レベル42 やはり思う所は色々あったようです
「というわけです」
説明を終えてトオルは言葉をそう締めくくった。
話しを伝えた相手は厳しい顔をして、言葉の証拠に目を落としている。
「なるほどな」
深夜に起こされた事への不満や憤りもなく、トモノリは応えた。
勝手に部屋に入り、領主を叩き起こしたという事への不敬についての言及はない。
もたらされた情報はそれを補って余りある、むしろどんな事をしても最優先で伝えねばならないものだった。
貴族として、統治する側として、上に立つ立場として、安眠妨害をとやかく言ってる場合ではない。
「言いたい事は分かった」
渡された物────日記と何通かの手紙────を脇に置いてトモノリは顔を上げた。
「それで、いったいどうしたいのかな?」
「どうしたい、というのは?」
物怖じせずトオルは聞き返した。
相手は貴族で、平民・庶民とは違った権利に守られている。
ふさわしい接し方をしないだけでも罪に問われる事があった。
それこそ、切り捨て御免や無礼討ちされても文句は言えない。
滅多に起こらない事だとは聞いているが、「やれない」のではなく「やらない」というのはやはり怖い。
そうした者への対応や態度は、自然と色々と考えていかねばならない。
今のトオルの短い言葉も、下手したら愚弄に聞こえかねないものだった。
だがトモノリは、
「そうだな」
と返した。
「君に聞くのではなく、私が決めねばならない事だったな」
「はい。領主としてどうするかだと思います」
トオルの気持ちなど聞いてもどうしようもない事だった。
個人的な見解と、より大きな視点は違う事もある。
大事なのは、見つかった事実に対してどう対処するか。
それだけである。
決めるのはトモノリの仕事だった。
押しつけるわけではないが、トオルには何をどうするかを決める事はできない。
「わかった」
トモノリは頷いてトオルを見る。
「この件、放置するわけにはいかん」
そう言って立ち上がり、机へと向かっていく。
「これから書状を書く。
それをしかるべき所に持ち込む事にする」
それがどれくらい効果があるのか分からないが、トオルはトモノリが行動に出たのが意外だった。
奥方の横暴をあれほど放置していたのに。
それが顔に出たのだろう、トモノリが不思議そうに尋ねる。
「どうした?」
「いえ、こんなにあっさりと行動に出るとは思わなかったので」
「そりゃあ、事が領地や統治に関わる事だからな。
私だけの問題じゃない」
そこはしっかりと仕事をするつもりなのだろう。
だが、それはそれで釈然としなかった。
「なら、なんで奥方様の事は放置していたんですか?」
「ん?」
「あれだけ酷い事を言ってたし。
仕事の邪魔になるような事もしてたんですよ」
「まあな」
トモノリも渋面になる。
「あれの暴言も酷いものだが、あくまで個人の事だからな。
あまり口出しするものでもないと思ってた」
そのあたりは個人の領域なので、トオルがとやかく言うことではないとは思った。
「それ以外の部分は、事がこの館の中でおさまるなら、と思っていたんだが。
結果、より酷い事になってしまったな」
「あんな言い方されたら、誰だって辞めますよ」
「まったくだ。
諫めてきたつもりではあるのだが。
どうにも聞き入れなくてな」
そりゃそうだと思った。
ああいうタイプは、実際に自分に被害が及ばない限りは態度をあらためない。
もちろん、考えを変えたり心を入れ替える事は絶対にない。
ただ、何かすれば物理的に痛い目にあうという事で、多少は愚行を抑制するだけだ。
だからこそ、注意など全く効果がない。
何かあったら口で諭すのではなく、拳で黙らせる必要があった。
万人に対して用いる手段ではないが、相手によってはそうするしかない。
「辞めていった者達には申し訳ない事をした。
それで済ますわけにはいかんのだろうが」
「だとしても度が過ぎるほど寛大だったように思うんですが」
寛大、というのも控えめな表現だった。
弱みを握られてるんじゃないかと疑うほど奥方には控えめな態度をとっているように思えた。
「身内だからな、一応は」
一応、その言葉がトモノリの奥方への気持ちをあらわしてるように思えた。
「事細かにあれこれ言っても仕方ないとも思ってた」
それどころじゃないと思ったが、トオルは口にするのを自制した。
「だがまあ、事がここに及んでる以上容赦はできないがね」
「それを聞いて安心しました。
手心を加えられては困りますし」
「仕事で来てる君達には辛い事をさせてしまってるしな」
「それだけじゃありません」
「ん? それはどういう事だね?」
「俺の出身がこのあたりの村なんです。
このままだと、身内に被害が出てしまいます」
妹のチトセがあやうくそうなる所だった。
そうでなくても、あの横暴さがこの館の外に出たらと思うと背筋が凍る。
トモノリは再びため息を吐いて、
「そうだったのか」
と言った。
「君らにも迷惑をかけていたのだな」
「そうですね。
はっきりとした形にはなってなくても、たぶんそういう事もあったんじゃないかと」
少なくとも奉公人として館に来ていた者達に被害は出ている。
奥方という立場を用いて更に何かをしていた可能性はあった。
調べれば出てくるような事件なども。
「それも含めて、どうにかしないとな。
私も確かめたい事があるし」
トモノリも何かしら思うところがあるのだろう。
何も無い方が逆におかしいだろうが。
「それで君に頼みたい事がある」
トオルの目を見てトモノリは言う。
「これから書く書状を、適切な所にもっていってもらいたい。
仕事として引き受けてくれるかな?」
「それはかまいませんが」
「何、町の役所へ持って行ってもらえばいい。
それで事は終わる」
それだけ聞くなら大した問題でもないように思えた。
それだけで終わるなら。
「でも、俺に頼んでいいんですか?
重要なものなら人を選んだ方がいいかと」
「その人がいないんだよ。
情けない事にね」
なるほどと納得した。
「では、引き受けます」
断る理由はなかった。
用意してもらった書状を役所にもっていく。
ただそれだけの事である。
「ただ、こっちもお願いしたい事がありまして」
「なんだね?」
「この館って、牢屋とかありますか?」
その質問にトモノリは目を見開いた。
翌朝。
「それじゃ行ってきます」
「うむ、頼んだぞ」
あらためて出向いたトモノリの部屋で書状を受け取る。
まだ日は昇ってない。
日の出を待ってからでは間に合わないし、奥方の妨害も考えられた。
そのため、可能な限り早く出発する事にしていた。
なるべく時間をかけたくもなかった。
懸念事項も解消されている。
「彼らの方はどうなってるのかね?」
「さっき、牢屋に移し替えましたよ」
小屋に放り込んでいた者達は、急いで移動させている。
これで逃亡の危険性は減った。
面倒を見る手間も省ける。
ただ、本当に牢屋があるとは思わなかった。
領主の館だけあって、犯罪者を捕らえておくための施設は備えねばならないのだろうが。
もう何年も何十年も使ってない、とトモノリは言っていた。
なので、鍵がかかるのかも分からなかったが。
そこはさすがに大丈夫だった。
何ヶ月も何年もとなるとどうか分からないが、暫く人を閉じ込めておくなら問題はない。
(始末しないでよかった)
生かしておくのも手間だし、逃げ出したら面倒なので始末してしまおうかと考えてもいた。
だが、やったらやったで手間が増えるし、確実に犯罪者になる。
サトシやサツキ、レンにばれずに済むとも思えなかった。
それが今、証人として使える可能性が出て来ている。
つくづく生かしておいて良かったと思った。
「それなら良かった」
トモノリも安心しているようだった。
「では、そいつらの世話もお願いします。
生きてれば証人になるかもしれないので」
「分かってるよ。
むしろ自害しないよう気をつけないとな」
「ああ、その可能性もありましたか」
そんな根性があるとはとても思えないが。
でも、万が一の可能性も考えられる。
そこはもうトオルにどうにか出来るものでなかったが。
「何にせよ早く出発したまえ。
仲間も待ってるのだろう?」
「そうでした。
すいません、それでは行ってきます」
「ああ、頼んだよ。
しかし、あれが起きてこないのはありがたいな」
「魔術で眠ってもらってますから」
「なんとまあ……」
面白そうに、そして困ったようにトモノリは笑った。
音を立てないように勝手口に向かい、サトシ達と合流をする。
「それじゃ行こう」
サトシ、サツキ、レンの三人は黙って頷いた。
少しでも物音がたって誰かが気づいてしまわないよう注意している。
そんな三人を共に、トオルは館を後にして町へと向かった。




