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【完結】転生したけどやっぱり底辺ぽいので冒険者をやるしかなかった  作者: よぎそーと
その3 懐かしきというほどでもない故郷のためというわけでもなく
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レベル35 実際に中に入ると内情がよくわかります

「よろしくお願いします」

 頭をさげたトオルは、ため息をどうにか押し殺した。

 それなりに大きな館の中、それなりにととのった身なりの男を前に緊張もする。

 今回引き受けた仕事の主である、地方領主の支倉トモノリ。

 直に接するのはこれが初だった。

 巡察・視察で村に来た事は何度かあるはずなのだが。

(おぼえてないもんだな)

 年に何回かの来訪でしかない。

 それも直接接点がないからどうしても記憶に残らない。

 そういえばそういう人が来てるんだなあ、という程度の存在であった。

 今目の前にしても、特別感慨などもない。

 穏和な表情の中年の男。

 それが初めて見る貴族への率直な感想だった。



「よく来てくれた」

 そんなトオルと、一緒に来た者達にトモノリは声をかけてくる。

「急な要請に応えてくれてありがたい。

 色々と大変だと思うが、どうか力を貸してほしい」

 謙虚な物言いである。

 とても上に立つ者とは思えない。

 だが、そうやって偉ぶらない態度には好感を抱けた。

 威張り散らすだけの馬鹿上司でないだけでありがたい。

 どうせ無能であるならば、せめて人当たりが良い方が気が楽になる。

 不遜な事を考えてるのは分かっているが、トオルが上司というものに求めるのはそんなもんだった。



 それから人の振り分けが行われた。

 執事の指示のものと、トオルと一緒にきたサトシは使用人として雑用を。

 サツキとレンはメイド長と共に屋内の作業に従事する事になった。

 一緒に来た他の者達も、男女で同じように分かれていく。

「なあ、兄貴」

 執事の後ろについていく途中、小声のサトシが話しかけてくる。

「何やるのかな?」

「さあ」

 トオルも領主の所での作業などやった事が無い。

 なので全く想像ができなかった。

「ま、ついていけば分かるだろうさ」

 だから黙ってろ、と言ってサトシをたしなめる。

 余計な無駄口が嫌われるのはどこでも同じ。

 特に貴族の館ならなおさらだろうと思っての事である。

 言われたサトシは不満そうであったが、それでもトオルの言葉に従った。

 ただ、物珍しく周囲の様子を見渡している。

 貴族の館に入るなんて、こんな機会でもなければまずないだろうし、その気持ちは良く分かる。

 だがトオルは、そんな事に気を向ける余裕もなかった。



 なんのかんの言い合った果てに、結局トオルはこの仕事を引き受ける事にした。

 チトセの事もあるし、村の事もある。

 自分の出身地に関わる事だから気になったというのもある。

 そうそう簡単に分かるとも思えなかったが、何かが掴めればとも思った。

 酷いことになってる状況への義憤というより、単なる好奇心の方が勝っているが。

 それでも、何かしら掴む事ができれば、それをもって訴えようとも思った。

(まあ、そんな簡単に分かるわけもないか)

 所詮は使用人、それも外部から招いた者達である。

 肝心な部分に関わらせるとはとても思えなかった。

 小なりと言えども貴族である。

 そして領主である。

 表に出せない機密もあるだろう。

 それらの扱いは厳重になってるはず。

 いくら何でもそんなものが分かるとは思わなかった。



 しかし、予想はほんの少しばかり外れる。

 サトシは細々とした雑用を任されたが、トオルの方はもうちょっと踏み込んだ仕事となった。

 通されたのは、執事が仕事を行う部屋。

 トオルはそこで帳簿や書類をまとめる作業に入る事となる。

 自然と、この領地における様々な案件や、領主の懐事情にも接する事になる。

(いいのかよ、おい)

 機密も何もあったものではない。

 情報の管理という面で言えば、これでいいのかと思ってしまう。

 知り得た情報を漏らさないというのは契約の中に入ってはいるが、それでも漏れるのが秘密である。

 周旋屋が回す、あちこちに飛び入りで参加する事になる作業員を従事させてよい所ではないはずだった。

 なのでトオルは、

「あの、本当にいいんですか?」

と尋ねてしまった。

 領主よりも年かさの執事は、ため息を吐きながら「仕方ない」と漏らした。

「私も問題があるとは思ってる。

 だが、人がいないのだ」

 執事という言葉から想像するよりは横幅のある男は、理由を短くまとめて述べた。

 確かに、この館には思った以上に人がいない。

 普通、使用人は何人かいるはずだが、今のところ執事とメイド長しか見ていない。

(もしかして、その二人しかいないのか?)

 まさかと思った。

 いくらなんでもそれはないだろうと。

 しかし執事は、そんなトオルの予想を肯定するような事を口にした。

「先日、最後に残った者が暇乞いをしてな。

 残ってるのは私とメイド長と下男が一人だけなんだよ」

「嘘でしょ」

 思わず言ってしまった。

 いくら何でもそこまで酷いとはとても思えなかった。

 だが、執事は疲れた笑みで答えた。

「残念だがね、これが現状だ。

 それでも、まだマシかもしれんしな」

「…………どういう事です?」

「そうだな、いずれ知る事にもなるだろうし。

 聞くだけ聞いておいてくれ」

 そういって執事は、現状について話し始めた。



 この領地における統治に問題があるのは分かっている。

 そこに領主のトモノリに全く責任が無いとは言えない。

 しかし、問題の根源はそこではない。

 傑出した能力を持ってるわけでないにしろ、トモノリは平凡な領主としての素質も教養もある。

 事が起こった時ならともかく、そうそう収拾に手間取るような問題など起こる事はない。

 そうであるならばトモノリは、名声を得る事はなくても悪評を集める事はなかっただろう。

 問題は奥方にあった。

 そして、その息子にも。

 その二人の態度に嫌気がさした者達が、一人二人と辞めていく。

 次に来た者も、やはり同じように辞めていく。

 辞めて村に戻った者達が何があったのかを話すから、更に人が寄りつかなくなる。

 その結果として人が集まらなくなってしまった。

 その事について執事もメイド長も諫めた。

 領主のトモノリも奥方をたしなめた。

 しかし奥方は一向に聞き入れる事はなかった。

 とうとう村から来た最後の奉公人が消えようとする所にまでなってしまったのに。

 だが奥方は、

「それなら、私が代わりの者を連れてきます」

 そう言って実家に要請に向かってしまった。

 その事が問題だった。



「もしそれで奥方の一族の者が来たらと思うと」

 奥方ですらそんな調子である。

 もしその一族がこの館に入る事になったら、どんな事になるか。

 それを危惧した領主は、高く付くが周旋屋に頼もうという事になった。

 財政的にはかなり厳しいが、そうでもしないとこの館の中がどうなるか分からない。

 資産らしいものは特には無いが、領地に関わる情報などはこの館にある。

 戸籍や検地の結果、収穫量の記録に政治に関わる部分の書類など。

 外に漏らすことの出来ない情報がある。

 それらを持ち出される可能性は非常に大きく、とても許容できるものではなかった。

「だから、君らに来てもらった。

 まだしも信用できると思ってね」

「…………」

「呆れたようだな。

 だが、これが偽らざる当家の状況なのだ」

 それをよしとしてるわけではないのだろう。

 執事の顔にも疲れが浮かんでいる。

 話しには聞いていたが、まさかそこまで酷い事になってるとは思わなかった。

 そんなトオルの思いに気づいているのかいないのか。

 執事は更に言葉を続ける。

「まあ、人を散らすのも奥方の策略なのかもしれんがな」

「あの、それって……」

「乗っ取りだよ、この家の」

 あっさりと放たれた言葉に、トオルは背筋を凍らせた。


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