたい六千銅貨から七千銅貨で推移するようになっていた。
日々の生活をしのぐだけでなく、わずかながら貯金が出来る金額である。
それに、多少なら酒やたばこなどの娯楽に費やす余裕も出てきた。
ただ、税金も支払わなければならないので、そうそう無駄遣いも出来なかった。
税率は農作物と同じく三割。
これが、生活費を差し引いた残りではなく、収入そのものにかかる。
なので仮に七千銅貨を稼いだとしても、二千一百銅貨は税金としてとられてしまう。
残りで生活は出来るのは確かだが、釈然としないものがあった。
ただ、それでも手元に金が残るのはありがたい。
手元に残る金が増えれば、それだけ生活が楽になる。
同時にこれが別の心配を増やしてしまいもしたが。
一番の問題は泥棒だった。
何せ共同で部屋を使っている。
いつどこで物が盗まれるか分かったものではない。
部屋に荷物を置いておいたら無くなった、というのはよくある話だった。
村にいた頃も、機具や家畜を盗まれる事があったので、そのあたりはトオルも気がかりであった。
「だったら、保管所を使うか?」
悩むトオルに、周旋屋はそう提案してきた。
保管所、というのは周旋屋が営んでる事業の一つで、要は貸金庫である。
金庫そのものを貸すのではなく、物品や金銭を預けておけるサービスだった。
もちろん保管料が必要で、そのあたりが日本における銀行の利子と違うところだった。
銀行の場合、金を預けるのではなく銀行に貸し付けてるという話を思い出す。
それが本当であるかどうかは分からないが、この世界においては確かめようがない。
だが、安心して預けられる場所があるのはありがたい。
保管料は一ヶ月で五千銅貨。
それが保管庫の貸し出し料金となる。
また、金銭を一百銀貨まで、物品も規定の重さや数までという制限がつく。
それ以上は更に保管料を払う事となる。
安い出費ではないが、物を失う危険にはかえられない。
なお、金銭の交換比率であるが。
銀貨一枚は銅貨一万枚に換算される。
一百銀貨は一百万銅貨という事になる。
この保管所をトオルはかなり早い時期から用いる事となった。
金がいつ奪われるかわからない。
それに備え、少しでも安心出来る要素を作っておきたかったのだ。
今後のためにも貯えはあったほうがいい。
日々の生活はもとより、何か始める場合の軍資金にもなる。
それを今から貯めておきたかった。
今の現状に対して、「これでいいのか?」という思いもあったから。
今の状態は裕福ではないが、それなりに安定している。
事務作業でトオルを必要としてるところは多いし、食っていくだけなら困る事もない。
だが、これをいつまでも続けるのか、というと疑問が出てしまう。
将来への不安と言ってもよい。
今は重宝されている。
必要とされている。
だが、それがいつまで続くのか?
頭をよぎるのは前世での最後。
誰もいない部屋で、一人天井を見ながら、すきま風にさらされて眠りについた。
それっきり意識を取り戻すこともなく、気づいたらこの世界にいた。
今回もそんな最後を迎えるんじゃないかと思うと怖気が走った。
(それだけは……)
だからこそ冒険者となって成功しようと思った。
しかし。
時折考えてしまう。
村にいたら、こんな心配はしないで済んだのではないかと。
部屋住みで一生を終えたかもしれないが、死んでも誰かがそばにいてくれたかもしれない。
そういった者が死ねば、家族が弔い墓に入れるのがならわしだった。
トオルも幼い頃、叔父や叔母をそうやって弔った事がある。
裕福ではないかもしれないが、一人で死ぬこともない。
それはそれで幸せなんじゃないかと何とはなしに思えてしまう。
(まったく……)
考えても仕方ない事である。
もう戻ろうとしても戻れない。
退路はとっくに消滅している。
前に進むしかなかった。
これがトオルの三年間であった。