レベル32 思いがけない出来事と思いがけない者がやってきた
年の瀬も押し迫った時期である。
あと一週間で今年が終わるという時に、それはやってきた。
いつも通りにモンスターを倒して素材をかき集めてきたトオルは、受付のおっさんに呼ばれた。
「何かあったの?」
「何も無ければ呼ぶわけないだろ」
いつも通りに言ってくるおっさんに「へいへい」と応えつつ、用件を尋ねる。
「それで、どうしたの?」
「お前に人が尋ねてきてるんでな。
そっちを頼む」
「人? いったい誰が?」
「お前の身内って言ってるぞ。本当かどうかは知らんが」
「?」
ますますもって分からない。
出てきてから村に帰った事はない。
便りを出した事もない。
そんな人間を今更尋ねる者がいるとは思えない。
いったい誰が何の用なんだ、と思ってしまう。
身内というからには家族の誰かなのだろうが、一体誰がと思ってしまう。
「どこに居るの?」
「広間だ。昼からずっと待ってるぞ」
「わかった」
とりあえず確かめてみようとそちらに向かう。
その後ろにおっさんもついていった。
時間が時間だけに、仕事から帰ってきた者達が集まっている。
食事は終えたが寝るには早い。
そんな時間を潰すためになんのかんの言って集まっている連中が多い。
そんな中で、浮いてる者達が見えた。
二人組の子供。
広間の隅の方の席に並んで座っている。
そして、運の悪い事に柄の悪い連中に絡まれていた。
(あちゃあ……)
何かにつけ弱い者は絡まれる。
日頃憂さを囲ってる連中は特に。
抱えた鬱憤を叩きつけられる者がいれば、それを躊躇う事はない。
さてどうしようか、と思った。
助ける義理はないが、放っておくのも気分が悪い。
何とか出来ないものかと思ってしまう。
そう考えてるうちに、受付のおっさんがその子供達の方へと進んでいった。
「何してる」
絡んでる連中にそう言い放って。
放り出しておくわけにもいかず、おっさんの後ろについたトオルは、剣呑な顔をする連中の視線を受ける事となった。
声をあげたのはおっさんだが、そちらの方にはあまり注目はしてくれないようだった。
(しょうがないか)
周旋屋の人間であるおっさんの方が立場は上である。
やろうと思えば、仕事の振り分けをある程度は自由にできる裁量がある。
それ故に周旋屋に所属してる人間で、おっさんに喧嘩を売るような馬鹿は滅多にいない。
仮に馬鹿だとしても、おっさんと事を構えようとする者はそうはいない。
これでも元冒険者で、そこそこに活躍したという強者だという。
多少喧嘩慣れしてる程度では歯が立たない程には強いという。
それを確かめた事はないが、そこそこ活躍してる者達が一目置いてる所を見た事は何度かある。
だから下手をうつような真似をする者はそうはいない。
ただ、子供に絡むような連中である。
頭のネジがいくらか外れてるのか、そもそも思考回路が無いのか。
「ああん?」
などと言って無意味に凄んだりしてきた。
周りの連中はそれを見て驚き呆れていく。
失笑混じりの反応がそこかしこで起こる。
だが、それに気づく事もないのか、三人ほどの素行不良連中はおっさんを睨みつけていく。
「関係ないだろ。
わざわざ絡んでくるな」
「ご託はいいからさっさと退け」
相手の言葉など全く気にせず、おっさんは柄の悪い連中に言う。
もちろんそんな事をいちいち聞くような奴らではない。
「うっせえ、つってんだろ」
「退けと言ってるんだが、聞こえないのか?
言ってる事が分からんほど頭が悪いのか?」
おっさん、一歩も引かずに柄の悪い連中に言い放つ。
両者の間どころか、双方を包む空気は険悪の一途をたどっていった。
おっさんの後ろに立つトオルも、こりゃ痛いのを覚悟しておくか、と腹をくくる。
(治療術師がいればなあ)
と思いながら。
魔術には様々な種類があり、攻撃や防御、移動に知覚に変化など様々な現象を発生させる。
その中でも治療を司る魔術師は常に求められる。
怪我をしてもその場で治せるならこれほどありがたいものはない。
(RPGじゃあ定番だったよな)
実際にそんな世界にいると、そんなのよっぽど恵まれた一団でもなければお目にかかれない。
なかなかに貴重な存在となっている。
なので、これから起こるかもしれないドンチャン騒ぎの後始末が面倒になりそうだった。
(まあ、一発くらいは入れられりゃいいか)
相手がどの位の腕前なのかは分からない。
自分よりもレベルは上かもしれない。
それでも何とか上手く渡り合えればと思った。
とはいえ騒ぎを遠巻きに見ていた連中も、黙っているだけではない。
腰を浮かして来る者達も出て来る。
その全員がおっさんの方についていった。
形勢は一気に大きな差をつけておっさん側に傾いていく。
おいたが過ぎるのを快く見ていた者達だけではない。
おっさんに敵対しようとする馬鹿に呆れてるという者もいる。
一人二人と加わり、あわせて十人以上がおっさんの横に立つ。
すぐ後ろにいたトオルが目立たなくなってしまう。
「なんだよテメエら!」
それでもそんな風に吠えるあたりはさすが、というべきなのだろうか。
柄の悪い者達は、さすがにまずいと気づいてはいるようだが、それでも自分を引っ込めようとはしなかった。
意地と根性は見上げたものだといえるだろう。
用い方を間違わなければなお良かったのだが。
そんな緊張感の漂う所に、
「どうしたの、いったい」
のんびりとした声が入ってくる。
聞き慣れた声に振り向いたトオルは、見知った顔をそこに見た。
「なんか剣呑になってるけど。
何かあった?」
仕事の帰りなのだろう、武装もそのままの状態の戦士が広間に入ってきた。
トオルのものよりはるかに良質なものを身につけたその男は、
「まあ、この辺りにしておいたら?
こんな所で騒ぐのもなんだし」
そう言いながらおっさんと柄の悪い連中の間あたりに立つ。
「…………それで、何があったの?」
言いながら両者を見渡す。
その一言に、場の空気が一気にしらけた。
「けっ」
柄の悪いのはその場から立ち去っていく。
取り巻く空気がゆるんだその瞬間は、離脱する好機ではあったかもしれない。
その背中におっさんは、
「お前ら、今後こいつらに絡むような事があったらそれなりの事はするからな。
こいつらがまともに帰って来なくても、そうなると思っておけ」
と警告をする。
今後に不毛な争いを起こさせないためであろう。
世の中には逆恨みや逆ギレというものがある。
去っていく連中はそういった事をしでかす可能性が十分にあった。
だからこその言葉である。
それをまともに聞く気があるわけもないだろうが、ある程度の牽制にはなる事を期待してのものだった。
その言葉を境にして、他の者達も全員がそれぞれの席へと戻っていく。
争いは大事になる前に落ち着く事となった。
最後にそれをなした戦士は、
「なんか面倒な事になってるな」
と笑った。
「まあ、いつもの事だがな」
「でも、助かったよ」
そう言ってトオルは、助けに入った戦士────マサトに礼を言った。
「しかし、いったい何があったんだ?」
そう言って事情を聞こうとするマサトだが、それより先におっさんが絡まれていた子供の方に向かっていく。
「災難だったな。
まあ、こんな所だから許してくれ」
慰めてるのかどうか悩ましい言葉をかけている。
おっさんなりに気を遣ってるのは分かるが、子供相手にどうなのかと思ってしまう。
マサトは肩をすくめてしまった。
トオルも「いやいや、それはどうなの」と思った。
そのトオルにおっさんが、
「この二人がお前あての客だ」
などと言う。
当初の目的を思い出したトオルは、
「あ、そうだった」
と間抜けな事を言ってしまった。
そんなトオルに、顔を上げた二人の子供のうちの一人が、
「兄ちゃん!」
と駆け寄っていく。
そう言われたトオルの方は「はい?」と驚く。
駆け寄ってきたのは女の子だったが、見覚えがない。
なのに相手の方はトオルの事を知ってるのか、躊躇わずに抱きついてくる。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ」
そう言って一旦引きはがし、相手の顔をよく見る。
サツキやレンほどにととのってるわけではないが、それほど悪い顔立ちではない。
身だしなみに気をつければ、そこそこ見れるようにはなるかもしれない、とは思った。
だが、本当に見覚えがない。
その困惑から娘の方が何かを察したようで、聞かれる前に名乗っていく。
「私だよ、チトセだよ」
「チトセ…………?」
聞き覚えがあるような気がした。
即座に頭の記憶領域が活性化していく。
該当する名前の知人をさぐり、最後に記憶した時の姿を思い出そうとする。
「あ、あ、あ…………ああ!」
ようやくトオルは相手が誰なのか見当をつけた。
「チトセか!」
それは、トオルの六つ下の妹の名前だった。
言われてみれば、確かにその面影がある。
「いや、大きくなったな」
最後に見たのが八歳くらいの時である。
その頃に比べれば格段に成長している。
背丈も大人と遜色ないくらいになっていた。
顔立ちも、それにあわせて幾分大人びている気がする。
「て事は、そっちにいるのは…………」
「久しぶり、トオル兄ちゃん」
懐かしい呼び方だった。
近所の子供達と一緒の時にそう呼ばれていたのを思い出す。
そんな顔ぶれの中から、目の前の少年に該当しそうな者を探っていく。
「えーと…………もしかして、アツシか?」
「うん、そうだよ」
たしかチトセとそう変わらない年齢だったはず。
記憶が確かなら十三歳だったか。
こちらも最後に見たときに比べれば大きく変わっていた。
「お前も大きくなったな」
そう言うとアツシは照れくさそうな顔をしていく。
村にいた頃を思い出して懐かしくなっていった。
その横から、
「じゃあ、俺はこれでいいかな?」
とおっさんが確かめてくる。
「ああ、すんません。
お手数おかけしました」
そう言って頭を下げた。
「ま、面倒には巻き込まれんようにな」
そう言っておっさんはその場を後にした。
残ったマサトは、トオルと二人の子供を見て、
「なんか色々あるみたいだな」
と漏らした。
まあ何かあったら声をかけてくれ、と言って去っていく。
その背中に、ありがとうと言ってトオルは頭を下げた。
マサトが割り込んでくれなければ、今頃ここは大乱闘になっていたかもしれないのだから。