レベル36 内情がだんだんと分かってくるにつれ、敵が見えてきます
夜中。
宛がわれた部屋を抜け出し、集合場所に出向く。
多少広いとはいえ館の中だと誰かに出くわす可能性がある。
なので、自然と外に出て落ち合う事となった。
他に使用人がほとんどいないので見つかる可能性は低い。
仕事は大変だが、この部分においては感謝をしたくなる。
月明かりだけを頼りに、人目につかない木陰に移動するも、周りに気を遣う必要がない。
そのまま一緒に来たサトシと共に待つ。
ほどなくサツキとレンもやってきた。
「悪いね、こんな時間に」
そう言って、すぐに自分の聞いたことを伝えていく。
いつまでもここにいるわけにもいかない。
限られた時間を有効活用するために、話を早める必要があった。
他の者に話すのもどうかと思ったが、トオルはあえて伝える事にした。
問題が解決するわけではないが、一人で抱えていてもしょうがない。
秘匿しなければならないものもあるが、共有する事で価値を高める情報もある。
そうでなくても、状況を共有する事で仲間の結束を高め、目標を同じくする事もできる。
トオルとしては、まずはそれを狙っていた。
「というわけなんだ」
執事から聞いた事を話し終えると、他の三人もうなだれたようだった。
月明かりの下、しかも木陰なのではっきりとは分からないが、よい表情をしてるとはとても思えない。
「兄貴、俺も同じような話を聞いたよ」
そう言うサトシの声は、いつもより声が低く聞こえた。
「雑用を引き受けてるおっちゃんが言ってたんだけど、どうも奥方とか領主の子供が酷いらしいんだ」
「私も聞きました」
「ロクでもないガキみたいだね」
サツキとレンも同様らしかった。
「メイド長さんから聞いたんですけど、ご子息のいたずらが酷いらしくて」
「それで女の子が堪えられなくなってるみたいなんだ」
「それって…………まあ、その、いわゆるエッチな事って奴なのかな?」
「ええ…………」
「言いにくいけど、そういう事」
「メイド長さんに言われました。
『決して一人にならない事』って」
「『何かあったら大声を出す事』ってのもあったよ」
サツキは顔色を暗くして、レンは呆れと怒りをないまぜにした顔で教えてくれる。
こりゃ、本当にろくでもないガキなんだなと思った。
「そいつらが帰ってくるまであと何日かあるけど。
どうしたもんかな」
「すげー面倒な事になるだろうね」
「だよなあ」
泣けてくる。
当初はどんな様子なのかが分かればと思ったが。
果たして期限が来るまで心身が保つだろうかと心配になる。
それ以前にサトシとかが切れないか心配である。
トオルも自分を抑える自信がない。
「まあ、とにかく今は仕事をこなそう」
言うまでもない事だが、あらためて皆に伝える。
「見えてくるものもあるだろうし。
何があるのかをまずは見極めていこう」
そこで今回は解散とした。
翌日からの仕事も、色々と予想外だったり度肝を抜かれるようなもの見聞きする事となる。
整理しなければならない書類を眺めているだけで、色々と問題が見えてくる。
帳簿の数字の帳尻が合わなかったり、意味不明な出費があったり。
各村からあがってくる陳情も、未解決のまま放置されてるものがあったり。
かと思えば、おかしなところで処理が早いものもある。
一部の業者とのやりとりは、滞りなく進められており、そこだけが他の案件より浮いていた。
「あの、これっていったい」
不思議に思って尋ねると、
「奥様の一族関係の業者だ」
ため息混じりの回答が出てきた。
それですぐに理解できた。
ようするに、消極的な態度による一部業者への優遇策なのだろう。
他の者達への対応を遅らせ、息のかかった者達への対応を迅速にする。
それだけで、業者間における優劣が自然に生まれる。
苦情もあるにはあるのだろうが、遅らせてるだけで処理は一応はこなしていくのだから性質が悪い。
事実上、一部業者への優遇である。
また、そういった業者への支払いは、微妙なものではあるが割り増しになっているようでもある。
一回の取引や、一つ当たりの値段はそれほどでもない。
だが、頻繁にそれらが行われれば、累積する収支は大きくなる。
しかも、一括購入して値段を下げられる物も、何回かに分けて購入する事で、総合的な費用を上昇させてもいる。
そのくせ他の業者からの仕入れや購入はかなり値段を下げて行われている。
そういう所で増大する支出を抑えているのであろう。
それでも領主というか、この一帯の財政はかなり圧迫されているが。
(最悪だな)
自分の親兄弟が払ってる税などがこういった使われ方をしてると思うと気が滅入った。
「いったい、誰がこんな決済をしてるんですか」
「奥様だ」
執事の声に、暗澹たるものがあった。
この年配の男も、家を支える一人として思うところがあるのだろう。
その後各所から集まってくる皆の情報も酷い物だった。
サツキとレンは、私生活の部分を見る事となる。
メイドとなると館内を調えたり、身の回りの世話をする事になるので嫌でも目にする。
「奥様の調度品が豪勢すぎて」
サツキは困った顔で教えてくれた。
まがりなりにも領主であり貴族である。
平民・庶民よりは豪華なものを揃えていてもおかしくはない。
だが、宝飾品や数多くのドレスなどを見ていると、さすがにいきすぎではないだろうかと思えたという。
レンも館の中を巡るうちに、とある落差に気づいたという。
「領主様はまだ質素な感じがするんだけど。
奥様とお坊ちゃんの方がね」
一目で分かるほど違いがあるのだという。
領主のトモノリもそれなりに質のよいものを揃えているが、それを大事に使っているという。
なるべく長持ちさせたり、高価なものは必要な時だけ用いるようにしてたり。
至ってまともというか、意外とやりくりしているのが見受けられるという。
対して奥様と坊ちゃんの方は、何のためにと思うほど嗜好品を集めてるようだという。
日常的に用いるものにもやたらと金のかかってそうなものを用いてる。
それも、一つ二つあれば良い物を、十個二十個と集めていたりと。
「その分こっちは大変みたいだよ」
うんざりした調子のサトシは、自分の働いてる下男の所の惨状を嘆いていた。
奥様と坊ちゃんに金が使われる分、他の所にしわ寄せが向かってしまう。
館の中においても、必要な補修や修繕ができないでいる部分も出ているという。
また、消耗品や壊れた道具の補充もなかなかされない。
数百銅貨程度の部品や道具ですらも。
銀貨を用いて購入するような道具は揃えるにも関わらず、本当に必要な物には金をけちる。
下男も、やりくりが大変なのだと嘆いているという。
「なんだかな……」
聞けば聞くほど出て来る惨状に、トオルは頭を抱えたくなった。
これに加えて、使用人への態度の悪さとくれば、逃げ出す人間が出て来るのも当然である。
それでも執事とメイド長、そして下男が残ってるのは、領主本人の人間性によるものなのだろう。
執事もそうだが、メイド長と下男も領主を悪くは言ってないという。
ただ一言、
『決断なさってくださればなあ』
という愚痴、あるいはぼやきを除いて。
領主にも領主なりの考えや苦悩、事情があるのだろう。
だが、それが現状をこのようにしてるようでもあった。
(そこをどうにか出来りゃあなあ)
なんとかできないものかと考えてしまう。
当事者でもない事を忘れて。
日を追うごとに酷い部分ははっきりと見えていく。
仕事になれ、より正確に内情が分かると、とにかく荒が目立っていった。
よくぞまあこんな事をするものだと思うほどに。
出費に伴う借り入れの増大と、それに伴う外部(奥方の一族)からの口出しはかなり大きくなっている。
執事の言っていた乗っ取りとはこういう事を指すのだろう。
また、領主の息子であるお坊ちゃんの素行の悪さも度を超えていた。
これがスカートめくりや壁への落書き程度であったなら良いのだが。
使用人を階段から落とす。
剣の稽古と称して刃のついた武器で斬りつける。
領主の権威と権力を笠に着て、領民への暴行を繰り返す。
ドラ息子・バカガキどころか、不良・チンピラの類としか思えない行動が目立っていた。
幸い、治療の魔術などを施すことで最悪の事態は回避出来てはいる。
口止め料としてそれなりの金を与える事で口外をしないようにもしている。
しかし、そのために使う金もまた手痛い出費であった。
治療で魔術を用いると結構な金がかかる。
普通の医者ですら、この世界では数が少なく、診療を受けるにしてもかなりの金がかかる。
そして医療技術も、前世に比べれば低い。
それよりはるかに効果の高い魔術であれば、必要となる費用が跳ね上がるのも当然だった。
また、口止め料も安くはない。
「他の者に漏らしたらどうなるか分かってるな」という脅しが込みであっても、それなりの金が必要となる。
もともと、粗暴な行いをしてなければ発生しない出費である。
それらを生み出してる坊ちゃんは、奥方に負けず劣らずの問題点であった。
「これ、どうにか出来ないんですか」
帳簿や陳情、様々な書類を眺めながら執事に訴える。
あまりにも酷く、部外者(とは言い切れないが)のトオルにも他人事とは思えなくなってしまった。
しかし執事はやるせない表情でため息を吐き出し、
「出来たらいんだがな」
とだけ言う。
「けど、トモノリ様がなあ」
「何かあるんですか、領主様に」
そこが引っかかってはいた。
館の中で接するトモノリは、決して悪い人には見えなかった。
穏やかな表情と喋り方。
育ちの良さを感じさせるおおらかさが、トオルや一緒に来た者達にも好感を与えている。
そんなトモノリがなぜこの状況を放置するのか分からない。
「おかしいですよ、絶対に」
「儂もそう思う」
執事は素直に同調した。
「だが、トモノリ様は訴えようとはしない」
「どうしてなんですか」
「家族だからなのだろうなあ。
所行が悪くても、身内として守りたいのだろう」
「他の者に害を及ぼしながらですか」
「そう言うな。
トモノリ様とて苦悩しているのだ」
欺瞞だと思った。
家族を大事に、というのは基本的な道徳ではあるだろう。
だが、悪事を働いてる者を放置する理由にはなるまい。
何より、家族以外の者達への被害はどうなるのか。
増え続ける悪事とその被害を糺そうとしないなら、それは悪事への消極的な荷担でしかない。
身内だからというのがそれを擁護する理由にはなるまい。
肉親の情からどうしても感情移入してしまうにしても、悪さをした者を野放しにする理由はない。
また、奥方と坊ちゃんを野放しにする事で、人的な被害と同時に経済的な、更には領地運営における問題も発生している。
それは領主としての仕事としてどうにかせねばならない事のはずだった。
家庭における父としての役割もあるだろうが、領主としての仕事を放置して良いわけがない。
何もしてないというのは、この場合消極的であろうと、悪事への荷担でしかない。
「それはどうなんですか?」
問いかけるトオルに、執事は俯いて口ごもる。
無言、沈黙が、何よりもトオルの言葉への肯定となっていた。




